73.いっそ殺されて欲しかったんだが
「リア、行くわよ。」
クローディアは薬屋の扉を開けると、開口一番に言い放つ。
その姿に、ユアナは冷めた目を向けた。
「カフェにも居なかったし、奥?」
「お客さんが居る時もあるので、扉を開けた直後に言うのは止めてもらえますか?」
聞かれたユアナは、若干苛立ちながら言う。
「そ、そうよね、ごめん。」
クローディアは素直に謝ると、ユアナに向き直る。
「で、リアは?」
「出かけているので、居ないわ。」
「そうなんだ。何処に?」
だったら自分から向かおうと思って行先を聞いた。
「エストアーハなので、あと数日は戻らないかと。」
「えぇっ!?」
(せっかくアデルと話す機会が出来たってのに、何で居ないのよ・・・)
クローディアは内心で悪態をついたが、ふと思い出しまたユアナを見る。
「マーレでもいいわ。居るでしょ?」
「リアちゃんと一緒にエストアーハに行ってます。」
「マーレも!?普段一緒に遠出なんかしないくせに、何で今回に限って!」
「と、言われても・・・」
クローディアの態度にユアナは困惑した。
だが、リアの態度からすれば、クローディアが一方的である事の方が大半なため、気にする事でも無いかと気持ちを切り替える。
「明日ボーレヌグに一緒に行って欲しかったのに。」
「流石に急では?」
もし居たとしても、それは唐突過ぎるとユアナは思った。
「居ないんじゃどうしようもないわね。わかったわ。邪魔してごめんね。」
「いえ。」
クローディアは言うと、入って来た時の勢いはまったく無くなり、ゆっくりと店を出て行った。
それを見たところで、自分が何か出来るわけでもないと思うと、ユアナは気にしない事にした。
クローディアが意気消沈して店を出た少し後。
気持ち悪っ・・・
翼を上下に動かしながらゆっくりと降りるリンデの乗り心地は、最悪だ。
そもそも移動が便利だなと思ったが、この巨体で移動するのは現実的ではないな。
ドラゴンが現れた時点でパニックになるかもしれん。
あと、エリサが居ないと死ぬ。
「早いぞ!!」
「・・・」
「・・・」
元気なアホ犬を他所に、マーレを見てみたがおそらく同じだろう。
無言で上空に目を向けていた。
そんな事を考えていると、衝撃が身体を震わせる。
やっと、着地したようだ。
リンデが頭部を地面まで下げると、エリサが俺の胴を抱えて飛び降りる。
なんか言ってから行動しろ!
中身が飛び出すだろうが!
物じゃねぇぞ・・・
気持ち悪・・・
「どうしたご主人?馬車より快適だったぞ。」
そりゃそうだろう、ケツも痛くならねぇし、時間だって大幅短縮だ。
だが、好んで乗りたいもんでもない。
「身体がいろいろ耐えられん。」
「貧弱だぞご主人。」
脳筋のお前に言われる筋合いは無ぇ。
「私は、慣れたら楽しいかも。」
マジかよ。
慣れようとも思えねぇわ。
「絶叫系好きっ娘か・・・」
「あ、うん。結構乗ってたわよ。」
・・・
おっさんは嫌いだ。
「前も思ったが、害になる煙を吸うとかいう狂気は流行っておるのか?」
リンデが工場の方に目を向けて言った。
遠目にうんこ座りしているホージョ達とマールが見える。
シマッズも居るだろうが小さくて視界に入らんな。
「嗜好品なんて、そんなものだろう。吸いたくなったか?」
「それも一興かもしれぬ。」
へぇ。
「リンデなら害にならないからいいんじゃねぇか?」
毒も効かないんだろ。
煙草の影響なんて無いだろうな。
「確かにリアの言う通りだ。そう考えると、吸う意味が無い気もするな。」
ま、好きにすればいいさ。
「含んでいる成分が体内で消えてしまうとしても、ああやって嗜む雰囲気まで無くなるわけじゃないだろ?」
「そうだな。彼らがそれをよしとすればだが。」
「俺の周りは変わり者だらけだ、気にしないさ。」
「リアを筆頭にな。」
うるせぇよ。
「よし、リンデ。再戦だ!」
・・・
アホ犬が。
「やめておけ。あの時より進歩はしておらぬだろう。」
「それな、俺も言った。」
「うん、やっぱりわかるのか。だったら、もっと強くなってくる!」
おい・・・
俺の時はやってみなきゃどうのと言ってたじゃねぇか!
このクソ犬!
「私はたまに話し相手になって欲しいな。昔の事とか、他の地域の事とか聞きたい。」
「構わぬ。」
もの好きだねぇ、お互い。
しかし、勢いで居場所を用意したものの、俺は何がしたいんだろうな。
・・・
何も考えてないか。
現状を覆したかったのか。
ギルドへの反発か。
単に、リンデを自分が生きている間は平穏に生きて欲しいと思ったのか。
わからん。
「些細な事は気にするな。儂の酔狂の範囲だ。」
やだやだ。
察しがいいのも困りものだね。
「むしろ、この機会を用意したリアには感謝している。長い生の中、酔狂に身を投じられる事があるなど考えもしなかったからな。」
でたよ。
どいつもこいつも。
俺はそういうのは面倒だから聞きたくねぇっての。
ま、とりあえずは番犬でいいか。
「何か頼み事があったら依頼するかもしれんが、基本は好きに過ごせばいいさ。」
「うむ。そうしよう。山の中よりは気が楽そうだ。」
これでやっと一段落だな。
後は引っ越し準備に専念できそうだ。
「既視感か・・・」
「あん?」
リンデが言った言葉に疑問を返す。
「いや、誰かが走って来るのでな。」
こんなところに走ってくるアホなんかいるか?
思い出した。
伝説の武器だな!
と思ってリンデの見る方向に目を向けてみる。
・・・
伝説の武器じゃなく、本当にアホだった。
あいつ、物見遊山で来たんじゃねぇだろうな。
「リア聞いて!」
息を切らせながらアホ女は開口一番にそう言った。
「帰れ、姫立ち入り禁止って書いてあっただろうが。」
「え?うそ?」
嘘だけど。
「じゃ、早く女王にならなきゃね。」
・・・
やはり、俺とは思考のベクトルが違う。
このアホ女とはもう関わり合いたくねぇな。
「ってそうじゃない、ここ私の管理地!」
「お前のでもねぇよ!」
「王国のなんだから私のじゃない!」
「公私混同してんじゃねぇよ!」
「茶番なら別の場所でやれ・・・」
リンデの低い声音にぞっとする。
「わりぃ。」
「ってかよく気付いたな。」
「お店に行ったら居なくてね、諦めて城に帰ろうとしたら遠目に見えたのよ。竜が空から降りてくるのが。」
タイミングが最悪だったわけだ。
そこは諦めて帰れよ。
「あ、始めまして。この王国の姫、クローディアです。」
と言って、ディディは律儀にお辞儀までした。
「儂が恐くはないのか?」
「え、だってリア組みでしょ?」
「だからそんなものは無ぇって言ってんだろうが。」
俺と関りがある奴をなんでもかんでも組で囲うなアホ女が。
「リアの知人である事が組という認識であるならば、そうなるな。」
お前も律儀に返してんじゃねぇよ。
「じゃ、私とも友達ね。」
「断った方が良いぞ、このアホ女は。」
ってかしれっと自分を組み込んでんじゃねぇ!
俺は絶対に認めないからな。
「リアに言われたくないっての。」
俺が言わなきゃ誰も言わないだろうが。
「ねぇ、私たち先に帰ってていい?」
マーレとエリサが呆れた目を向けて言ってきた。
いや、呆れた状況を作ってんのはこのアホ女だからな。
「いや、俺も帰るわ。」
と言って、二人の方に歩き出す。
「待ちなさい、リアは残るの。」
「ぐぇ・・・」
服を背中から掴まれ首が締まる。
「じゃ。」
と言ってマーレは笑顔で片手を上げると去って行った。
このやろ・・・
「ところで、まだ名前を聞いてないわ。私は名乗ったのに。」
服を掴んだままディディがリンデに名前を聞いた。
「オーレルリンデだ。」
「そう、いい名前ね。よろしくね、リンリ・・・くっ・・・」
・・・
こいつ、ちょくちょく俺と被るよな。
なんか不毛だ。
胸を押さえて苦しそうに蹲るアホ女を見ながらそんな事を思った。
以前の年齢が近いのと、多少感性が似ているのかもしれない。
はぁ、やなこった。
「次にその名で呼んだら生の保証はせんぞ。」
「わ、わかったわ・・・」
おそらく睨んでいただろうリンデの目が緩む。
「伝説の武器と同じと思っていい?」
俺に聞くな!
だが、言われてみるとそうだな。
「あぁ。」
俺が頷くと、ディディは嫌そうな顔で溜息を吐いた。
多分それ、相手がする事だぞ・・・
「何か腑に落ちない扱いを受けている気がするのだが?」
察しの良い事で。
「いや、アホの事は気にするな。それより、俺らは帰るからゆっくりしてくれ。あと、ホージョ達に挨拶がてら来るように言っとくよ。」
「うむ、それがいい。儂も世話になる身だからな、それに話してもみたい。」
だよなぁ。
割と話し好きだよな、リンデは。
「いや、私の話しを聞いてよ。」
何しに来たんだよこのアホ女は・・・
「そんなの歩きながらでもいいだろうが。」
「あ、そだね。じゃ、また今度ゆっくり遊びに来るね。」
来てやんな。
「うむ、楽しみにしておる。」
リンデも物好きだな、そして楽しみと言った事を後悔するがいい。
「先に言っておく。前にも言ったが頼み事は二度と聞かない。」
「わかった。」
ほう。
珍しい事もあるもんだ。
ホージョ達に伝えた後、街に向かいながらディディと話す。
「それよりさ、明日暇でしょ。」
・・・
「忙しい。」
「ボーレヌグに行くよ。アデルと会話できる機会を得たからね。」
リンデに殺されていれば良かったのに。
なんでこいつは人の話しを聞かないんだろうな・・・
「あのな、頼み事は聞かないって言っただろうが。」
「頼んでないわよ、誘ってんじゃん。」
物は言い様だな。
「変わんねぇよ。」
「じゃ、命令。」
質が悪ぃな!
このアホ女・・・
だが、此処はもう王国の管理地だ、こいつに脅すネタは無いだろう。
「わかったわかった。その前に一つ聞いてくれ。」
「何?いいわよ。」
何?とか聞いといていいわよってなんだよ。
「リンデのところに戻ってリンリンって言ってきてくれ。」
「それ、私が死ぬじゃない。」
そのつもりで言ったんだが。
「丸く収まるだろ。」
「この国を亡ぼすつもり?」
と言って真面目に首を傾げやがった。
「お前が死ぬと国が亡ぶみたいな言い方してんじゃねぇよ。」
「馬鹿ね、みたいじゃなくてそうじゃん。」
こいつに馬鹿と言われるのがこんなに腹立たしいとは。
やめた・・・
言うだけ無駄なんだ。
俺が疲れるだけだ。
「はぁ。で、いつ行くんだよ。」
「明日だけど?」
明日だけど?
馬鹿か!
やっぱ死ね!
「アホか!ちょっとランチ行かない?くらいの乗りで言ってんじゃねぇよ!人の都合を考えろ!」
「ねぇリア。」
ディディが足を止めると、笑顔で名前を呼んでくる。
・・・
嫌な感じだな。
「店番はユアナがしてくれる。そもそもこの世界では、前の世界と違ってそこまで予定が組まれていない。リアの場合、その日暮らし的な生活が多いと思われる。業務の合間をみて計画年休を取得するなんて事もないでしょ。」
確かに概ねそうではあるが、こいつに言われるとムカつくな。
「それが都合を考えた結果か?」
「うん。だから明日でも大丈夫なのよ。」
いやお前が決めんなよ。
「もともと予定が入っているとか考えねぇのかよ。」
と言ったら、ニヤッと笑いやがった。
「エストアーハに行ってた。本来なら馬車で数日の距離よね。リンデに乗って帰ってきたって事は、その数日が空白になっている。つまり、リアの都合以外で、誰かとの約束なんてないのよ。」
こいつ・・・
アホのくせに・・・
アホのくせに・・・
「アホのくせに!」
「はい論破。」
右手を開いて突き出し満面の笑みで言いやがった。
「うぜぇ!」
「痛った!なんで蹴るのよ!」
「ムカつく以外の理由が必要か?」
と言ったらまたニヤッと笑いやがった。
マジうぜぇ。
「決まりね、朝迎えに行くから。」
はぁ、天災にでも巻き込まれたと思って諦めるしかねぇか。
「起きてたらな。」
「あ、マーレも誘ってみて。同じく予定空いているでしょ。」
・・・
「言うだけは言ってやる。」
「じゃ。」
頷くと、ディディは片手を上げて走り去って行った。
元気すぎだろ。
おかしいな、精神年齢は変わらないはずなのに、なんだあのバイタリティは。
考えるだけ不毛だな。
グラードのところでコーヒーでも飲んで帰るか。
「うん、予定も無いしいいわよ。ちょっと気になるし。」
店に戻ってマーレに話したら、あっさり頷きやがった。
そう言えばそうだな。
マーレもその辺を気にする方だった。
興味が無ぇのは俺くらいか?
そもそも、記憶があるだけの別世界で何をどうしたいんだろうな。
話しを聞いたところで「ふーん」じゃねぇか。
この世界でそれがなんの肥やしになるってんだよ。
俺にはわからん。
「だけど、よくわかったわね。」
「アホ姫ってさ、何も考えずに話すだろ。」
と言うと、マーレは少し考えて苦笑した。
「なんとなく想像できるね。それはそれとして、相手がその言葉に反応したって事よね。」
「あぁ。」
そう言われるとそうだな。
反乱を企てていたという事は、それだけ用心深かったと想像できる。
アホ姫の不用意な発言にうっかり返してしまったってなら、それはそれでどうなんだ?
普通、そう思うよなぁ。
「当時も思ったが、警戒心や用心深さがあったとしても不意をつかれたら?」
「不意?」
「あぁ。自分だけがこの世界にいる。時間とともに世界に馴染んでいく。その中で、領主への反乱という危険な道を歩んだ。結果、意図したところとは違うが領主は死んで、自分たちは掴まった。」
「なるほど。気が緩んでいた、想像もしていなかった。そこへ落ちた言葉に、考える前に反応してしまった?」
「くらいしか思いつかねぇな。」
「まぁ、考えてみると一番可能性は高いかな。」
そこは本人に聞かないと、もうわからんだろ。
翌朝、開店前から扉を五月蠅く叩くディディに蹴りを入れておく。
一本隣の大通りに停めた馬車まで行くと、俺とマーレはそれに乗り込んで、再びのボーレヌグ領へと向かった。
俺は興味無いんだけど。
それに、あの堅苦しさはどうも性に合わん。
だから、行くのは酷く億劫だった。




