2-2『どれにする?』
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『さ、どれにする?』
まるで『今日着ていく服はどれ?』とでも言わんばかりの気軽な口調さで、シアが聞いてくる。
『おすすめは目立つ傷がない左のやつかな……。あっ、でも真ん中のは穴が空いてるけど、とても丈夫だと思う。右のはパーツが少し足りないから、他のと組み合わせが必要ね』
オリビアとの戦闘を繰り広げた場所からは、随分と上ってきた。岩肌には薄い苔が張り付き、ところどころから植物の根が伸びている。どこか湿った土の匂いも感じられる。下では感じられなかった生命の息吹を僅かながら感じられた。
だと言うのに、目の前の地面に並べられた三体の骸。元聖騎士たちで、シアのかつての仲間だったはずの者たち。
『三体も残ってたなんて、あなた運が良いのね』
いや、あの、なんと言うか、彼らに対して思うところはないのかな? ミアの時と比べて態度が違いすぎやしないだろうか。
『そこの三人とはあまり絡みがなかったから。三人とも妹に気があったみたいだけど』
妹さんのボーイフレンドなのか?
ロアに操られていた俺の意識を、その身を犠牲に取り戻してくれたと言うシアの妹さんには、少しばかりの後ろめたさがある。
『ここに来る前、無事に戻れたら結婚しよう、とか約束してたみたいよ』
なんだそのフラグは。やめてほしい。絶対戻れないやつだし、戻れてないし!
『妹も、あ、コリーって呼んでたんだけど、その約束をしていた時には、オリビアに封印の生贄にされるって決まってたのよ。なのに無事に戻れたら、きっと……なぁんて強がり言っちゃって。目を潤ませて艶っぽく言われた聖騎士は、もう骨抜きだったわ』
シアが姉妹のこと大好きなのは分かったよ。
俺には聖女と聖騎士の恋なんてシチュエーション、悲劇な結末しか想像できないが。とりあえず、妹さんの彼氏さんは丁重に埋葬してあげよう。それ以外から選ぶよ。
で、どれがその婚約してた彼氏さん?
『え? 三人とも約束してたわよ』
……聖女、様?
『と言うより、ここに来た聖騎士の半数くらいはコリー目的よ。無辜の民の救済なんてのは一人二人じゃないかしら?』
……聖騎士、様?
『コリーは可愛かったからね。彼女が命をかけて大魔霊討伐に向かえば、彼ら、ホイホイついて来たわよ。まぁ、多少はオリビアと私の誘導もあったはずなんだけど』
今は姿の見えないシアだが、身体をくねらせるポーズをとった気がした。
もう、どれでも良いか。おすすめの左にしよう。年は十代後半だろうか? 銀の軽鎧から伸びる手足は長く、引き締まって張りのある肉体は、まだ若いのに厳しく鍛えていたのだろうことを想像させる。
髪は赤みを帯びた焦茶色。目を瞑っていて瞳は見えない。鼻筋もすっきりと通っていて、いわゆるイケメンってやつだ。
彼に転生できるのなら、きっとそれだけでボーナス特典になるんじゃなかろうか?
『そうね。それが良いわ』
シアはそう言うと、さっき拾いに戻っていた細剣を眼前に構えた。それは、刀身だけを見れば驚くほど簡素だった。中央に一本の溝が彫られている以外は、いっさい装飾を持たない細身の鋼。
けれど、その鍔には桜の花と小さな蕾が意匠されている。柄頭には、血に濡れているかのような鮮やかな紅い宝玉が嵌め込まれていた。奥の方にネコの瞳のような模様が見える。
どこかで見たような……。
『桜花の聖細剣よ、桜樹の雫で彼を癒せ』
桜の装飾が結露したかのように、表面から水滴が滲み出て、剣を握る手を濡らす。そのまま滴り、横たわる聖騎士のちょうど心臓の位置にポタポタと落ちた。そのうち僅かに光彩を放ちはじめたかと思うと、ゆっくりと広がって身体を優しく包み込んだ。肌に残されていた幾筋かの傷が見る間に塞がっていき、僅かも残さず癒えたあと、光は徐々に薄らいでいった。
『……これで良いわ。外は大したことないけど、中が潰れてたみたい』
おぉ、すごい。魔法みたい。
この剣、癒しの効果を持ってるのか。
『まぁ、いろいろ便利よ。さて、と。これからその身体に、あなたの精神だけを移すんだけど……』
言いたいことは分かってる。何もしないで、だろう?
『そうね。憑依は試したことあるんだけど、今回のように自分と精神体を共有している相手だけを他の肉体に移動させるのは初めてよ。うまくいかなければ……。まぁ私の方はたぶん大丈夫』
どういうこと?!
『……もともと私たちはオリビアの支配から抜け出すための方法を探っていたのよ』
シアが俺の肉体を操りながら、ゆっくりと語り始めた。語りながら、細剣の鞘を使って聖騎士の周りの地面に複雑な模様を刻んでいる。
『コリーは教会の秘術や奇蹟を会得して、肉体、幽体、精神体に働きかけたりもしたわ……。でも、どうしたって彼女の魔力が鎖のように絡み付いてきて、逃げられなかった』
ガツンと、剣先を深く地面に突き刺す。
『きっと、まだ私たちの知らないどこかに、オリビアの呪いは刻まれていたのね。ロアの餓鬼は私の魂より先に、それを喰いつくしてくれた』
私も運が良いのよと、自虐的な感情が伝わってくる。肉体を失うだけで自由になれるなんて、なんて幸運なのかしら、と。
『今から試すのは、その頃に手に入れた奇蹟の一つよ。私たちの役には立たなかったけど、あなたにならうまくいく、はず』
断定して欲しいところだけど、初めてなら仕方ない。
『今のこの肉体は、魔素と呼ばれる物質を魔力で無理やり固めて操っているの。魔力操作を理解できていないような、赤ん坊以下のあなたでは自由に動けるわけないわ』
うん。言い方って大事だと思うよ。もっと姉妹に見せている優しさとか、配慮が俺にも欲しい。ちょっと、試しに俺を弟だと思って接してみてくれないかなぁ。
『嫌よ』
にべもない。
『あなたのいた世界では、魔力を使っていなかったんでしょ? だったら、あなたの精神体を適当な肉体に憑依させれば、その頃のような感覚で動かせると思うの』
なるほど。それで外に自由にしてて良い、と言っていたのか。……失敗するとどうなるの?
『私なら自分で戻って来られるわ』
いや、俺は?
『オリビアならもっとうまくできるのかもしれないけど、ぜぇったい! おもちゃにされるわ』
うん、それはそう思う。
で、失敗した時のことを知りたい。憑依できなかったり、動かせなかったりしたらどうなるの?
『……よし。準備できたわ。はじめましょう』
待って。
『待てない。せっかく治したんだから、腐る前にやっちゃうわよ』
怖い。
『あー、もう! 憑依できなかったらその辺をふよふよ漂っていつか消える。動かせなくて戻れなかったら肉体は腐っていつか消える。予想できる最悪なんてその程度よ』
細剣を地面に突き立て、柄頭の宝玉に額をつけて目を瞑り、静かに歌い出す。
くるりくるりと 潜って 移る
ころりころりと 籠って 宿る
ひたりひたりと 近づいて
ぽたりぽたりと 溢れて 消えた
疲れた君は もういない
穢れた息は 消えはしない
なんか歌詞怖くない?と思うより早く意識が蕩けていく。聖騎士の周りに書いた模様の一端が光を放ち、刻んだ溝を流れるように繋いでいく。
得体の知れない何者かの手に誘われて、目に見える世界が回っていく。自分の境界が曖昧になるような不安にかられて、抵抗しようとする無意識を、意思をもって抑え込む。
視線は聖騎士の周りを回る光の流れに吸い寄せられて、クルクルと回る。焦点があわず、ぐにゃりと世界が歪み、気持ちが悪い。それでも光から目が離せない。だんだんと速度が上がり、目に見える全てが、まるでミキサーにかけられて混ざったように見える。
どれだけ経ったのか分からないが、目眩が落ち着きはじめた頃、いつの間にか俺は洞窟の天井を見上げていたことに気づいた。
あー。知らない天井だったらよかったのに。
目が覚めたら病院のベッドに寝ていた、なんてことも、少し期待していたのだが。こちらが今の現実らしい。分かってはいるんだけどね。
「うまくいったのかしら?」
碧眼の大魔霊が俺を見下ろしてきた。
うん。どうやら自由な異世界生活には、一歩近づけたらしい。




