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第十二話 城門の前で

ゴゴゴゴゴ……

重い地鳴りが大地を揺らした。

黒霧城。

その巨大な城そのものが震えている。

まるで生きているかのように。

まるで何かを歓迎するように。

城壁を覆う黒い霧が蠢き、空を覆う雲まで揺らしていた。

リリアが思わずシモンの袖を掴む。

顔は真っ青だ。

「な、何ですか今の……」

震える声だった。

シモンは城を見上げたまま答えない。

嫌な予感がする。

レオンが気付いたからではない。

もっと根本的な何かだ。

百年前。

数え切れないほどレイドへ挑んできた経験が警鐘を鳴らしている。

これはイベントだ。

何かの条件が満たされた時に起きる類の。

そして嫌なことに。

その条件を満たしたのは、おそらく自分だ。

「行くぞ」

「えぇ……」

リリアは情けない声を漏らした。

だが手は離さない。

怖いのだろう。

それでも逃げない。

シモンは少しだけ口元を緩めた。

二人は城門へ向かう。

近付くにつれて霧は濃くなっていく。

空気が重い。

肺に鉛を流し込まれるような感覚。

肌にまとわりつく魔力が不快だった。

リリアも額に汗を浮かべている。

「大丈夫か」

「だ、大丈夫です……」

言葉とは裏腹に全然大丈夫そうではない。

顔色も悪い。

それでも必死に胸を張っていた。

「少しだけですから!」

「顔色が悪いぞ」

「気のせいです!」

「そうか」

「そうです!」

強がりだった。

分かりやすすぎるくらいに。

シモンは苦笑する。

その時。

巨大な城門が動いた。

ギギギギギ……

重い音を響かせながら、ゆっくりと左右へ開いていく。

誰も触れていない。

誰もいない。

それなのに。

まるで招き入れるように。

歓迎するように。

黒い闇が口を開いた。

「来いってことか」

シモンが呟く。

リリアが袖を引っ張った。

「帰りません?」

「今さらか?」

「今さらです」

真顔だった。

思わず笑ってしまう。

ここまで来て帰れるはずがない。

二人は城の中へ足を踏み入れた。

第一階層。

静かだった。

異様なほどに。

魔物の気配がない。

兵士もいない。

守護者の姿もない。

ただ広大な城が続いているだけ。

石造りの廊下。

黒く変色した壁。

崩れかけた天井。

そして。

シモンの足が止まった。

壁だ。

そこに文字が刻まれていた。

『第七攻略班ここで全滅』

シモンの表情が変わる。

日本語。

百年前の。

プレイヤーだけが使っていた文字。

「シモンさん?」

リリアが不思議そうに首を傾げる。

「読めるんですか?」

「ああ」

低い声だった。

さらに進む。

次の壁。

『撤退推奨』

『ボス復活確認』

『終焉はまだ生きている』

どれも同じだった。

百年前の文字。

百年前の人間。

ここへ来た転生者は一人ではない。

何人もいた。

何十人も。

そして。

誰一人として帰れなかった。

第二階層。

そこは墓場だった。

廊下のあちこちに武器が落ちている。

砕けた剣。

折れた槍。

崩れた鎧。

そして。

プレイヤーメイド装備。

シモンは無言で歩く。

知っている名前が増えていく。

ランキング六十八位。

ランキング百二位。

ランキング三十九位。

かつて同じ空を見上げた仲間たち。

同じレイドへ挑んだ仲間たち。

その痕跡だけが残っていた。

リリアも空気を察したのだろう。

いつもより静かだった。

ただ。

少しだけ。

シモンの服の裾を掴んでいる。

気付いていないつもりらしい。

だが丸分かりだった。

第三階層。

その時だった。

風が吹く。

黒霧の中を銀色の何かが横切った。

シモンの身体が固まる。

忘れるはずがない。

「フェン……」

霧の向こう。

巨大な狼が立っていた。

銀色の毛並み。

青い瞳。

百年前と変わらない姿。

だが。

右半身だけが黒く染まっている。

まるで闇そのものが身体を侵食しているかのようだった。

『主……』

声が頭へ響く。

シモンは一歩前へ出た。

「フェン」

百年ぶりの再会だった。

ようやく会えた。

探し続けた相棒。

フェンは苦しそうに笑う。

『来てしまいましたか』

「迎えに来た」

即答だった。

百年前から変わらない返事。

フェンの目が細くなる。

どこか嬉しそうに。

どこか泣きそうに。

『本当に変わりませんね』

その一言に百年という時間が詰まっていた。

シモンにとっては昨日。

フェンにとっては百年。

待ち続けた時間。

再会できなかった時間。

失われた時間。

フェンはゆっくり近付く。

そして巨大な頭をシモンへ押し付けた。

ぐいぐい押す。

重い。

昔と同じ癖だった。

「重い」

『成長しましたので』

「百年前からデカかっただろ」

『さらに成長しました』

少しだけ笑う。

百年ぶりなのに。

昨日別れたみたいだった。

その時だった。

フェンの身体が激しく痙攣する。

「フェン!」

黒い侵食。

右半身から全身へ。

黒い霧が這い回る。

青い瞳が黒く染まる。

フェンが苦しそうに咆哮を上げた。

『逃げてください!』

城全体が震える。

ゴゴゴゴゴゴ……

シモンの表情が変わる。

来る。

上だ。

最上階。

レオンのいる場所。

いや違う。

もっと巨大な何か。

もっと邪悪な何か。

フェンが叫ぶ。

『王が目覚めます!』

その瞬間だった。

黒霧城全体を揺るがす咆哮が響いた。

大気が震える。

壁が軋む。

空間そのものが悲鳴を上げる。

シモンはその声を知っていた。

忘れるはずがない。

百年前。

数万人のプレイヤーが挑み。

そして敗北した怪物。

終焉の王。

その咆哮だった。

そして――

黒霧城最上階。

王座の間。

漆黒の玉座に座る一人の男が静かに目を開く。

黒い鎧。

長剣。

魔導騎士。

レオン。

百年ぶりの再会。

だが。

その瞳は半分だけ人間だった。

残る半分は。

終わりなき闇のような漆黒に染まっていた。

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