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外伝(後半)2/4

元の世界に戻って来たザガリルは、泣き続けるシルフィナを抱き抱えると、孤児院から出て空へと飛び立ち、彼女の家へと向かった。


出発した時は夕方だったこちらの世界も、今は静まり返った深夜の世界へと変わっていた。

漆黒の夜空を飛びながら、二人はずっと無言だった。


シルフィナの部屋の窓から中へと入ったザガリルは、シルフィナを床に下ろす。


「じゃあな。俺は軍の宿泊所に帰る」

「待って!」


シルフィナは慌ててザガリルの服を掴んだ。


「今日だけ・・。今日だけは一緒にいて」


しかしザガリルは、ずっと視線を合わせようとしない。

この手を離してはいけないと、シルフィナは掴んだ手に力を込める。


次の瞬間、ザガリルが体を返して、シルフィナをその腕に抱いた。

強くシルフィナを抱き締めるザガリルの手が、僅かに震えている。


ポロポロと泣くシルフィナから、パッと体を離したザガリルは漆黒に包まれた外に視線を移す。


「ちょっと出掛けて来る。直ぐに戻って来るから、待っていてくれ」

「・・うん。分かった」


シルフィナは止める事なく、ザガリルを見送った。

シルフィナの気配を察知した紅蓮が、シルフィナの部屋へとやってくる。


「紅蓮ちゃん。たかちゃん、直ぐに帰って来るって。一緒に待っていようね」

「クギャウ」


大きく頷きを落とした紅蓮と共に、シルフィナはソファーに座って彼の帰宅を待ち続けた。



◇◆◇◆◇



高速移動を使い、ザガリルはただひたすらに飛び続けていた。

何処をどう飛んでいたのか、何処に向かっているのか分からない。


最初は、シルベナルドの最後の家に向かったと思う。

しかし千五百年以上も経ったあの場所に、ボロ小屋が残っている訳もなく、大きな宿泊施設などの店が立ち並んでいた。


当てもなくザガリルは飛び続ける。

何時間も飛び回り、太陽が顔を出し始めても、ずっと空を飛び続けた。


この世界の三分の一を占める程に広い魔族の土地。


その五分の三を占める魔城の森は、魔王候補として名乗りを上げたアルガムラの魔力によって、結界を発動させていた。

しかし彼を失った事で、再び結界の加護が消え失せてしまっている。


城へと戻ったサジェリナが、再び発動させようとしてはいるが、調整が必要となり時間がかかっていた。


本来なら、行きだけは歩いて行かないと入れない筈の森は、空を飛んで行くザガリルを拒まなかった。


知らぬ間に、魔城の森の奥まで飛び続けていた。


魔城の森の結界を失った高魔族達は、人間達が攻め込んで来ない様にと見張りの数を増やしていた。

そんな中、上空を飛ぶ人間の男をキャッチする。

慌ててその男を追い掛け、全員で取り囲んだ。


「こいつの赤髪・・」

「ま、まさか、人間共の英雄・・」


取り囲んだ高魔族達は唖然とする。

その男は魔王を二度も撃破した、最強を誇る人間の男だったからだ。


高魔族達は、急いで応援を呼ぶ。

直ぐ様、二百人以上の高魔族達がその場に集結した。


魔王でも勝つ事が出来なかったこの男の相手を、自分達が出来る訳が無い。

しかし、ここで引く訳にはいかないのだ。

魔族の威信を賭けて、この魔城の森を守りきらねばならない。


高魔族達は無言で立ち続ける男に向かって、一斉に攻撃を仕掛けていった。



高魔族達に周りを囲まれたザガリルだったが、その瞳は濁りを帯びていた。

何処を探しても、行こうと思う場所が見つからない。

何故見つからないのか分かっている筈なのに、それを理解する事を頭が拒否してしまう。


何処に行けばいいのか。

何処に向かえば辿り着くのか。

その答えが見つかる事はない。

薄暗い眼差しのまま、ザガリルは空中に立ち止まり続けていた。


次の瞬間、高魔族の攻撃がザガリルを襲った。

放たれた魔力による攻撃を直接受けたザガリルの体は吹き飛ばされ、地面へと叩き付けられる。

休む事なく次々と放たれる攻撃に、ザガリルの体が激しく傷付き、そして自動回復で再生を繰り返していた。


倒れ込んでいるザガリルの瞳は、何も映し出さない。

延々と続く強烈な痛みに襲われても、彼が意識を取り戻す事は無かった。


「なんなんだ?あの男じゃないのか?」

「よく分からんが、サッサと仕留めるぞ!生きて帰すな!」

「我ら高魔族の恐ろしさを、人間共に知らしめてやる!」


地へと大の字に転がる無抵抗な人間の男に、高魔族達はその手に魔力を集中させていく。



仰向けで地へと転がったままのザガリルは、ジッと空を見つめていた。

魔族の土地の空は魔族特有の瘴気の為、常にモヤの様な灰色の雲が掛かっている。

日が差す事の無い暗い空が、どこまでも続く。


『ザガリル、お前の空は何色だ?』


頭の中に声が響いた。

ザガリルは目の前に広がる空を伝える。


「灰・・色・・」

『なんだ、また灰色か。お前が来る日は、いつも灰色だな。俺の見ている空と変わりねえじゃねえか。たまには青にしろよ』


(青に・・)


ボーッとする頭で、言葉を反芻する。

灰色の(モヤ)を再び認識したザガリルの紫色の瞳が、ようやく薄らと光を灯した。


「これで終わりだ、人間の英雄!死ねえぇぇえ!!!」


高魔族達からザガリルに向けて一斉に攻撃魔法が放たれた。


ドォーン!!!と言う大きな音と激しい土煙が立つ。

今度こそ仕留めたと口角を上げた高魔族達は、次第に治まっていく土煙の中から、空を見上げて立つ男の姿を捉えた。


「クソッ!駄目か。こうなったら、あいつが死ぬまで、全力で打ち込み続けろ!」

「おう!!!」


高魔族達が、追撃態勢に入ろうとしたその時だった。


ユラッとザガリルの漆黒のオーラが体から溢れ出る。

それは次の瞬間、爆発音と共に一気に膨れ上がった。




◇◆◇◆◇




軍隊員の保養所兼宿泊所では、マギルスと第一、第二小隊が一緒に朝ご飯を食べていた。


第三小隊はこの時間を使って、第一、第二の部屋の掃除、洗濯等に精を出す。

彼らが食事から戻って来るまでに終わらせておかないと、午前の修行は地獄を見る事になるので、必死である。


元気にパクパク食べるマギルスとは違い、他の軍隊員達はゆっくりと食事を取る。

まだ世が明けたばかりで、少々眠いのだ。


マギルスは何故か朝早く起きる習慣がある。

流石に副軍隊長が起きている中、グースカ寝ている訳にもいかず、軍隊員達も揃って早起きしているのである。


誰一人口を開かぬ静かな朝食の時間が、穏やかに過ぎて行く。


フォークに刺したミニトマトを口に運ぼうとしたマギルスが、ピクッと反応して急に動きを止めた。

そして、バッと窓の外に視線を移す。


「如何なさいましたか?マギルス様」


正面に座っていた第一小隊ディレイルが、即座に尋ねる。

外を見つめていたマギルスの眉間にシワが寄った。


「・・ザガリル」

「エッ?」


ディレイルが聞き直した、その時だった。

ズゥーンと言う大きな地響きと共に、巨大な魔力の波動を感知する。

第一、第二小隊共に、その波動の主を瞬時に把握した。


「第一、第二。ついて来い」


立ち上がったマギルスは、もう既に表情が戦闘モードに変わっていた。

慌てて立ち上がった第一、第二小隊は、高速移動であっという間に姿を消したマギルスを追って次々と消えて行く。


第三小隊が食堂に駆け付けた時には、全員が消えた後だった。




リオール家にて、ルシエルの体を守っていたタナウスとネルダルは、遠くの空を見つめていた。


「・・間違いなく、これは師匠だな」

「ああ。マギルス様が向かわれた様だな。何が起きているのやら・・」

「これはただ事じゃ無いな・・。ネルダル、俺達はどうする?」

「ルシエル様を置いて行く訳にはいかないだろう?」

「それはそうだが・・。どちらか一人でも向かうべきだろうか」

「ああ・・。確かに、本来ならそうするべきなのかもしれないが、でもなぁ・・」


タナウスとネルダルは遠くの空をもう一度見る。

ザガリルの気がドンドンと膨れ上がっていくのがわかる。


これは死ぬ。

行ったら間違いなく死ぬ。


顔を見合わせた二人はニッコリと頬笑み合った後、顔を真剣な表情に戻す。


「ルシエル様の体が最優先だよな!」

「ああ、その通りだ。あちらは他の奴らに任せる事にしよう!」



二人は死地へと向かう事を拒否。

そのまま、リオール家全体に結界を張って成り行きを見守ることにした。





◇◆◇◆◇



「ヒィッ!!」


先程までザガリルに攻撃していた高魔族達は、目の前の状況に顔を真っ青にさせてガタガタと震えを起こしていた。


ドンドンと上がっていく男の魔力を前に、死への恐怖が彼らを襲う。


「グアァアァァアア!!!!!」


天に向かって永遠と叫び続けるザガリルの声と共に、益々魔力が高まりを見せていく。

漆黒のオーラは空気との摩擦でバリバリと火花を散らしながら巨大化して行く。


「あ、あんなもの放たれたら・・」

「この世界が・・終わる」


魔族の土地だけではない。

この星全てを破壊する程の魔力の高まりだった。

恐怖から体が竦み上がる。

逃げ出したくても逃げ出せない。

この世界にこの技から逃げ出せる場所なんて何処にも無いのだから。

それを察知した高魔族達は、ただ茫然とその光景を見つめるしかなかった。


叫びながらゆっくりと空中へと浮かんでいくザガリルの紫色の瞳は、ずっと空へと向けられていた。


全ての臓器や血管が悲鳴を上げながらも、その魔力はまだまだ強くなって行く。

首筋や額にクッキリと浮かび上がる幾つもの筋が、その力の解放でザガリルの体がギリギリ耐えられている事を示す。


大きくなった漆黒のオーラは益々その色を増していき、ザガリルを飲み込んだ。



「ちょっと!何なのよ、これ!!」


魔城で激しい魔力の高まりを感知したサジェリナは、ガルージ達を伴いその発生源へと向かって来ていた。


この世を破壊する程に大きな魔力の塊。

その塊を作る魔力には覚えがあった。


「これは、ザガリルなの?」


ザガリルを取り囲んでいた高魔族達は、コクコクと頷きを落とした。


「赤髪のあの男です。急にこんな魔力の暴走を・・」

「なんで魔力の暴走が起こったのよ!あんた達、何かしたんでしょ!」


高魔族達に詰め寄っていたサジェリナは、この場に近付く魔力を感知する。


「ああ。来たのね、マギルス」


サジェリナの声と同時に到着したマギルスは、目の前の状況を見る。

これは一刻の猶予もない。

ビリビリと自身の肌に伝わる感覚から、腰に差してあった二本の愛剣を抜く。


「強解放!!!」


ズゥーンと言う重い重低音が響き渡り、マギルスのオーラが爆発的に上がる。

マギルスの本気モードに、サジェリナが慌ててそれを止めようとする。


「ちょ、ちょっとぉ!!!あれはザガリルなんでしょ?何で攻撃しようとしてんのよ!先ずは止めなさいよ!」

「あのオーラに包まれたザガリルには、もう何も聞こえん。それに、止める時間はもう無い」


自身に死が迫らない限り出す事が出来ないはずの強解放。

それがザガリルの許可なく発動した事こそが、全ての答えとなる。


マギルスに・・いや、この世界に生きる全ての生きとし生けるものに、死が迫っているのだ。


「全員、俺の張る結界を全力で維持。全ての魔力をぶつけろ!」

「「「ハッ!!!」」」


追い付いた第一、第二が即座に自身の魔力を高めた。


「全開放!!!絶対防壁!」


マギルスの藍色のオーラが一気に膨れ上がり、激しく荒れ狂う。

ギリギリ制御された藍色のオーラは、ザガリルへと向かって放たれ、漆黒の塊を覆い隠した。


軍隊員達も一斉に防壁の強化に魔力を注ぐ。


横でそれを見ていたサジェリナも、周りに立つ部下達に指示を出した。


「結界維持を手伝う!全員、魔力を放出せよ!」


人間の手伝い?と一瞬戸惑った配下達であったが、巨大で禍々しいオーラを前に、誰一人反対する者はいなかった。

全員でマギルスの張っている結界に魔力を注ぎ込む。


今までに無いほど強固な結界となった次の瞬間、魔力の高まりから荒れ狂う漆黒のオーラは、一気に爆発を起こした。



その日、星が大きく揺れた。


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