第二十二話 守護者殺し
黒い光が世界を覆った。
視界が消える。
音も消える。
自分が立っているのかすら分からない。
嫌な感覚だった。
百年前。
終焉の王との最終レイドで何度か経験したことがある。
即死級広域魔法。
だが、あの時とは比べ物にならない。
もっと深い。
もっと根源的な何かだった。
「シモンさん!!」
リリアの叫び声が聞こえた。
その瞬間。
意識が現実へ引き戻される。
シモンは反射的に振り返った。
黒い光の中から巨大な槍が飛び出していた。
狙いはリリア。
間に合わない。
そう思った瞬間だった。
ドォォォォン!!
蒼い水の壁が出現する。
ノアだった。
巨大な水の盾が槍を受け止める。
激突。
王座の間全体が震えた。
「大丈夫ですか?」
ノアが優しく声をかける。
リリアはぺたんと尻もちをついていた。
顔は真っ青だ。
「だ、大丈夫じゃないです……」
涙目だった。
本当に泣きそうだった。
「心臓止まるかと思いました……」
「止まっていませんから大丈夫です」
「そういう問題じゃないです!」
思わず叫ぶ。
だがそのやり取りを見て、シモンは少しだけ安心した。
まだ余裕がある。
本当に危険な時は、叫ぶことすらできなくなる。
だから今はまだ大丈夫だ。
だが。
敵は待ってくれない。
黒い光が晴れた瞬間。
終焉の王の周囲に新たな軍勢が現れていた。
黒騎士。
黒竜。
骸骨騎士。
そして。
見覚えのない異形たち。
全身が黒い結晶で覆われた巨大な戦士だった。
アーサーの顔色が変わる。
「まずい」
「何だ?」
「守護者殺しだ」
終焉の王が生み出した存在。
守護者を倒すためだけに作られた怪物。
その証拠に。
異形たちの視線は最初からフェンたちへ向いていた。
『面倒ですね』
ノアが小さく呟く。
『主』
フェンが振り返る。
『あれは我々が受け持ちます』
『頼んだ』
シモンは短く答えた。
次の瞬間。
フェンが消えた。
いや。
速すぎて見えないだけだ。
轟ッ!!
銀色の暴風が戦場を駆け抜ける。
守護者殺しの一体へ直撃。
巨体が吹き飛ぶ。
だが。
倒れない。
フェンの瞳が細まった。
『硬いですね』
黒い怪物が立ち上がる。
胸部には巨大な爪痕。
普通の魔物なら十回は死んでいる。
それでも動く。
そして。
反撃。
巨大な腕が振り下ろされた。
空間が歪む。
フェンが飛び退く。
直後。
床が消えた。
砕けたのではない。
抉り取られた。
存在そのものが削られている。
『ほう』
イグニスが笑う。
『面白ぇじゃねぇか』
炎王が突撃した。
拳を握る。
炎が集まる。
圧縮。
圧縮。
圧縮。
そして。
解放。
ドゴォォォォォン!!
紅蓮の爆発。
守護者殺しの上半身が吹き飛ぶ。
王座の間の天井まで炎が届いた。
熱風が吹き荒れる。
リリアの髪がぶわっと舞い上がる。
「きゃあっ!?」
慌てて押さえる。
「もう! 今度は髪が焦げますって!」
『ははははは!!』
イグニスが笑う。
『大丈夫だ!』
「全然大丈夫じゃないです!」
頬を膨らませる。
そんなリリアの横を、一体の黒騎士が突破した。
気付くのが遅れる。
剣が振り上げられる。
リリアの顔が固まった。
だが。
「危ねぇぞ」
青い雷光が走る。
シモンだった。
《蒼雷》が黒騎士を両断する。
一閃。
二閃。
三閃。
雷光が舞う。
黒騎士たちの身体が次々と崩れ落ちる。
百年前。
攻略組で磨いた剣技。
無駄がない。
速い。
そして正確だった。
リリアが思わず見惚れる。
「すごい……」
シモンは振り返らない。
次の敵へ踏み込む。
骸骨騎士が迫る。
盾を構える。
だが遅い。
一歩。
踏み込む。
雷光。
首が飛ぶ。
さらに回転。
二体目。
三体目。
青白い軌跡だけが残る。
百年前。
ランキング上位者たちと肩を並べるために磨いた技術。
それは百年経った今でも衰えていなかった。
「シモンさん後ろ!」
リリアが叫ぶ。
巨大な黒竜。
真上から降下してくる。
シモンは振り返らない。
代わりに笑った。
「分かってる」
次の瞬間。
フェンが空へ跳ぶ。
銀狼とは思えない跳躍。
黒竜へ激突する。
轟音。
竜の巨体が横へ吹き飛んだ。
壁へ叩き付けられる。
そのまま城壁を突き破り、外へ消えていった。
リリアの口がぽかんと開く。
「狼って飛ぶんでしたっけ……?」
「飛ばないな」
「ですよね!?」
思わず叫ぶ。
そのやり取りの最中も戦場は激化していた。
終焉の王は静かに見ている。
まるで試しているように。
守護者たちを。
シモンを。
そして――
この世界そのものを。
黒い霧が再び集まり始める。
レオンの顔色が変わった。
「シモン!」
その声に。
シモンは終焉の王を見る。
災厄が。
ゆっくりと右手を持ち上げていた。
その掌に集まる黒い光は、先ほどとは比べ物にならない。
フェンも。
ノアも。
イグニスも。
戦闘の手を止めた。
全員が理解したのだ。
あれは違う。
今までの攻撃とは。
格が違う。
終焉の王は静かに告げる。
『では』
王座の間が震える。
空間が悲鳴を上げる。
『百年の答えを見せてもらおう』
黒い光が解き放たれた。




