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第十四話 終焉の王

第十四話 終焉の王

王座の間の扉が軋む。

ギギギギギ……

重い音だった。

石と鉄が擦れ合う音ではない。

まるで世界そのものが悲鳴を上げているような音だった。

シモンの背筋を冷たいものが走る。

忘れるはずがない。

百年前。

サービス終了前夜。

最後のレイド。

数万人のプレイヤーが集結した最終決戦。

あの日も同じ音を聞いた。

終焉の王の間へ続く扉が開く時の音だ。

「……嘘だろ」

思わず漏れる。

手のひらに汗が滲む。

心臓が早鐘を打つ。

シモン自身も驚いていた。

百年ぶりに感じる恐怖だった。

だが。

何かがおかしい。

終焉の王の気配は確かにある。

圧倒的だ。

だが。

百年前に感じた絶望と少し違う。

何かが欠けている。

何かが変質している。

そんな違和感があった。

レオンが壁へ身体を預ける。

顔色は最悪だった。

右半身を黒い紋様が覆っている。

まるで生きた影だ。

皮膚の下を黒い何かが這い回っているようにも見える。

「時間がない」

掠れた声だった。

シモンは黙って耳を傾ける。

「聞け」

レオンの瞳は真剣だった。

百年前。

レイド前に見た顔だ。

冗談を言う余裕などない。

「終焉の王は生きている」

「見れば分かる」

シモンが答える。

だが。

レオンは首を横へ振った。

「違う」

「生きているんじゃない」

「封印している」

シモンの思考が止まった。

封印。

その言葉の意味を理解するまで数秒かかった。

「誰が?」

レオンは苦笑する。

疲れ切った顔で。

百年分の疲労を背負った顔で。

「俺だ」

沈黙が落ちた。

リリアもフェンも言葉を失う。

百年間。

レオンは一人で戦っていた。

終焉の王と。

誰にも知られず。

誰にも助けられず。

ただ一人で。

「……馬鹿だろ」

シモンが呟く。

レオンは笑った。

「知ってる」

その笑顔は少しだけ昔と同じだった。

百年前。

無茶ばかりしていた頃と。

「サービス終了で終わるはずだった」

レオンが続ける。

「だが終わらなかった」

「終焉の王はただのボスじゃなかった」

「世界そのものに寄生していた」

空気が重くなる。

「ゲームのシステムが消えた時」

「封印も消えた」

「そして世界を喰い始めた」

シモンの表情が険しくなる。

ようやく繋がった。

百年後の世界。

転生者たち。

黒霧城。

全てが。

「俺たちは転生したんじゃない」

レオンが言う。

「巻き込まれたんだ」

「何に?」

「世界の再構築に」

難しい話だった。

だが。

一つだけ理解できる。

百年前。

プレイヤーたちが知らなかった何かが起きた。

運営ですら把握していなかった異常事態が。

「なんでお前なんだ」

シモンが聞く。

「なんで百年間も戦ってる」

レオンは肩を竦める。

「運が悪かった」

その答えに。

シモンは思わず吹き出した。

本当に変わらない。

レオンらしい。

「最後に触ったんだよ」

「何を?」

「終焉の王を」

シモンの記憶が蘇る。

最終レイド。

最後まで前線に残った男。

最後まで王へ斬りかかった男。

ランキング十一位。

魔導騎士レオン。

「だから繋がった」

「百年間」

「ずっと」

その声は疲れていた。

本当に。

本当に疲れ切っていた。

その時だった。

ゴゴゴゴゴ……

王座の間全体が震えた。

扉が開く。

黒い霧が溢れ出す。

床を這い。

壁を覆い。

天井へ昇る。

まるで生き物のように。

リリアの身体が震えた。

「シモンさん……」

無意識だった。

小さな手がシモンの服の裾を掴んでいる。

怖いのだ。

当然だった。

リリアはまだ十代の少女だ。

こんな存在を前に平然としていられるはずがない。

それでも逃げない。

震える足で立っている。

シモンは何も言わなかった。

ただ少しだけ前へ出る。

リリアを庇うように。

そして。

姿が見えた。

巨大な怪物ではない。

ドラゴンでもない。

魔王でもない。

人型だった。

黒いローブ。

黒い王冠。

細い身体。

だが。

その姿を見た瞬間。

リリアが膝をついた。

「ぁ……」

声にならない。

呼吸ができない。

心臓が掴まれる。

恐怖という言葉では足りなかった。

本能が叫んでいる。

見てはいけないと。

そこに顔はなかった。

闇。

ただ闇だけがあった。

人の形をしているだけ。

中身は空洞。

存在そのものが異質だった。

フェンが低く唸る。

銀色の毛が逆立つ。

だが。

シモンだけは動かなかった。

なぜなら。

知っているからだ。

百年前。

何度も挑んだ。

何度も敗北した。

その相手を。

終焉の王が動く。

ゆっくり。

ゆっくりと。

そして。

口もないはずなのに声が響いた。

『見つけた』

空間が震える。

黒霧城全体が共鳴する。

『最後の召喚士』

シモンの目が細くなる。

最後。

その言葉に引っ掛かる。

『待っていた』

『ずっと』

違和感があった。

ボスの台詞ではない。

まるで。

誰かを探していたような。

『契約は揃った』

王がフェンを見る。

レオンを見る。

そして。

シモンを見る。

『これで扉が開く』

レオンの顔色が変わった。

「まずい!」

百年間で初めて見せる焦りだった。

「シモン!!」

「下がれ!!」

その瞬間。

終焉の王の背後で空間が裂けた。

黒い亀裂。

世界そのものが割れる。

そして現れる。

巨大な門。

シモンは知っていた。

忘れるはずがない。

サービス終了の日。

世界崩壊イベントの最後。

空に現れた門。

《終末の門》。

門の向こうから影が現れる。

一人の男だった。

長剣を持つ男。

その姿を見た瞬間。

レオンの顔から血の気が引いた。

『久しぶりだな』

男は笑う。

まるで旧友に会ったように。

『シモン』

『レオン』

その姿は百年前と全く変わらない。

銀色の髪。

蒼い瞳。

白銀の鎧。

ランキング一位。

攻略組最強。

誰も届かなかった頂。

アーサー。

その男が。

終末の門の向こうから現れた。

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