2-4『肉体労働は嫌いじゃない』
◇◆◇◇◆◇
奈落の洞窟は、地下深くへと続く巨大な通路が無数に枝分かれしている。
ロアたちが隠れ家として潜んでいたのはそのうちの一本で、下層から上層まではそれほど複雑ではないが、ところどころに広い空間があった。
枝分かれしていた細い道に入ってみると、岩盤をわざと崩して通れなくされているような場所がいくつかあった。おそらくは、どこか他の通路と繋がっていて、外敵に侵入されることを防ぐためなのだろう。
そして、今、洞窟の中層まで潜り、脇道に入ったところで行き止まりになっている箇所を見つけた。きっと、この先にも、奈落の洞窟が繋がっているのだろう。
「えーっと、シアさん? 行き止まりですよ」
「そうね。でも私たちは、この先に進まなきゃならないの」
隣にいるシアの纏う焔のような紅の衣が、微かな光彩を放ち、周りを少しだけ照らしてくれている。以前、テレビのCMで見たことのある子供用のパジャマを思い出してしまったが、言わないでおこう。
通路の高さは三メートル、幅は四メートルほどだろうか。いったいこの洞窟はどれほどの規模があるのだろう?
俺が最初に目覚めた場所は、洞窟の下層だと思っていた。しかし、どうやらただの行き止まりだったようで、まだまだ先があるらしい。
照らされた岩壁をよく見ると、お城の石垣みたいに、人の手で積み上げたような規則性があることに気付いた。ロアが一つ一つ組み立てていたところを想像して、少しだけ笑ってしまった。
「あら、余裕そうね。じゃあここは任せたわ」
「……へぁ?」
シアの言葉の意味するところが分からず、間抜けな返事を返してしまった。
「任せたって何だ? まさか、この石垣を崩せって言ってるのか?」
こんなの手作業で崩せるわけない! 道具や人手を集めても、何日かかるか分からない。
「そうよ。おそらくだけど、あなたの力なら、数時間で人が通れるくらいの穴は開けられる」
「そんなわけないだろ! 何を根拠に言ってるんだよ。それよりも魔法で爆破したり穴を開けたりした方が早いんじゃないか?」
無茶振りが過ぎる。
俺の正当な抗議に、シアはため息をついて首を振る。
「この岩盤を吹き飛ばすほどの火力となると、一緒に周りの岩盤も砕けて落ちてくるわ。形状を変化させると、そこから崩れて生き埋めになる可能性もあるから危険ね」
不意にシアが俺の手を掴んできて、グッと力が込められているのがわかる。美人なシアに手を握られるとドキドキするが、少し痛い。
「それに、ホラ。今私は手を握りつぶそうとしてるのに、あなたは力で抵抗できているわ」
「うおぁ」
あまりの言葉にシアの腕を振り解く。そういえばミアの足首を軽く握り潰していたよね?
「聖騎士は魔力を使った肉体強化を常に、無意識にできるほど訓練して、不意の襲撃に備えるの。きっと、その肉体に人ではありえないほどの魔力が宿ったからじゃないかしら。まさに超人よ」
なんと、ついに俺は転生特典を身につけてしまったのか! 肉体強化といえばシンプルだけど強い、物語序盤の定番スキルだ。脳筋になるつもりはないけど、ゴリ押しプレイは嫌いじゃない。
「まあ、燃やされたり生き埋めにされたら、肉体の強さなんて関係ないから、気をつけて作業してね」
シアはそう言ってニヤリと笑って、もと来た道を戻って行った。彼女なりの優しさなのか、魔法の灯りを通路の脇に灯していってくれた。
……でも、手伝ってはくれないのかな?
◇◆◇
「よぉいしょぉお」
俺は大人ほどの大きさはある岩石を引っこ抜いて、通路の端に積み上げていった。
作業を始めて二時間ほど経過した。
最初は下の方から引っこ抜いて、危うく生き埋めになりそうな場面もあった。だから、足場を作りながら天井付近の岩盤から解体している。
シアの予想した通り、この身体は、見た目からは想像できないほどの力が出せた。指先に力を込めると、発泡スチロールよりは硬いが、簡単に岩盤に突き刺すことができた。
一人での作業は集中できて良い。知らず鼻歌を歌ってしまう。
「ふんふんふーん、ふふふんふーん……よいしょお……おっ?」
奥に長い岩を引っこ抜くと、その先は真っ暗な闇だった。
もしかして繋がったかな?
人の頭くらいの穴を覗き込むと、暗闇の奥で何かが動いた気がした。
「なんだ?」
穴に顔を突っ込んで奥を覗き込む。だが、よく見えない。灯りを持ってこられないかと頭を下げた瞬間、顔のあった位置にガチんと硬質な何かが打ち鳴らされて、視界を塞いだ。
「うおぁ!っぶなぁ」
驚いて尻餅をつく。
後ろに後退りながら目を凝らすと、穴から刃の太い枝切り鋏のようなものが突き出していた。鋏はサッカーボール大ほどもある丸い生物の顎から生えていて、細く長い触覚が穴の周りを探るようにユラユラ揺れている。
あれは蟻の頭か? デカい!
頭だけでも人より大きい。顎をガチガチと鳴らしながら、細く長い前脚を伸ばして穴から這い出そうとしている。
「怒りの炎槍」
突如、後方から飛来した炎の槍が蟻の頭を貫く。頭の大半が消滅したにも関わらず、少しの間、前脚をばたつかせた後に、ようやく沈黙した。
「ちょうどタイミングが良かったみたいね」
座り込んだまま振り向くと、シアがこちらを見下ろしてきた。
「あんなのいるなんて、聞いてないけど?」
「あんなのがいないなんて、言ってないわよ?」
ジトっと恨めしそうな顔を向けて、精一杯の遺憾の意を表明する。
「冗談よ。何かはいるとは思っていたけど、出現するならもう少し後かと思っていたのよ」
「あれ何? でかい蟻みたいだったけど」
穴から飛び出している部分は、右半分が消滅した頭部と顎。全体的に薄い黄色をしているが、よく見ると小さな黒いホクロのような目があった。細い前脚はひょろっと長く、今はダランと力無く垂れ下がっているが、鋭い二本の爪が引っ掻いた岩壁には細い溝を残している。
「でかい蟻よ」
「魔物ってやつか。びっくりした」
「魔核のないただの生物よ」
あれがただの生物だって?
なら、この洞窟は思っていたよりも危険なんじゃないだろうか。あんなに大きなアリがいるなら、それが生きていけるだけの餌も必要になってるはずだよね?
……そう言えばお腹すいたな。
グゥとお腹が鳴って空腹を訴えている。ついさっきまで死んでいたのに、なかなか健康的な身体だ。
「ほら、コレ。あなたには必要でしょう?」
シアがどこからか持ってきた革の袋を、胡座をかいた俺の上にドサっと投げてよこしてきた。中には乾パンや干し肉などの保存食と、革の水筒に入った水などが、パンパンに詰め込まれていた。
「え、ありがとう」
どうやらシアは邪教が生活していたと思われるエリアに戻って、食料を調達してくれていたようだ。
「シアは食べないのか?」
「この身体には必要ないわ」
ということは、わざわざ俺のために探してきてくれたのかな? 何それ、優しい。
「活動に必要な魔力はあなたから供給されるから、あなたが弱ると困るの。それだけよ」
デレ?
「それよりも、今のうちに食べておきなさい。蟻が集まってくるわ」
一匹見たら三十匹じゃ済まなそうだもんな。この奈落の洞窟ってのは、蟻の巣なのかな? 底知れぬ深さがあるのも、あんな蟻がいるなら納得だ。
邪教もとんでもないところに隠れたもんだな。
「でも、なんでこの先に行く必要があるんだ? そろそろ教えてくれないか?」
乾パンを水でふやかして、咀嚼しながらシアに話しかける。
「口にものを入れながら話さないで。行儀が悪いわよ。でもそうね。さっきまでは、まだ考えながら動いていたけど、そろそろ方針と計画を決めないと、とも思っていたの」
俺はごくんと飲み込み、シアの言葉を待つ。
「とりあえず、蟻と一緒に奴隷狩りね」
……単語が繋がらないのは、俺の理解力がないからかな?
◇◆◇
餌が遅れている。
女王蟻は苛立ちを隠せず、近くにいたワーカーを前脚で叩きつける。
モタモタするな。もっと量をよこしなさい。
ワーカー共に念話を飛ばす。しかし、返ってきた反応が明らかに減ってきている。
一体何が起きたのかは知らないが、餌を運んでくるはずのワーカーの数が減っているのだ。コレでは卵を増やせないではないか。
それに、せっかく産んだ卵を世話しているワーカーも、不足しているようだ。
産んだ卵がまだ運び出されずに、この部屋に残っていることに、苛立ちは増すばかりだ。
ワーカー共の寿命が突然訪れたのだろうか?
まあ良い。減ったのならまた集めれば良いのだ。
新しいワーカーは何が良いだろう。小鬼も大鬼も臭いし役に立たないから団子にする。他の巣を襲い、蟻を増やすのが手っ取り早いが、間も無く冬だ。増やしすぎると餌を探すのに苦労する。
そうだ、ヒトが良い。あれはよく働く。身体は弱くて、たまに暴れるやつもいるが、それなら団子にする。目の前で団子を作って見せると、他のヒトは大人しくなるから扱いやすい。
そして、冬を過ぎたらまた新しいワーカーを探しに行けば良い。
さあ、息子たち、奴隷狩りの時間だよ。
念話を飛ばすと、隣の部屋で眠っていたソルジャーたちが、一斉に動き出した。
体長八メートルはある巨大な兵隊蟻が、奈落の底から這い上がる。新たな奴隷を求めて、進軍する。女王の命令に従い、ヒトのいる街を目指す。
彼らは考えない。意思を持つのは女王だけだから。女王の命令だけに忠実に、命を顧みず、ただ進軍するのみ。




