第三十話 世界の悲鳴
『――契約者』
黄金の瞳がシモンを見つめる。
王座の間が静まり返った。
誰も動かない。
いや。
動けなかった。
世界柱。
この世界そのものを支える存在。
神話ですら語られない超越者。
そんな存在が。
今。
確かに助けを求めた。
『助けてくれ』
低い声が響く。
その声には威厳もなければ怒りもなかった。
ただ。
苦しみだけがあった。
シモンは巨人を見上げる。
黄金の身体。
巨大な腕。
空を支えるほどの巨躯。
そして。
胸部に広がる黒い亀裂。
今まで見えていなかった。
いや。
見ようとしていなかったのかもしれない。
よく見ると酷かった。
全身が侵食されている。
巨大な身体の至る所に黒い紋様が走っている。
まるで毒だ。
少しずつ。
確実に。
世界柱を蝕んでいる。
フェンが低く唸る。
『ここまで進行していたとは……』
ノアも顔を曇らせる。
『酷いですね』
イグニスが珍しく笑わない。
『あと数十年か』
その言葉に。
レオンが目を閉じた。
数十年。
人間なら長い。
だが世界柱にとっては一瞬だ。
つまり。
終わりが近い。
そういうことだった。
終焉の王が静かに言う。
『見ただろう』
黒い霧が揺れる。
『これが世界の現実だ』
シモンは黙って聞く。
終焉の王は続けた。
『世界は壊れている』
『百年前から』
『ずっと』
黄金の巨人が苦しそうに動く。
そのたびに亀裂が広がる。
大地が軋む。
空間が震える。
世界そのものが悲鳴を上げているようだった。
『だから終わらせる』
終焉の王が両腕を広げる。
『それが救済だ』
「ふざけるな」
シモンが言った。
低い声だった。
怒りを押し殺した声。
終焉の王が沈黙する。
シモンは巨人を見る。
確かに苦しんでいる。
確かに壊れている。
だが。
だから壊していい理由にはならない。
「壊れてるなら直せばいい」
終焉の王の黒い霧が揺れた。
『不可能だ』
「誰が決めた」
『百年試した』
「百年失敗しただけだろ」
沈黙。
リリアが思わずシモンを見る。
怖くないのだろうか。
相手は終焉の王だ。
世界を滅ぼそうとしている災厄だ。
なのに。
シモンは全く怯んでいない。
それどころか。
少し怒っているように見えた。
百年前の攻略組はこんな人たちだったのだろうか。
理不尽なボスが出てきたら。
まず殴る。
そんな感じなのだろうか。
「やっぱり変です……」
ぽそりと呟く。
フェンが聞いていた。
『何がですか?』
「普通なら諦めません?」
『主は普通ではありません』
即答だった。
リリアが少し納得してしまう。
確かにそうかもしれない。
「ですよね……」
なぜか少し嬉しそうだった。
そんなやり取りをしている間も。
世界柱はシモンを見ていた。
黄金の瞳。
太陽のような光。
その奥に。
確かな期待が見えた。
『契約者』
再び声が響く。
『お前から感じる』
『懐かしい力を』
シモンが眉をひそめる。
「懐かしい?」
『世界樹』
全員が反応した。
アーサーが顔を上げる。
レオンも目を見開く。
フェンの耳がぴくりと動く。
『世界樹の加護』
世界柱が言う。
『何故持っている』
シモンは固まった。
知らない。
そんなもの覚えがない。
百年前。
取得した称号は大量にある。
隠しクエストもやった。
レイドも制覇した。
だが。
世界樹の加護など聞いたことがない。
その時だった。
アーサーが何かを思い出したように目を見開く。
「まさか……」
「何だ」
シモンが振り返る。
アーサーは信じられないものを見る顔をしていた。
「お前」
「サービス終了前日に何した?」
「は?」
意味が分からない。
だが。
記憶を辿る。
サービス終了前日。
最終レイド直前。
確か。
確か――
「あ」
思い出した。
くだらないことだった。
攻略組の誰も行かない場所。
初心者エリア。
世界樹の丘。
そこに一本だけ残っていたイベント樹。
サービス終了記念とかで。
何となく。
本当に何となく。
水をやった。
それだけだった。
リリアがぽかんとする。
「え?」
アーサーが頭を抱える。
レオンも額を押さえる。
フェンが目を閉じる。
ノアが苦笑する。
イグニスは大爆笑だった。
『ははははははは!!』
「何で笑うんですか!?」
リリアが抗議する。
イグニスは腹を抱えている。
『そんな理由かよ!!』
アーサーが深くため息を吐く。
「お前らしい」
「意味分からん」
「世界樹イベントだ」
シモンが固まる。
アーサーは呆れた顔で続けた。
「あれ」
「本来は実装されなかった最終シナリオだ」
王座の間が静まり返る。
シモンの顔が引きつった。
嫌な予感しかしない。
世界柱の黄金の瞳が輝く。
終焉の王の黒い霧が揺れる。
そして。
アーサーが静かに言った。
「シモン」
「お前、多分」
「この世界を修復できる」
今度こそ。
全員が言葉を失った。




