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第三十二話 百年越しの総力戦

終焉の王が両腕を広げる。

黒い霧が噴き出した。

王座の間を埋め尽くし。

天井を覆い。

床を侵食し。

まるで世界そのものを塗り潰そうとしている。

その光景を見ながら、シモンはゆっくり息を吐いた。

百年前。

最終レイドの最後。

何度も見た光景だった。

だが違う。

あの頃とは決定的に違う。

今は守るべきものが見えている。

フェン。

ノア。

イグニス。

レオン。

アーサー。

そして。

震えながらも剣を握っているリリア。

さらにその向こう。

苦しみ続けるセレス。

カイン。

世界柱。

失われたと思っていた仲間たち。

百年間耐え続けてきた存在たち。

今さら逃げる理由などなかった。

「行くぞ」

短い一言だった。

だが。

その瞬間。

全員が動いた。

フェンが最初だった。

銀狼の巨体が消える。

轟音。

次の瞬間には終焉の王の眼前へ到達していた。

『風牙』

風が凝縮される。

銀色の刃。

数百。

数千。

暴風そのものが終焉の王へ襲い掛かった。

空間が裂ける。

石壁が吹き飛ぶ。

だが。

終焉の王は動かない。

黒い霧が広がる。

風刃を呑み込む。

消滅。

何もなかったように。

『百年前と変わらぬな』

低い声。

フェンの瞳が細まる。

『なら』

銀狼の身体から魔力が噴き上がる。

『変わったところを見せましょう』

爆発。

フェンの身体が光に包まれた。

銀色の毛並みがさらに輝く。

王座の間に暴風が渦巻く。

百年間。

誰にも見せなかった力。

風狼王の真の姿。

『疾風天狼』

フェンが咆哮した。

王座の間が吹き飛びそうなほどの風圧。

終焉の王の黒い霧が初めて押し返される。

その隙を。

シモンは見逃さない。

「レオン!」

「ああ!」

二人が同時に駆けた。

青い雷光。

白銀の剣閃。

百年前。

何度も並んで戦った二人。

呼吸は完璧だった。

言葉はいらない。

レオンが前へ出る。

終焉の王の注意を引く。

そこへ。

シモンが飛び込む。

《蒼雷》が青く輝いた。

雷鳴。

剣が振り抜かれる。

終焉の王の胸部へ直撃。

初めてだった。

黒いローブが裂ける。

黒い霧が噴き出す。

終焉の王が一歩下がった。

『ほう』

その声に。

初めて興味が混じる。

『届くか』

「届かせる」

シモンが踏み込む。

さらに追撃。

だが。

終焉の王が右手を振った。

黒い波動。

空間そのものが押し潰される。

危険。

本能が叫ぶ。

しかし。

『主!』

フェンが割り込んだ。

銀色の暴風。

黒い波動と激突する。

轟音。

衝撃波が城を揺らす。

フェンの身体が吹き飛んだ。

石柱へ激突する。

壁が砕ける。

「フェン!」

シモンが叫ぶ。

だが。

瓦礫の中から銀狼が立ち上がる。

口元から血を流しながら。

それでも笑っていた。

『これくらい』

青い瞳が細まる。

『百年耐えました』

その言葉に。

シモンの胸が熱くなる。

百年。

どれほど長かっただろう。

どれほど孤独だっただろう。

それでも。

フェンは待っていた。

主を。

仲間を。

帰る場所を。

だから。

終わらせる。

絶対に。

その時だった。

後方で悲鳴が響く。

「きゃあああっ!」

リリアだった。

黒騎士が三体。

戦線を突破していた。

リリアへ迫る。

剣が振り上げられる。

リリアの顔が真っ青になる。

怖い。

怖くて仕方ない。

逃げたい。

泣きたい。

それでも。

ここで逃げたら。

百年戦ってきた人たちに顔向けできない。

リリアは歯を食いしばった。

剣を握る。

震える手。

震える足。

それでも前を見る。

「こ、来ないでくださいっ!」

半泣きだった。

だが。

魔力は込めた。

覚えたばかりの強化魔法。

補助術。

支援術。

未熟。

それでも。

光が溢れる。

その瞬間だった。

黒騎士たちの動きが止まる。

一瞬。

本当に一瞬だけ。

だが。

十分だった。

雷光。

シモンが割り込む。

黒騎士三体がまとめて両断される。

「大丈夫か」

短い言葉。

リリアはへたり込んだ。

完全に腰が抜けている。

「だ、大丈夫じゃないです……」

涙目だった。

「心臓が三回くらい止まりました……」

「生きてるだろ」

「結果論です!」

思わず叫ぶ。

だが。

シモンが笑う。

その顔を見ると。

少しだけ安心できた。

不思議だった。

こんな状況なのに。

「でも」

リリアが小さく言う。

「今の魔法、効きましたよね?」

シモンは頷く。

「ああ」

その一言で。

リリアの顔がぱっと明るくなる。

少しだけ。

本当に少しだけ。

自信がついた。

自分も戦えている。

役に立てている。

それが嬉しかった。

しかし。

その時だった。

世界柱が苦しそうに膝をつく。

黄金の身体へ黒い侵食が広がる。

亀裂が増える。

空が軋む。

大地が震える。

そして。

終焉の王がゆっくり笑った。

『間に合わぬ』

黒い霧が膨れ上がる。

『世界柱はもう終わる』

黄金の瞳が揺れる。

世界柱がシモンを見る。

苦しそうに。

それでも希望を託すように。

『契約者』

声が弱い。

今にも消えそうだった。

『加護を……』

シモンの胸の奥で何かが脈打った。

世界樹の加護。

忘れていた。

いや。

存在すら知らなかった力。

だが。

今。

確かに反応している。

心臓の奥。

魂の奥。

そこから。

温かな光が溢れ始めていた。

そして王座の間全体に。

淡い緑色の光が広がり始める。

終焉の王の黒い霧が初めて大きく揺れた。

『それは――』

その声には。

初めて明確な動揺が混じっていた。

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