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第十八話 百年越しの誓い

王座の間が静まり返る。

シモンの言葉が消えたあとも、誰もすぐには口を開かなかった。

「百年前の続きだ。今度こそ終わらせる」

その一言は。

あまりにも自然だった。

だが、その言葉の重みを知る者が、この場にはいた。

レオン。

アーサー。

フェン。

そして終焉の王。

百年。

それぞれが違う形で背負ってきた時間。

その全てが今、王座の間へ集まっている。

『終わらせる……か』

終焉の王が初めて反応した。

黒い霧が揺らぐ。

空洞の顔。

そこには何もない。

目も。

口も。

鼻も。

何一つ存在しない。

それなのに。

確かに笑った気がした。

『面白い』

空間が震える。

壁に亀裂が走る。

床石が軋む。

ただ声を発しただけ。

それだけで城そのものが悲鳴を上げていた。

リリアが小さく肩を震わせた。

「ひっ……」

思わずシモンの後ろへ隠れる。

ちょこん、と服の裾を掴む。

本人は無意識だった。

怖かったのだ。

どれだけ強くなりたいと思っても。

どれだけ覚悟を決めても。

目の前にいるのは世界を滅ぼした災厄。

恐怖を感じない方がおかしい。

シモンは振り返らない。

だが小さく言った。

「大丈夫だ」

それだけだった。

だが。

リリアの肩から少しだけ力が抜ける。

不思議だった。

根拠はない。

なのに。

シモンが言うと、本当に大丈夫な気がする。

百年前の仲間たちも。

きっとこんな気持ちだったのだろう。

フェンが前へ出る。

銀色の毛並みが揺れた。

『主』

静かな声。

だがその奥には強い感情があった。

『百年間』

『私は待っていました』

シモンは何も言わない。

フェンが続ける。

『信じていました』

『必ず戻ってくると』

風が吹く。

優しい風だった。

黒霧城の中とは思えないほど穏やかな風。

『何度も諦めそうになりました』

『何度も』

『何度もです』

その声は少し震えていた。

フェンは守護者だ。

世界そのものを支える存在だ。

だが。

それでも。

寂しくなかったわけではない。

百年間。

たった一人で。

主人を待ち続けたのだから。

シモンは静かにフェンの首を撫でる。

巨大な銀狼。

普通の人間なら届かない高さだ。

だがフェンは自然に頭を下げた。

百年前と同じように。

『主……』

「悪かったな」

ぽつりと漏れる。

百年。

シモンにとっては一夜だった。

だがフェンにとっては違う。

永遠にも等しい時間だった。

「待たせた」

その言葉に。

フェンは目を閉じた。

そして小さく笑う。

狼なのに。

なぜかそう見えた。

『はい』

『本当に』

『待たされました』

王座の間に少しだけ笑いが広がる。

レオンも苦笑した。

アーサーも肩を竦める。

だが。

その空気は長く続かなかった。

終焉の王が動いたからだ。

ドクン。

空間が脈打つ。

まるで巨大な心臓。

城全体が震えた。

天井から石片が落ちる。

黒い霧が濃くなる。

終焉の王の周囲で何かが集まり始めていた。

魔力ではない。

もっと根源的な何か。

世界そのものを侵食する力。

アーサーの表情が険しくなる。

「まずいな」

「何だ」

シモンが聞く。

アーサーは終焉の王から目を離さない。

「百年間、こいつが完全復活できなかった理由だ」

王座の間の空気が張り詰める。

レオンが苦しそうに息を吐いた。

「封印だ」

「俺が百年間やってきたことだよ」

シモンはレオンを見る。

右半身を覆う黒い侵食。

あれが封印の代償なのだろう。

「終焉の王は倒せなかった」

レオンが続ける。

「だから閉じ込めた」

「俺自身を楔にしてな」

百年間。

想像もできない時間だった。

たった一人で。

終焉の王を押さえ込み続ける。

正気ではいられない。

「だが限界だった」

アーサーが言う。

「十年前にはもう崩れ始めていた」

シモンはフェンを見る。

黒い侵食。

城全体の汚染。

全て繋がる。

「じゃあ、なぜ今なんだ」

その問いに。

アーサーはゆっくり振り返った。

そして。

真っ直ぐシモンを見る。

「お前が来たからだ」

沈黙。

「意味が分からん」

「終焉の王は百年間待っていた」

アーサーの声が重くなる。

「守護者を」

フェンが目を閉じる。

「最後の召喚士を」

リリアが息を呑む。

「そして」

アーサーは終焉の王を見る。

「世界の扉を開くための条件を」

終焉の王の周囲で黒い霧が渦を巻く。

『そうだ』

低い声が響いた。

空間が震える。

『百年』

『長かった』

その声には怒りも憎しみもなかった。

ただ。

飽くことのない執念だけがあった。

『守護者』

『最後の召喚士』

『封印の楔』

終焉の王の空洞の顔がこちらを向く。

『全て揃った』

ドクン。

城が脈打つ。

まるで巨大な心臓だ。

黒霧城そのものが生き返ろうとしている。

『百年前』

『私は不完全だった』

『故に敗れた』

シモンの目が細くなる。

敗れた。

終焉の王はそう言った。

討伐されていない。

だが。

目的も果たせなかった。

だから封じられた。

『だが今は違う』

黒い霧が天井へ伸びる。

壁を覆う。

床を侵食する。

王座の間そのものが闇へ変わっていく。

『守護者の力』

『召喚契約』

『世界の核』

『全てがここにある』

アーサーが剣を握る。

レオンも立ち上がる。

フェンの毛が逆立つ。

そして。

終焉の王が両腕を広げた。

『第二の世界崩壊を始めよう』

バキバキバキバキッ!!

空間が割れる。

王座の間の左右に巨大な亀裂が走る。

その向こう側。

見えたのは闇だった。

底の見えない奈落。

そして。

無数の赤い瞳。

何百。

何千。

何万。

百年間。

終焉の王が蓄え続けた軍勢だった。

リリアの顔から血の気が引く。

「う……そ……」

終焉の王が告げる。

『第二の世界崩壊を始めよう』

その宣言と同時に。

黒霧城全体が咆哮した。

百年前。

誰も止められなかった災厄が。

今。

再び動き始める。

だが。

シモンは剣を握った。

《蒼雷》。

青い光が走る。

隣にはフェン。

背後にはリリア。

そして。

レオンとアーサー。

百年前には揃わなかった仲間たちがいる。

シモンは静かに笑った。

「今度は違う」

終焉の王の空洞の顔が向く。

「百年前は負けた」

剣先を向ける。

「でも今回は――」

青い雷光が王座の間を照らした。

「勝つぞ」

その言葉と共に。

第二の最終決戦が始まった。

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