72.もう話してやる義務は無いんだが
「これ、家にある家具と感触がまったく別物なんだけど・・・」
「だろ。なんでも、自分で湿度調整するからほぼ形が変化しねぇんだと。一生ものらしいぞ。」
夕方近く、カーベルに着いてから真っ直ぐに家具屋に向かう。
腹が減ったとか言っているエリサは無視して。
店主が俺の顔を覚えていたらしく、メイニの連れだった事から笑顔で店内に通してくれた。
店のグレードが上がると、店員のレベルも違うよな。
「この家具って、此処でしか買えないのよね?」
「村の奥に森が見えただろ。あれ、此処にしか群生してないらしくてな。加工もカーベルでしかやってないらしい。」
「宅配とかないわよね、さすがに。」
「だろうな。」
俺も同じ事を思ったけどな。
荷馬車を借りて来るしかねぇだろうな。
部屋への設置はアホ犬に頼むとしよう。
俺の非力さじゃ二階まで運ぶのは無理だろうからな。
「なんていうか、今すぐにでも欲しくなった。」
「その気持ちはわかるが、置き場所が無いだろ。」
「小さいやつなら・・・」
「エリサに汚されてもしらんぞ。」
諦めろ。
「だよね。」
「あ、そう言えばエリサの奴何処に行きやがった。」
そう思って周囲を見渡す。
一緒に店に入った筈だが。
まさか、空腹に耐えられず一人で買い食いしに行ったんじゃねぇだろうな。
「あそこ・・・」
マーレが呆れた様に目を細めて指を指す方に目を向けると、確かに居た。
マーレの反応にも納得だ。
俺はエリサに近付き蹴りを入れようとして止める。
家具に傷を付けたら俺の所為になっちまうな・・・
「起きろエリサ・・・」
「痛い!痛いぞご主人!」
寝台で寝息を立てるエリサの耳を引っ張って引き摺り下ろした。
「寝んな!」
「違うぞ。」
何も違わないが。
耳をさするエリサに冷めた目を向ける。
「これ、悪魔の寝床だぞ。」
と言って、エリサが寝ていた寝台を指差す。
「何を馬鹿な事を言ってんだ。そんなもんが売ってるわけねぇだろ。」
言い訳もここまで来ると呆れるな。
何が悪魔だ、アホか。
「本当だぞ、横になった途端意識が無くなるんだぞ。」
バカバカしい。
「ご主人も寝てみればわかるぞ!」
誤魔化す様に目を逸らすわけでもなく、珍しく真面目に訴えて来る。
エリサは態度に出やすいからな、嘘ではない可能性もある。
一応確認はしてみるか。
俺は店員に横になっていいか確認してから、寝台に横になった。
「!!!」
俺は慌てて、ガバっと起き上がると身体を回転させて床に足を移動さる。
「はぁ、はぁ・・・やばいな。」
寝台に腰かけ、額の汗を拭う仕草をした。
「どうだ?」
「確かに、エリサの言う通りこいつは悪魔の仕業だな・・・」
「そうだぞ。」
得意げに言うエリサはムカつくが、一瞬で眠気に襲われたのは間違いない。
なんだこの寝台・・・
「ちょっと、エリサに乗って遊ばないでよ。」
と言って、マーレが呆れた目を向けて来る。
ちょっと前の俺と同じ反応だな。
無知とは恐ろしい。
「これを知らないとは、残念な奴だな。」
「うん。マーレは残念なヤツだ。」
俺とエリサは頷き合う。
「痛って・・・」
「酷いぞ・・・」
エリサは抓られただけだが、何故か俺にはグーが飛んで来た。
やだねぇ、暴力とか。
「確認もせずに暴力に訴えるとか馬鹿のすることだぞ。」
「え、なんか馬鹿にされた気分だったから。」
「お前は気分で人を殴んのか!」
「だって・・・」
と言って、マーレは身体の前で両手をもじもじさせながら目を逸らした。
男がやっても気持ち悪いぞ。
と言ったらまたグーが飛んでくるだろうから言わないでおこう。
「先ずは試してみて欲しいもんだな。」
「うん、ごめん。」
マーレは言うと、渋々悪魔の寝台に横たわった。
直後、ガバっと起き上がる。
「危なかったわ・・・」
肩で息をしながら焦点の合わない目を遠くに向けて漏らした。
「どうだ?」
「私が悪かったわ。」
マーレは寝台から降りると申し訳なさそうに言う。
「殴ってごめん、かわりに殴るなり好きにしていいわ。」
「いや、男に興味は無ぇ。」
「あたしは気にしてない。」
女子なら喜んで好きにするんだが、中身だけじゃな。
「もう・・・」
と言って若干睨まれる。
俺の事は知っているだろうが、今更そんな態度を取られてもな。
だからこそ、一瞬睨んだだけで終わらせたのか。
「そんな事より、これ欲しいわ。」
「俺も同じことを思った。」
と言って、店員に目を向ける。
「この寝台は気分を落ち着ける効果があり、安眠出来て疲れも取れると評判です。」
コトナの木にそんな効果があるかは不明だが、安眠出来て疲れが取れるのはいい。
「利便性の欠ける世界だから、是非欲しいところね。」
「まったくだな。体力の無さもカバーしてくれるだろう。」
「そこはつけなさいよ。」
「うるせぇ。」
肉体派じゃねぇんだよ。
「これ、買うとしたらどういう流れになるんだ?」
こっちの世界では買った事が無いからな。
いまいちわからん。
「お客様が購入を決定してから、制作・納品になります。」
受注生産って事か。
「この大きさ、馬車で運ぶのも大変だな。」
「いえ。組んでから運ぶと嵩張りますので、組み立てはお客様の家で行います。」
なんだって!?
「出来たものは誰が運ぶんだ?」
「高価な物ですので、当店で注意を払って運搬します。」
なんてこった。
そんなサービスがあるとは思わなかったぜ。
「とりあえず二つ買うか。」
「いいの?」
一度体感するとな、欲しくなっちまうもんな。
新居での生活を考えると、こいつは是非とも欲しいところだ。
「手を広げると身体も疲れんだろ。新しい家ではあった方がいいからな。」
「うん。」
「ちなみに、制作ってどれくらい掛かるんだ?」
「概ね一か月程掛かります。木材の状態によってはもう少し長くなる場合もあります。」
なるほど。
「家は一か月じゃ建たねぇな。」
「うん、あの規模はちょっと無理だと思う。」
となると、後は予約システムがあるかどうか。
「実は、これから新しい家を建てるんだが、そこに置きたいと思っている。今頼んで、家が出来るまで納品を待ってもらう事は可能なのか?」
と言ったら、店員が首を傾げた。
俺、変なこと言ったか?
「もちろんです。家が出来てから注文されますと、納品まで必要な物が揃わない状態になってしまうので。」
・・・
そうか。
そういうものか。
生前でも、家を買った事が無いからわからんな。
だったら、決めちまった方が早いな。
「もう注文した方が良さそうだな。」
「そうね。」
マーレも同意見のようだ。
となると、後は清算方法か。
「代金は前払いか?」
「いえ。納品時に止めてしまう方もおりますので、ある程度は前金で頂いております。ただ、決まった日に決まった品質で、というのが難しいため納めてからお支払いいただく形になります。」
なるほど。
担保が必要なだけか。
それなら悪くないな。
「あたしも欲しいぞ!」
店員と話しを進めていると、それまで黙っていたエリサが割り込んで来る。
気持ちはわからんでもないが。
「悪いが、自分の部屋に置く家具は自分の金で買え。」
「もちろんだぞ!」
・・・
おかしいな。
俺の予想では、ご主人はケチだぞ!って反応が来ると思ったんだが。
そこまでアホじゃなかったって事か。
成長しているなら何より。
「最後に、価格と前金について確認したい。」
「はい。こちらの寝台ですと大金貨9枚となります。前金は2~3枚を頂いております。」
高っけぇ!!
裏の薬を10枚で売っている俺が言うのもなんだが、かなり高い。
「リア、私は、また今度にするね。」
その必要は無いだろう。
死ぬまで使えるんだろ、ここで妥協する意味はねぇ。
「ご主人はケチだな。」
・・・
ここで来たかこのアホ犬。
成長云々は気のせいだったようだ。
まぁどっちにしろ、買ってはやらんが。
「わかった。じゃ、二つ頼みたい。」
「はい。ですが、本日でしょうか?」
と言って、店員の顔が曇る。
それはあれか?
こんな小娘がそんな大金を持っているのかという懸念に感じるな。
「何か問題が?」
「いえ、お支払いについて大丈夫かと。」
「5枚ならあるんだが、駄目か?」
もしかすると、と思って10枚は持ってきている。
が、全額を預けるのはちょっとな。
「大丈夫です。今、契約書等を用意しますので、お待ちください。」
店員は笑顔でその場を離れた。
「ご主人、おっきい金貨はどうすれば手に入るんだ?」
エリサも欲しいらしいな。
「地道に貯めるしかねぇ。」
「あたしも欲しいぞ!」
「頑張って買え。」
「ご主人はケ・・・」
エリサがそこまで言うと、マーレが口を塞いでそのまま連れ去った。
少し離れた場所で手を離すと、マーレはエリサに何かを話し始める。
たぶん、諭そうって事なんだろうが、おせっかいな事で。
俺はそこまでやらん。
「良い買い物ができたな。」
「うん。でも本当に良かったの?」
・・・
「気にする事じゃねぇだろ。今更だ。」
「うん、ありがと。」
「とりあえず寝床は確保したからな。他の家具はゆっくりでもいいだろ。」
「そうだね。」
手続きをした後、家具屋を出て晩飯を食べるため店に移動しながらそんな話しをする。
買えるものは買う。
この世界で、遠慮しても意味ねぇからな。
「あたしも。いつか自分のお金で買うぞ!」
と、アホ犬も意気込んだ。
ちゃんと自分のお金で買うぞ、マーレに何かを言われたエリサはそう言った。
どうせ面倒だからって何も言う気無かったでしょ、とマーレにも言われたが。
よくわかってるじゃねぇか。
「またそのうち見に来ようぜ。」
「うん。全然見足りない。一泊した後、次の日にゆっくり見たいわ。」
だよなぁ。
時間が無さすぎだよな。
もう夜だし。
「あたしも!」
「じゃ、近いうちにまた来ようぜ。」
晩飯を食いながらそんな話しをして、宿に移動するとその日は終わりを迎えた。
「ご主人、ギルドになんかあんのか?」
「そうよ。辞めたんなら用は無いんじゃない?」
エストアーハに着いて飯を食った後、俺はギルドに来ていた。
ギルドとしての用は無いんだが。
「一応、一言だけ言っておこうと思ってな。リンデを連れて行くし。」
「律儀ねぇ。」
そういうんじゃねぇっての。
「討伐に向かったら居ねぇ、ってなったら無駄だろうが。その時間他の事に使えよってな。」
「まぁ、そうよね。」
それだけの用事なんで、伝えたらさっさとリンデのところに行こうと思っている。
「あれ、もしかしてまた挑戦に来たのかい?」
・・・
来なくても良かったか。
ギルドに入ると、受付の男が声を掛けて来た。
残念な事に覚えられていたようだ。
残念だが。
「どうしたのよ、早く言ったら。」
・・・
「どうせやっぱり面倒だなとか思ってんでしょ。」
うるせぇな。
「人数が増えているのは、助っ人かい?」
「まぁな。」
「ちょっとリア!何言ってんの。あ、私はただ一緒に居るだけです。」
どさくさに紛れて言ってみたがだめだったか。
「違うぞ!今回は呼びに来たんだ。」
アホ犬。
それじゃ通じねぇだろが。
相手も首を傾げた、そりゃそうだろう。
「悪い、わかんねぇよな。」
「あ、あぁ。」
「リンデは連れて行くから、ここで案内する必要は無いって言いに来ただけだ。」
「リンデ?」
・・・
俺もアホ犬と変わらねぇじゃん!
「すまん。ドラゴンはあの山から移動させる。だから、討伐に来た連中を案内する必要は無いって言いたかったんだ。」
「え、連れて行く?」
それ以上は説明する必要は無い。
「よし、行くか。」
「え、もういいの?」
「いいもなにも、他に用は無ぇ。」
「ちょっと待って、どういう事か説明してくれ。」
背中を向けて歩き出したら、男が慌てて追って来た。
俺は二人に出てろと言うと、男に目を向ける。
男じゃなかったら全身を向けて両手を開いて待ち構えるんだが。
「言った以上の説明は無い。」
「討伐じゃなく、連れてくって意味がわからないだろ。」
わかる必要も無い。
言って納得するかも怪しいしな。
「別にわからなくていいだろ。山からドラゴンが居なくなる、それだけの事だ。」
「どうやって?」
「俺はもうギルドを辞めたんだ。そこまで説明してやる必要は無い。」
面倒なだけなんだよ。
「えぇっ!」
今日一番の反応だな。
「あのレベルで辞めるって、勿体ないじゃないか。何があったんだい?」
お前らとドラゴンの関係だよ。
この話しは無意味だな。
「って、そうじゃなくて、どうしてドラゴンが移動するんだ?」
「連れて行くと言った筈だが?理由の説明をする気は無い。」
「それじゃ、他や上に説明できないよ。」
知るか。
「少女が連れてったって言えばいいだけだろ。」
それだけ言ってギルドを後にした。
まだ何か喚いていたが、相手にしてられん。
「今夜はエストアーハに宿泊して、また三日かけて帰るのよね。」
「そうなるな。」
山の麓まで移動すると、マーレが今後の確認をしてくる。
登る気は無い。
リンデが降りてくるって言ってたしな。
「面倒だがな。」
「あたしも。馬車はいやだぞ。」
「走ればいいだろ。」
あ、迷い犬になりそうだな。
「ぶぅ・・・」
「相変わらず騒がしい奴等よな。」
お前の声の方がでけぇわ!
そう思って見上げると、リンデがゆっくりと降ってきた。
羽ばたくごとに強風が身体を撫でる。
「久しぶりだな。」
「来たという事は、あの場所に移動して問題ないという事だな。」
「あぁ。王室の管理地としたから、ギルドも勝手には手を出せなくなった。」
「大きい。本当にホージョのところに行くの?」
ドラゴンを見上げるマーレの顔には、恐怖が見て取れた。
「あぁ。せっかく知り合ったんだ。楽しく行こうぜ。」
「そうよね。ホージョ達やシマッズも普通に接してくれるんだもの。」
「そうだ。長命な分、博識だぞ。」
「そっか。いろいろ教えてもらえそうね。建築の事とかも聞きたいな。」
さっきまでの恐怖は、もう顔から消えていた。
本当に、こいつも物怖じしなくなったよな。
「リアの仲間は酔狂な輩が多いな。」
「その方が、人生楽しめるからな。」
「では、短い間だがその酔狂に付き合うてやるか。」
これで畑の守りは安泰だな。
誰も近付こうとしないだろ。
「じゃ、先に向かってくれ。こっちは馬車移動なんでな。」
「乗らぬのか?お主らが乗ったところで重荷にすらならんぞ?」
なんてこった。
ドラゴンに乗れるだって?
「俺ら、世界取れんじゃね?」
「あのね・・・」
「あたしは乗る!馬車いやだ!」
まぁ、わかるが。
「はぁ、疲れた。」
「ご主人はなんにもしてないぞ。」
エリサに持って登ってもらった俺は、それだけで疲れた。
「そんな体力は無い!」
二人が冷めた目線を向けて来る。
「見た通りだよ!この華奢な身体をなめんな!」
「はいはい、頭脳派なんでしょ。」
こいつ・・・
しかし、絶景だな。
頭の後ろぐらいにしがみついているが、見下ろす眺めはなかなかだ。
ビルの5階か6階くらいか?
・・・
うっかり落ちたら死ぬじゃねぇか。
「飛び上がりだけ耐えろ。しっかり掴まってないと死ぬからな。」
無理じゃねぇか?
以前見た速度で飛び上がるなら、物理的に俺じゃ掴まってられん。
「え、そんな危険なの?」
「まるで弾丸の様に飛んでくぞ。多分、俺は耐えられん。」
「ちょっと!」
「うまく鱗を風よけに使え。」
無茶言うな!
風を避けたところで身体にかかる重力は避けらんねぇだろ!
「エリサ、俺が落ちない様に頼んだ。」
もうこれしかない。
「金貨1枚を要求する。」
出たよ・・・
待てよ。
こいつらの旅費が浮く事を考えれば、むしろ金貨1枚で済むなら安いぞ。
「お前はすぐそれだな。」
「正当な対価の要求だぞ。」
だが金貨は払いたくねぇな。
「銀貨5枚にしてくれ。抑えるだけで金貨は高すぎだろう。」
「むぅ、わかったぞ。」
ちょろいな。
「そろそろ良いか?」
「あぁ、頼む。」
そう言った時、遠くから声が聞こえて来た。
目を向けると、ギルドの受付の男が走りながら手を振ってくる。
わざわざ確認に来たのか。
「知り合いか?」
「いや、ギルドの人間なんで無視していい。」
「わかった。」
リンデが言うと同時に、急に視界が下がって胃が変な感じに。
高速エレベーターで降りた時の様な、ジェットコースターで下った時の様な。
とか考えていると、上から何かに圧し潰されるような感覚に。
目も口も開けられない。
というか、呼吸すら出来ない・・・
朦朧とする意識の中、急に浮遊感に包まれた。
目を開けると、傾いた太陽の光が目に刺さる。
眩しい・・・
下を見ると雲が見えた。
本当に、飛んでんだな・・・
「さぁ、行くぞ。」
リンデが大きく羽を動かすと、前に進み、その速度が増していく。
やべ、エリサが手を離したらあっという間に後ろに吹っ飛びそうだ。
電気も機械もないこの世界で、こんな景色が見られるとはな。
もうすぐ夕暮れだろう。
薄目でオレンジ色になりかけた太陽を見ながら、そんな事を思った。




