69.誘拐されたルシエル君
「失礼致します!緊急の救助要請が入りました」
ビシッと背筋を伸ばした男が、部屋へと入室する。
机で書き物をし続ける男の低い声が、部屋の中に響き渡った。
「どうした」
「リッチル峠にて幼児育成順応学校の魔導馬車が襲われたと報告が入りました。犯人は幼子を一人誘拐して逃亡したとの事です」
「誘拐だと?」
「はい。同乗していた教師の一人が、犯人のズボンに魔導発信具を取り付けたとの事です。信号は、リッチル峠より南西に八キロ移動中。我らの管轄外へと逃げられました」
「成る程。我々の守護する領域を知っての行動の様だな。だが、誘拐が我らの守る領土内で起こった事こそが問題となる。我らが主人の名を汚す行為、断じて許す訳にはいかん」
バンッと机を叩いて立ち上がった男は、立て掛けてあった剣を手にするとバルコニーへと足を進めた。
彼の背後に控えていた副官ダグマイトは、受信機を部下から受け取り彼の後を追う。
バルコニーから外に整列する部下達を見た男は、大きな声で命令を出した。
「ザガリル軍、第四小隊所属、第一分隊に命ずる。リッチル峠にて攫われた幼子を救出、賊を捕縛せよ!第一分隊は、我に続け!」
「「「おお!!我らの命は、ガフォリクス様と共に!!」」」
ガフォリクスは気を高めると、空に浮かんで高速移動を発動する。
副官のダグマイトと第一分隊の五十人は、ガフォリクスに続いて高速移動を発動した。
第四小隊は、ガフォリクスの指導によって実力者から順に第一分隊から第八分隊に分けられている。
第一分隊は、第四小隊の中でもエリートのみが集められた隊である。
ガフォリクスの高速移動でも、正規ザガリル軍の高速移動の半分にも満たない速度ではあるが、魔導馬程度になら追い付く速度で飛ぶ事は可能だ。
(幼き子供を誘拐するなど、なんて卑劣な行為・・。断じて許す訳にはいかん!)
ガフォリクスは怒りを胸に、全力で誘拐犯の痕跡を追い続けた。
◇◆◇◆◇
魔導馬に乗せられて移動しているルシエルは、辺りをキョロキョロと見回していた。
今は、林と林の間にある一本道を魔導馬で走っている。
この辺はあまり来た事がない場所だ。
空を飛んでの高速移動では通過しているだろうが、殆ど下なんて見ていないからよくわからない。
兎に角、初めて見る様な景色が広がっており、ちょっとしたお散歩気分である。
「ねえ、何処に行くの?」
ルシエルが後ろを向くと、ピラピラするウサギの耳を横に払った男が、ニヤリと口角を上げた。
「良い所に行くのさ。それにしても、本当にお前は可愛らしい顔をしているな」
「ありがとう。よく皆んなに言われるよ」
ニッコリと微笑み返したルシエルは、再び前を見た。
聞きたい情報は教えて貰えない。
でも、何が起こるか分からない方が楽しみである。
普段ならイラッとして黒雷弾でもぶちかます所だが、今回は特別に許してあげる事にした。
林の一本道を走って行くと、男達は魔導馬の速度を落として行く。
木々が生い茂る場所で馬を止めると、奥張った場所にある茂みを男達が退け始めた。
すると、退けられた茂みの先には隠された道が現れる。
あまりきちんと舗装されてはいないが、馬なら走れる位には整備されているようだ。
全員がその道に入ると、茂みは再び元の場所に戻された。
「ねえねえ、あれって隠しルート?」
「ああ。そうだ」
「ふーん。隠しルートを通る時は、魔導馬の足を浮かせるんだね」
「・・お前、なんでそんな事知ってんだ?」
「お馬さんの事?それなら音かな。パッカパッカの音がカッポカッポに変わったから、お空を飛んでいるのかなって思ったの」
「よくわかんねえな・・」
勿論音なんかでの判断では無い。
二キロほど前に、一番前を行く男が手を上げた瞬間、全員が魔術を発動した。
それと同時に魔導馬が地ではなく空を蹴る様になったのを確認している。
そういえば逃げている最中も、何度か馬を浮かせていた。
浮かせたり戻したりを繰り返していたので、一体何をしているのだろうかと不思議に思っていたのだが、どうやら馬の足跡を追われないようにする為の工夫だった様だ。
それならずっと浮かせておけばいいのにとか思ったが、ずっと浮かせられるほどの魔力が彼らに無いようだ。
魔力が少ないとこうやって節約をするのかと、お勉強になった。
誘拐されてから三時間ほどが経過した時、大きな岩山の前に到着した。
男の一人が魔導を乗せた手で岩壁を数回叩くと、岩が左右に開いていく。
ポッカリと大きく開いた岩山の中は、かなり奥深くまで道が続いている様だった。
男達は、馬に乗ったまま中へと入って行く。
最後の一人が中に入ると、再び男が内側の岩壁を魔導を乗せた手で数回叩いた。
ゆっくりと締まっていく岩を確認した男達は、暗くなった穴の中でその手に炎を出した。
「よし、いくぞ!」
再び動き出した魔導馬は、洞窟の中を走り続けた。
「ねえねえ。さっきのって魔導の岩なの?」
「ああ。それがどうした」
「魔導の発動が、岩を数回叩くって言うのがね・・。普通は『開け、ゴマ!』って言うと開くんだよ」
「ゴマってのはなんだ?」
「ゴマはゴマだよ。食べる胡麻。知らないの?」
男は、不思議そうな顔で首を捻る。
「なんで扉を開くのに、胡麻なんだ?」
「・・そう言われてみると、なんでなんだろう。鷹矢、なんで胡麻なの?」
「ああ?鷹矢?誰だ、それ」
「・・諸説あるらしいんだけど、胡麻は種子の詰まった実が弾けるんだって。その時、勢い良く開くから『胡麻の様にパッと開け』と言う意味合いからなんじゃ無いかと言われているみたいだよ」
「・・なんか変なガキだな、お前」
折角、鷹矢の意識を強めて記憶を調べてやったのに、失礼なおじさんである。
コイツとは気が合いそうに無い。
少しふて腐れたルシエルは、再び前を見た。
複雑に入り組む洞窟を走っていた男達は、洞窟内で開けた場所に到着すると、馬を降りた。
そこに張られた大きなテントの中に入って行く。
馬から下されたルシエルも、彼らの後を追ってテントの中へと入って行った。
「コイツがそうか?」
「ええ。この容姿から言って間違い無いと思います」
「本当に、なんて美しさだ・・。生きた宝とはよく言ったものだな」
ルシエルの顔を見てウットリとするおじさんの顔が気持ち悪い。
若干の吐き気を覚えながらも、ルシエルは敷物の上に大人しく座った。
ルシエルの前には、飲み物と昼食とみられるパンやスープ、果物が用意されていく。
人質としての待遇は満点である。
ご機嫌にご飯を食べるルシエルに、男達が笑い出した。
「顔に似合わず、随分肝が据わったガキだな」
「自分の状況がイマイチ理解できていないのでは?」
「ああ!まだガキだもんな」
ケラケラと笑い続ける男達に、ルシエルも笑顔を返した。
この小さな体では、一食で沢山食べる事は不可能だ。
その為、お昼の時間になれば、自然とお腹が空いてしまう。
誘拐されるとご飯も食べられずに閉じ込められると言う、鷹矢のテレビからの記憶とは違って一安心である。
食事を終えて、敷物の上にゴロリと寝転がったルシエルはのんびりと寛いでいた。
両肘を床に付き顎を乗せると、両脚を順番にパタパタと上下に動かす。
ご機嫌な誘拐生活満喫中である。
その時ふと、妙な波動をキャッチした。
キョロキョロと辺りを見回してみるが、それらしき物は見当たらない。
ルシエルを馬に乗せて走って来た男が、そんなルシエルに気が付いた。
「なんだ?どうした」
「なんか変な音がするよ。これって何?」
「音?」
男は耳を澄ましてみたが、特に音はしない。
「気の所為じゃないか?」
「うーん。なんか変な感じなんだよね・・。あっ!あの人からだ!」
ルシエルが指で示した男は、馬車の中に入って来た男だった。
みんなの視線が彼に向けられた。
「俺?」
男は自分の服のポケットを確認してみるが、音が出る様なものなど持っていない。
「別に変な物なんて、何も持ってねえけどな・・」
靴を脱いで中を見ていた男は、再び靴を履こうとして、手に触れたズボンの裾に何か固い感触を覚えた。
「あっ!クソッ。あの男か!」
男はズボンの裾に取り付けられていた発信具を毟り取り、地面へと投げて踏み付けた。
「馬鹿野郎!ヘマしやがって」
「ここは洞窟だから平気だとは思うが、入り口までは追って来ているかも知れん」
「移動したほうが良さそうだな」
「ああ!」
男が足を離した発信具の元に、ルシエルが歩み寄った。
踏み潰されたそれを手に取ってみると、一円玉くらいの大きさと重さの小型式の魔導発信具だ。
これは魔導を駆使した発信具で、かなりの距離までその位置を知らせる事が出来ると言う。
子供の頃、遠くまで遊びに行って帰って来ないザガリルに、施設長のジジイがペンダントタイプのこれをザガリルに持たせていた。
しかしその頃は、懐中時計位の大きさと厚みがあり、割と重量感もあった物だ。
「最近のは、こんなに小さいんだね・・」
「はあ?最近?」
「うん。七百年くらい前でも、ここまで小さくはなってなかったよ!」
二千年ほど前、ジジイがキレて煩いので、仕方なく少々重たい発信具を持って遊びに行っていたのだが、それが時代を経てこんなにも小さくて軽くなっていたとはとても驚きである。
物凄い発見をしたと言わんばかりのキラキラとした表情で発信具を見つめ続けた。
そんなルシエルをポカーンとして見つめていた男達は、思わず顔を見合わせた。
コイツってなんか変なガキだよな、とか思いながらも、顔さえ無事ならば別に良いかと、放置する事にした。
「仕方がねえ。次の場所に移動するぞ」
「おう!」
ルシエルを連れた男達は、再び魔導馬に乗り込むと、洞窟の中を走り続けた。
◇◆◇◆◇
ルシエルがべオードリーに連れて行かれてしまい、戸惑っていたファスターとエミリアは、お昼の時間になると家の前で待機していた。
二人ともソワソワしていて落ち着かない。
ファスターの横に立つエミリアの表情は優れなかった。
出掛ける時のルシエルの嫌がる声が、未だに頭の中でグルグルとしているからだ。
「エミリア・・」
「・・ルーシェは、約束を破ってしまった私達を、とても怒っていると思います」
「そうだな。帰って来たルーシェに、きちんと謝らなければならない」
ファスターもそこがとても気になっていた。
馬車の窓から嘘付き!と叫んだルシエルの声に、激しい罪悪感を覚えたものだ。
何故べオードリー先生にきちんとお断りをしなかったのか。
あれではまるで、ルシエルを騙し討ちにでもしたかの様になってしまった。
あの子の心を傷付けてしまった事を、帰って来たら真っ先にきちんと謝罪しなくてはならない。
今か今かと馬車が来る方角を見つめていた二人に、魔導馬に乗った騎士団達の姿が映る。
驚きながら、エミリアを少し後ろに下がらせたファスターは、真っ直ぐに向かって来た彼らを出迎えた。
「貴方がファスター・ノーザン・リオール男爵ですか?」
「はい。私がファスター・ノーザン・リオールです。何かあったのでしょうか」
「朝方、貴方の息子さんの乗る魔導馬車が賊に襲われました。犯人は息子さんだけを連れて今も逃走中です。身代金などの要求があるかもしれませんので、我々はご自宅にて待機させて頂きます」
「えっ?息子が?」
「はい。報告では、二十五才の幼児との事です」
ファスターとエミリアの脳裏に、可愛い息子の姿が浮かぶ。
「ルーシェ・・」
名を呟いたエミリアの意識がスッと消える。
気を失って倒れ掛かったエミリアを、ファスターが慌てて抱き留めた。
「エミリア!・・何故。なんでこんな事に」
可愛い息子を思い出し、薄らと瞳に涙を滲ませたファスターは、意識の無いエミリアを強く抱き締め続けた。
数時間が経過した。
騎士達は、家の周囲を丁寧に探索。
身代金要求をする為の、魔導即送鳥が落ちていないか探していたらしいのだが、発見には至らなかった。
念の為、リオール家の町でも捜索が行われたが、やはり発見の報告は入っていない。
それを聞いた騎士達の顔が複雑な表情へと変わった。
大抵、貴族の子息の誘拐では、即送鳥が郵送もしくは投げ込まれているのか一般的だ。
しかし今回は見当たらない。
そうなると、犯人は子息を返す気が無いと受け取れるのだ。
騎士達は、意識を取り戻したエミリアに視線を移した。
ポロポロと涙を流し、今にも気を失いそうになりながらも、必死に息子の無事を祈り続ける彼女に、その事を告げる事はできなかった。
「ファスター殿、少しよろしいですか?」
騎士の一人が声を掛けると、ファスターがソファーを立ち、彼らの後についてバルコニーへと出て行った。
「まだハッキリとは分かりません。ですが、もしかしたら身代金目当ての誘拐では無い可能性があります。誰かからの恨みや妬み等、何か思い当たる物はございませんか?」
「特にはありません。ただ、三男のルシエルは・・少しこの辺りでは有名でして。その・・容姿が美しい事から、昔から狙われる事が多く・・」
「・・そうでしたか。賊が息子さんだけを連れて行ったと言う事が少し気になっておりましたが、これでハッキリ致しました。捜査の方針を、幼児売買を中心に切り替えていきたいと思います」
「・・はい。よろしくお願い致します」
ファスターもルシエルが誘拐されたのなら、間違いなく身代金目的では無いと思っている。
確かに町の繁盛ぶりを見れば、身代金要求の線も捨てられない。
しかし、まだ貧乏だった頃から、あの子は何度も誘拐されそうになって来た。
それはエミリアの容姿を受け継いでいたからだ。
ロイドが心配していた事が、こうやって現実に起きてしまった。
自分の判断の甘さに、後悔の波が押し寄せてくる。
ザガリル様に相談したくても、ザガリル軍が今はいない。
この間、ルベレント伯爵より、暫く軍隊員全員で留守にする事と、その間は連絡が取れなくなると即送鳥で連絡が来ていたのだ。
ファスターは、それを思い出した瞬間にハッとした。
もし何かあったら、第四小隊のガフォリクスに相談をと言われていた事を思い出したのだ。
「あの!この近くに、ザガリル軍の第四小隊の方達がいらっしゃるのですが、そこに相談に行って来てもよろしいでしょうか」
「・・ガフォリクス様の所にですか?それならば心配はいりません。誘拐の件を聞いて飛び出して行ったそうですから」
「そうでしたか。それならよかった」
ルシエルの事が心配で仕方がないが、ザガリル軍が動き始めてくれたのなら、少しは安心できる。
恐らく直ぐにザガリル様にもこの事が伝えられるだろう。
ファスターは心配で窓際まで歩いて来ていたエミリアの元に戻って行った。
(なんとか無事に・・)
ファスターとエミリアの願いは、傾き掛けた太陽へと飛ばされた。




