74.俺の名前は出して欲しくないんだが
ボーレヌグ領に着くと、馬車を街外れまで移動させて降りる。
少し歩くと、お世辞にも綺麗とは言えない建物がすぐ目に入った。
木造平屋の建物は、半分くらい足場が組まれている。
来る途中の車中で、ディディが俺とマーレに服を用意してきたと、嬉々として出した。
もちろん、受け取ったと見せかけて扉を開けると外に投げ捨てたが。
それを見たマーレも外に投げ捨てたのには笑えた。
ディディは慌てて馬車を停めると、服を回収して恨みがましい視線を向けながら仕舞う。
今回は立場とか関係ないから着る必要は無いと突っぱねた。
建物の前には、既に片膝を付いた四人の姿が見えていた。
本人は気にしないだろうが、立場というものがあるというのを思い知らされる光景ではある。
本当に、俺の周りは姫だろうとおかまいなしの連中しか居ないからな。
「ご足労頂き感謝致します。」
やっぱり慣れないな。
前は真面目人間だったのか?
俺はこの世界に来た時、きっと社交性なんてものは引き継がれなかったのだろう。
一応、サラリーマンだから持っていた筈なんだが。
「立ってください。此処は王宮でも無ければ社交の場でもありません。立場、というだけで行っているのならば不要です。」
ディディの言葉に、四人は頭を下げると立ち上がった。
こいつはこいつで、一応王女をしているんだよなぁ。
それっぽく見えるし。
「対話の機会をいただき、誠にありがとうございます。」
「安定した領の運営は、国の安寧にも帰属します。それを国が怠っては成り立ちません。」
ま、その通りだろうよ。
税金を納める奴等が居なきゃ成り立たん。
だから、納められるように維持すんのが上の仕事だよな。
「それよりも、何処か落ち着いて話せる場所に案内いただけますか?」
「気が利かず失礼致しました。お世辞にも綺麗とは言えませぬが、現状を見ていただきたく院内でもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。」
ディディが頷くと、アデルが先導して孤児院の中に入る。
残り三人は俺とマーレの後ろに付いた。
「税が緩和された事で、街にも活気が戻り始めています。街の人達の好意で、この孤児院も修繕される事になりました。」
歩きながらそんな事をアデルは言う。
まぁ、目的に向かって進み始めたならなによりだな。
「良かったわ。」
「はい。」
扉を抜けて進む廊下も、想像に難くない。
穴が開いてもそのまま放置されている床や壁。
雨漏りで腐り始めているのもそう。
湿気で黴により変色しているところもある。
「建て替えた方が早いんじゃね?」
見ていたら思わず口に出していた。
そう思ったのは、全員が足を止め俺に視線を向けたからだ。
「その余裕があれば、修繕はしていません。」
と、アデルがきつい目をして言った。
俺に言われてもな。
環境を理由に当たるなら勘違いもいいところだ。
「せめて、少しでもいい生活環境を先ず用意したい。それも、好意で受けている状況なんです。」
あっそ。
俺には関係無いが。
「とりあえず移動を続けましょう。」
「失礼致しました。」
アデルはディディに頭を下げ、止めていた足を前に動かす。
少し歩いたところで、どん詰まりの扉の前で止まり、その扉を開けた。
「こちらです。」
アデルに促され、部屋に入ると少しはまともな内装だった。
風が吹いたのか、窓か窓枠が音を立てる。
隙間風が入りそうだ。
スカスカの本棚。
縁取りの上塗りが剥げ、木枠がぼろぼろになった机。
染みだらけの絨毯。
他にも、よく見れば空き家でももう少しまともなのがありそうだと思える。
「椅子の数が足りなく申し訳ありません。」
「気を遣わなくてもいいわ。」
遣い様も無いがな。
「今後の話しについて、出来れば代表だけと話したいのですが。」
「俺らだって当事者だ、参加する権利はあるだろ!」
「そうです。自分たちのため、誰にも漏らしたりなんてしません。」
ディディがアデルに言うと、すぐに二人が声を上げた。
やんちゃそうな男と女だが、名前は知らん。
「二人とも控えなさい。内容は後で共有するから、今は外してください。」
強い視線で三人に言うと、渋々と部屋を出て行った。
余程、アデルには懐いているらしい。
この前もそうだが、アデルの言葉には逆らう気配は無い。
うちのアホ犬も見習ってほしいものだ。
「さ、これで話しやすくなったでしょ。お互い気付いている事もあるでしょうから、言いたい事をどうぞ。」
椅子に座ったディディがアデルに向かって言う。
少し困惑した雰囲気で、直ぐには口を開かなかった。
「窓開けて良いか?」
「ちょっとコツがあるので、私がやります。」
俺の言葉にはすぐに反応した。
一応、相手の事を考え煙を外に吐き出せるように窓を開けてもらったが、酷い音だった。
俺はキセルを取り出して葉っぱを詰めると火を点ける。
「ちょっと!子供が煙草なんて吸っちゃ駄目じゃない!」
それを見たアデルがキツイ目で怒る。
「ここには未成年者の喫煙を規制する法律なんかないだろうが。」
俺はそう言って、呆れた目を向けてやった。
「あ・・・」
はっとしたようにアデルは口を開けて硬直した。
おそらく、俺の周りには何人かいて、それが好きに生きようって流れが当たり前だから受け入れられて自由に生きている。
だけど、アデルの場合はそうじゃないんだろう。
この世界での生き方に馴染んだ。
だが、生前の生き方も残っている。
折り合いがついて混ざってないから、つい生前の癖が出てしまう。
そう思うと、口うるさそうな奴だな。
「リア、初対面なんだから言い方。」
「そうよ。もう少し気を遣えないの?」
「わかってて同行させたんだろうが。それを言うなら付き合わせんな。」
面白くねぇ。
そう思ったら足が扉に向かっていた。
「痛って・・・」
「すぐ拗ねるんだから。」
マーレが俺の手首を掴んで溜息を吐くように言った。
拗ねてねぇし。
「お前らの扱いがおかしいだろって言ってんだよ。」
「話しが進まないからそこまでにしてくれない?」
まったくだよ。
ただアホ女に言われたくねぇわ。
「だったらさっさと進めろよ。」
「ごめんねアデル。今回、今後の方針よりは単に会話が目的だったのよ。」
と、ディディは言うが、やはりアデルは困惑してなかなか口を開かなかった。
面倒くせぇ。
きっかけでも作ってやればいいのか?
「あれだろ、有楽町だろ?」
俺が言うと、アデルは目を見開いて俺を見た。
その目に涙が浮かび始め、やがて頬を伝って絨毯に染みを作る。
「あ・・・あぁ・・・」
アデルは顔を両手で覆うと、泣き崩れる様に膝を床に落とした。
「少し落ち着くまで待つか。」
俺が言うと、ディディとマーレも頷いた。
ディディは直ぐにキセルを取り出す。
(空気読めよ。)
(え、この空気苦手だもん。)
・・・
そういう奴だよな。
窓際に来たディディと煙草を吸っていると、マーレも感化されたのか吸い始めた。
「え、みんな・・・?」
落ち着いたアデルが顔を上げて、最初に言った言葉がそれだった。
「何を背負ってんのか知らねぇが、自分の好きに生きた方が気が楽だぞ。それで、その勝手に孤児院も巻き込んじまえよ。」
言ったあと、どんな顔をしてんのか見たくもないから、窓の外に目を向けて紫煙を吐き出す。
「流石自分勝手代表、連れて来て正解だったわ。」
「うるせぞババァ。人の話しを聞かねぇ奴に言われたくねぇわ。」
「あらぁ?ババァなんて何処にいるのかしら?」
と言ってディディは、自分の肢体を見せつけて言いやがった。
くそ、ババァはもう通じねぇか。
「二人とも、何処に行っても緊張感無いわね。」
というマールの肩に、俺とディディが手を置いて笑んでみせる。
「え、いや、私はまだそこまでじゃないわよ!仲間扱いしないで!」
「ふふっ。」
そこで、アデルの声が聞こえた。
まだ目に涙はあったが、口元は緩んでいる。
「みなさんも、あの事件で死んだ認識でいいでしょうか?」
少し時間を置いて、立ち上がったアデルは自分から口を開いた。
「そうね。」
「私は、中学の教師だった。」
アデルが遠い目をしながら話し始める。
教師ね。
お堅い理由がやっとわかったわ。
「へぇ、じゃ孤児院を学校にしちゃえばいいじゃん。」
「馬鹿、少し黙ってろ、せっかく話してんのに。」
「あ・・・」
驚きに固まったアデルは、気を取り直して話しを続ける。
「それもいいかも知れないわね。」
と言って笑みを浮かべる。
「気付いたら此処に居て、領主殺害の計画を立てていた。あの三人は街で悪さもしていたわ。子供達も暗く、未来という時間はあるのにそこに希望なんて無かった。」
教師だったからか。
「でも、どうあがいても経済的理由で改善は見込めなかった。だったら、自分を犠牲にしてでも領主を殺し、未来への希望を残したいと思ったの。」
ご立派な理想なことで。
「なら、障害が無くなったじゃない。」
「クローディア姫のお陰で。」
と、話している二人の横で、俺はマーレに小声で話す。
(復旧なんていつになるかわからん。孤児院設計なんてどうだ?)
と言ったらマーレは一瞬驚きの表情をしたが、直ぐに笑顔で頷いた。
(そういうの、良い!)
だろうと思った。
真面目だし、面倒見もいい方だしな。
(良い事言うじゃない。)
(真面目ちゃんなマーレ向きだと思っただけだっ・・・)
腹にグーを入れるのはやめろ。
(暴力女め・・・)
(え?誰が?)
拳を見せつけて言うんじゃねぇよ!
「そこ!じゃれ合ってないで話しを聞け!」
「じゃれ合ってねぇし!」
うるせぇババァだな。
「ところで、前の名前とかは?」
それ必要無ぇだろ。
なんでどいつもこいつも聞きたがるんだろうな。
こっちの生活に馴染むほどに興味が無ぇ話しだ。
「えっと、ローラ・マクレディ。28歳でした。」
日本人じゃねぇのか?
「あれ、死んだの有楽町じゃない?」
アホ女め。
俺が有楽町を口にした時の反応から間違い無いだろうが。
外国人でも日本で教師をしている人間なんていくらでもいるだろ、アホか。
「いえ。日本語留学してから、日本が好きになって夢だった教師になったんです。」
どうでもいいな。
「みなさんは?」
「私は女子大生。」
「え・・・」
続けてご愁傷様って言ってやれ。
と思ってマーレを見たら睨まれていた。
どうやら俺の反応はお見通しらしい・・・
「俺はただのサラリーマン。で、そいつはババァいってぇぇ!・・・お前もグーかよ!」
「昔の事はどうでもいいのよ。」
お前がこの話しの流れにしたんだろうが!
「みんな仲が良いのね。お城にいるの?」
「ババァだけな。」
ディディが睨んでくるが知った事ではない。
それに嘘は言ってない。
「そうなんだ。何をしているの?」
「姫!」
知ってるわバカ。
何故いの一番に言いやがった。
聞かれてもいなっての。
「薬屋。」
「薬屋の居候。」
お、謙虚に出たな。
「あ、そうなんだ。面白いし、楽しそうね。」
どこがだよ。
「俺は迷惑してんだ。事あるごとに巻き込みに来るそこのアホ女には。」
「アホアホ言うな。国外追放にするわよ。」
ほう。
そう来たか。
「へぇ。一晩で城が吹っ飛んでも知らねぇぞ。」
「やれるもんなら・・・まぁ、その話しはおいとこうか。」
くっくっく。
今の俺にはリンデがいる!
本人は断りそうだが、俺のはったりとしては十分だ。
「って、とりあえず話せそうなのは確認出来たから十分。」
「どういう事?」
ディディの言葉に、アデルが首を傾げた。
「この領の扱いよ。私の独断で直轄領にしちゃったから、王様に今後の扱いについては責任を持てと言われちゃったのよね。」
「え、そうなんですか!?」
まぁ、驚くよな。
国がどうこうしてくれた、じゃなく姫の気まぐれだったわけだから。
「私はこの領をなんとかしたかったのよ。その点で思いは共通でしょ?」
「そうですが。」
もう巻き込まれてるな、ご愁傷様。
「で、最終的には、領主やれ。」
「ええぇぇぇっっ!?」
アデルの大声が窓から出て、外にまで響き渡った。
遊んでいた子供等が何事かとこっちに視線を向けている。
「強引なのよ・・・」
「残念だが、諦めろ。」
マーレに続いて俺も言ってやる。
「なんか私が悪の権化みたいじゃない。」
間違ってないが?
「今すぐじゃないのよ。最初は街の有力者とかにしといて、地を固めてからね。」
まぁそうだろうな。
どうせ反乱だって、街が協力とは言ってるがいいように使われていただけだろ。
自分たちの手を汚さずに改善されればと。
みんながそうだとは言わないが、人間なんてそんなもんだ。
「出来るでしょうか?」
「それぐらいの野心がないと、面白くないわよ?」
人による。
「俺は俺が愉快に生きるためにやっているだけだ。」
「私も、リアのお陰で自分の好きなように生きようって思ってる。」
俺の名前は出さんでいいっての。
「私は女王になって、クローディア様最高って思わせたいわ!」
・・・
まぁ、いいけどよ。
俺は思わないけどな。
「そのためには、先ずは孤児院をちゃんとしないとね。多少、補助としては出せると思うの。」
「本当ですか?」
そうしないといつまでたってもボロ児院のままだしな。
「ちょっと待て、それについて話しがある。」
いいタイミングだなと思ってマーレに目を向けると頷いた。
「何よ?」
「その補助金と、お前の小遣いこっちに回せ。」
「はぁっ!?今回の同行までそんなにむしり取るの!?」
それでもいいけどよ。
「あまりに身勝手が過ぎるからな、今後巻き込まれない様に割高にしていかないと。」
「酷くない!?」
「ちょっとリア・・・」
と言ってマーレが呆れた。
(資金がなきゃ出来ないだろうが。)
(そうだけど、ちゃんと話せばいいでしょうに。)
(それもなんかムカつく。どうせババァが居たって役に立たねぇだろ。)
(まったく・・・捻くれてんだから。拗ねて捻てほんと子供よね。)
うっせぇわ。
「こそこそ話してないで言いなさいよ!」
珍しくディディが睨んで言って来た。
どうやらこの件に関しては真面目らしい。
「リアが提案してくれたのよ。」
俺の名前を出すな・・・
「何を?」
「私に、孤児院の建築設計してみないかって。」
「え・・・」
「でも、うちも商売だからさ。それでさっきのお金を資金にしようってね。」
余計な事を言い過ぎだ。
それを聞いたディディが微笑んで近付いて来る。
それ自体がムカつくが・・・
笑みを浮かべながら見下ろして頭を撫でてきやがった。
「リアちゃん、お可愛いこと。」
「昏睡させてやろうかくそババァ。」
うざいから下から睨め付けて言ってやる。
「うふふ~」
「だぁ!うぜぇ!」
ディディの手を振り払う。
気にもされてないところがなおムカつく。
「ほんと、仲が良いですね。」
「何処をどう見たらそう見えんだ!節穴か!」
一瞬たじろいだアデルの前にディディが割り込む。
「良かったわねアデル。孤児院、新築してあげるわよ。」
「え?」
まぁ、いきなりそんな事を言われても鳩がなんとやらだな。
「マーレは建築設計できるのよ。」
「そうなんですか?」
「大学でちょっと勉強してた程度なんですが。」
「そう。そして、リアの工場と、新店舗の設計もした実績があるわ!」
お前がドヤ顔すんなよ。
「凄い!」
「金はお前がなんとかしろよ。」
「わかってるわよ。」
「資材はかなり有能な商人に伝手がある。建築もな。」
「そんな・・・」
そこまで聞くと、アデルは口を両手で押さえ、いっきに涙を溢れさせた。
おそらく、一番の懸念が解消されたんだろうな。
「ちなみに新築の話しは目途が立つまでここだけの話しな。」
「なんでよ?」
察しろよ。
「私も素人みたいなものだから、ぬか喜びになったら申し訳ないし。」
「あ、そういう事ね。いい、アデル?」
「はい、もちろんです。姫が修繕に協力してくれる事になったくらいにしておきます。」
良い判断だ。
「マーレさん。」
「マーレでいいよ。」
「はい。よろしくお願いします。」
と言って、アデルは頭を下げた。
反乱なんて起こしてなけりゃ、かなりまともだな。
反乱に関しては止むにやまれず、なんだろうが。
「それとリアちゃん、って呼んでも?」
「好きにしろ。」
男だったら飛び蹴りを入れているところだが、女子には出来ないからな。
「ありがとう。」
はぁ、そんなのは要らねぇっての。
「大丈夫、女子には優しいから。」
断じてそんな事は無い!
俺も相手を選ぶ。
「私の事もディディでいいわ。」
「はい、姫様。」
と、アデルが笑顔で言った。
ディディはえ?って顔をしながら硬直している。
いいぞ、よくやった!
あれとは一線を引いた方がいいと認識したのだろう、大正解だ。
「じゃぁ、ちょっと今の構造見学させて欲しい。それと必要設備と収容人数とかちょっと話したい。」
さっそくマーレがアデルに意欲を見せている。
「もちろん!お願いします。」
アデルも笑顔で頷くと、早速話しを始めた。
ここから先は、マーレに任せるとしよう。
「おい、外で一服すんぞ。」
「いた・・・」
まだ硬直していたディディの脛を蹴る。
「何の話しをしてたっけ?」
そこまでショックだったのか?
ざまぁ。
どうでもいいと思っていたアデルの株が俺の中で上昇した。
「マーレとアデルが設計の事で話してんだ。俺らの出番じゃねぇから一服しに行くぞ。」
「そっか。そうよね。うん、任せて休憩しよ。」
無かった事にしたな。
二人にはひと声かけて、俺とディディは孤児院の外に向かった。




