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第二十五話 蒼き瞳

「……助け……て……」

かすれた声だった。

消え入りそうな。

今にも途切れそうな。

それでも確かに。

その声はカインのものだった。

王座の間が静まり返る。

フェンも。

ノアも。

イグニスも。

レオンでさえ言葉を失っていた。

百年。

百年もの間、侵食され続けた男が。

まだそこにいた。

「カイン!」

シモンが叫ぶ。

蒼雷を握る手に力が入る。

カインの瞳はわずかに青を取り戻していた。

懐かしい色だった。

百年前。

何度も背中を預けた仲間の瞳。

だが。

それは一瞬だった。

黒い霧が噴き出す。

ギチギチギチッ――

まるで何かが軋む音。

カインの身体から黒い紋様が這い上がる。

青かった瞳が再び黒へ染まっていく。

「ぐっ……ああああああっ!!」

初めて聞く絶叫だった。

カインが膝をつく。

頭を抱える。

全身が痙攣する。

苦しんでいた。

想像を絶するほどに。

『抵抗を確認』

終焉の王の声が響く。

冷たい。

感情の欠片もない。

『修正を開始』

「やめろ!!」

シモンが駆ける。

だが。

終焉の王が指を鳴らした。

空間が歪む。

黒い鎖。

何百。

何千。

無数の鎖が虚空から現れた。

カインを縛る。

首を。

腕を。

胸を。

魂ごと拘束するように。

「があああああああっ!!」

悲鳴が響く。

リリアの顔が青ざめた。

見ていられない。

そう思った。

なのに目を逸らせない。

あまりにも痛々しかった。

「ひどい……」

小さな声が漏れる。

思わず胸元を押さえる。

苦しそうなカインを見ていると、自分まで胸が痛くなった。

シモンが歯を食いしばる。

百年前。

カインは誰よりも仲間思いだった。

新人だったシモンにも優しかった。

失敗しても怒らなかった。

レイド前には必ず声をかけてくれた。

そんな男が。

こんな目に遭っている。

「ふざけるな……」

蒼雷が青く輝く。

雷光が刀身を走る。

シモンの魔力が一気に高まった。

フェンが顔を上げる。

『主』

ノアも目を細める。

『怒っていますね』

「ああ」

短い返事だった。

だが。

それだけで十分だった。

シモンは本気だった。

百年前。

攻略組として何度も死地を潜った。

だが。

今ほど怒ったことはない。

仲間を傷付けられた。

百年も苦しめられた。

それだけで十分だった。

「返してもらう」

低い声。

終焉の王を見る。

「カインも」

「レオンも」

「フェンも」

「全部だ」

終焉の王は動かない。

ただ静かに見ている。

その闇の奥で。

何かが揺れた。

『理解不能』

黒い声が響く。

『なぜそこまで執着する』

「仲間だからだ」

即答だった。

迷いはない。

終焉の王は沈黙する。

まるで考えているようだった。

その隙に。

リリアが恐る恐るシモンの隣へ来る。

「し、シモンさん……」

小さな声。

震えている。

だが逃げてはいない。

「何だ」

「その……」

言い淀む。

少し迷う。

そして。

意を決したように顔を上げた。

「助けましょう」

シモンが目を瞬く。

リリアは頬を赤くしながら続けた。

「私、よく分かりません」

「百年前とか」

「攻略組とか」

「終焉の王とか」

「全然分かりません」

正直だった。

本当に分かっていない。

だが。

一つだけ分かることがある。

「でも」

リリアはカインを見る。

苦しそうに喘ぐ姿。

鎖に縛られた姿。

その姿を見て唇を噛む。

「助けてって言った人を見捨てるのは嫌です」

真っ直ぐな言葉だった。

飾り気もない。

だからこそ強い。

シモンは少し笑った。

「そうだな」

リリアの頭をぽんと叩く。

「ひゃっ」

肩が跳ねる。

頬が少し赤くなる。

だが嫌そうではない。

むしろ少し嬉しそうだった。

フェンがそんな二人を見て目を細める。

『似ていますね』

「何がだ」

『昔の主にです』

シモンは眉をひそめる。

意味が分からない。

だがリリアは少しだけ照れた。

「えへへ……」

思わず笑ってしまう。

その瞬間だった。

ドクン――

終末の門が脈打つ。

全員の表情が変わる。

終焉の王がゆっくりと顔を上げる。

『ならば見せよう』

黒い霧が渦を巻く。

『仲間を救う代償を』

終末の門の奥。

さらに巨大な影が動いた。

レオンの顔色が変わる。

アーサーが剣を握る。

フェンが低く唸る。

そして。

門の向こうから現れた存在を見て。

シモンは言葉を失った。

「……嘘だろ」

そこにいたのは。

百年前。

誰よりも明るく笑っていた少女だった。

ランキング六位。

大司祭。

攻略組の癒やし手。

そして。

シモンが最も世話になった仲間の一人。

――セレスだった。

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