外伝(後半)1/4
後編は、本編最終82の後の話になります。
双子の魔王候補を撃退し、またしてもこの世界を救った英雄は、平和な日々を過ごしていた。
学校が終わったシルフィナを迎えに行ったザガリルは、夕方のデートを楽しんでいた。
太陽が傾き始めた広い野原で横になり、シルフィナの膝枕を堪能していたザガリルは、日本人であった頃の話に花を咲かせる。
話題に上がるのは、自分の父と母。
そして鮎子の両親である。
「あの馬鹿親父。部屋で鮎子と喧嘩したのを聞いていて、下に降りていった俺の事を殴りやがったんだぞ。マジで許せん」
「それは、たかちゃんが悪いんじゃない!優しいおじさんは、鮎子の味方だもん」
「お前、あいつがどれだけ我儘な親父なのか知らないだろ。凄いんだぞ」
「そんな事ないもん。おじさんはいっつも鮎子に優しかったもん」
シルフィナは、頬っぺたを膨らませる。
家族ぐるみで仲の良かった二家族は、互いの子供も自分の子供の様に可愛がっていた。
しかも鷹矢が高校を卒業したと同時に、二人が正式に付き合い出した事も、仲の良さに拍車がかかった。
「その優しいおじさんは、俺に出て行け!とか言い放ったんだぞ」
「それでたかちゃんが、うちの家に家出したのよね。一週間くらい帰って来なかったし」
「その間、鮎子が俺の家に居座ったからだろ?娘がいるから、お前は帰ってこなくて良いとかメールしてきやがった」
ムスッとした表情をするザガリルに、シルフィナはクスクスと笑う。
本当は仲良し親子の癖に、鷹矢とおじさんは時々こう言う喧嘩をしていた。
困ったものだと、鷹矢のママと二人で良く笑ったものだ。
昔話を楽しんでいたザガリルは、ふと避けては通れない現実の問題に気がつく。
「よくよく考えてみたら、あれが俺の義父になるのか?マジで悲惨だよな」
ザガリルは、心底嫌そうな表情を見せる。
シルフィナは小さくため息を付いた。
「お父様はとても素晴らしい方よ?そんなに嫌がらないで・・」
「素晴らしい?あれがか?冗談はよせ。何度始末しようと思ったか分からんほどの役立たずだぞ」
「もう!」
自分の尊敬する父に対しての言葉が受け入れ難い。
シルフィナは、プックリと頬を膨らませ、そっぽを向いた。
膝の上で瞳を瞑ったザガリルに、シルフィナは顔を戻す。
こんな穏やかで幸せな日が訪れるなんて、思っても見なかった。
シルフィナは自身の左薬指にはまる指輪を見つめた。
これは、ザガリルから渡された指輪である。
シルフィナが百歳になるまでは、この世界で結婚は許されない。
ザガリルの心の中の葛藤で、これからルシエルとザガリルをどうしていくのかと言う問題はあるが、虫除けの意味も込めて渡たした指輪である。
いつかは彼と結婚したい。
シルフィナもそれを強く望んでいた。
しかし、最大の難関は父だ。
未だに納得をしていないと言うオーラをちょくちょく感じる。
なんとか、父からも許して貰って、皆んなに祝福して貰いながら結婚したいと願う。
義理の親との関係で揉めるのは、何処の世界でも同じ様だ。
(普通は嫁と姑との争いなのに・・)
ため息をついたシルフィナは、ふとザガリルに視線を移す。
「ねえ。ザガリル様には、ご両親はいらっしゃらないの?」
「いないな。赤ん坊の頃に孤児院に捨てられたからな」
「そうなんだ・・。ごめんなさい、思い出させて」
「いや。別に全く気にしていない」
そう返事を返したザガリルは、ふと養父であるシルベナルドの言葉を思い出した。
『そうだ!ここにその子を連れてこい。お前が来れたんだから、相手も連れてこれるだろう?一度帰って、もう一度戻って来い。早く行け!』
(そう言えば、ジジイが俺の嫁を見たいとか何とか言っていたな・・)
まあ見たいのなら見せてやっても良いかと思う。
独身のまま死んだジジイに、自慢したいと言う気持ちがあるのは言うまでも無い。
「鮎子。ちょっと付き合って貰いたい所がある。いいか?」
「うん、別に良いけど。何処に行くの?」
「少し過去に行く。俺を育てた奴の所だ」
了承を貰ったザガリルは、シルフィナと共に孤児院へと行き、女神像から時間を遡った。
光が静まったザガリルの目の前には、ベッドに寝ているシルベナルドが居た。
前にこの家に来た時よりも、だいぶ弱っている。
「・・ザガリルか。って、また数千年超のお前か・・」
ため息混じりに告げられた言葉に、ザガリルの眉間のシワが濃くなった。
「なんだ、その嫌そうな声は・・。お前が会いたいと言っていたから連れて来てやったんだぞ」
「ん?誰をだ?」
「俺の嫁になる女だ」
ザガリルの言葉に、彼の背からヒョコリとシルフィナが顔を出した。
可愛らしいシルフィナの姿を見たシルベナルドは目を見開き、そして固まった。
「・・ザガリル。お前・・今何歳だ?」
「なんだ?ボケたのか、ジジイ。この間、二千歳を越していると言っただろうが」
「・・ああ。そうだよな・・」
シーンとする室内で、シルベナルドはもう一度シルフィナを見る。
何度見ても間違いはない。
フッと笑いを溢したシルベナルドは、その表情を一気に険しくさせる。
そして寝ていた体をガバッと起こして立ち上がると、ザガリルに掴みかかって行った。
「てめえ!魔王なのは顔だけにしろと何回言えば分かるんだ!」
「誰の顔が魔王だ!あんな馬鹿の顔と俺様の顔を一緒にするんじゃねえ!」
「うるせえ!この子を何処から攫ってきやがった!俺が生きているうちは絶対に許さんからな!」
「何を訳のわからん事を言ってんだ!お前が会いたがっていたから態々連れて来てやったのに、この俺様の親切心を何だと思っていやがる!」
「この大馬鹿野郎が!何が嫁だ。まだ未成年の女の子に何て事を!」
シルベナルドの言葉に、ようやくザガリルが状況を把握した。
慌てて説明を付け加える。
「落ち着け、ジジイ!確かにシルフィナは七十一才だが、鮎子は成人女性だったんだ!」
「お前は何を訳のわからん事を言ってやがる!子供に手を出すなど言語道断!その腐った性根を、俺が責任を持って叩き直してやる!」
「だから説明してやるから、ちょっと落ち着け!」
「説明だと?」
ハアハアと呼吸の荒いシルベナルドに、ザガリルは伝える。
「シルフィナは、鮎子の魂の生まれ変わりだ。鮎子だった頃の記憶も戻っている」
唖然としたシルベナルドは、シルフィナへと視線を移した。
シルフィナは、ペコリと頭を下げる。
その姿に、その話が事実であるとシルベナルドは理解を示し、ようやく胸ぐらを掴んでいた手を離した。
「人間ってのは、死んだら他の人間として生まれ変わるのか?」
「そんな事は知らん。だが鮎子は特別だ。俺の魔力が関係しているが、説明するのは面倒だ。これで理解しろ」
ザガリルの性格を知り尽くしているシルベナルドは、聞くだけ無駄だと判断をした。
仕方無しにベッドへと戻って行く。
フウッと吐息を溢したザガリルは、ふと壁に貼ってあるカレンダーを見つめた。
この間此処に来てから半年以上が過ぎている。
シルベナルドの命はあと数ヶ月だった。
カレンダーから視線を外したザガリルに、シルフィナが歩み寄った。
「言ってしまって良かったの?」
「どうせそのうち死ぬからな。コイツ一人知っていても問題は無い」
「もう!」
怒ってみせるシルフィナを、ザガリルがグイッと引き寄せ、耳に口を寄せる。
「元気に見えるが、あと二ヶ月の命だ」
ザガリルの言葉に目を見開いたシルフィナは、シルベナルドを見つめる。
フラフラとしながらもベッドに戻ったシルベナルドは、布団に入ろうとしていた。
シルフィナは慌てて掛け布団を持つと、優しくシルベナルドに掛けた。
「ありがとな、お嬢ちゃん」
「いいえ。お身体は辛くないですか?何か私に出来る事があれば、遠慮なくおっしゃって下さいね」
優しく微笑みかけるシルフィナに、シルベナルドの顔が優しさを帯びる。
「あんたは良い子だ。だが・・男を見る目が無い!」
「えっ?」
「もっとまともな男はいなかったのか?親御さんは反対しているだろう。俺が生きているうちなら、守ってやれる。この馬鹿はやめて、もっとマシな男を探したらどうか」
「あ、あの・・それは・・」
「なんだと、ジジイ・・。どうやら貴様はこの場で死にたいらしいな」
「うるせえ!こんな可愛くて優しい子を誑かしやがって。数千年超のジジイの癖に、図々しい奴だ!」
「なんだとぉ!」
「なんだ。やるってのか?」
睨み合う二人の間にシルフィナが入る。
「もう!喧嘩しないで!」
「この馬鹿が俺に絡んできているんだろ?」
「なにをぉ!お前がこんな可愛い嫁候補を連れてきやがるからだろうが」
「なんだ。羨ましいのか、ジジイ。ザマアミロ!」
「子憎たらしいガキだな!」
「うるせえ、クソジジイ!」
互いにフィッと顔を背けた二人は、無言のまま時を過ごす。
困った人達だと吐息を落としたシルフィナは、テーブルにある椅子に腰を掛けた。
二人は日が暮れても、くだらない言い合いを繰り返しながら時を過ごしていく。
シルフィナはそれを静かに見守り続けていた。
どうやらザガリルの性格は、このシルベナルドの性格とそっくりの様だ。
側から見たら仲の良い親子にしか見えない。
ザガリルが見せる可愛い一面に驚かされながらも、二人の言い合いが何故かとても心地良い時間に感じる。
クスッと小さく微笑んだシルフィナは、いつまでも二人を見つめ続けるのであった。
シルベナルドはザガリルとの喧嘩に疲れ、窓の外が暗闇に覆われたのを見つめていた。
色々と思い起こしていた中で、ふとザガリルとの言い合いを思い出し顔を向ける。
「そう言えば、お前・・。さっきあんな馬鹿の顔とって言ったな。魔王を見た事があるのか?」
「ん?アイツの事か?この時代の魔王ならとっくに倒したが?」
「倒しやがったのか⁉︎あの最強を誇る魔王をか!」
「ああ。アイツはまあまあ強かったな。だが、この俺様の敵ではなかった」
「・・そうか。倒したのか・・。お前が、倒したのか・・」
シルベナルドは潤んだ瞳を隠す為に、もう一度外へと顔を移した。
毎日灰色の空が広がる白黒の世界。
今はまだ、この世界に最強の魔王は生きている。
しかしこの先の未来で、親友と彼女との間に生まれたザガリルが、あの魔王を打ち倒す。
色を失ったこの世界が、いつか光を取り戻す日が来るのだ。
「そうか。それじゃあ俺は、長生きせんとな。魔王がお前に倒されるのをこの目で見てやる。そして、孫の姿を拝んでから死ぬとしよう」
「それは両方無理だな。貴様は、余命幾許も無い」
ザガリルの言葉に、顔を青褪めさせたシルフィナがガタンと席を立った。
「な、なんて事を言うの!」
「本当の事だ。下手に期待を持たせる必要はない」
「だからって!」
「いやいや、お嬢ちゃん。こいつはこれで良いのさ。まあ、俺もその事には何となく気が付いていた」
シルベナルドは、自身の体に視線を移す。
ここ数ヶ月で一気に体力が低下した。
もう起き上がる事すらしんどくなったくらいだ。
そして何故か数千年超のザガリルが、急に自分の前に何度も姿を表した。
何故今の自分の前に現れるのかと考えれば、その答えは直ぐに出る。
自分の命が、この先無いからなのだと分かっていたのだ。
「お前は相変わらず、可愛げのないガキだな。ちょっとは悲しそうな顔をしろよ」
「お前が死んだ事で、特にその感情を持った覚えはない」
「育ててやった恩を忘れやがって!大体お前はな、百年以上も顔を見せに来やしない。なんて冷たい奴だ。こんな息子を持った俺は不幸だ!」
「なんだ、クソジジイ。顔に似合わず、俺が来なくて寂しかったのか?」
ケラケラと笑っていたザガリルは、ふと違和感を覚えた。
ん?っとシルベナルドに視線を移す。
いつもだったら、ふざけるなクソガキ!とか言って返して来るジジイが、静かに口を噤んでいる。
「なんだよ・・。気持ちが悪い奴だな・・」
悪態をついても、ジジイから返事が返ってこない。
ザガリルはバツが悪そうに、シルベナルドから視線を外した。
シーンと静まり返る室内に、ゴボッ、ゴボッとシルベナルドの痰が絡む咳が響く。
慌てたシルフィナが、コップに水を入れる為に水差しを持った。
水を注いだコップを手渡すと、咳が落ち着いたシルベナルドが礼を言う。
「ありがとうよ、お嬢ちゃん」
「いいえ。あの、水差しのお水が入っていないようなので、お外で汲んで来ますね」
「すまんな、頼むよ」
「はい!」
シルフィナが水を汲みに外へと出て行くと、それを瞳で追っていたシルベナルドが口を開いた。
「良い子を見つけたな。これで俺はもう思い残す事はねえよ」
「辛気臭い奴だな。お涙頂戴か?俺はごめんだぞ」
「・・お前にそんな事を期待してはいねえさ」
シルベナルドは窓の外に視線を移す。
「お前が家に来てからの百年は、地獄の様な百年だったなぁ。ちっとも言う事を聞かねえし、ちょっと目を離せば、兵士を半殺しにしているしな。危ない事はダメだって言ったって聞きやしねえ。俺はあの百年で寿命が千年縮んだんだと思うんだ」
「チッ。お前が死ぬのは俺の所為とでも言いたいのか?ふざけんなよ、ジジイ」
「・・・・まあ、千年の寿命と引き換えだったとしても、お前との生活は悪くなかったがな・・」
ザガリルは言葉につまった。
シルベナルドの弱気とも言える発言に戸惑いを覚えたのだ。
シルベナルドの発言を思い出してみる。
前に此処に来た時、奴は直ぐに自分がこの世界で生きるザガリルではないと気が付いた。
ここを去る時『この世界のお前に愚痴を言う』と言っていた。
そして『ここ百年以上顔を見せに来やしない』と言う悪態。
こいつが・・シルベナルドが求めているのは数千年超のザガリルではない。
今、この世界で生きているザガリルなのだ。
だが、シルベナルドが生きているうちに、ザガリルがここに姿を現す事はない。
自分の記憶では、ここまで歳を取った彼の姿を見た覚えがないからだ。
フウッとため息をついたザガリルは、シルベナルドを見つめた。
「この世界のザガリルを取っ捕まえて来てやろうか?」
その言葉に、シルベナルドは目を見開いた。
そして、ケラケラと笑い出す。
「そうか。お前は俺が死ぬまで此処には来ないのか」
「だから捕まえて来てやろうかと言っているんだ」
ムッとしながら返したザガリルに、シルベナルドが微笑んだ。
「お前、本当に優しくなったな。いやいや。良いものが見られた。冥土の土産ってやつか」
またしてもケラケラと笑い出したシルベナルドに、不機嫌さを隠さないザガリルが背を向けた。
「もういい。俺は帰る」
シルフィナを迎えに家のドアへと向かおうとするザガリルに、笑いを堪えたシルベナルドが声を掛ける。
「まあ、そう言うなよ。もう少しくらい、この世界に居られねえのか?」
「・・あまり居る訳には行かねえな。なるべく抑えてはいるが、俺の体から魔力が溢れ出てしまっている。この世界にどのような影響を与えるか分からんし、この世界にいる俺に気が付かれる可能性がある」
「そうか・・。もう少しだけお前と話していたかったんだが、もう歳だな。さっきから眠くて仕方がねえ」
「それなら寝ろ。お前が起きるまでくらいなら、ここに居てやる」
「そっか。・・約束だぞ!勝手に帰るんじゃねえぞ」
「うるせえな。良いからさっさと寝ろよ!」
「分かった、分かった」
シルベナルドは笑いながら瞳を閉じた。
数分もしないうちに、シルベナルドは本当に眠りに就いた。
死んだのか?とちょっと疑いたくなるほどに、静かに眠りに就いたので、少々驚かされた。
水を汲んで戻って来たシルフィナも、ベッドの横の椅子に座って彼を見つめる。
「どうする事もできないの?」
シルフィナの問いに、ザガリルは首を振る。
シルベナルドは老衰である。
病気なら何とかなるかもしれないが、老衰を止める魔法は無い。
そんなものがあるのなら、この世界に死者は出ないのだ。
俯いたザガリルは床板を見ていて、そう言えばと思い出した。
シルベナルドが死んだ後、遺言書が枕の下から出て来たらしい。
そして、それに書かれていた通り、ザガリルが渡した金貨などは、この床下のシルベナルドが作った魔空間に保管されていた。
魔空間は、ザガリルと三十人の子供だけが開けられる様に細工が施されていたらしい。
その魔空間の中には、シルベナルドが調べた施設にいた子供達のその後が記された紙が入っていた。
半年に一回、その情報は更新されており、一人一人冊子になる程の情報量だったそうだ。
戻って来た奴らがそれを見ながら、シルベナルドの枕元で泣いていたのを思い出す。
そしてその時に、不思議な事を言われた。
「お前が俺達に手紙を出したのか?」
その時は「何で俺が・・」とサラリと否定して終わったが、もしかしたら本当に俺が出したのかもしれない。
あいつらに見せられた手紙は、とても綺麗な美しい文字で書かれていたからだ。
だからあいつらも、ザガリルが書いたものではないと直ぐに引き下がったが、あの美しい文字を書ける人間には心当たりがある。
ザガリルは、椅子に座ってシルベナルドを見つめるシルフィナに視線を移す。
「クソッ!そう言う事かよ・・」
突然のザガリルの言葉に、シルフィナが驚きながら顔を向ける。
「シルフィナ、お前に頼みたい事がある」
「私に?」
「ああ・・」
ザガリルは床下の空間から、全員分の資料を出した。
そこに書かれていた住所と名前をシルフィナに書き写させる。
当初の孤児はザガリルを抜いて全部で三十人いたが、資料を読むと半分近くが死んでいた。
生存者は十八人。
シルベナルドの家に来ていた人数だった。
自分が預けていた金貨を一枚抜き取り、二人で夜の町に買い物へと出かけて行く。
買った便箋に、シルベナルドの住所と余命が二ヶ月しかない事を書かせて一人一人に投函した。
「これで良かったの?」
「ああ。まあ、育ててくれた事に対する最後の礼だな」
「・・ザガリル様には送らないの?」
「手紙を読んで家に来た奴らが、俺宛に何度も手紙を出して来たが、俺は会いにいかなかった。出すだけ無駄だ」
「でも・・。最後なんだよ?会わせてあげたい」
「だから・・今、こうやって会っているだろうが・・」
ザガリルが少し不機嫌そうな顔をする。
この時代のザガリルでは無いが、自分だって本物のザガリルである。
それなのに、違う扱いをされる事に、少々苛立ってしまう。
「あっ!そっか!だからたかちゃんは、私を此処に連れて来てくれたんだもんね」
納得をしたシルフィナは、シルベナルドの家に向かって歩き出した。
その後ろをザガリルが歩いて行く。
歩きながら、さっきのシルフィナの言葉が少し気になった。
(何で俺は、シルフィナを此処に連れて来たんだ?)
その疑問はザガリルの中で次第に大きくなって行く。
考えてみたら、わざわざ力を使って、こんな所に見せに来なくても良かったのでは無いだろうか。
だが何故か自然に、見たがっていたから見せに行こうと思ってしまった。
他にも別にこの家に来なくても良かったのでは無いか?と思う物もある。
例えば、金貨が邪魔だと思った時だ。
自分ではゴミが溜まったらゴミ箱に捨てに行っていると言う感覚だった。
だが、よくよく考えてみたら、わざわざ此処に捨てに来なくても良かったのだと言う事に気が付く。
シルベナルドの家に捨てに来られなくなってからは、ザガリルの魔空間に放り込んでいたのだから。
最初からそうしておけば良かっただけなのだ。
家に着き、ベッド横に移動した椅子に座ってジジイの顔を見る。
こいつの顔だけは、何年経っても、たとえ老けて変わっていたとしても、分からなかったり間違える事はなかった。
(何故俺は、こいつだけは間違える事なく認識していたんだ?)
分からない。
分からない事が多すぎる。
悩むザガリルの瞳に、目を覚ましたシルベナルドが映る。
ぼんやりとしたままのシルベナルドは、横に座るザガリルを見つめた。
「どうした、ザガリル。珍しく、元気が無いな」
そう言って弱々しい手を伸ばし、昔の様に頭を撫でた。
「うるせえよ・・」
昔だったら、悪態ついてその手を払い退けていた。
しかし俯き加減のザガリルは、ジッとそれを受け入れる。
昔の様に、がっしりとした手では無い。
細くて弱々しいその手に、それでも懐かしさを感じるのは何故なのだろうか。
心配そうな顔をしたシルベナルドと顔を上げたザガリルの瞳がジッと合わさり合う。
そして静かに、互いに別れを告げあった。
「・・お前も起きた事だし、俺はそろそろ帰るぞ」
「そうか・・。まあ、元気で暮らせよ。お嬢ちゃんと仲良くな」
「言われなくても分かっている」
立ち上がったザガリルは、シルフィナの手を取る。
「あの、シルベナルド様。私・・」
「お嬢ちゃん・・。いや、シルフィナ。俺の息子を頼む」
「はい!」
シルフィナは、我慢出来ずにポロポロと涙を流す。
彼とはここで永遠の別れとなるからだ。
ザガリルと言う、シルフィナの大切な人を育ててくれた人。
もっと彼の側に寄り添い、お世話をしたかった。
こんな粗末な家に一人っきりで残して行くのが辛い。
「人の女、泣かせてんじゃねえよ、クソジジイ」
「お前こそ、シルフィナを泣かせるんじゃねえぞ、クソガキ」
フッと笑い合った二人は、もう一度顔を見つめ合う。
ザガリルは、シルベナルドとの今生の別れを前に、さっきから分からなくて悩んでいた疑問の答えが、何故かすんなりと見つかった気がした。
ずっと、自分が勘違いしていた気持ち。
ずっとずっと気が付かなかった本当の思い。
「じゃあな、ザガリル。お前は、俺の最高の息子だ」
「・・じゃあな、クソジ・・」
ザガリルは、言葉をピタリと止めた。
ん?っとシルベナルドが首を傾げる。
ザガリルは空いている手をギュッと握り締め、もう一度口を開く。
「俺は貴様を家族だと思った事など無かった。無論、父親だと思った事も無かった」
「・・ああ、そうかよ。んな事は、とっくに分かってんだ。サッサと行けよ、クソガキ」
シルベナルドは、フイッと顔を背けた。
俯き加減のザガリルは、そのまま言葉を続ける。
「だが、ガキの頃から持っていないと思い込んでいた物が・・。それが一体どう言うものなのかと言う事を、言葉だけ知ってキチンと理解していなかっただけの様だ」
「ああ?お前、何を言って・・」
顔を向けたシルベナルドの顔を、同じく顔を上げたザガリルの紫色の瞳が静かに見つめた。
色を失った筈のシルベナルドの瞳が、まるであの紫色を認識したかの様に、その瞳を美しく映し出す。
思い出すのはザガリルの幼少期。
悪態を付き合いながらも、二人は常に一緒だった。
悪戯っ子のザガリルに、拳を振り上げ後を追うシルベナルド。
炊事洗濯などの家事を一から教えてやっても、お前がやればいいと一向に覚えないザガリル。
そのくせ、剣と武道を教えろと引かないザガリルに、お前みたいな馬鹿には無理だと逃げるシルベナルド。
毎日言い合いの日々を過ごしていても、ふとした瞬間、大きな手がザガリルの頭を撫でた。
止めろ!と嫌がる癖に、必ず一度撫でられてからその手を払い除ける。
顔を上げると、フッと柔らかな笑みを溢すシルベナルドに、安心し切った顔のザガリルは、悪戯っ子全開の笑みを返す。
そしてまた二人は、なんだかんだと言い合いをする日々に戻って行く・・・・。
まるで走馬灯の様に、一緒に過ごした百年間の日々が二人の間を一気に流れ去って行く。
意識を戻したザガリルは、ベッドの脇に立て掛けてあるシルベナルドの愛剣を見た。
これまで我武者羅に強さを追い求めて来た。
・・ずっとずっと強くなりたかった。
誰よりも強くなりたかった。
・・もっともっと強くなりたかった。
幼き頃より見てきた背中は、誰よりも強く、そしてとても大きかったのだから。
心の奥底に閉まってあった溢れんばかりに輝く過去を胸に、目の前にいるシルベナルドを見つめ直した。
スウッと息を吸い込んだザガリルは、最後の別れの言葉を伝える。
「じゃあな、クソ親父」
「えっ?」
ザガリルは、シルフィナと共にスッと部屋から消え去った。
ザガリルの言い逃げとも言える発言に、暫し驚き顔のまま見送ったシルベナルドは、我に返ると大声で笑い出した。
腹を抱えながら笑い続ける。
瞳から流れ落ちる涙を拭い去る事も忘れて、シルベナルドはずっと笑い続けた。
「ゲフッ、ゴホッ、ガハッ!!・・・・あいつは、俺を殺す気か?」
笑い疲れたシルベナルドは、ハアハアと激しい呼吸繰り返す。
ポロポロと流れ落ちる涙は、未だ止まる事を知らない。
「親を泣かせてんじゃねえよ、馬鹿息子が・・」
小さく呟いたシルベナルドは、ふとベッド脇のサイドテーブルに視線を移す。
そこには立て掛けてある剣と真っ白な女神像が置かれていた。
シルベナルドの持ち物は、この女神像と愛剣の二つしかない。
穏やかな笑みを讃えている真っ白な女神リルネシアの像をシルベナルドは手に取った。
像を捻ると像の胴体と下半身が綺麗に分かれる。
胴体側の断面には『ザガリル』と『シルベナルド』の名前が子供の字で書かれていた。
あの時、自慢げな顔をしながら像を見せて来た、幼き頃のザガリルの顔がハッキリと浮かんでくる。
「何度見ても下手くそな字だな」
クスリと小さく笑ったシルベナルドは、窓の外へと視線を移した。
朝日が登ったであろう灰色の空が、いつもより美しく見える。
「お前の息子のお陰で、俺は世界一幸せな父親だったよ、親友」
紫の瞳の彼がニッコリと笑みを溢した気がする。
シルベナルドは最高の宝物を胸に、また静かに眠りに就いた。
それから一、ニ週間ほど経った頃。
シルベナルドの家には、次々と息子達が駆けつけて来た。
ベッドに横たわるシルベナルドに、何でもっと早く連絡をして来なかったんだと怒りを見せる。
訳も分からず、何故ここが分かったのかと聞けば、手紙が来たと言う。
ハッとしたシルベナルドは、体を起こして床を覗き込んだ。
前より少しズレた床板が、その全てを物語っていた。
それから一ヶ月半後。
シルベナルドは沢山の息子達に囲まれながら息を引き取った。
彼の顔は、とても穏やかで幸せそうな顔だったと言う。




