第二十八話 最後の召喚士
シモンたちは駆けた。
王座の間を埋め尽くす黒い軍勢。
崩れ落ちる石柱。
吹き荒れる魔力の嵐。
その全てを突き抜けるように。
先頭を走るのはフェンだった。
銀狼の巨体が床を蹴る。
轟音。
王座の間に銀色の軌跡が刻まれる。
行く手を塞ぐ黒騎士たちが一斉に剣を構えた。
だが遅い。
『邪魔です』
風が裂けた。
フェンの前脚が振るわれる。
たった一撃。
それだけで十数体の黒騎士がまとめて吹き飛んだ。
鎧ごと切断される。
黒い霧が噴き出す。
さらにフェンは止まらない。
二体目。
三体目。
四体目。
銀色の暴風そのものだった。
百年間。
主を待ち続けた風狼。
その怒りが今、牙となって解き放たれていた。
後方ではイグニスが豪快に笑う。
『はははははっ!!』
炎王の拳が振り抜かれる。
紅蓮の火柱。
アビス・タイタンの胸部へ直撃した。
爆発。
巨体が吹き飛ぶ。
山のような身体が宙を舞う。
壁へ激突。
王座の間が揺れた。
『どけぇ!!』
さらに拳。
炎。
拳。
炎。
まるで暴れ回る災害だった。
その隣ではノアが静かに歩いている。
『危ないですよ』
穏やかな声。
だが次の瞬間。
蒼い波が広がる。
押し寄せる黒い軍勢を飲み込み、砕き、押し流す。
優雅だった。
舞を踊るように。
それなのに、一歩進むたび数十体の魔物が消えていく。
リリアはその光景を見ていた。
正直。
何が起きているのかよく分からない。
強い。
そんな言葉では足りない。
神話の存在が戦っている。
そうとしか思えなかった。
「うわぁ……」
思わず漏れる。
その時。
黒騎士が一体。
瓦礫の陰から飛び出した。
リリアへ向かう。
「あっ」
反応が遅れた。
だが。
もう前のリリアではない。
必死に剣を握る。
怖い。
怖いけれど。
逃げない。
「え、えいっ!!」
剣を振る。
決して上手くはない。
綺麗でもない。
それでも。
黒騎士の足を斬った。
体勢が崩れる。
そこへ。
シモンの雷光が走った。
一閃。
黒騎士の首が飛ぶ。
「大丈夫か?」
振り返るシモン。
リリアは胸を張った。
少しだけ。
本当に少しだけ。
「た、倒しました!」
「足だけな」
「そこは褒めるところです!」
思わず抗議する。
シモンは笑った。
「よくやった」
その一言で。
リリアの顔が少し赤くなる。
単純だった。
だが本人も自覚していない。
フェンが横目で見ている。
完全に面白がっていた。
そんなやり取りをしている間にも。
シモンは前へ進む。
終焉の王との距離。
あと数十メートル。
その時だった。
セレスが苦しそうに顔を上げる。
『シモン……』
小さな声。
黒い瞳の奥で蒼い光が揺れている。
まだいる。
セレスは消えていない。
終焉の王が静かに言った。
『無意味だ』
黒い霧が広がる。
『百年かけても救えなかった』
『今さら何が変わる』
その言葉に。
レオンの顔が歪んだ。
百年間。
何度も聞かされた言葉だった。
何度挑んでも届かなかった。
何度救おうとしても救えなかった。
その現実を知っている。
だが。
シモンは違った。
蒼雷を構える。
雷光が走る。
「変わるさ」
終焉の王が沈黙する。
シモンは一歩踏み出した。
「百年前は俺がいなかった」
王座の間の空気が変わる。
フェンが笑う。
ノアが微笑む。
イグニスが拳を鳴らす。
レオンも口元を吊り上げた。
確かにそうだ。
百年間。
彼らは戦った。
だが。
シモンはいなかった。
最後の召喚士。
守護者たちの主。
百年前の攻略組でも異端だった男。
その男が今ここにいる。
終焉の王の周囲で黒い霧が揺れた。
初めてだった。
災厄がわずかに警戒を見せる。
アーサーが静かに呟く。
「始まるな」
シモンも気付いていた。
終焉の王の背後。
終末の門。
その奥で何かが動いている。
さらに巨大な気配。
さらに深い闇。
まだ終わりではない。
むしろ。
ここからが本番だ。
終焉の王がゆっくりと両腕を広げる。
『ならば見せてみろ』
黒い霧が天井へ昇る。
世界そのものが震え始めた。
『最後の召喚士』
王座の間の奥。
終末の門が大きく開く。
そして――
シモンはその先に見えたものに息を呑んだ。
そこには。
終焉の王よりも巨大な影が立っていた。
まるで世界を支える柱のような巨体。
そして。
その胸には見覚えのある紋章が刻まれていた。
百年前。
最終レイドの最後。
誰も到達できなかった隠しステージ。
攻略組ですら正体を知らなかった存在。
「……まさか」
アーサーの表情が初めて強張る。
レオンの顔色が変わる。
フェンの耳が伏せられる。
終末の門の向こうで。
その巨人がゆっくりと目を開いた。
百年間眠り続けていた、本当の災厄が。




