第十六話 守護者
王座の間に重い沈黙が落ちていた。
誰も動かない。
誰も言葉を発しない。
終焉の王。
ランキング1位アーサー。
百年前の真実。
あまりにも多くの情報が一度に押し寄せていた。
リリアに至っては完全に固まっていた。
目をぱちぱちさせながら、
「えっと……」
「つまり……」
「何も分かりません……」
小さくそう呟く。
シモンは少しだけ笑った。
正直、自分も似たようなものだった。
ただ一つ。
どうしても聞かなければならないことがある。
シモンはゆっくりとフェンを見る。
銀色の巨狼。
百年間探し続けた相棒。
何度も命を預けた存在。
だが今は違う。
フェンを見る目が少し変わっていた。
「フェン」
『はい』
「お前、本当に何者なんだ」
静かな声だった。
フェンもすぐには答えなかった。
青い瞳が細くなる。
どこか懐かしそうに。
そして少しだけ困ったように。
『主は覚えておられませんか』
「覚えてるわけないだろ」
シモンが即答する。
「召喚獣だと思ってた」
『そうでしたね』
フェンが苦笑した。
狼が苦笑するというのも妙な話だったが。
長い付き合いだから分かる。
今のフェンは確実に笑っていた。
その時。
王座の間に風が吹いた。
窓はない。
隙間もない。
それなのに。
柔らかな風が生まれる。
銀色の毛並みが揺れた。
ふわりと。
月光のような粒子が舞う。
リリアが思わず声を漏らす。
「きれい……」
その言葉は自然に出たものだった。
恐ろしいほど強大な存在。
だが同時に。
目を奪われるほど美しい。
フェンは静かに語る。
『私は風の守護者です』
その瞬間。
空気が変わった。
まるで世界そのものが反応したように。
『風が生まれた時から存在し』
『風が消える時まで存在する』
『それが私です』
リリアの口がぽかんと開く。
「え?」
「え?」
「それって神様では?」
『違います』
即答だった。
「違うんですか!?」
『違います』
「いや絶対そっち側ですよね!?」
リリアの悲鳴に近いツッコミが響く。
レオンが思わず吹き出した。
アーサーも肩を震わせている。
張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
フェンだけが本気で首を傾げていた。
『?』
「なんで不思議そうなんですか!」
リリアが半泣きで叫ぶ。
シモンは思わず額を押さえた。
相変わらずだ。
どんな状況でもこの少女は変わらない。
だが。
そのおかげで少し気が楽になった。
アーサーが口を開く。
「フェンだけじゃない」
視線が向く。
「ノアも」
「イグニスも」
「全員同じだ」
シモンの表情が変わる。
ノア。
水を司る召喚獣。
イグニス。
炎を司る召喚獣。
どちらも百年前から共に戦ってきた仲間だった。
「待て」
シモンが言う。
「全員守護者なのか」
「そうだ」
アーサーは頷く。
「フェンは風」
「ノアは海」
「イグニスは炎」
「それぞれ世界の根幹を支える存在だ」
リリアが恐る恐る手を挙げる。
「質問いいですか」
「どうぞ」
「それって……」
少し考える。
そして。
「シモンさん、実はとんでもなく凄い人なんじゃないですか?」
王座の間が静かになった。
シモンが目を逸らす。
レオンが吹き出す。
アーサーは笑う。
フェンだけが真面目に答えた。
『はい』
「はいじゃないですよ!」
リリアが叫んだ。
「もっと早く言ってください!」
「俺も今知った」
シモンが真顔で答える。
「知らなかったんですか!?」
「知らなかった」
「知らないで神様みたいな存在を召喚してたんですか!?」
「そうなるな」
リリアは頭を抱えた。
理解を放棄したらしい。
アーサーが笑いながら続ける。
「だが本題はそこじゃない」
空気が引き締まる。
「なぜシモンだけが守護者と契約できたのか」
その言葉に。
シモンの胸がざわついた。
確かにそうだ。
百年前。
召喚士は何万人もいた。
だが。
フェンと契約できたのは自分だけだった。
ノアも。
イグニスも。
全てそうだ。
偶然だと思っていた。
運が良かっただけだと。
「違うのか」
シモンが呟く。
アーサーは静かに首を振った。
「偶然じゃない」
「最初から決まっていた」
王座の間が静まり返る。
フェンが目を伏せる。
レオンも黙ったままだ。
二人とも知っていたのだろう。
ずっと。
アーサーはシモンを見つめる。
百年前から変わらない顔で。
だが。
その瞳だけは百年分の重みを背負っていた。
「シモン」
静かな声だった。
「お前はただの召喚士じゃない」
鼓動が鳴る。
「お前は百年前から」
アーサーが告げる。
世界の核心に触れる真実を。
「守護者を束ねる資格を持つ者だった」
リリアが息を呑む。
レオンが目を閉じる。
フェンは静かに頭を下げた。
シモンは言葉を失っていた。
守護者を束ねる資格。
あまりにも現実感のない言葉だった。
百年前。
自分はただの召喚士だった。
ランキング二十八位。
上位ではあった。
だが最強ではない。
アーサーほどではない。
レオンほどでもない。
グレンにも勝てなかった。
だからずっと思っていた。
自分は特別な存在ではないと。
少し運が良かっただけだと。
フェンと契約できたのも。
ノアを見つけたのも。
イグニスと出会えたのも。
全部偶然だと思っていた。
だが。
違った。
百年前から。
全てに意味があったというのか。
フェンとの出会いも。
レイドで生き残ったことも。
終焉の王との戦いも。
そして。
自分だけが百年後に目覚めたことさえ。
胸の奥がざわつく。
理解が追いつかない。
受け入れられない。
だが同時に。
心のどこかで納得している自分もいた。
百年間。
フェンは待っていた。
レオンは戦い続けた。
アーサーは世界を支え続けた。
全員が。
まるで自分が来ることを知っていたかのように。
シモンは拳を握る。
視線を落とす。
震えていた。
恐怖ではない。
重圧だった。
百年前。
ただのプレイヤーだったはずの自分へ。
世界の命運が託されている。
そんな話を。
誰が簡単に受け入れられる。
「……冗談だろ」
ようやく出た言葉はそれだけだった。
だが。
アーサーも。
レオンも。
フェンも。
誰一人として笑わなかった。
それが何よりの答えだった。




