68.知見を広げるには
べオードリーに無理矢理連れ出されてから、三十分程が過ぎた。
最初は諭す様に隣に座っていたべオードリーだったが、子供達が増えて来るにつれてルシエルから離れる様になった。
行く先々で泣き喚く子供達を、笑顔で次々と馬車に乗せて行く。
暫くその様子を伺っていたルシエルは、ようやく納得をした。
べオードリーにとって、子供が学校に行きたくないと駄々を捏ねるのは、日常茶飯事の事。
その為、ルシエルが行かないと必死に訴えても、簡単に受け流されてしまうのだ。
親にしがみ付き必死に引き離されまいと泣き喚く子供と、精神的な問題から行きたくない自分が同じ扱いをされた事だけは大変遺憾に思う。
バスに乗せられ嫌がって泣いていた子供達は、暫くすると落ち着きを取り戻して行った。
そしてべオードリーが始めた指遊びを、涙で濡れた瞳のまま一緒に始めて行く。
一時間程走った頃には全員がバスに乗り、まるで遠足の様なテンションで遊んでいた。
配られたお菓子を食べながら、皆んなが笑顔を見せている。
ボーッとそれを見ていたルシエルの横に、べオードリーが座った。
そして手に持っていたお菓子をルシエルに差し出した。
「いりません」
お菓子を拒否すると、べオードリーがクスリと笑う。
「ルシエル君、知見は広がりましたか?」
「・・どうでしょうか」
べオードリーは、手に持ったお菓子を食べ始める。
そして、また笑顔を見せた。
「子供の時には子供にしか得る事の出来ない知見があります。それは、実際にこうやって体験して得ていくもの。本を読むだけでは得る事の出来ない大切なものとなります」
「子供にしか得る事の出来ない知見は、僕の人生に必要ない物だと思っています」
「ええ。ですから、それが本当に正しいのかどうかを体験して考えてみて下さい。ルシエル君の今の知識では必要ないと思っているものでも、別の見方をしたら必要だったと思う事もあるでしょう」
べオードリーは立ち上がると、また子供達の輪に戻って行った。
ルシエルは、フウッとため息をついた。
子供の頃の体験でしか得られない知見は、ルシエルに必要は無い。
もう既に二人分の記憶があるからだ。
自分が子供になりきれないのは、きっとザガリルと鷹矢の記憶の所為なのだと思う。
彼らの記憶がなかったのなら、きっとあの子供達の様に雄鶏と遊び、そしてお菓子を食べていた筈だ。
彼らが目覚める前の自分は、あそこにいる子供達とあまり変わらなかったのだから。
再び大きな溜息をついたルシエルは、ふと自分の中に意識を移した。
深い眠りに就いていた二つの意識が、ようやく目覚めた様だ。
ルシエルは真っ暗な意識空間に降り立った。
目の前には、灯りに照らされた三つの椅子が向かい合って置いてある。
その一つに座ると、空いている二つの椅子に、ザガリルと鷹矢の姿が現れた。
「二人とも・・狡いよ」
ポツリと呟いたルシエルに、ザガリルの眉間にシワが寄った。
「ああ?なんでだよ。あれはガキのお前の為の学校だろ?だったら、お前が行くのが当然だろ」
「ザガリル。そう言う言い方をするなよ」
「だったら、お前が代わりに行ってやれよ、鷹矢」
「うーん。ごめん、それは無理」
ルシエルの記憶を共有した鷹矢が、苦笑いをする。
鮎子も昔、人形相手におままごとをしていたが、それとはレベルが違いすぎる。
昨日のおままごとは、女同士のルシエルの奪い合いから、何故かドロドロとした火サスの様な殺人事件が発生する物だった。
(しかし死ぬのは男子のみ)
唯我独尊思考の女の子達が考え進んでいくおままごとと言う物は、なんて恐ろしい遊びなのだろうか。
記憶を共有したザガリルの眉間にもシワが寄る。
幼きナディアの様なのが二十人も居るのだ。
しかも、ザガリルが付き合っていたおままごとは、取り敢えず黙ってソファーに座っているだけだった。
そうすると、ナディアが勝手に話を進めていき、目の前に出されていくお菓子等を順番通りに食べれば良いだけの遊びだった。
当時、それすら苦痛ではあったのだが、ルシエルの記憶のおままごとよりはマシである。
逃げ出しておいて良かったと改めて思った。
「よく頑張ったね、ルシエル。偉かったよ」
「お前、よくあれを我慢したな。俺なら速攻逃げ出していたぞ」
「逃げたかったけど、逃げられなかったんだもん・・」
ルシエルはシュンッとして俯いてしまう。
あれは本当に恐ろしい時間だった。
何度隙を見て逃げ出そうとしたか分からない。
しかし、二十人もいるお姫様達に直ぐに気が付かれてしまい、逃げ出す事は不可能だったのだ。
「べオードリー先生だっけ?確かに生徒思いで悪い先生じゃないんだけどなぁ・・。子供達に関わって来た経験が彼の自信になっているし、思い込みが激しそうだから説得は難しそうだ。ファスター達も丸め込まれたみたいだしね」
「・・父様も母様も、ルシエルに嘘をついた。お断りするって約束したのに・・」
ルシエルは途端に激しく泣き始めた。
今回の事で一番ショックだったのは、父と母の対応である。
ルシエルが嫌だと言っているのに、無理矢理連れて行ったり、ルシエルに嘘はついてはいけないと言っていたのに、自分達は嘘をついた。
信頼していた両親に裏切られたと言う気持ちが、ルシエルの心を深く傷付けていた。
「また今日もあそこに連れていかれるみたいだ。ザガリル、助けてあげてよ」
「そうだな。あまり幼少期にトラウマになりそうな記憶を作らせるのは如何なものかと思うしな」
「本当!?」
濡れた瞳でパッと顔を上げたルシエルは、二人を見つめた。
「ザガリルの体に戻って、ルシエルを連れて帰るか」
立ち上がろうとしたザガリルを、ルシエルが止める。
「えっ?お家に帰るの?」
「はあ?帰らないならどうするんだよ」
「暫くお家には帰らないで、軍隊員の施設に行く。だって、お家に帰ったらまたあそこに連れて行かれるんだもん!」
両親大好きなルシエルとは思えない発言に、流石にこれはまずいと鷹矢がフォローに入る。
「あのね、ルシエル。確かに今回の事はファスター達が悪いと思う。でも・・」
「ちょっと待て鷹矢。お前、アイツらを許せとか言うつもりなのか?よく考えてみろよ。アイツらはルシエルの訴えを無視した挙げ句、あんな地獄に叩き込んだんだぞ。しかも、昨日あれだけ嫌な目に合わせておいて、今日も騙して連れて行かせるとは、親として冷血過ぎるだろ」
何を言い出すんだと、鷹矢はザガリルを睨め付ける。
「騙してとか・・。いい加減な事言ってルシエルを煽るなよ」
「なんでだよ!だっておかしいだろ?嘘をつく事は悪い事だと言っておきながら、自分達が嘘をついているんだぞ。子供と言うだけで、親の理不尽さを目の当たりにしても我慢するべきだとでも言うのか?たとえ子供であろうとも、おかしい事はおかしいと抗議するべきだろ!」
この世界最強の男の言葉に、ルシエルが大きく頷きを落とした。
「僕、父様と母様が謝っても絶対許さない」
「おお!それでこそ俺の魂だ。嘘つき共に目にもの見せてやれ!」
「うん!分かった」
盛り上がる二人を横目に、鷹矢は溜息を付いた。
ルシエルは本気で怒っている様だ。
これは、ファスター達がしっかりとフォローすべき事だと思うので、鷹矢がどうにかする気はない。
しかしザガリルは、暇潰しにルシエルを煽っているのが見て分かる。
ファスターは嘘をつくのが苦手な人間だと言う事を、ザガリルだって知っている。
今回は言いくるめられてしまっただけで、嘘をつく気なんてなかった事も分かっている。
それなのに、嬉々としてルシエルを煽っているのは、無駄に意識下の眠りにつかされた事に対する腹いせなのだろう。
大人気ないなぁとか思いながらも、鷹矢もルシエルの気持ちに寄り添う事にした。
意識空間の闇を見上げた鷹矢は、ふと鮎子の事を思い出した。
「そういえば、ザガリル。鮎子はそのままにしておいて大丈夫なのか?」
「なにがだ?」
「ほら、シルフィナと鮎子は融合の儀をしてないから、鮎子の記憶が消えちゃうって話」
「・・ああ。あれか」
帰って来た言葉は、完全に忘れていた感じの返答だった。
「ちょっと!大事な事なんだから忘れるなよ!」
「うるせえな・・。だったらお前が考えろよ」
「出来るならやってるよ!!!」
魔力の無い世界から来た鷹矢には、魔力に関しての知識などない。
共有しているザガリルの記憶から考えるしか無いのだが、本人では無い為、多すぎる記憶の中から融合に関する記憶を探し出せない。
未だに見当をつける事すら出来ないでいた。
自分の大切な女性の記憶を、同じ魂とは言え他の人任せにしなければならない事が悔しい。
この間、視覚的にも鮎子の姿を捉え認識した鷹矢にとって、彼女を失う事だけは絶対に阻止したい事である。
普段穏やかな癖に、少し苛立ちを見せた鷹矢を見て、ザガリルが仕方無しに口を開いた。
「少々厄介ではあるんだがな。多分なんとかなると思う」
「本当に?」
「ああ」
ザガリルの返答に、鷹矢がホッと胸を撫で下ろした。彼のこう言う発言は絶対に嘘ではない。
ならば、鮎子は守られるだろう。
二人の会話を大人しく聞いていたルシエルは、ふと疑問に思った事を口にした。
「ねえ。鮎子とシルフィナさんって、今でも上手くいってる様に見えるけど、絶対に融合しないと駄目なの?」
それは鷹矢も思う事である。
しかし融合しないと鮎子が消えるとザガリルが言った事で、絶対に融合しないといけないのだと認識している。
顔を向けたザガリルは、彼らに頷きを返した。
「まあ、表向きは上手くいってるな。だが、鮎子の意識は不安定だ。本来、身体と魂は強く結び付いている。だからその身体の主となる魂の記憶が何事にも優先される事になる。しかし、身体を持たない鮎子は結びつく物がない状態だ」
「えっとそれは、ルシエルの身体だとルシエルが。ザガリルの身体だとザガリルが優先されるって事だよね?」
「ああ。もし俺達が融合していなかったとしたら、おそらくお前は既に消えていただろう。身体を持たない記憶と言うのは、それだけ不安定でかなり弱い存在だからな」
鷹矢は少し納得をする。
ルシエルの身体でもザガリルの身体でも、自分が主導権を握る事はない。
二人より常に弱い存在なのは、生活をして来て知っている。
彼らの魂と身体が結びついてさえいれば、彼らの魂と融合した自分の魂も紐付けされて消える事はなくなったと言う事なのだそうだ。
しかし、シルフィナと鮎子は融合していないので、二つの人格が一つの体を共有している状態。
簡単に言うと、互いの存在を認識している二重人格の状態となっている。
シルフィナは自分の身体を持っている為、魂の記憶が消え失せる事はないが、身体を持たない鮎子は融合してシルフィナの魂と紐付けしないと、いつ消えてもおかしくはない。
融合した後でも三人の中で消え去りそうなくらい弱い鷹矢の記憶。
鮎子も自分と同じ状態なのかと思うと不安でしかたがない。
「融合した俺でさえこんな状態なのに・・。融合してない鮎子は、もっと危険な状態って事なんだな」
「危険と言えば危険だが、そこまで深刻な状態ではない。あまり、俺達の状態を参考にするなよ、鷹矢」
「えっ?」
鷹矢は驚きながら顔を上げた。
ザガリルは何も知らない鷹矢に、自分達の融合について説明を始めた。
「融合をすると記憶の共有は勿論だが、複数の意識が融合された人格となる。本来なら、その体の持ち主の人格が一番強く出る物だが、俺達の場合は、俺の記憶が多すぎて少し圧迫気味になってしまっている」
ザガリルの身体の場合、ザガリル7、ルシエル2、鷹矢1となる。
ルシエルの身体の場合、ザガリル5、ルシエル4、鷹矢1と変わる。
ただ、ファスター達が居るとルシエルの意識の割合が、鮎子が側にいると鷹矢の意識の割合が増えたりと変動する事が多々ある為、必ずこの割合とは限らない。
しかし大抵の場合は、この割合でブレンドされた人格が表に出ている。
シルフィナの記憶は七十年とそこまで長い訳ではない。
そして鮎子は、二十四年の記憶がある。
二人の記憶を合わせても、圧迫する程の記憶量では無い為、上手く共存が出来ている状態という訳である。
「兎に角、近い内に試してみるから安心しろ。俺自身も鮎子の記憶が消えるのは辛いからな」
「ありがとう、ザガリル」
鷹矢が胸を撫で下ろしていると、ふと外に意識を移したザガリルが、ニヤリと口角を上げた。
「ほおー。これは面白そうだな」
「ん?どうしたの?」
「馬車の近くに、複数人の気配を感じる」
「それってまさか・・」
鷹矢の顔が青褪めた。
ルシエルは日本にいても誘拐されそうなくらい可愛い存在だ。
しかも、昔のリオール家では、家の中にまでルシエルを誘拐しようとした人達が入って来たくらいだった。
もし彼らが誘拐犯なら、狙いは間違いなくルシエルであろう。
「ちょっと落ち着けよ。俺達が起きているんだ。滅多な事は起こらねえよ」
「それはそうだけど・・」
「さて、ルシエル。あっちに戻ろうぜ。楽しいお遊びの時間の始まりだ」
「うん!」
ザガリル、ルシエル、鷹矢の意識は、スウッと意識空間から消え去った。
パッと目を開いたルシエルは、ふと自分の頭の上に違和感を感じ取った。
触ってみると、帽子を被っているようだ。
窓に映ったその姿を見て、ルシエルは愕然とする。
真っ白な帽子には、大きなお目目と可愛いお鼻。
頭上には白くて長いお耳が付いている。
どこからどう見ても、白ウサギキャラの帽子だった。
ふと顔を上げると、べオードリーが子供達に帽子を被らせている最中だった。
意識空間の時間の流れは歪で、現実世界ではどんなに長くても数秒だった筈だが、その隙に被らされてしまったらしい。
慌てて帽子を外そうと引っ張ってみたのだが、張り付いていてどうやっても離れない。
どうやら子供達用に、帽子が頭から落ちない様にと魔力が掛けられているようだ。
「ルシエル君、とっても似合うわよ!可愛いウサギさんね」
ウットリとした表情のべオードリーに、ルシエルはわなわなと身を震わせた。
(こんのぉ、クソ雄鶏が!!)
ブレンドされている意識の中で、今にも暴れ出しそうなザガリルの意識を、鷹矢の意識が必死に抑え込む。
ルシエルがなんとか帽子を取ろうとするが、魔力が邪魔をしていてどうしても外せなかった。
ザガリルの力を使えば取る事は可能だが、魔法が使えない筈の幼少期ルシエル君が、それをこの場でやってしまうのはマズいのだ。
もう一度帽子を見る為に、ルシエルが窓に視線を移した、その時だった。
馬車に並行して、沢山の魔導馬に乗った男達が姿を現した。
べオードリーの顔が、瞬時に険しくなった。
「ポレール、急いで!」
「は、はい!」
魔導馬車の運転手ポレールは、馬車を引く魔導馬達を速く走らせた。
ドアを開けて体を半分外に出したべオードリーは、その手に魔法を発動させる。
「私のひよこちゃん達を狙うなんて、とんでもない奴らね。容赦はしなくってよ。雷光電撃波!」
バリバリバリッと金色の雷が、その手から放たれた。電撃を受けた魔導馬達がその場で気絶していく。
「雄鶏の奴、なかなかやるじゃん」
可愛いウサギさんの帽子を取る事も忘れて、ルシエルは窓の外を覗き込み続けた。
第二弾、第三弾と打っていくべオードリーの力は、段々とその威力を失っていく。
額を流れる汗の量が、とても多い。
そして少々ふらつきも見える。
「魔力切れか・・。打ててもあと二回って所だな」
ルシエルの呟きの後、四弾目を発動したべオードリーは、数体の魔導馬が倒れた事を確認すると、直ぐにドアを閉めた。
「数が多いわ。救助要請は出したの?」
「はい。ですが、この山の中では到着までに時間が・・」
「だから今、狙って来たに決まってるでしょ。兎に角、逃げ続けるしか無いわね」
ポレールから離れたべオードリーは、不安そうに外を見る子供達に向かって手を叩いた。
「さあ、私の可愛いひよこちゃん達・・。あら、今は可愛いウサギさんとキツネさんとネコさんね。あとは・・」
「リスさんもいるよ」
「ゾウさんもいるよ」
「あら、本当ね。みんなとっても可愛いわ」
べオードリーの言葉に、子供達が笑顔を見せた。
「さて、今から皆んなで隠れんぼをします。椅子の所に小さくなって隠れてね。出来るかしら。よーい、はじめ!」
べオードリーのパチンと言う手の音に、子供達が急いで座席の下に潜り込んだ。
ポケーッと見ていたルシエルに、べオードリーが視線を向ける。
「あら、ウサギさんは隠れられないのかしら?」
「先生、囲まれたよ」
「・・その様ね」
べオードリーがフウッとため息をついたと同時に、魔導馬車の車輪が壊された。
ガァーッと引き摺られる音に、子供達の悲鳴が混ざる。
ルシエルも座席の背に掴まって、その衝撃から身を守った。
魔導馬車が停車し、魔道による爆発でドアがこじ開けられた。
両手を上げたべオードリーが立ち上がる。
「この馬車には子供達しか乗っていません。どうか、このままお引き取り下さい」
「うるせえ!お前は引っ込んでいろ!」
男はべオードリーを椅子に押し付け、手早く縄で縛り上げた。
そして馬車の中を見回した。
「この中に、リオール男爵家のガキが乗っているだろ。何処にいる!」
「リオール家・・。ああ。ファスター様の御子息ですか。彼なら、今日はお休みです。ご両親と離れたく無いと泣き出してしまいまして、乗せられませんでした」
嘘をつくべオードリーの顔を、男が殴り付けた。
「一番最初にガキを乗せた事は、分かっているんだよ。あのガキさえ手に入れば、他のガキに用はない。全員無事に解放してやる」
「ですから、彼は・・」
「はぁーい。僕がルシエル・ノーザン・リオールでーす」
手を上げて椅子から降り立ったルシエルに、彼を見た男の顔がニヤリと笑みを溢した。
二十五歳で、この美しさ。
この子がリオール家の三男で間違いない。
「大人しく一緒に来るんだ」
「うん。だから皆んなには、これ以上何もしないって約束してくれる?」
「ああ、分かった。こいつらに構っている暇なんかねえからな。お前を連れて、俺達はトンズラするだけだ」
「それなら一緒に行くよ」
歩き出したルシエルを、顔を蒼褪めさせたベオードリーが体を張って止めようとする。
「駄目です、ルシエル君」
「先生、僕の心配は要りません。そんな事より、僕の考えは先生の言う通り、少しだけ間違えていました」
「えっ?」
「確かに知見を広げる為には、本を読むだけではなく、こうやって体験する事も時には必要な事なのだと、僕も思い直しました」
ニッコリと微笑んだルシエルは、男達に連れられて外へと出て行った。
殴られても蹴られても、最後まで諦めずにルシエルの後を追おうとするべオードリーは、男の魔力の篭った手刀を受けて、とうとう意識を失った。
男の乗る馬に乗せられたルシエルは、彼らと共に森の中へと進路を移して走って行く。
馬に揺られるルシエルの瞳は、キラキラと光輝いていた。
(僕、誘拐されるのって初めて!!!)
ザガリルも鷹矢も体験した事がない誘拐と言うものは、未知なる体験の一つとなる。
これからどんな事が待っているのだろうか。
本の世界よりもドキドキしてしまう。
ルシエルを前に乗せた男が、風でピラピラと揺れる可愛いウサギさんのお耳にとても迷惑している事も知らずに、ルシエルは胸を躍らせ続けるのであった。




