70.少しは考えて発言して欲しいんだが
「アデル・・・これは、どういう事だ?」
夜会の会場に先頭を切って飛び込んだアデルに、グリュンが声を絞り出す。
エンゼとアリナもグリュン同様に現状が把握出来ずに戸惑った。
そのアデル当人も、会場の反対側で倒れているフオルズに戸惑いを隠せなかった。
警備から向けられる剣すら思考の外となり、自分が掲げるべき剣も床に向けられたままで。
「フオルズが、倒れているわ・・・」
「それって・・・」
「わからない。」
状況が分からない中で、一つはっきりとその瞳に映ったものがある。
悠然とフオルズの前に歩き出て、神妙な面持ちで手を上げる一人の女性。
アデル同様に、それに続く者たちも、剣を構えた警備兵もその姿を見守った。
「皆様、静粛に。」
手を上げたディディが言うと、会場内は無音の場と化した。
その立ち居振る舞いは、とてもアホ女とは思えん。
「薬師の判断から、フオルズ男爵は発作による急死と判断されました。視察に来た最中、この様な悲しい出来事に遭遇し胸が痛みます。」
ディディは胸に手を当て、沈痛な面持ちで視線を床に落とした。
よくやる。
俺には無理だ。
だが、その演技がこの状況を事実と変えられるのだろう。
その直後、静寂が満ちる会場に甲高い音が響いた。
会場に乗り込んで来た先頭にいる奴の手から、剣が零れ落ちたようだ。
そりゃそうだよな。
殺そうと思って、覚悟して乗り込んで来てみりゃ、相手は死んでんだから。
だからと言って相手に何かを思う事は無い。
所詮他人事だ。
ディディの思惑に乗っかったのも、目的は資金稼ぎ以外のなにものでもない。
本音を言えば、金を貰ってもこんな面倒事には関わりたくないんだがな。
「その者達は捕らえ警備隊の牢へ。」
ディディが指示をすると、屋敷の警備兵がすぐに動き反乱者達を拘束した。
気力が無くなった奴らは、抵抗する事無く拘束されていく。
「本日の夜会は中止、各自解散してください。但し、領の扱いについて関わるものは残ってください。」
と、ディディは言うが、すぐに動ける者などいなかった。
この状況に、参加者は戸惑うしかないのだろう。
「今後の事についてはどうするおつもりか?男爵に後継はおらず、領の扱いがどうなるのか確認したい。」
人が死んだってのに、死体を前にもう今後の話しか。
ディディに近付いた貴族だろう奴が言った事に、そんな事を思う。
別にフオルズに何かを思うわけじゃない。
前の世界にだってある話しだ。
棺桶を前に財産分与の話しを始める奴等なんていくらでもいただろうよ。
それと変わらない。
そう考えると、本人の尊厳は何処に在るんだろうなって思っちまうな。
まぁ、知ったこっちゃないが。
俺の場合、死体の前で馬鹿話しされても気にしないだろう。
まぁ、聞こえはしないだろうが。
「此処に居合わせたのも縁、葬儀や領の扱いについては屋敷の者と話し、明日方針を出したいと考えております。」
おぃ・・・
明日って言ったか?
話しが違ぇじゃねぇか。
「承知した。改めて明日来よう。」
残っていた貴族だろう連中は、それを聞くと会場を後にする。
「今夜帰るんじゃねぇのかよ。」
「今後の話しをするまで帰れないわよ?」
人が掃けたところで、小声で聞いたらこれだ。
「ふざけんな。」
思えば俺の仕事は終わったよな?
つまり、俺が残る必要はねぇじゃん。
「言ったでしょ。今後のために、この領を直轄にする必要があるって。」
俺には関係ない。
「わかった。」
「良かった。」
「レアネとサーラを連れて先に帰るわ。」
「ちょ、酷くない!?」
「いやいや、俺らの依頼分は終わっただろうが。後はディディの範疇だろ、巻き込むな。」
「付き合ってくれてもいいじゃない。」
「やなこった。」
ふざけんな。
何を我儘言い出してんだ。
「残業しなさい、上司命令よ。」
ここは日本じゃねぇっての。
「国民なだけで上司じゃねぇわ。」
「そっか。管理地の話し、白紙にしちゃおうかなぁ。」
このアホ女!
「権力にものを言わせてんじゃねぇ!」
「使えるものは使うわよ、リアだってそうでしょ!」
そうだよ。
その通りだよ。
だがこいつに言われるとムカつく。
「くそババァ・・・」
「聞こえてるわよ。」
聞こえるように言ったんだよ。
「じゃ、残業決定ね。」
くそっ・・・
「レアネは返してやれ、明日は仕事だろうから。」
と言うと、ディディは顎に手を当てて考える。
「話してみよ。」
ひでぇ、あの二人まで巻き込むつもりだな。
サーラはプーだからいいとして。
「俺の行きつけに迷惑かけんなよ。」
「大丈夫、権力は使ってこそなんぼよ。」
二人の方に歩くディディに言ったら、笑顔で親指立てやがった。
あんなのが後継者の国に居ていいのだろうか、そんな不安が込み上げてくる。
結局、全員残留決定。
屋敷の連中とディディの話しは深夜まで続いた。
街の有力者も交え話したディディの方針は、概ね受け入れられた。
もちろん、街の人間は満場一致で笑顔だった。
それだけ、フオルズの圧政は酷かったという事だろう。
頭が据替られるだけの貴族領に、未来を見いだせないと。
「俺はもう眠いんだが・・・」
「これで最後だから付き合ってよ。今話しておかないと危機を払拭できないでしょ。」
まぁ、そりゃそうなんだが。
俺とディディは警備隊の牢に向かっていた。
反乱者に今後を伝えなければ、また起こしかねないからと。
今後の事を伝え、もう反旗を掲げる必要はないと。
確かに、そうなのだろうが、俺が必要だとは思えない。
このアホ女・・・
なんでもかんでも巻き込みやがって。
「まさか・・・」
ディディが牢の前に立つと、会場で先頭にいた奴が驚きの顔をした。
そりゃそうだろうな。
姫が牢に来るなんて思ってもないだろう。
「少し、話しをしてもいいかしら。」
一緒に入れられている3人は何かを言おうとしたが、指導者らしき奴がそれを制した。
そいつは片膝をつき跪く姿勢になり、頭を下げる。
「クローディア姫とお見受けします。会話が可能であれば、願ってもない申し出でございます。」
ちょっとびっくり。
うちの連中は誰もそんな態度とらないからな。
サーラに至っては潰すし。
一番ひどいんじゃねぇか?
「えぇ。私から話してもいいかしら?」
「はい。問題ありません。」
「フオルズの行動は王室にも届いておりました。ボーレヌグ領の現状を憂い、本日状況を確認しに来たのが目的です。」
後ろ3人は驚きの表情をして見合ったが、指導者らしき奴が頭を下げたままの状態を見るとそれに倣う。
何かを言いたそうではあったが。
「領民の苦しみも聞こえておりました。故に、男爵には考慮いただくよう伝えたかったのですが、それも叶わぬ結果となりました。」
嘘だけどな。
とは言えないが。
言ったところで、こいつらにとっては都合が良いだけの話しでしかないだろう。
ただ、ディディが目指すところの障害にはなる可能性がある。
「ただ、ここで手を拱いていては王室の不徳とみなされましょう。それに、他の貴族が治めたとしても二の舞になるのではという不安も残るでしょう。」
ちゃんと順を追って話しているな。
出来れば俺の時もそうして欲しいもんだ。
黙って聞いている4人に、ディディが続ける。
「そこで、ボーレヌグ領を王国の直轄領にしようと先程提案してきました。屋敷の有識者、街の方も含めです。」
「それって貴族から王国に変わるだけじゃねぇのか?」
「グリュン!控えなさい!」
もっともな疑問だな。
こいつらにとって貴族も王室も変わらないだろう。
俺だってそうだ。
偉そうにしか見えん。
「良いのです。その疑問はもっともな話し。ここで生活している領民にとっては一番の懸念でしょう。」
「ご理解、痛み入ります。」
ん~・・・
こいつら、孤児院の奴等だよなぁ。
後ろ3人はわかるんだが、先頭の女はどうもしっくりこないな。
「行く行くは領主を、領内の代表者から選出してもらい自治領にしたく思っています。詳細は今後、話し合っていく予定ではありますが。」
「それは、本当でしょうか?」
「もちろんです。貴族がすべて、フオルズの様な人間ではありません。むしろ、貴族の務めを果たしている方が多いです。ですが、ボーレヌグ領に関してはフオルズと、フオルズに与している貴族が多いためこの考えに至りました。王国は貴族で成り立っているわけではありませんから。」
まぁ、そうなんだろうけど。
ユーリウスなんかはいい例だろうな。
このアホ女が遊んだ二人も、女関係以外はまともな様だし。
いや、アホだけど。
「本当に、ボーレヌグは貴族から解放されるのでしょうか?」
先頭の女は、そこで初めて顔を上げディディに目を向けた。
懇願するような目からは、涙が流れ落ちている。
その声に釣られたのか、後ろの3人も目に涙を浮かべていた。
「必ず。王室は貴族が在って成り立っていますが、身勝手に振舞っていい理由にはなりません。だからこそ、私はボーレヌグから貴族を切り離したいと思っています。」
「ありがとう、ございます。」
「だから、それまでもう少し我慢してもらえますか?」
「はい。お待ちしています。」
と言って、先頭の女がまた頭を下げる。
それに倣い、他の3人も同様に頭を下げた。
「さて、王女の立場としての話しは終わり。顔を上げて。」
ディディは言うと、しゃがんで4人と目線を合わせた。
「あなたたちが手を汚さなくて良かった。」
「え?」
「あんな奴のために重荷を背負う必要なんて無いのよ。これからは、自分たちのために前を向いて歩いて。」
なんか良い事を言ってんなこのババァ。
俺から見ると胡散臭いだけなんだが。
「私たち、普通に生きられる?」
「あぁ、もうあのブタはいねぇんだからな。」
「良かったよ。僕ら、まともに生活できるようになるんだね。」
3人が肩を抱き合って涙を流した。
俺自身、そういうのは要らねぇって方だからな。
こういうのは、見なくても良かったんだが。
知らないところで元気に生きてりゃそれでいいだろ。
「でも、私たちは・・・」
「会場へ乗り込んで来たことは不問になるようにするから。」
「ありがとうございます。」
またも先頭の女は頭を下げる。
普通はそうなのかもな。
一応、王族だし。
「えぇと、アデル、だっけ?そんな畏まらなくていいわよ。」
ディディが言うと、先頭の女、アデルが顔を上げて目を見開いた。
「どうして、私なんかの名前を・・・」
俺も知らん。
「男爵が知っていたかはわからないけど、私には聞こえて来たのよ。反乱を企てる話しと先導者が誰か。」
「っ!!」
アデルは驚きの顔をディディに向ける。
企てってのは、知られない事の方が少ない。
その規模が大きければ大きいほど。
そういう事だろう。
「出来れば、手を汚す前に何とかしたかったのよ。」
「言葉もない・・・」
アデルはディディの言葉に、今までで一番深く頭を下げた。
なんか、ドラマで見る武士みてぇだな。
武士じゃなくても、騎士とか?
最初から感じていた違和感はその辺かもしれねぇな。
「さて、話しは終わり。大人しく待っててね。」
「承知しました。」
最後まで堅苦しいな。
後ろの3人は「うん。」と言って頷いたけど。
「どうリア?」
いきなり聞かれても。
どうも思ってねぇし。
「何が?」
「さすが姫様、とかあるでしょうが!」
「ねぇよ、アホか。」
どっちかって言うと、早く解放してくれ。
いつまで巻き込んでくるつもりだバカやろー。
「ひど!ひらひらのドレスを来た写真をばら撒くわよ。」
「なっ!?」
って、この世界に写真なんてものは存在しない。
「って言うと思ったか。カメラも無ぇのに何が写真だよ、アホか。」
「ちっ・・・」
舌打ちしながらディディが目を逸らす。
それで騙せると思ったのかよ、ますますアホだな。
「でもさ、カメラくらいなんとかなるんじゃない、作ってよ。」
「俺は薬師!作れるか!大体電気も無ぇだろうが。」
「あ、そうよね。」
少しは考えて物を言え。
「写真の原理はレンズを通した光をフィルムに焼き付けるもの。電気を使わなくても可能です。」
は?
はぁっ!?
この女!
「あらアデル、物知りいたっ!!ちょっとリア、何で蹴るの、よ・・・」
俺はディディの腕を掴むと牢の前から急いで離れた。
「何すんのよ。」
こいつ、気付いてねぇのか。
「声量落とせ、アホ姫。」
「リアにアホって言われたくないわ。」
と言いつつも小声になる。
「で、何よ。」
「いや気付けよ。普段なら余迷い事で済むアホ姫の発言に、しっかり答えたアデルの話しにな。」
アホ姫のところで睨んだ後、ディディは顎に指をあて首を傾げる。
マジかよ・・・
「どういう事?」
「写真、カメラ、この世界には無ぇ。」
「あっ!!」
「声がでけぇよ!」
やっと気付いたか。
少しは考えてものを言って欲しいものだな。
「つまり、アデルも私たちと同じって事?」
「まず間違いなくな。」
まぁ、それはいい。
それよりカメラな、レンズの加工くらいはなんとかなりそうだ。
問題は紙の方だろう。
それが出来れば、カメラとか作れそうだよな。
ってそうじぇねぇ!
「なら、話しは早そうだよね。」
「何がだよ。」
「仲良くなれそうじゃない?」
「嫌だね。」
「なんでよ?」
「そもそも前の世界でも面識はねぇんだ。知らない相手、という認識はこっちでも変わらない。俺は面倒だから関わり合いになりたくはねぇな。」
利害の一致、以外ではな。
前の世界コミュニティとか要らねぇっての。
「場合によっては、この領もうまく転がせるかもしれないじゃない。」
「それはお前の仕事であって俺は関係無ぇ。」
「冷た・・・」
「いや、前からそう言ってるじゃねぇか。」
「そうだっけ?」
こいつは・・・
「でもいいわ。面白い事がわかったわけだし。」
「ついでに言えば、話しに乗ってきた時点で向こうも気付いているだろうな。」
面倒な事だ。
「なるほど、話しが早くていいわね。」
・・・
俺とは考え方のベクトルが違うもんな、こいつは。
「それより、帰って寝ようぜ。いろいろあって疲れたわ。」
「そだね。」
お前の所為だよ。
翌日、朝から会議室に集まった貴族数人と、屋敷の有識者、それと街の有力者。
従者だからね!
という理由で付き合わされた。
くそっ・・・
レアネとサーラは町の散策に行っている。
俺もそっちに行きたかったんだが。
このアホ女、覚えとけ。
フオルズの葬儀については、考え事をしていたので聞いてねぇ。
領の扱いについては、貴族から猛反発を受けた。
貴族として立場。
貴族と領の歴史。
領においての役務。
王室への寄与。
どれを聞いてもどうでもいい。
今も昔も、俺が貴族と関わりのない生活だったからだろう。
別に居なくてもいい、くらいにしか思わない。
並べられた御託は犬も食わねぇだろう。
そんな事を思いながら聞いていた。
だが、その悉くをディディは毅然とした態度で突っぱねた。
貴族の立場は中間管理職でしかない。
その言葉を使ったわけじゃないが、国と領が正常に営む状態を維持、管理する事。
歴史は未来の人間が創るものであって、現状が歴史ではない。
この領の状態で歴史が残るとすれば黒歴史だ。
領民が安全に、且つ安定した生活が出来るように計画、整備し暮らしを守る事。
そして、王国への寄与は別に貴族である必要はない。
まぁ、そんな内容を叩きつけた。
それに同調した屋敷の有識者と、街の有力者の前に、最終的に集まった貴族は言葉を繋げる事が出来ず、王国の直轄領にする事で話しがまとまった。
「やっと帰れる・・・」
「うん、うまくいって良かった。」
「報酬に色は付けろよ、予定外の行動が多すぎだ。」
「わかってるわよ。」
街で昼食を食べた後、馬車に乗りんで言った。
「私は楽しかったですよ。」
「うん、私も。」
お前らは観光で来たくらいの事しかしてねぇからいいよな。
と思って、レアネとサーラを見る。
「特に夜会のリアちゃんが!」
「ねぇ。」
こいつら・・・
後で絶対揉んでやるからな!
-王都ミルスティ北部 旧ボーレヌグ男爵領 警備隊舎牢内-
「俺ら、いつまでここに入れられてんだろうな。」
グリュンが天井を見上げて言う。
「でも、こんな落ち着いて時間を過ごすのは久しぶりだね。」
「私たち、もう前を向いていいんだよね。」
続いて、エンゼとアリナも笑みを浮かべた。
「そうね。私が嘆願せずとも、姫様は考えていてくれた。」
「うん。良かった、国が私たちを見てくれて。」
「そうだね、まだこの国も捨てたもんじゃないって事だね。」
「だな、まともで良かったよ。」
アデルもそう言う3人を見て、安堵の笑みを浮かべた。
まだ若い3人に、未来を残せた事に。
直接じゃなくとも、領主殺しの枷を背負わせなくてと。
(しかし、あの二人、私と同じという事かしら。3人にはわからなかっただろうけど、カメラや写真がこの世界にあるとは思えない。)
アデルは3人に気付かれないように思慮を巡らした。
(おそらく、向こうも気付いたと思うし。特に、少女の方が。機会があれば、話してみたいわね。)
アデルはそう思うと、王都のある方角に視線だけ向けた。




