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第二十六話 聖女の涙

――セレス。

その姿を見た瞬間。

シモンの思考が止まった。

百年前。

攻略組の誰もが知る名前。

ランキング六位。

最高位回復職。

《聖天の巫女》。

そして。

誰よりも仲間を見捨てなかった少女。

「……セレス」

思わず声が漏れる。

終末の門の奥から現れた彼女は、百年前と何も変わっていなかった。

長い銀髪。

白い法衣。

透き通るような白い肌。

まるで時間だけが止まってしまったような姿。

だが。

違う。

決定的に違う。

瞳だった。

かつて空のように澄んでいた蒼い瞳は。

今は完全な漆黒に染まっている。

その背後には巨大な光輪。

本来なら神聖なはずのそれは、黒い炎を纏っていた。

リリアが息を呑む。

「きれい……」

思わず漏れた言葉。

恐ろしい。

怖い。

なのに目を離せない。

そんな異様な美しさだった。

セレスはゆっくりと歩く。

足音はしない。

まるで地面に触れていないようだった。

その姿を見て。

レオンが苦しそうに目を伏せる。

「やっぱり……」

その声には絶望が滲んでいた。

シモンが振り返る。

「知ってたのか」

「十年前に見た」

レオンは唇を噛む。

「だが、ここまで侵食されてるとは思わなかった」

フェンが低く唸る。

銀色の毛並みが逆立つ。

『主』

「分かってる」

シモンも気付いていた。

カインより危険だ。

遥かに。

終焉の王が静かに言う。

『百年間』

その声に黒い霧が揺れる。

『彼女は私の器となった』

リリアの顔が青ざめる。

意味は分からない。

だが嫌な言葉だということだけは分かる。

シモンの拳が震える。

百年前。

セレスは誰よりも優しかった。

レイド中。

傷付いた仲間を最後まで見捨てなかった。

自分のMPが尽きても。

自分が倒れそうでも。

必ず誰かを助けた。

だから攻略組は彼女を信頼していた。

そんなセレスが。

今は終焉の王の隣に立っている。

「返せ」

シモンが言う。

終焉の王は答えない。

代わりに。

セレスが顔を上げた。

黒い瞳がシモンを見る。

そして。

ゆっくりと口を開く。

『……シモン』

シモンの身体が固まる。

その声。

間違いない。

セレス本人だ。

『大きくなったね』

リリアが思わず突っ込む。

「いや百年経ってるんですよね!?」

緊張のあまり口から出てしまった。

全員が一瞬だけ沈黙する。

シモンが振り返る。

レオンが吹き出す。

ノアまで肩を震わせていた。

リリアは真っ赤になる。

「あっ……すみません……」

「いや」

シモンが苦笑する。

「今のは俺も思った」

「ですよね!?」

少しだけ空気が和らぐ。

ほんの一瞬だけ。

百年前の仲間たちも、こんな風に馬鹿なやり取りをしていたのだろう。

だが。

セレスは笑わなかった。

いや。

笑えなかった。

黒い霧が彼女の身体を覆っている。

指先が震えていた。

『来ちゃったんだ』

悲しそうな声だった。

『来ないでほしかったのに』

シモンの胸が痛む。

その言葉だけで分かる。

セレスはまだいる。

完全には消えていない。

『お願い』

黒い瞳の奥で。

一瞬だけ蒼い光が揺れる。

『逃げて』

その瞬間。

終焉の王の黒い霧が爆発した。

セレスが苦しそうに身体を折る。

「あっ……!」

リリアが思わず一歩前へ出る。

助けたい。

そう思ってしまった。

百年前の仲間なんて知らない。

攻略組も知らない。

でも。

目の前の少女が苦しんでいることだけは分かる。

『来るな!!』

突然。

セレスが叫んだ。

王座の間が震える。

黒い魔力が暴走する。

巨大な光輪が回転を始めた。

終焉の王が静かに告げる。

『器が拒絶している』

アーサーの顔色が変わる。

「まずい!」

レオンも叫ぶ。

「シモン!」

「何だ!」

「セレスは回復職じゃない!」

シモンが目を見開く。

確かに回復職だ。

百年前は。

だが。

レオンは首を振る。

「今は違う!」

セレスの背後で。

黒い光輪が砕けた。

そして現れる。

無数の槍。

何百。

何千。

天井を埋め尽くすほどの数。

リリアの顔から血の気が引く。

「うそ……」

『主』

フェンが前へ出る。

『下がってください』

ノアが水を集める。

イグニスが炎を纏う。

だが。

シモンは動かなかった。

セレスを見ていた。

黒い瞳。

苦しそうな顔。

助けを求める心。

百年前。

彼女は何度も自分たちを救った。

なら。

今度は自分たちの番だ。

シモンは蒼雷を構える。

青い雷光が走る。

「助けるぞ」

レオンが笑う。

「だろうな」

フェンが牙を見せる。

ノアが微笑む。

イグニスが拳を鳴らす。

そしてリリアも。

震える足を必死に踏ん張りながら剣を握る。

怖い。

本当に怖い。

それでも。

逃げたくなかった。

「わ、私も戦います!」

声は裏返っていた。

だが。

その瞳だけは真っ直ぐだった。

セレスの背後で。

無数の黒槍が一斉にこちらへ向けられる。

終焉の王が静かに宣言した。

『聖女よ』

『その力を示せ』

次の瞬間。

空を埋め尽くす黒槍の雨が放たれた。

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