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第三十七話 終焉の涙

王座の間が静まり返った。

終焉の王の黒い瞳が揺れている。

ほんの一瞬。

本当に一瞬だった。

だが。

シモンは見逃さなかった。

「お前」

蒼雷を下ろしたまま言う。

「世界を壊したいわけじゃないんだろ」

終焉の王は答えない。

黒い霧が揺れる。

その沈黙が逆に答えだった。

フェンが目を細める。

ノアも静かに見つめる。

アーサーが息を呑む。

百年間。

誰も聞かなかった言葉だった。

終焉の王は敵だった。

世界を滅ぼす存在だった。

だから倒すべき相手だった。

誰もその先を考えなかった。

だが。

シモンだけは違った。

百年前からそうだった。

ボスにも事情があるんじゃないか。

敵にも理由があるんじゃないか。

そんな馬鹿なことを真面目に考える男だった。

「違うのか」

再び問う。

終焉の王がゆっくりと口を開いた。

『……救えなかった』

小さな声だった。

黒い霧が揺れる。

『世界柱は壊れた』

『世界樹は枯れた』

『守護者は失われた』

王座の間が静まり返る。

『何度も試した』

『何度も』

『何度も』

その声は重かった。

百年という時間が滲んでいた。

『だが崩壊は止まらなかった』

世界柱が静かに目を閉じる。

否定しない。

事実だった。

『だから終わらせようとした』

『苦しまぬように』

『誰も悲しまぬように』

『全てを終わらせようとした』

リリアが顔を上げる。

その言葉は。

不思議なほど悲しかった。

悪意がない。

憎しみもない。

ただ。

疲れている。

百年間。

たった一人で背負い続けた者の声だった。

「馬鹿ですね」

思わず口から出た。

全員が振り向く。

リリア自身も固まる。

「あ」

言ってしまった。

終焉の王に。

馬鹿と言った。

人生最大の失言かもしれない。

だが。

止まらなかった。

「だって」

リリアは終焉の王を見る。

怖い。

ものすごく怖い。

足だって震えている。

それでも。

言わなきゃいけない気がした。

「一人でやろうとするからです」

終焉の王が沈黙する。

「百年も一人でやったら」

「そりゃ疲れます」

「当たり前です」

王座の間に沈黙が落ちる。

フェンが目を瞬く。

ノアが口元を隠す。

イグニスは肩を震わせている。

レオンが顔を覆った。

アーサーは天井を見上げた。

シモンだけが笑っていた。

「確かにな」

リリアは少し赤くなる。

「そ、そうですよね?」

「そうだな」

百年前から。

攻略組はそうだった。

一人で攻略する奴はだいたい失敗する。

だからパーティーを組む。

だから仲間がいる。

だからレイドがある。

当たり前の話だった。

終焉の王は黙っていた。

長い沈黙。

その時だった。

『くだらない』

虚無喰らいが笑う。

無数の口が開く。

無数の瞳が歪む。

『希望』

『友情』

『仲間』

『そんなもの』

『何度も喰った』

世界が震える。

終末の門がさらに開く。

巨大な肉塊が現れる。

今まで見えていたのは頭部ですらなかった。

全体の一部。

ほんの断片。

それだけだった。

リリアの顔から血の気が引く。

「まだ大きくなるんですか……」

半泣きだった。

アーサーも顔をしかめる。

「まずいな」

レオンが剣を握る。

「本当にまずい」

世界柱が苦しそうに顔を上げる。

『虚無喰らいは世界を喰らう』

黄金の瞳がシモンを見る。

『そして』

『最も欲しているのは世界樹だ』

シモンの胸で光が脈打つ。

ドクン。

ドクン。

ドクン。

呼応するように。

虚無喰らいの瞳が一斉に開く。

『最後の種』

『最後の希望』

『最後の生命』

『喰らえば終わる』

黒い触手が無数に伸びる。

数千。

数万。

空を埋め尽くす。

終焉の王が前へ出る。

黒い剣を構える。

フェンが並ぶ。

ノアが海を広げる。

イグニスが炎を燃やす。

レオンが剣を抜く。

アーサーが静かに息を吐く。

そして。

リリアも震える手で剣を握った。

怖い。

逃げたい。

でも。

もう逃げない。

「シモンさん」

「何だ」

「絶対勝ちましょう」

少しだけ笑う。

震えているのに。

泣きそうなのに。

それでも笑う。

「私」

「まだ冒険したいです」

シモンも笑った。

「そうだな」

百年前。

守れなかったものがある。

救えなかった仲間がいる。

終わらなかったレイドがある。

だが。

今回は違う。

蒼雷が青く輝く。

世界樹の光が呼応する。

終焉の王の黒い剣が闇を纏う。

守護者たちの力が集まる。

そして。

虚無喰らいの巨大な身体が完全に姿を現そうとした瞬間。

シモンの胸の奥で。

世界樹が初めて言葉を発した。

『契約者』

誰も聞いたことのない声だった。

優しく。

暖かく。

どこか懐かしい声。

『時が来た』

王座の間全体が緑の光に包まれる。

世界樹が。

百年間眠り続けていた真の力を。

解放しようとしていた。

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