第二十四話 聖騎士カイン
終末の門が軋みながら開いていく。
重い音だった。
耳ではなく、心へ響くような不快な音。
ドン。
ドン。
ドン。
巨大な足音が近付いてくる。
王座の間全体が震えていた。
リリアは思わずシモンの背中へ隠れる。
無意識だった。
気付けば服の裾をぎゅっと掴んでいる。
「し、シモンさん……」
声が震えていた。
「何だ」
「嫌な予感しかしません……」
「奇遇だな」
シモンは苦笑する。
「俺もだ」
全く嬉しくない共通点だった。
そして。
影が姿を現す。
白銀の鎧。
長い金髪。
巨大な聖剣。
見間違えるはずがない。
「……カイン」
シモンの声が漏れた。
ランキング三位。
聖騎士カイン。
攻略組の中心人物。
誰よりも真面目で。
誰よりも責任感が強かった男。
レオンとはまた違う意味で、攻略組を支えていた存在。
だが。
様子がおかしい。
あまりにも。
白銀だったはずの鎧は黒く侵食されている。
聖剣も半分以上が闇に染まっていた。
そして。
瞳。
かつて蒼かった瞳は、完全な漆黒へ変わっていた。
「嘘だろ……」
シモンが呟く。
百年間。
仲間が生きていた。
それは嬉しい。
だが。
こんな形での再会は望んでいなかった。
カインはゆっくりと顔を上げる。
その視線がシモンを捉えた。
一瞬だった。
本当に一瞬。
黒い瞳の奥で何かが揺れる。
「……シ……モ……ン……」
掠れた声。
レオンが目を見開いた。
フェンが唸る。
「意識があるのか!?」
だが次の瞬間。
黒い霧がカインの身体を包む。
『排除対象を確認』
低い声。
機械のような声。
シモンの知るカインではない。
『守護者を確認』
『召喚士を確認』
『脅威認定』
聖剣が持ち上がる。
空気が震える。
レオンの顔色が変わった。
「避けろ!」
反射的に飛ぶ。
次の瞬間。
斬撃。
王座の間が割れた。
轟音。
床が消える。
壁が消える。
後方の黒騎士たちまで消し飛んだ。
リリアが悲鳴を上げる。
「きゃああああっ!?」
尻もちをつく。
顔が真っ青だ。
「ちょっと待ってください!?」
「何だあれ!?」
「今の剣ですか!?」
誰が見ても剣だった。
だが威力がおかしい。
イグニスが顔をしかめる。
『面倒だな』
ノアも表情を曇らせる。
『かなり侵食されていますね』
フェンの瞳が険しくなる。
『百年……』
低い声だった。
怒りを押し殺している。
『どれだけ苦しめば気が済むのですか』
終焉の王は答えない。
ただ静かに見ている。
まるで結果を観察する研究者のように。
シモンは《蒼雷》を握る。
胸の奥がざわついていた。
カイン。
百年前の仲間。
何度も共に戦った。
誰よりも仲間想いだった男。
そんな男が。
今は敵として立っている。
「シモン」
レオンが低く言う。
「気を付けろ」
「分かってる」
「違う」
レオンが首を振る。
苦しそうな顔だった。
「カインは俺より強い」
シモンが目を細める。
レオンが認めるほど。
実際。
ランキング三位は伊達じゃない。
攻略組の前衛筆頭。
最終レイドでも最後まで立っていた男だ。
そのカインが。
百年分の侵食を受けている。
弱いはずがない。
その時だった。
カインが消える。
速い。
シモンですら反応が遅れた。
次の瞬間。
目の前。
聖剣が振り下ろされる。
ギィィィィィン!!
《蒼雷》で受ける。
衝撃。
腕が痺れる。
床が砕ける。
石畳が蜘蛛の巣状に割れた。
重い。
信じられないほど重い。
「っ……!」
シモンが歯を食いしばる。
カインの顔は無表情だった。
まるで人形。
感情がない。
それが余計に辛い。
百年前。
カインはよく笑った。
仲間を励まして。
新人を導いて。
レイド前には必ず肩を叩いてくれた。
そんな男だった。
なのに。
今は何もない。
黒い瞳だけがシモンを見ている。
「戻れ」
シモンが言う。
剣を押し返す。
「カイン!」
返事はない。
代わりに聖剣が再び振り上がる。
その時。
後方から小さな影が飛び出した。
リリアだった。
「シモンさん!」
震えながら。
それでも走る。
怖い。
怖くて仕方ない。
足も震えている。
だが。
助けたいと思った。
だから。
魔力を込める。
覚えたばかりの強化魔法。
未熟な術。
それでも。
「頑張れぇぇぇぇぇ!!」
光が飛ぶ。
シモンの身体がわずかに軽くなる。
一瞬。
本当に一瞬。
その隙を逃さなかった。
雷光。
《蒼雷》が唸る。
カインの鎧へ斬撃が走った。
黒い鎧が割れる。
その奥。
胸元で何かが光った。
青い光。
見覚えがある。
フェンが目を見開く。
レオンが息を呑む。
シモンも気付いた。
「まさか……」
それは。
百年前。
攻略組だけが持っていた。
ギルドエンブレムだった。
そして。
カインの瞳が。
ほんの一瞬だけ。
元の蒼色へ戻った。
「……助……け……て……」
その声に。
王座の間の空気が凍り付いた。




