第二十九話 世界を支える者
終末の門の向こう。
それは立っていた。
あまりにも巨大だった。
黒霧城。
その最上階にある王座の間ですら、小さく見える。
山ではない。
塔でもない。
生き物だ。
ゆっくりと動くたび、大地そのものが震えている。
「……何だよ、あれ」
シモンの声が漏れた。
百年前。
数え切れないほどのレイドボスを見てきた。
世界崩壊イベントも経験した。
終焉の王とも戦った。
だが。
そんなシモンですら理解できない。
大きすぎる。
存在感が違いすぎる。
まるで。
世界そのものが歩いているようだった。
終末の門の向こうで、その巨人がゆっくりと目を開く。
金色だった。
太陽のような黄金の瞳。
それがこちらを見た瞬間。
王座の間の空気が凍り付いた。
リリアが小さく悲鳴を上げる。
「ひっ……」
気付けばシモンの後ろへ隠れていた。
服の裾をぎゅっと握る。
本人も無意識だった。
怖い。
本能が逃げろと言っている。
だが。
目が離せない。
圧倒的だった。
恐怖と神々しさが同時に存在している。
そんな存在だった。
フェンが低く唸る。
銀色の毛並みが逆立っている。
『……世界柱』
その声は重かった。
シモンが振り返る。
「知ってるのか」
『知っています』
フェンの青い瞳が細まる。
『本来なら会うことのない存在です』
ノアの顔から笑みが消えていた。
イグニスも珍しく黙っている。
守護者たちの反応だけで異常さが分かる。
アーサーが静かに息を吐いた。
「最悪だな」
レオンも頷く。
「想像以上だ」
シモンは眉をひそめる。
「説明しろ」
アーサーが巨人を見る。
そして。
苦々しく答えた。
「この世界を支えている柱だ」
沈黙。
意味が分からない。
だが。
アーサーは続ける。
「人間で言えば骨格だ」
「世界で言えば基盤」
「大陸を支え、海を支え、空を支える存在」
リリアがぽかんと口を開ける。
「えっと……」
少し考える。
考える。
そして。
「つまり凄く大きいんですね?」
全員が一瞬黙った。
イグニスが吹き出す。
『間違っちゃいねぇ』
「ですよね!?」
なぜか嬉しそうだった。
緊張し過ぎて思考が追い付いていない。
そんなリリアを見て、シモンは少しだけ笑った。
こんな状況でも空気を変える。
不思議な才能だった。
だが。
笑っていられる状況ではない。
終焉の王がゆっくりと振り返る。
『目覚めたか』
巨人は答えない。
ただ。
黄金の瞳でこちらを見ている。
その視線が。
シモンで止まった。
ドクン。
心臓が鳴る。
何かを見透かされている。
そんな感覚だった。
『最後の召喚士』
終焉の王の声が響く。
『お前は知らない』
黒い霧が揺れる。
『この世界が何故滅びなかったのか』
『この世界が何故続いたのか』
シモンは黙って聞く。
終焉の王が巨人を見る。
『全てはあれのおかげだ』
レオンの顔が険しくなる。
「喋るな」
終焉の王は無視した。
『百年前』
『世界は終わるはずだった』
『だが世界柱が支えた』
黄金の瞳が揺れる。
まるで感情があるように。
『その代償として』
終焉の王の声が低くなる。
『世界柱は壊れ始めた』
その瞬間。
シモンは気付いた。
巨人の身体。
巨大な胸部。
そこに走る無数の亀裂。
黒い侵食。
まるで病気だ。
世界そのものが蝕まれている。
フェンが唸る。
『だから貴様は』
『そうだ』
終焉の王が答える。
『あと一歩だ』
黒い霧が巨人へ伸びる。
『世界柱が堕ちれば世界は終わる』
『全て終わる』
王座の間が震えた。
大地が軋む。
天井に亀裂が走る。
世界そのものが悲鳴を上げている。
そして。
巨人が動いた。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
巨大な腕が持ち上がる。
その動きだけで暴風が生まれる。
王座の間の柱が折れる。
瓦礫が舞う。
リリアが悲鳴を上げた。
「きゃあああっ!」
風で飛ばされそうになる。
シモンが咄嗟に腕を掴む。
「離れるな」
「は、はい!」
顔が真っ赤だった。
怖い。
でも。
少しだけ嬉しい。
そんな感情を抱いている場合ではないのに。
それでも胸がうるさかった。
その時。
巨人の黄金の瞳がさらに輝いた。
世界が震える。
フェンが目を見開く。
ノアが息を呑む。
イグニスの表情が変わる。
『まずい』
守護者たちが同時に動いた。
シモンも本能で理解する。
あれは危険だ。
終焉の王とは別格。
世界そのものを支える存在。
その一撃は。
国家どころではない。
大陸すら消し飛ばしかねない。
巨人の口が開く。
そして。
初めて声が響いた。
『――契約者』
低い。
世界そのものが喋っているような声。
黄金の瞳がシモンを見つめる。
『助けてくれ』
王座の間が静まり返った。
シモンは目を見開く。
終焉の王も。
アーサーも。
レオンも。
全員が動きを止めていた。
世界を支える存在が。
神にも等しい存在が。
今。
確かに助けを求めたのだった。




