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サディスティックダンジョン〜洞窟がS?  作者: 知恵梟
奈落の洞窟篇

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2-3『自由への第一歩』

◇◆◇◇◆◇


 仰向けになって、天井に向かってゆっくりと手を伸ばす。なんだか昼過ぎまで寝てしまったあとのような気怠さと、全身が痺れているような感覚の鈍さはある。だが、自由だ。


 手をグー、パーと閉じたり開いたりして、思い通りに動けることを確かめる。同じことを足の指でも行う。感覚としてはしっかりと動かせている。カチャリと爪先の金具が音を立てたので、動いているのは間違いなさそうだ。

 動ける、ただそれだけのこと。それでも、やっと一息をつけた心地がした。


 ガツンと、突如として衝撃が身体を襲い、ごろんと転がされたことに驚きながらも、急いで身を起こす。


「あぁ、起き上がれるのね。なら完全な失敗ではなさそう」


 どうやらシアに蹴り飛ばされたらしい。腕を組んで、こちらを見下ろす碧眼の双眸が俺を鋭く睨んでいる。


「おかげさまでね!って、あれ?」


 蹴られたことに抗議しようとした時、ふと、シアの様相が、先ほどまでとは異なっていることに気付く。

 赤黒い肌はそのままに、手足が細くしなやかに。黒髪は艶がありサラサラと流れるように。細い筆で描いたような眉と長いまつ毛が特徴的な碧眼をより際立たせるように。うん、美人に。

 全体的に少し身長が縮んで、どこか優しげな女性らしいシルエットをしている。いや、体型で性格は分からないけど、うん、綺麗なお姉さんだ。


「なんだか姿が変わってない?」


 シアは腕組みを解き、自分の状態を確認するように、腕や足を動かしてみせた。


「ええ。私が人だった時の姿や形に寄せたのよ。手足の長さとか、いろいろ慣れている方が動きやすいの」


「でも蹴ることないだろう……て、いや待って。それより、完全な失敗ではないって言った?」


 先ほどのシアの言葉に聞き捨てならない単語があったことに気づいて問いかける。

 完全ではないけど、失敗はしたのか?

 自由に動けるようになって、やっと一安心かと思ったのに、不安を煽るのはやめて欲しい。


「完全に成功していれば、あなたとの繋がりは消えてるはずだったんだけど、どうやら、まだ何か残っているみたい……」


 ……ん? どう言うこと?


「さっき蹴られた瞬間に警戒したでしょ? 同時に私にも衝撃とか焦った感覚が伝わってきたわ」


 へー。

 じゃあ確かに完全に分かれた訳ではないのか。


「この姿も、私に寄せることはできたんだけど、変幻自在とはいかないみたい。あなたがこの体から離れれば、残った魔力も魔素も全て私の自由にできるかもって、期待してたんだけど」


 もしかして、俺の魔力とか根こそぎ持って行こうとか考えてない?


「あら、自由に動ける分があれば、あとは好きにしていいと言ってたじゃない? それに、こんなにあっても、あなた使えないでしょ」


 シアは悪びれる様子もなく、しれっと言う。

 というか、思ったこともまだ伝わるのか。

 あっ、さっき美人だとか考えてたことも、もしかして伝わってる?


「いや、まあ、言ったかも。そうだとしても、あれだなぁ。せっかくなら俺も自由に魔法を使ってみたいなぁ。あの炎出すやつとか……呪文唱えたら出たりするのかな?」


 気恥ずかしさを誤魔化すように、早口で話題を変える。


「詠唱だけでは発現しないけど、十年か五十年か百年も魔力操作を練習したら、使えるようになるんじゃない? それよりも……」


 シアは自分の右腕を持ち上げてじっと見つめると、カッと目を見開いた。その瞬間に腕の先が破裂する。

 うぁっつぅ!

 シアの腕が吹き飛ぶのとほぼ同時に、俺の右腕にも衝撃が走る。

 吹き飛んだシアの腕はシュルシュルと再生していく。同時に俺の腕の痺れも治っていった。なんだか少し疲労感が生じた。


「そう……やっぱり」

「いったぁ。今何がやっぱりなの? 一人で納得せずに、説明して欲しいんだけど?」


 俺は腕をさすりながらシアに文句を言う。


「一応、感覚の共有が一方通行ではないのか確認したのよ。まぁ、予想通り、どちらか片方がダメージを受けたら、もう片方にもそれが伝わるわね」

「へー、そうなんだねー」


 体が別々なのに両方にダメージが入っちゃうのは、これからのことを考えると、かなり不利なのかも知れない。予想はできたろうけど、確認は必要、なのかな?

 ポジティブに考えるなら、二手に分かれることができるようになったうえに、離れても連絡できるんだから、さっきまでよりマシにはなっているんじゃない?

 あーでも、問題は、どこまでのダメージが共有されるのかってところか。どちらかが致命傷を負った時に、それと同等の影響を受けるのなら、リスクが倍になったとも考えられる。

 主にシアのリスクか。自由に動けるようになっても、好き勝手自由に遊び回ってたら怒られそうだな。


「私の腕を吹き飛ばしても、エガの腕が吹き飛ばなかったことを考えると、おそらく、そこまでの影響はないと思うわ」


 え、怖。そんな可能性があるのに、いきなり腕吹き飛ばさないでくださいよ。

 でも、とシアは続ける。


「……この大魔霊の身体を形作っている魔力の源は、あなたの方に宿っているみたい。腕が再生される時、魔力があなたから供給されたのを感じたわ」


 あー、それで突然疲れた感じがあったのか。

 つまり、俺はダメージが共有されるのにプラスして、魔力も失うってこと?


「私自身の魔力が使えないし回復もないってこと。もしかしたら、私の肉体がロアの餓鬼に喰いつくされた時からだったのかも」


 なら、俺の魔力ってすごいんだよね。問題ないんじゃない?


「もし、あなたがそちらの身体で滅んだら……」

「滅んだら?」


 シアは不機嫌そうに腕を組み、悔しそうに口をつぐんだ。

 あー、俺が滅んだら、俺からのエネルギー供給も止まって、シアもいつかは停止するってことか。魔力の発生源は俺だけで、シアに供給しているのだから、図らずしも生命線を握ったわけか。

 とは言っても、俺はまだ魔力を操作できないし、シアの協力がないと、この世界では生きていく自信はない。

 

「シア、俺も死なないように気をつけるから、悪いけどこれからもサポート頼むよ」

「……ええ。こちらこそごめんなさい。外で自由にして良いと言ったばかりなのに……。もう少し付き合ってもらうことになりそう」


 あぁ、シアはそこを気にしていたのか。律儀だな。それなら、俺を迷宮の管理者として雇うって話もしてたんだから、気にしなくても良いのに。


 握手のつもりで差し出した俺の手を掴み、シアが引っ張り起こしてくれた。


「……」


 シアは俺を掴んでいた手をじっと見ている。


「シアさん?」


 なぜだろう。お互いの心内は伝わるはずなのに、今、シアの考えは伝わってこない。女性に突然目の前で黙られるのって、なんだかとても落ち着かない気分にさせるよね。怖い。


「……エガ、あなた、思ったより力が強いのね?」


 ニヤリと笑う口元と、全然笑っていない碧眼の双眸が、俺の不安を掻き立てて、心臓の鼓動がだんだん早くなるのを感じた。


◇◆◇


「君のことは必ず守る。だから、この試練から帰ったら、俺と結婚して欲しい」


………

……

…


 男は教会の聖女に懸想していた。

 いや、その男だけではない。この教会だけでなくこの街に住む男なら誰でも、彼女のことを好きになるだろう。


 彼女は誰にでも分け隔てなく優しい。

 孤児院で暮らす子供達が、服を汚して泣いているとすぐに駆け寄って優しく慰めてあげていた。

 日々の訓練では、わざと怪我をして彼女に癒しの奇蹟を頼む輩が列を成す。あまりにも度が過ぎたため、彼女を当番から外すよう命じられた時は、暴動が起きる寸前だった。

 しかし、『ナイショですよ』と、こっそり裏で癒してくれたので、それ以降も怪我人は一向に減らなかった。


 聖騎士隊のなかでも屈指の実力を持つ副隊長の妹らしいと、同僚たちが噂している。たしかにそう言われてみたら、どことなく似ている。

 しかし、醸し出す雰囲気というか、彼女の纏う母性とでも呼ぶべき何かのせいだろうか。言われるまでまったく気が付かなかった。

 副隊長には模擬戦で何度か叩きのめされたことがあるからか、あまり近づきたくはないのだ。


 大魔霊を操る邪教が、街の近くに潜伏しているらしいよと、見習いが食事中に話しかけてきた。その大魔霊を鎮めるために、巫女姿の女が助力を求めて司教に会いにきたらしい。副隊長はそれ応えるつもりだとか。聖女までそれについていくと聞いた時、俺は居ても立っても居られなくて、彼女の元に走り出していた。


 副隊長が行くのはまだ理解できるが、なぜ彼女まで? いや、優しい彼女のことだ。お姉さんを守りたいのだろう。

 彼女の瞳は何かを決意していた。ここで引き止めても聞いてくれないだろう。それならば、俺が彼女を守る。だから!

 彼女が俺の手を握り返して、瞳の端に涙を浮かべながら、頷いてくれた。


………

……

…


 彼女の笑顔を思い出しながら、俺は魔神官の魔術で砕ける、自分の骨や内臓の音を聞いた。


 すまない。君を最後まで守れなくて。

 願わくは、彼女と彼女の守りたかった副隊長が、無事でありますように。


 彼女が握り返してくれた手の柔らかさと温もりを思い出しながら、男の意識は闇に沈んでいった。

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