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第十三話 王座の間

終焉の王――。

その名を聞いた瞬間、シモンの脳裏に百年前の記憶が鮮明によみがえった。

サービス終了前夜。

《エターナル・フロンティア》最後の大型イベント。

世界崩壊イベント。

数万人のプレイヤーが集結し、全てを賭けて挑んだ最終レイド。

ランキング上位者。

大手ギルド。

伝説級プレイヤー。

その全てを投入しても倒せなかった怪物。

世界を終わらせる災厄。

終焉の王。

その存在が――まだ生きている。

「……冗談だろ」

思わず漏れた言葉。

だがフェンは静かに首を振った。

『冗談ではありません』

声は苦しそうだった。

右半身を覆う黒い侵食がさらに広がる。

銀色の毛並みを飲み込みながら、ゆっくりと闇が這い上がっていく。

『主……』

フェンの声が震える。

『急いでください』

『レオン様が……』

そこで言葉が途切れた。

黒い霧が一気に噴き出す。

フェンの身体が大きく痙攣した。

青かった瞳が闇に染まる。

そして――。

ウォォォォォォォォォォン!!

獣の咆哮。

それはシモンの知るフェンではなかった。

理性を失った魔獣の叫びだった。

「フェン!」

シモンが叫ぶ。

同時にフェンが地面を蹴った。

轟音。

石床が砕ける。

巨大な身体が弾丸のように突進してくる。

「ひゃっ!?」

リリアが小さな悲鳴を上げた。

だが逃げない。

怖さで涙目になりながらも剣を抜く。

そんな姿にシモンは少しだけ口元を緩めた。

「リリア!」

「は、はいっ!」

「下がってろ!」

「わ、分かりました!」

返事だけは元気だった。

だが足は少し震えている。

それでも必死に後退する姿が妙に健気だった。

シモンは《蒼雷》を抜く。

青い雷光が剣身を走った。

フェンの爪が振り下ろされる。

轟ッ!!

衝撃で床が吹き飛んだ。

壁に亀裂が走る。

リリアは思わず息を呑んだ。

今まで見たどの戦いとも違う。

盗賊団とも。

ガルドとも。

比較にならない。

まるで災害同士がぶつかり合っている。

だがシモンは気付いていた。

フェンは本気ではない。

いや。

本気を出せないのだ。

身体の中で何かと戦っている。

「戻れ!」

シモンが叫ぶ。

「フェン!!」

狼の身体が震える。

一瞬だけ。

ほんの一瞬だけ。

青い瞳が戻った。

『……主』

だが再び黒に染まる。

限界だった。

シモンは歯を食いしばる。

召喚士。

それが自分の本職だ。

ならばやることは一つしかない。

右手を突き出す。

百年前。

何度もフェンと交わした契約。

誰も知らない古い詠唱。

失われた召喚術。

光が奔る。

巨大な魔法陣が展開された。

城全体を覆うほどの規模。

リリアが目を丸くする。

「な、なにこれ……」

声が震えていた。

見たこともない魔法だった。

魔法陣は何重にも重なり、黄金の光を放つ。

シモンは叫んだ。

「帰ってこい!!」

「フェン!!」

世界が震えた。

魔力が渦を巻く。

そして――。

百年ぶりに。

契約が繋がった。

黒い霧が吹き飛ぶ。

銀色の毛並みが戻る。

青い瞳がゆっくり開いた。

『……主』

フェンの目から光が零れる。

涙のようだった。

『お帰りなさい』

その一言。

百年間。

待ち続けた時間。

孤独だった時間。

絶望した時間。

その全てが詰まっていた。

シモンは静かに笑った。

「ただいま」

フェンが嬉しそうに目を細める。

リリアも胸を押さえていた。

少しだけ目が潤んでいる。

「よ、良かったぁ……」

本気で心配していたらしい。

だが感動に浸る時間はなかった。

ドォォォォォォォン!!

城全体が激しく揺れる。

天井から瓦礫が落ちた。

空気が震える。

いや。

空気そのものが悲鳴を上げている。

フェンが立ち上がる。

表情は険しかった。

『急ぎましょう』

「レオンか」

『はい』

フェンは頷く。

『レオン様は百年間戦い続けました』

『ずっと一人で』

シモンは黙る。

百年。

自分にとっては一夜。

レオンにとっては人生そのものだ。

想像もできない。

だからこそ会わなければならない。

最上階。

王座の間。

巨大な扉がそびえていた。

黒い紋章。

不気味な魔力。

そして。

扉の前に一人の男が立っていた。

黒い鎧。

長剣。

鋭い眼差し。

忘れるはずがない。

レオンだった。

百年前の仲間。

ランキング十一位。

魔導騎士。

だが様子がおかしい。

左目は昔のまま。

右目だけが漆黒に染まっていた。

まるで別人のように。

「レオン」

シモンが呼ぶ。

男が顔を上げる。

沈黙。

数秒。

そして。

ふっと笑った。

百年ぶりの笑顔だった。

「遅ぇよ」

昔と同じ口調。

昔と同じ声。

シモンも笑う。

「百年待ったんだろ」

「待たせすぎだ馬鹿」

声が震えていた。

怒りではない。

安堵だった。

ようやく。

ようやく仲間が来た。

百年ぶりに。

だが。

次の瞬間。

レオンの右目が黒く光る。

身体が激しく痙攣した。

「……逃げろ」

声が変わる。

低く。

冷たい。

別人の声。

レオンが自分の胸を押さえる。

必死に何かを抑えていた。

「シモン」

苦しそうな声。

「俺を殺せ」

空気が凍った。

リリアが息を呑む。

フェンも動かない。

だがシモンだけは違った。

即答だった。

「断る」

レオンが目を見開く。

「馬鹿かお前」

「昔から言ってるだろ」

シモンは笑う。

「レイドは全員生還が基本だ」

百年前。

何度も言った言葉。

どれだけ絶望的なレイドでも。

どれだけ勝率が低くても。

シモンだけは最後まで諦めなかった。

レオンが苦笑する。

本当に。

変わらない。

その時だった。

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

王座の間の扉がゆっくり開き始める。

黒い霧が溢れ出す。

圧倒的な悪意。

圧倒的な殺気。

そして――。

巨大な黒い手が扉の奥から現れた。

人間ではない。

魔物でもない。

災厄そのもの。

終焉の王。

百年間眠り続けた絶望が。

ついに姿を現そうとしていた。

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