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第二十話 守護者集結

王座の間を覆っていた黒い霧が、わずかに揺らいだ。

終焉の王が一歩、後ろへ下がる。

たった一歩だった。

だが、その意味を理解できる者はこの場にいた。

レオンが息を呑む。

アーサーの目が細くなる。

フェンの耳がぴくりと動いた。

百年間。

終焉の王は後退しなかった。

誰が挑んでも。

何をぶつけても。

封じることはできても、怯ませることはできなかった。

その災厄が今、守護者たちを前にして明確に警戒している。

『なるほど』

終焉の王の声が王座の間へ響いた。

顔はない。

口もない。

ただ空洞の闇がそこにあるだけだ。

それなのに、その声には奇妙な懐かしさが混じっていた。

『ようやく揃ったか』

黒い霧が蠢く。

終焉の王の視線が、ゆっくりと動く。

『風狼』

フェンを見る。

『海姫』

ノアを見る。

『炎王』

イグニスを見る。

そして最後に。

『最後の召喚士』

シモンを見る。

その呼び名に、シモンは《蒼雷》を握り直した。

百年前の自分なら、きっと意味など分からなかった。

ただのゲーム。

ただの職業。

ただの召喚獣。

そう思っていた。

だが今は違う。

フェンはただの召喚獣ではなかった。

ノアも、イグニスも同じだ。

世界を支える守護者。

自分はその全てと契約していた。

偶然ではなく。

選ばれていた。

その事実は、まだ胸の奥で重かった。

『主』

フェンが低く言った。

銀色の毛並みが逆立っている。

青い瞳には、百年分の怒りが宿っていた。

『下がっていてください』

「それは無理だ」

シモンは即答した。

フェンは一瞬だけ目を細める。

困ったような、嬉しそうな顔だった。

『本当に変わりませんね』

「百年寝てたからな」

『私は百年待ちました』

その一言に、シモンは返せなかった。

フェンは終焉の王へ視線を戻す。

『百年前、私は貴様に敗れた』

風が吹いた。

王座の間に、銀色の風が生まれる。

『守れなかった』

フェンの声が震える。

『仲間も』

『主も』

『世界も』

銀狼の爪が床を砕いた。

『だから今度は違う』

終焉の王の闇が揺れる。

笑ったのかもしれない。

『よく耐えたな、風狼』

『黙れ』

フェンが吠えた。

轟音と共に暴風が爆発する。

王座の間を銀色の嵐が駆け抜けた。

石柱が砕け、床が抉れ、黒い霧が吹き散らされる。

リリアが慌ててしゃがみ込んだ。

「ひゃあっ!?」

髪が風に巻き上げられ、外套がばたばたと暴れる。

必死に押さえようとしているが、完全に翻弄されていた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 髪が! 髪が大変なことに!」

ノアがくすりと笑う。

『可愛らしい方ですね』

「今それどころじゃないです!」

涙目で叫ぶリリアの頭に、イグニスが大きな手をぽんと置いた。

『安心しろ嬢ちゃん。主がいる限り、そう簡単には負けねぇよ』

「髪がさらにぐしゃぐしゃに!」

『おっと、悪い』

「絶対悪いと思ってませんよね!?」

イグニスは豪快に笑った。

リリアは頬を膨らませながら髪を直す。

その姿に、レオンが小さく笑った。

本当に小さな笑いだった。

だがシモンは見逃さなかった。

百年間。

この男は笑えなかったのだろう。

終焉の王を封じ、自分を削り、仲間が来るかどうかも分からない時間を過ごした。

レオンは剣を握る。

その手はわずかに震えていた。

疲労ではない。

限界でもない。

感情だった。

百年間、毎日。

毎時間。

毎分。

終焉の王を押さえ続けた。

名前を忘れそうになる日もあった。

自分が誰なのか分からなくなる日もあった。

それでも一つだけ忘れなかった。

いつか、仲間が来る。

「遅かったな」

レオンが呟く。

誰に向けた言葉かは分からない。

シモンは肩をすくめた。

「悪い」

「本当に悪いと思ってる顔じゃねぇな」

「思ってる」

「嘘つけ」

レオンは笑った。

今度は、はっきりと。

その笑顔を見て、フェンが少しだけ目を細める。

ノアも静かに微笑んでいた。

イグニスは拳を鳴らす。

百年前に失われたはずの空気が、ほんの一瞬だけ戻ってきた。

だが、終焉の王は待たない。

ドクン――。

黒霧城が脈打った。

巨大な心臓が動き出したような音だった。

床が震える。

壁が歪む。

王座の間の奥で、黒い亀裂が広がっていく。

アーサーが剣を抜いた。

「来るぞ」

その声に、場の空気が一気に引き締まる。

バキィィィィィッ!!

王座の間の壁が内側から砕け散った。

現れたのは巨大な腕だった。

黒い鱗。

岩のような筋肉。

山のような巨体。

アビス・タイタン。

百年前、数百人規模の攻略部隊が必要だったレイドボス。

その怪物が、床を踏み砕きながら王座の間へ現れる。

続いて、黒竜。

骸骨騎士。

魔神。

獣王。

冥府の騎士団。

一体だけで国を滅ぼせるような怪物たちが、闇の裂け目から次々と溢れ出してくる。

一体。

二体。

十体。

数えることに意味がない。

リリアの顔から血の気が引いた。

「む、無理です」

真顔だった。

「どう考えても無理です。絶対に無理です。普通に考えたら帰る場面です」

「帰るか?」

シモンが聞く。

リリアは一瞬、本気で迷った。

迷った顔をした。

だが、すぐに首を横へ振る。

「帰りません」

声は震えていた。

膝も震えている。

それでも、剣は離していない。

「ここにいる全員が百年戦ってたんですよね」

リリアは小さく息を吸う。

「だったら、私だけ逃げるのは嫌です」

シモンは少しだけ驚いた。

リリアは目を潤ませている。

怖いのだ。

泣きそうなくらい。

それでも前を向いている。

遺跡で震えていた少女とは違う。

確かに成長していた。

「そうか」

シモンは言った。

「なら後ろは任せる」

リリアの目が丸くなる。

「え」

「俺たちは前に出る。抜けてきた奴を見てろ」

「わ、私がですか?」

「冒険者なんだろ」

その言葉に、リリアの顔が少し赤くなった。

怖さと嬉しさが混ざった顔だった。

そして、ぎゅっと剣を握り直す。

「……任せてください」

声はまだ震えていた。

だが、さっきより強かった。

終焉の王が両腕を広げる。

『抗うか』

その声に、黒い軍勢が一斉に動き出す。

王座の間が怪物で埋まっていく。

天井が崩れ、床が割れ、黒い霧が濁流のように押し寄せる。

だがシモンは動じなかった。

隣にはフェン。

背後にはノアとイグニス。

さらにレオンとアーサーがいる。

百年前ですら実現しなかった布陣だった。

シモンは《蒼雷》を肩へ担ぐ。

「フェン」

『はい』

「ノア」

『いつでも』

「イグニス」

『待ちくたびれたぜ』

「レオン」

「言われなくても分かってる」

「アーサー」

「管理者らしく働くさ」

シモンは笑った。

絶望的な状況ほど、なぜか身体が軽くなる。

百年前もそうだった。

負けた。

敗れた。

世界は崩壊した。

だが今度は違う。

あの時には揃わなかったものが、ここにある。

待ち続けたフェン。

戦い続けたレオン。

世界を支え続けたアーサー。

海姫ノア。

炎王イグニス。

そして、震えながらも逃げないリリア。

シモンは終焉の王を見据えた。

「レイド再開だ」

その言葉を合図に、フェンが駆けた。

銀色の風が黒い軍勢を裂く。

ノアが手を振ると、王座の間に蒼い波が生まれ、魔物の群れを押し流した。

イグニスの拳が炎を纏い、アビス・タイタンの巨体へ叩き込まれる。

レオンの剣が青白く輝き、アーサーの白銀の斬撃が闇を切り裂いた。

リリアはその光景を見て、息を呑んだ。

怖い。

それでも綺麗だと思った。

百年前に失われた英雄たちが、もう一度立ち上がる。

その瞬間に、自分も立ち会っている。

なら、逃げられない。

「私も……!」

リリアは小さく叫び、剣を構えた。

世界を終わらせる災厄と、世界を支える守護者たち。

百年前に決着のつかなかった戦い。

誰も知らない百年の終わりが、ここから始まった。

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