第二十七話 聖女の祈り
黒槍が降る。
空を埋め尽くすほどの数だった。
一本や二本ではない。
百。
千。
いや、それ以上。
黒い雨。
死そのものが降ってくるような光景だった。
リリアの顔から血の気が引く。
「む、無理です無理です無理です!!」
半泣きだった。
剣を握りながら後ずさる。
気持ちは分かる。
普通なら逃げる。
いや、逃げても助からない。
そのレベルの攻撃だった。
だが。
シモンは前へ出る。
「フェン!」
『お任せを』
銀狼が咆哮した。
瞬間。
王座の間を暴風が埋め尽くす。
轟ッ!!
風の壁。
巨大な竜巻が生まれる。
降り注ぐ黒槍が弾かれる。
砕ける。
吹き飛ぶ。
だが。
全ては防げない。
数が多すぎる。
『ノア!』
『はい』
蒼い水が天へ昇る。
巨大な水膜。
王座の間を覆う結界。
黒槍が突き刺さる。
激しい衝撃。
雨のような轟音。
それでもノアは微笑んでいた。
『主には届かせません』
次々と槍を受け止める。
だが。
その表情が僅かに曇った。
「まずいな」
アーサーが呟く。
シモンも気付いていた。
セレスが本気ではない。
それなのに。
これほど強い。
もし完全に侵食されていたら。
考えたくもなかった。
その時。
一本。
黒槍が結界をすり抜けた。
一直線。
リリアへ向かう。
「えっ」
反応が遅れた。
怖かった。
身体が動かない。
避けられない。
そう思った瞬間だった。
雷光。
青い閃光が視界を横切る。
ギィィィン!!
黒槍が弾き飛ばされた。
シモンだった。
蒼雷を振り抜いたまま立っている。
「怪我は?」
短い言葉。
リリアは目をぱちぱちさせる。
そして。
ぶんぶん首を振った。
「だ、大丈夫です!」
少し頬が赤い。
助けられた。
それだけで心臓がうるさかった。
シモンは軽く頷く。
「なら戦えるな」
「は、はい!」
思わず大きな声が出る。
フェンがそんな二人を見て小さく笑った。
『若いですね』
「何だその目は」
『いえ』
完全に面白がっていた。
だが。
その空気は長く続かない。
セレスの様子が変わった。
黒い光輪。
その中心。
蒼い光が揺れている。
小さい。
消えそうなほど弱い。
だが確かに存在していた。
「セレス……」
シモンが呟く。
その瞬間。
黒い瞳の奥に。
蒼い光が宿る。
『……シモン』
小さな声だった。
かつての優しい声。
攻略組の誰もが知る声。
終焉の王が初めて反応する。
『抵抗を確認』
黒い霧がセレスへ集まる。
だが。
セレスは顔を上げた。
震えながら。
苦しみながら。
それでも。
『逃げないんだね』
少しだけ笑った。
百年前と同じ笑顔。
懐かしい笑顔だった。
シモンの胸が熱くなる。
「当たり前だ」
『そうだよね』
セレスは知っていた。
シモンがそういう男だと。
だから。
ほんの少しだけ安心したように微笑む。
だが次の瞬間。
終焉の王の黒い霧が爆発した。
「うっ……!」
セレスが苦しそうに胸を押さえる。
黒い紋様が全身を駆け巡る。
蒼い光が消えそうになる。
『だめ……』
消えかける声。
『早く……』
終焉の王が手を伸ばす。
『器を修正する』
空気が凍った。
レオンが剣を構える。
アーサーが前へ出る。
フェンが牙を剥く。
ノアの周囲で水が渦巻く。
イグニスの炎が燃え上がる。
全員が理解した。
時間がない。
セレスが消える。
今ここで動かなければ。
二度と戻らない。
シモンは蒼雷を握り直した。
百年前。
何度も助けられた。
何度も救われた。
初心者だった自分を支えてくれた。
無茶な攻略にも付き合ってくれた。
だから。
今度は自分の番だ。
「行くぞ」
低い声。
フェンが頷く。
『はい』
ノアが微笑む。
『いつでも』
イグニスが笑う。
『待ってたぜ』
レオンが剣を掲げる。
アーサーが静かに息を吐く。
そして。
リリアも。
震える手で剣を握り直した。
正直。
怖い。
ものすごく怖い。
足だって震えている。
でも。
シモンたちは百年戦ってきた。
なら。
自分も逃げたくない。
「わ、私も行きます!」
勢いよく言った直後。
床の瓦礫につまずいた。
「あっ」
前のめりになる。
転ぶ。
と思った。
だが。
シモンが襟首を掴んで持ち上げる。
猫みたいだった。
「気を付けろ」
「うぅ……」
恥ずかしい。
顔が真っ赤になる。
フェンが肩を震わせる。
ノアが口元を隠す。
イグニスは大笑いだった。
「笑わないでください!」
リリアが抗議する。
だが。
その声のおかげで。
不思議と空気が軽くなった。
絶望の戦場なのに。
少しだけ笑えた。
そして。
シモンは終焉の王を見る。
蒼雷を構える。
青白い雷光が王座の間を照らした。
「セレスを返してもらう」
終焉の王は静かに見下ろしている。
黒い闇の奥で。
何かが揺れた。
『ならば来い』
黒い霧が渦を巻く。
『最後の召喚士』
その瞬間。
シモンたちは一斉に駆け出した。
終焉の王との距離。
残り、わずかだった。




