67.悪夢の学校体験
「ほら、ルーシェ。あの遠くに見える建物が幼児育成順応学校だよ!」
「まあ!可愛らしい建物ね、ルーシェ」
目の前に座る両親は、目一杯の笑顔を向けて来た。
窓の外をチラリと見ると、遥か彼方の方に洋風の真っ黄色な建物が見える。
外壁には遠くから見ても分かる位のデカデカとしたウサギだのヒヨコだのの絵が描かれており、どこからどう見ても幼稚園である。
シュンッとして俯いたルシエルに、二人は顔を見合わせて眉をハの字に下げた。
絶対拒否を貫いていたルシエルだったが、ファスターに無理矢理抱えられ、家の魔道馬車に乗せられてしまった。
外見年齢五歳児の可愛らしい抵抗は、この国で剣術だけは超一流の体が大きいファスターにはなんの意味もなさなかった。
思わずザガリルの魔力が暴発しそうだったが、大好きな両親を前にそれは出来ないと、心の奥底に抑え込んでいる。
諦めを見せたルシエルは、仕方なく馬車に乗り続けていたのだが、この時間を無駄には出来ないと言う事に気が付いた。
まずは、自分のプライドを守る為の行動に移らなければならない。
ルベレントへの通信・・シルフィナに、用事があって一週間から二週間会いにいけないと伝えろ。
マギルスへの通信・・今から空間分離の特訓を、二週間の巣篭もり訓練へと移行せよ。
フォガントへの通信・・たった今より、全軍隊員に二週間の巣篭もり訓練を命じる。
これでシルフィナと軍隊員達は大丈夫である。
巣篭もり訓練とは、空間分離の空間に飲食睡眠無しで二週間閉じ篭りながら戦闘訓練をする事だ。
魔城の森に行けば二ヶ月以上はその状態になるので、出掛ける前に数回に分けてこの訓練が行われる。
丁度、近々お散歩に行く事になっている為、軍隊員達に不審がられる事はない。
ルベレントが巣篭もり訓練をしていれば、ザガリルもそれに行っているのだろうとシルフィナも勝手に解釈する筈だ。
これで弟子共に、ルシエルが幼稚園に行かされそうになっている事はバレないだろう。
さて残る問題は、この目の前にいる二人である。
どうしたらルシエルを幼稚園にぶち込む事を諦めてくれるのだろうか。
考えてみたがなかなか思い浮かばない。
そんな事をしていたら、あっという間に幼児育成順応学校に到着してしまった。
止められた馬車から、ルシエルはファスターに抱き抱えられて無理矢理外に連れ出された。
逃げられないルシエルは、エミリアに助けを求めて手を伸ばす。
「母様!!」
「ルーシェ。少し中を見学してみましょう。まだ通うと決まった訳ではないし、体験なのですからね」
母の言葉に、ルシエルは再び落ち込んだ。
どうあっても今日の体験をさせたい様だ。
こうなったら、この体験を滅茶苦茶にして学校側から拒否させるか、この学校が合わないと理由をつけて拒否するかしよう。
心の中で覚悟を決めたルシエルは、両親と共に校長室へと向かった。
人の良さそうな丸々とした体をした、狸の様な校長の話を三人で聞く。
しかし、聞いた所で入る気は無い。
狸の長い話が終わった事を確認したルシエルは、これで帰れると笑みを零した。
その時、校長室に物凄い奴が入って来た。
赤に近いオレンジ色の髪をリーゼントの様に上げており、真っ白なスーツに髪の毛と同じ色のネクタイをしている。
どこからどうみても、立派な鶏冠を持った雄鶏である。
「父様、鶏さんがいるよ?」
ルシエルの言葉に、ゲホッゲホッと咳き込んだファスターが誤魔化す様に慌てて立ち上がった。
「初めまして、ファスター・ノーザン・リオールと言います。本日は、三男のルシエルの体験教室を引き受けて下さり、感謝しております」
「まあ!!お父様はファスター様とおっしゃられるのですね。なんて素敵なお父様なのでしょう。私、とてもドキドキしてしまいますわぁ!」
両手を前で組み、キラッキラな瞳を向ける雄鶏に、ファスターの顔が引きつっている。
彼はこの学校の責任者兼教師で、ベオードリーと言うらしい。
そしてどうやら、立派な鶏冠を持った雌鶏になりたい雄鶏の様だ。
母様の事は全く視界に入っていないらしい。
彼の鶏冠が揺れる度にイラッとさせられるが、幼稚園のマイナスポイントだと思うと、もっと頑張れ、雄鶏!と応援したくなる。
その後ルシエル達は、雄鶏の説明の元、教室を見に行った。
「可愛らしい息子様ですね。きっと、私の受け持つクラスで一番の人気者になれますわぁ!!」
クネクネと揺れる雄鶏は、一つの教室の前で止まった。
扉を開き、パンパンと手を叩く。
「さあ、私の可愛いひよこちゃん達。新しいひよこちゃんを紹介するから、お席に座って頂戴!」
「「「はぁ〜い!!」」」
小さな子供の声が沢山重なって聞こえた。
そう、俺の大嫌いなガキ共の声だ。
踵を返して元来た道を帰ろうとしたルシエルを、ファスターが笑顔でブロックする。
「さあ、ルーシェ。お友達と遊んでおいで」
「今日は見学だけって父様言ったよ!」
「えっ?いや、今日は体験教室だから、ルシエルはこのままみんなと遊ぶんだよ。父様と母様は、先生達のお話を聞いて来ないとならないからね」
ルシエルの顔からサァーッと血の気が引いていく。
そんな話は聞いていない。
「母様、僕も一緒にお話聞く!」
エミリアの手を取り歩き出そうとしたルシエルを、雄鶏の手が阻んだ。
「はい。ルシエル君は、私と一緒にお教室ですよ」
「嫌だぁ!!」
無理矢理引き離そうとする雄鶏の手から逃れる為、ルシエルはジタバタと暴れまくる。
「さあ、ルシエル君。行きましょうね」
ズリズリと引き摺られていくルシエルは、エミリアに助けを求めた。
「母様!今日は見るだけって言ったのに!」
見た事がない程暴れて嫌がるルシエルに、エミリアがファスターへと視線を移した。
「少し急過ぎたのかもしれません。もう少し時間を置いた方が良いのでは無いでしょうか」
「確かに、そうかもしれないな・・」
二人が諦め掛けようとしたその時、べオードリーがにこやか笑顔を返した。
「子供と言うのは、大好きなお父さんとお母さんから引き離されそうになると不安を覚えてこうなるものなのです。でも大丈夫。最初は嫌がっても、直ぐに泣き止んでお友達と遊び始めますので」
べオードリーの言葉に、ルシエルの眉間にシワが寄った。
誰も泣いてないし、別に寂しいから嫌がっているわけでも無い。ぶっちゃけ俺は、両親を置いてでも帰りたい位なんだ。
(折角、諦めてくれそうだったのに!これ以上いい加減な事を言うと、その鶏冠をぶった斬るぞ!!)
イラつくルシエルとは対照に、両親達は何故か納得をし始めた。
「そうなのですか。この子がここまで暴れるのを見た事が無かったもので・・」
「ええ、これが普通です。ですので、お父様とお母様は、そのまま別室へとお進み下さい。こうやって別れの時間を引き伸ばす方が、お子さんには辛いのですよ。ルシエル君は、私が責任を持って面倒を見ますので、どうぞ」
「はい、よろしくお願い致します。ルーシェ。楽しんでおいで」
ファスターとエミリアは、涙目のルシエルを置いてドンドンと行ってしまった。
「さあ、ルシエル君、行きましょうね」
引き摺られるように教室へと入れられたルシエルは、顔を上げて絶望を知った。
教室には四十人近いガキが座っている。
しかも、男女の数が平等で無い。
男が3で女が7の割合だ。
男なら女の子の数が多いと聞くと、ハーレムを想像してしまうだろう。
しかしそれは、実に浅はかな考えである。
これは男にとって、一番最悪なパターンだからだ。
精神的な成長が早い女児と、割とゆったりとした成長の男児が同じ空間にいる。
これを分かり易く例えるならば、我が儘で過干渉、そして口煩い沢山の姉達が、同じ部屋にいるとなる。
弟にとって、これ程煩わしい空間は無いものだ。
べオードリーに紹介されるルシエルを見て、女児達の目の色が変わっていく。
対して、ルシエルの顔からは血の気が引いていった。
あの女児のキラキラとした目には、見覚えがある。
遥か昔、まだ幼かったナディアが、ザガリルを新しいおもちゃ認定していた頃の瞳にそっくりだったのだ。
ザガリルと鷹矢の記憶が、この場から逃げる様に意識を放棄する。
そして、ルシエルの意識下で深い眠りについた。
元々は自分の魂の記憶ではあるが、ルシエルは大人の汚さを目の当たりにする。
(二人とも、こんな時ばっかりズルイ!!)
心の中で抗議するルシエルを、二人は完全にシャットアウトしていた。
雄鶏に案内されて着いた席の周りは、見渡す限り女の子ばっかりだ。
目立たない様に小さくなりながら座ってはいるが、チラチラと視線を向けてくる女の子達から逃げようが無い。
そして雄鶏の手拍子の元、よく分からないヘッタクソな歌やテンポのズレている踊りを呆気に取られた顔で見つめ続ける。
(これは一体、なんなんだろう・・)
目の前で繰り広げられる奇妙な歌や踊りが、恐ろしい。
ルシエル君も一緒にやろうとか雄鶏に誘われたが、真顔で丁重にお断りしておいた。
三十分と言う長い長い時間が過ぎ去り、これから暫く休み時間に入ると知ったルシエルは、急いで席を立った。
両親の元へと行こうとしたのだが、机の周りを女子達に囲まれてしまう。
「ねえ、一緒に遊びましょうよ!」
「私達の仲間に入れてあげる」
「早くこっちに来て!」
同意無しに引っ張られ連れて行かれた先には、おもちゃの食器等が散乱している。
ザガリルと鷹矢の記憶から、これはあのおままごとと言う、女児の機嫌を損なったら最後の恐ろしい遊びの道具であると認識する。
「あの、僕・・。父様と母様の所に・・」
「じゃあ、ルシエル君は王子様。私はお姫様ね!」
「じゃあ、私は隣の国のお姫様やる!」
「それじゃあ私は、その隣の国のお姫様やる!」
こうして、何故かお姫様が二十人もいるおままごとが突如として強制的に始まった。
しかも王子は僕一人・・。
お姫様をしない女の子達は、静かに座って絵本を読んでいる。
出来たら僕もあの子達と一緒に本が読みたい。
しかし、王子様役に決定してしまった事で、おままごとからの離脱を許可して貰えない。
他の子に王子様をやって貰えばいいんだ!と気が付いたルシエルは辺りを見回した。
しかし他の男の子達も、騎士とか執事とかの役柄を勝手に振り分けられており、逆らう事なく黙って従い動いている。
普段の男女の力関係が分かる状況である。
「ルシエル君は、私と踊るのよ!」
「なんでよ!私の婚約者なのよ!」
「さっきからルシエル君を独り占めして狡い!次は私の番!」
ヒートアップしていく自称お姫様達が怖い。
(誰か、助けて・・)
お姫様と言う名の暴君達に囲まれながら揉みくちゃにされたルシエルは、その三十分後にようやく迎えに来た両親にしがみつき、一言も喋らないまま家に帰宅するのであった。
◇◆◇◆◇
「母様。あれじゃあ、ルーシェが可哀想です」
「そうよね・・」
ロイドの心配そうな顔に、エミリアも眉を下げたままルシエルを見つめた。
幼児育成順応学校から帰って来たルシエルは、一言も話そうとしない。
夕食も取らずに、リビングに置いてあるソファーの上で、膝を抱えて涙目のまま小さくなっている。
エミリアが教室に迎えに行った時、ルシエルは女の子達に腕や服を引っ張られながら、泣きそうになっていた。
初めて体験した学校は、明らかに楽しくなかったのだと分かる。
ルシエルを無理矢理学校に連れて行ったファスターも、少し後悔の表情を浮かべていた。
迎えに行った教室では、ルシエルの服も髪の毛もグチャグチャにされていた。
慌ててファスターがルシエルを抱き上げたのだが、その時周りにいた女の子達からの口撃が凄かった。
「ちょっと、おじさん。ルシエル君をどこに連れて行くのよ!」
「次は私と遊ぶのよ!順番を守らないなんて、大人としてどうなの!貴方は後にしてよ」
「私達の許可を取らずにルシエル君を抱き上げたりなんかして・・。なんて失礼な人なの!早く私のルシエル君を返してよ!」
「そうよ、そうよ!私のルシエル君に勝手に触らないで頂戴!」
女の子達に周りを囲まれ、次々と口撃を浴びせられた。
大人顔負けに辛辣な言葉をぶつけてくる幼い女の子達に、ファスターも戸惑いを見せたくらいだ。
あの女の子達の凄まじいパワーを見た後では、ルシエルがこの状態なのにも頷ける。
ファスターは、エミリアへと視線を移した。
「明日の体験は、お迎えに来て貰って半日間という事だったが・・。やはりお断りをした方が良さそうだな」
「そうですね・・。ルーシェには、まだ早かったのかもしれませんわ」
クスン、クスンと鼻を鳴らすルシエルに、エミリアが歩み寄って優しく話し掛けた。
「学校の体験は、明日迎えに来た先生にお断りをするわね」
涙目のルシエルは、小さくコクリと頷いた。
ファスターがルシエルを抱き上げると、ガッチリとしがみ付く。
心身共に疲れ切っていたルシエルの瞼は、そのまま重くなっていった。
◇◆◇◆◇
次の日の朝が来た。
窓を開けたご機嫌なルシエルは、ベランダへと出て行き、そしてお庭を見回した。
昨日の悪夢を打ち消してくれる清々しい朝だ。
こんな天気の良い朝には、鷹矢の記憶にあったラジオ体操をやりたくなってしまう。
両手を大きく広げて目一杯新鮮な空気を吸い込んだ。
そう言えば、夏休みになると、鮎子と一緒にラジオ体操に行ったなぁと思い出す。
鷹矢の記憶ではあるが、少し懐かしく感じる。
昨日のトラウマからようやく立ち直ったルシエルは、晴々とした表情で空を見上げた。
父様と母様が、やっと幼児育成順応学校を諦めてくれたのだ。その事がとても嬉しい。
ザガリルと鷹矢の意識は、未だに深い眠りに就いている。
融合してしまっている為、記憶の共有だけは切り離す事が出来ない。
ザガリルと鷹矢の記憶を持つルシエルにとっても、昨日の子供達との体験は、かなり恥ずかしく感じてとても辛かった。
あの地獄の中でも必死に耐え抜いた自分の努力と精神力を讃えてあげたい位だ。
そう言えば、昨日の夕飯を食べていない所為で、お腹が空いてしまった。
ルシエルは少し早足で食堂へと向かって行った。
「あら、ルーシェ。おはよう」
「おはよう、母様」
ルシエルは、お皿を並べているエミリアの足に抱き付いた。
「昨日はごめんなさいね。お腹、空いたでしょ?沢山食べてね」
「うん!」
ルシエルは目の前に出された朝ご飯をパクパクと食べていく。
次々と起きて来た家族達も、元気になったルシエルを見て嬉しそうな顔を見せた。
兄姉達が学校へ出掛けると、ルシエルはお庭に出てベンチに座ると本を読み始めた。
兎に角、昼間は良い子にお留守番が出来ると言う所を見せなければならないからだ。
良い子のルシエルは、周りの声が聞こえない程に集中して、本の世界へと入って行った。
ちょうどその頃、リオール家に学校の魔導馬車が到着をした。
ファスターとエミリアが出て行くと、今日も真っ白なスーツを着たベオードリーが降りて来た。
「おはようございます、ファスター様」
「おはようございます、べオードリー先生」
「ファスター様から、先生と呼ばれるだなんて、とても感動してしまいます」
今日もクネクネは絶好調の様だ。
若干引き攣りながらも、ファスターは事情を話す事にした。
「・・と言う事で、やはりルシエルにはまだ少し学校と言うものが早かった様です。大変申し訳ないのですが、体験教室を終了させて頂きたく思います」
ファスターの話を静かに聞いていたべオードリーは、にっこりと微笑んだ。
「ええ。大抵のお父様とお母様は、そうやって子供の為にならない選択をしてしまうものなのです」
「えっ?子供の為にならない選択ですか?」
「はい。子供が嫌がっているからさせない。可哀想だから行かせたくない。親として可愛い子供の為に、皆さんが良く思う事です。ですが、ファスター様。考えてみて下さい。本当にそれがルシエル君の為になりますか?」
問われたファスターは、黙り込んでしまう。
ルシエルの為になるかと言われると、どうなのだろうか。
べオードリーの言いたい事なら分かる。
嫌がるからやらせないと言うのは、逃げ道を作る事になる。
これから先の長き人生で、嫌な事から毎回逃げられるかと言われれば、それは出来ないだろう。
逃げ道と言うものは、逃げ道を求める者にとっても、それを作ってやる者にとっても、とても加減が難しいものとなる。
逃げるな頑張れ!と逃げ道を完全に塞いでしまうと、その者を追い込んで心を潰してしまうが、やらなくて良いのよと逃げ道ばかり作っていては、我慢や頑張る事が出来ない者になってしまうものだからだ。
「確かに、甘やかす事になるかもしれませんが・・」
「ファスター様。学校と言うものは、子供達にとってはあまり好きなものではありません。ですが、この国に生まれた以上、三十歳から七十年間は通い続けなければならないものとなります。ルシエル君は後五年。その時にも、同じ事を繰り返しますか?」
ファスターはグッと押し黙った。
この世界の学校は、三十歳になると強制教育である総合学校に十年間行く事になる。
その後、五十年間が選択制の義務教育。
その後、任意教育と呼ばれる最終学歴の十年間で終了となる。
ルシエルは後五年で総合学校へと進む事になるが、そこだって同い年の子供達の集まりとなり、順応学校と大して変わらないだろう。
その時に嫌がったとしても、強制教育を拒否する事は出来ないものなのだ。
「べオードリー先生の言う通りだと思います。今日一日ルシエルとしっかりと話し合い、明日からは学校にキチンと通う様にしたいと思います」
ファスターの横でエミリアも頭を下げた。
そんな二人の姿を見て、べオードリーがにっこりと微笑む。
「分かりました。そうですね・・。今からルシエル君と少しだけお話しをさせて貰えますか?ご両親からの話だけでは、頑なに嫌がるかもしれませんので」
「しかし、宜しいのですか?他の子供達を迎えに行くのでは・・」
「今日こうなるのではないかと予想して少し早めに迎えに来てあります。だからご安心を」
だから他に子供が乗っていないのかと納得をしたファスターは、庭にべオードリーを案内した。
少し二人だけで話したいと言われたファスターは玄関へと戻って行く。
庭のベンチで本を読むルシエルに、べオードリーが近付いて行った。
「おはようございます、ルシエル君」
突如として声を掛けられたルシエルは、驚きながら現実の世界に引き戻された。
目の前にいるのは雄鶏である。
何故ここに雄鳥がいるのだろうかと、ボーッと彼を見つめ続けた。
「昨日の学校は如何でしたか?」
「・・僕には、合いませんでした。今日からまた家で大人しく本を読んで過ごします」
ルシエルは、本へと視線戻した。
べオードリーは本の表紙を見て、少し驚きを見せる。
「随分難しい本を読んでいるのですね。先生もその本は好きです」
ルシエルが読んでいるのは魔導歴書と言う、歴史書の様なものである。
全部で一万巻以上あると言われている物で、元々リオール家には五巻までしか置いてはいなかった。
続きが読みたいルシエルは、ルベレントからプレゼントという形で、毎月十冊ずつ送らせている。
庭には、この本を仕舞う為だけにタナウスに作らせた専用の書庫があるくらいである。
勿論これはルシエルの趣味で、ザガリルや鷹矢にとっては全くと言って良いほど興味ない物である。
「先生もお読みになったのですね。知見を広げるには、やはりこう言う本を沢山読むべきだと僕は思います」
「素晴らしい考えです。成る程。ルシエル君は少し大人びた感覚の持ち主なのですね。ならば昨日の学校での生活は、少し子供じみたものに感じられたのではないですか?」
ルシエルはキョトンとする。
まさしくその通りなのだ。
雄鶏がルシエルの気持ちをきちんと理解していた事に驚かされた。
「正直に言いますと、そうなります」
「そうでしたか。ですが、ルシエル君は一つ忘れている事があります」
「忘れている事?」
「ええ。貴方はまだ子供だと言う事です」
「えっ?」
ポカーンとした顔をしたルシエルに、べオードリーは、ニッコリと微笑んだ。
(えっ?何を言ってるの、この雄鶏さん)
自分がまだ子供だと言う事は、ルシエルだってちゃんと理解している。
雄鶏が何を言いたいのかが分からない。
「知見を広げるには、本だけでは駄目なのですよ。そうですね・・。まずは、そこから始めましょう」
「始める?」
首を傾げたルシエルの手を、べオードリーがガッチリ掴んで引いて行く。
家のドアの前で立っていた両親の元にまで連れて来られたルシエルは、べオードリーの顔を見上げた。
「ファスター様、ルシエル君と話をして来ました。彼はとても素晴らしい。日々知見を広げる努力をなさっています」
「えっ?ああ、そうですね。本を読む事が昔からとても好きな様です」
「はい。ですが本と言う物は、読んだ物に知識が偏りがちになります。幼き頃からそれでは、キチンとした判断が出来なくなってしまっているのも仕方がありません」
ニッコリと微笑んだべオードリーは、ペコリと頭を下げた。
「それでは、今日も元気に行ってまいります」
「「「えっ?」」」
ファスターとエミリア、そしてルシエルの声が重なった。
ルシエルの手を引くべオードリーは、魔導馬車にルシエルを乗せようとする。
「なんで?だって、もう学校に行かなくていいって、父様も母様も言ったよ!」
「そうなのですか?まあ体験教室なので、今日は午前中だけでお家に帰れますからね」
無理矢理ルシエルを押し込んだべオードリーは、ドアから出ようとするルシエルを背中でガードしながら、ファスター達を見た。
「それでは、御子息をお預かり致します」
「あの、べオードリー先生。今日は・・」
「ファスター様!!奥様!!お出掛けする息子さんに、キチンと挨拶をお願い致します」
べオードリーに促された二人は、訳も分からないままに告げる。
「「い、いってらっしゃい・・」」
「はい!行って参ります!」
元気に答えたべオードリーは、バタンとドアを閉める。
走り出した魔導馬車の窓から顔を出したルシエルは、大声で叫んだ。
「嘘つきぃぃぃ!!!」
ルシエルの声が、リオール家の領土に木霊した。




