第三十一話 世界樹の加護
「――この世界を修復できる」
アーサーの言葉が王座の間に落ちた。
誰もすぐには反応できなかった。
シモン自身ですら同じだった。
「……は?」
間の抜けた声が出る。
本当に意味が分からなかった。
世界を修復する。
そんな話を突然されても困る。
鍛冶屋に剣を直せと言うのとは訳が違う。
世界だ。
大陸があり、海があり、人が生きている世界そのものだ。
そんなものを修復できるわけがない。
「いやいや待て」
シモンは首を振った。
「俺は召喚士だぞ」
「知ってる」
「大工じゃない」
「知ってる」
「修理屋でもない」
「それも知ってる」
アーサーは真顔だった。
レオンは額を押さえている。
フェンは静かに目を閉じた。
ノアは苦笑している。
イグニスは肩を震わせていた。
どうやら笑いを堪えているらしい。
「お前ら何か知ってるな」
シモンが睨む。
レオンが深くため息を吐いた。
「俺も確証はなかった」
「何の話だ」
「世界樹イベントだ」
その言葉に終焉の王の黒い霧が揺れた。
明らかに反応している。
アーサーが巨人を見る。
世界柱。
その黄金の瞳もシモンを見つめていた。
まるで答えを待っているように。
「サービス終了直前」
アーサーが言う。
「運営は最後の大型シナリオを用意していた」
シモンは黙る。
「だが公開されなかった」
「終焉の王のイベントで終わったからか」
「そうだ」
アーサーが頷く。
「正確には公開できなかった」
王座の間の空気が重くなる。
終焉の王。
世界崩壊イベント。
サービス終了。
その裏で何かがあった。
そういうことだ。
「世界樹イベントは終焉の王の後に始まるはずだった」
「後?」
「終焉の王を倒したプレイヤーだけが到達する最終シナリオだ」
シモンの眉が動く。
そんな話は聞いたことがない。
当然だ。
誰も終焉の王を倒せなかったのだから。
「そのイベントの報酬が」
アーサーがゆっくり言う。
「世界樹の加護」
沈黙。
リリアは完全に置いていかれていた。
話が大きすぎる。
終焉の王。
世界柱。
世界樹。
頭が追い付かない。
だが。
一つだけ分かる。
シモンが何かとんでもないものを持っているらしい。
それだけだった。
「でもシモンさん」
おそるおそる口を開く。
「イベントやってないんですよね?」
「やってないな」
「じゃあ何で持ってるんですか?」
全員が黙る。
そして。
ゆっくりシモンを見る。
シモンも理解した。
嫌な予感しかしない。
アーサーが言った。
「お前」
「最後の日に何した?」
「だから水やっただけだろ」
「それだ」
即答だった。
「いや意味分からん」
「俺も分からん」
アーサーも本音だった。
レオンも頷く。
「俺も分からん」
「分からんのかよ!」
思わず突っ込む。
リリアもこくこく頷いていた。
完全に同意だった。
だが。
世界柱は違った。
黄金の瞳が柔らかく細められる。
『なるほど』
巨大な声が響く。
『そういうことか』
終焉の王が初めて沈黙した。
世界柱は続ける。
『世界樹は選んだのだ』
王座の間が静まり返る。
『最後まで世界を気にかけた者を』
シモンが固まる。
百年前。
サービス終了前日。
誰もが最後の攻略に夢中だった。
ランキング争い。
レア装備。
最終レイド。
皆が最後の祭りを楽しんでいた。
そんな中。
シモンだけが初心者エリアへ行った。
理由はない。
本当に何となくだった。
枯れかけていた木が気になった。
それだけだった。
『世界樹は生命の象徴』
世界柱の声が響く。
『終焉ではなく』
『存続を選んだ者に力を与える』
フェンが静かに呟く。
『主らしいですね』
ノアも微笑む。
『本当に』
イグニスは豪快に笑った。
『相変わらず訳分からねぇ選ばれ方だな!』
シモンは複雑な顔になる。
全く納得できない。
だが。
世界柱の黄金の瞳は真剣だった。
『契約者』
巨大な身体が僅かに前へ傾く。
その動きだけで大地が震える。
『我を救えるのはお前だけだ』
その言葉と同時。
胸部の黒い亀裂が大きく広がった。
バキッ。
嫌な音だった。
世界そのものが砕ける音。
レオンの顔色が変わる。
アーサーが剣を握る。
フェンが牙を剥く。
終焉の王の黒い霧が膨れ上がる。
『もう遅い』
低い声が響く。
『世界柱は限界だ』
黒い侵食が巨人の身体を這い上がる。
黄金だった身体が少しずつ黒へ染まっていく。
空が軋む。
大地が震える。
海鳴りのような音がどこからともなく響いていた。
そして。
世界柱が苦しそうに膝をついた。
『契約者……』
その声は弱い。
先ほどよりずっと。
『急げ……』
シモンは蒼雷を握る。
状況は何も分からない。
世界樹の加護も知らない。
修復方法も知らない。
だが。
一つだけ分かることがあった。
助けを求められている。
それだけで十分だった。
シモンは終焉の王を見る。
そして。
ゆっくり剣を構えた。
「なら――まずお前をどかす」
終焉の王の黒い霧が大きく揺れた。
まるで笑ったかのように。
『出来ると思うか』
「やってから決める」
百年前。
どんな無理難題でもそうやって乗り越えてきた。
レイドも。
ボスも。
絶望も。
だから今回も同じだ。
シモンが一歩踏み出す。
フェンが並ぶ。
ノアが微笑む。
イグニスが拳を鳴らす。
レオンが剣を構える。
アーサーが静かに前へ出る。
そして。
リリアも小さく深呼吸した。
怖い。
ものすごく怖い。
それでも。
「わ、私も頑張ります!」
声は少し震えていた。
だがその瞳は真っ直ぐだった。
百年前の英雄たち。
世界を支える守護者たち。
その最後尾で。
新人冒険者もまた剣を握る。
終焉の王が両腕を広げた。
黒い霧が世界を覆う。
百年前に決着のつかなかった戦い。
世界の命運を賭けた最後の戦いが、ついに始まろうとしていた。




