第十五話 ランキング1位
王座の間に沈黙が落ちていた。
誰も動けない。
誰も声を出せない。
終末の門の前。
そこに立つ男を見てしまったからだ。
アーサー。
その名前を忘れたプレイヤーはいない。
《エターナル・フロンティア》総合ランキング1位。
PvPランキング1位。
レイド貢献度ランキング1位。
攻略組最強。
誰も追いつけなかった頂点。
百年前。
全プレイヤーが憧れた存在だった。
「……マジかよ」
思わず漏れる。
シモン自身、こんな声が出るとは思わなかった。
アーサーは苦笑した。
百年前と変わらない顔で。
「ひでぇな」
肩を竦める。
「百年ぶりの再会だぞ」
「百年ぶりだからだろ」
シモンが返す。
だが。
軽口を叩きながらも視線は逸らさない。
違和感があった。
いや。
違和感という言葉では足りない。
圧倒的だった。
そこに立っているだけで空間が歪んで見える。
魔力の密度が異常だ。
まるで世界そのものが彼を中心に回っているような錯覚。
百年前のアーサーは確かに強かった。
だが。
今のアーサーは違う。
強さという尺度で測れる存在ではない。
終焉の王に匹敵する。
あるいは――
それ以上。
フェンが低く唸る。
銀色の毛が逆立つ。
レオンも顔色を変えていた。
百年間。
終焉の王と戦い続けてきた男が。
アーサーを見て警戒している。
それだけで異常だった。
「レオン」
シモンが聞く。
「本物か?」
レオンは苦笑した。
「半分はな」
嫌な答えだった。
シモンの眉が動く。
「どういう意味だ」
「そのままだ」
レオンがアーサーを見る。
「アーサー本人でもある」
「だが本人だけじゃない」
「百年前に知ってた奴とは別物だ」
アーサーは否定しなかった。
ただ静かに笑う。
「まぁ、その評価は間違ってない」
そして。
ゆっくりと歩き出した。
王座の間の中央へ。
終焉の王の隣へ。
まるで昔からそこに立つことが決まっていたように。
自然に。
当たり前のように。
リリアが息を呑む。
小さな肩が震えていた。
怖いのだろう。
無理もない。
終焉の王だけでも十分恐ろしい。
その隣に立つ男もまた、同じくらい恐ろしいのだから。
それでも逃げない。
唇をきゅっと結びながら。
必死にその場へ立っている。
シモンは少しだけ感心した。
数週間前なら気絶していてもおかしくなかった。
確実に成長している。
「驚いたか?」
アーサーが言う。
「驚くさ」
シモンが答える。
「お前、ラスボス側だったのか」
アーサーは笑った。
だがその笑顔にはどこか疲れがあった。
百年分の疲労が滲んでいた。
「違う」
静かな声。
「味方でも敵でもない」
「じゃあ何だ」
アーサーは少しだけ空を見上げた。
遠い昔を思い出すように。
「管理者だ」
意味が分からない。
リリアは完全に置いていかれていた。
「か、管理者って何ですか……?」
小さく尋ねる。
アーサーは少し笑った。
「分からないよな」
「俺も最初は理解できなかった」
そして。
百年間抱え続けた真実を語り始める。
「俺たちは勘違いしていた」
王座の間に声が響く。
「終焉の王はラスボスじゃない」
シモンの表情が険しくなる。
「じゃあ何だ」
「鍵だ」
短い言葉だった。
だが。
その一言が重い。
「世界を閉じるための鍵」
空気が変わる。
シモンの背筋に寒気が走る。
「サービス終了」
アーサーが続ける。
「俺たちはそう呼んでいた」
「だが違った」
「本当は世界の終了だった」
沈黙。
「この世界はゲームじゃない」
誰も口を挟まない。
「最初からな」
リリアの目が見開かれる。
シモンも黙っていた。
頭では否定したい。
だが。
これまでの旅で見てきた異常が脳裏を過る。
百年後の世界。
転生者。
生き続けるフェン。
終焉の王。
説明がついてしまう。
「プレイヤーだと思っていた俺たちは」
アーサーが言う。
「ただ接続していただけだ」
「本来存在していた世界へ」
重い沈黙が落ちた。
レオンが目を閉じる。
百年間追い続けた答え。
その一つだった。
「じゃあお前は何をした」
シモンが聞く。
アーサーは少し黙る。
そして静かに答えた。
「世界を守った」
その瞬間。
レオンが怒鳴った。
「嘘をつくな!!」
王座の間が震える。
百年間で初めて見るほどの怒りだった。
「お前は世界を壊した!」
「違う」
アーサーは首を振る。
「俺は選んだだけだ」
「何を」
「存続を」
終焉の王の黒い霧が揺れる。
まるで反応するように。
アーサーは続けた。
「サービス終了の日」
「この世界は完全消滅するはずだった」
「人も」
「大地も」
「空も」
「全て」
リリアが震える。
「そんな……」
「だから俺は選んだ」
アーサーの瞳が揺れる。
百年前の決断を思い出しているのだろう。
「終焉の王と融合することで」
「世界を維持することを」
シモンの目が見開かれた。
ようやく繋がる。
ランキング1位失踪。
百年間の空白。
異常な力。
全て。
「お前……」
「そうだ」
アーサーは笑う。
「俺は百年間」
「世界の柱になった」
その笑顔は。
英雄のものではなかった。
ただ一人で責任を背負い続けた男の顔だった。
そして。
アーサーの視線が向く。
シモンへ。
正確には。
フェンへ。
「問題は俺じゃない」
「終焉の王でもない」
「じゃあ何だ」
アーサーの目が細くなる。
「召喚契約だ」
フェンの耳がぴくりと動いた。
シモンの顔色も変わる。
「どういう意味だ」
アーサーは苦笑する。
「まだ気付いてないのか」
「シモン」
「お前の召喚獣は普通じゃない」
王座の間が静まり返る。
「フェンは百年間生きていた」
「ノアも」
「イグニスも」
「全員だ」
シモンの鼓動が強くなる。
百年間。
疑問に思わなかったわけではない。
だが。
考えないようにしていた。
「彼らは召喚獣じゃない」
アーサーの声が響く。
世界の真実を告げるように。
「この世界を支える守護者だ」
フェンが静かに目を閉じる。
否定しない。
それだけで十分だった。
「そして」
終焉の王がゆっくり顔を上げる。
闇しかない顔。
その奥から声が響く。
『最後の封印だ』
シモンの心臓が強く鳴る。
全てが繋がり始める。
世界崩壊イベント。
百年前の戦い。
転生者。
終焉の王。
そして召喚獣。
自分が知っていた物語は。
まだ入口に過ぎなかった。
本当の戦いは。
今から始まるのだ。




