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サディスティックダンジョン〜洞窟がS?  作者: 知恵梟
奈落の洞窟篇

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2-5『蟻の巣をつつくと』

◇◆◇◇◆◇


「蟻の巣じゃなかったのかよ?!」

 俺は手近にあったサッカーボール大の岩を、巨大なワラジ虫に投げつける。ボンという破裂音と共に、ワラジ虫の体を突き抜けて風穴を開ける。

 シアは剣に焔を纏わせて、一瞬で三体のカマドウマを焼き切った。


 崩れた岩盤の先に進むと、蟻だけでなく他の昆虫も多く現れた。しかも、どれもデカい。

 俺は子供の頃、昆虫は好きだったけど、ここにいるのは、見ていて気持ちの良いものではない系の奴らばかりだ。足が多いし、触覚が長い。

 武器のない俺は力任せに石をぶつけてまわっている。素手は嫌だ。

 一日中、探しては駆除して、また探すのを繰り返し、かなりの数を減らしてきたと思う。


「ここの蟻は掠奪蟻と呼ばれていて、他の生き物を奴隷として連れ帰るのよ。自分たちの世話をさせるためにね」


 そう説明しながら、シアは残った中型犬ほどの大きさがある蟻たちを焼いて回る。なんだか香ばしい匂いが立ち込めていて、吐き気がする。空気の流れがあるのが救いだ。


「この小さな蟻もそう。他の巣から連れてこられた奴隷よ。この巣の主を世話するために集められるの」


 あー、日本にいた時に、そんな蟻の特集を教育番組か何かで見たなぁ。異世界だと蟻だけじゃなくて他の生物まで奴隷にするのか。怖い。


「こいつらが厄介なのは、こうやって奴隷の数を減らしていくと、奥から兵隊蟻が出てきて、奴隷を補充するために、大群で周囲を襲いはじめるところね」


 え?


「聖騎士たちは、自分たちの身に危険がない限り、奴隷たちを駆除することはないわ。だって、余計に危なくなるから。巣が大きくなりすぎる前に少数で女王とその周りの兵隊だけ始末するの」

「じゃあ、こいつら、倒さないほうが良いんじゃないのか?」


 すでに結構倒してまわったけど、このまま続けたら、兵隊蟻が出てくるんじゃ……。


「ここの女王は、おそらく迷宮核(ダンジョン・コア)を食べて、知性を得た個体ね」


 迷宮核って、シアやミアと同じ?


「そうね。発生して間もないような未熟な迷宮核にとって、蟻は天敵なのよ」


 人型をしているシアしか知らないが、二人が蟻に食べられるのは想像したくないな。よし殲滅しよう。


「……そろそろ、かしらね」


 何がと問いかける前に、地響きが近づいてくる。


「なんだ……って、うわ」


 突然シアに引っ張られて、俺は地面に倒れる。


「なんだよ……」「シッ」


 シアに口を塞がれる。

 岩陰に隠れて様子を見ていると、洞窟の奥から、中型トラックのような大きさの蟻の大群が押し寄せてきた。十や二十じゃきかない。

 鉄や銀のような金属光沢を持つ甲殻。大木や岩でも簡単に砕いてしまいそうな、巨大なマサカリを思わせる顎。体格の割には細いが、人の胴よりも太い六本の脚。鋭い二本の爪が地面を抉りながら進軍してくる。


 コレが兵隊蟻?

 こんなのに襲われたら、普通の街なんてひとたまりもないだろう。


「でも、止めないと……」

「止める? 誰を?」


 シアが不思議そうな顔を見せて、コテンと首を傾げる。


「え? 蟻を倒すんじゃないの?」

「倒してどうするのよ。あなたはコレからあれに乗って、この洞窟から脱出するのよ。蟻の奴隷狩りが始まれば、この奈落を監視している奴らも焦るはず。そのどさくさに紛れなさい」


 え、何? 何に乗る?


「ほら、最後尾が来たわ。ここから出て街に入り込めたらまた連絡して。くれぐれも死なないように気をつけなさい」


 そう言ってシアは俺を担ぎ上げる。


「待って」「待てない」

「もう少し説明を……っと、おおお〜」


 シアが最後尾の兵隊蟻に向かって、俺の身体を投げつける。ちょうど背中に降りたが、捕まるところがなく、焦って指に力を込めてしがみつく。

 バキンっと指から衝撃が伝わってきた。見ると蟻の甲殻に指がめり込んでいた。

 蟻が暴れ出さないかと心配したが、蟻は俺を気にもかけず走り続けた。


 振り返るとシアがニヤリと笑って、手を振っているのが見えた。

 

『一体何考えてるんだよぉお! もっと説明してくれぇ!』


 声に出せない俺の叫びが届いたのか、最後に見えたシアは、耳を塞ぐジェスチャーをしていた。


◇◆◇


 なんだアレは!

 掠奪蟻! 奴隷狩りか!


 奈落の洞窟の入り口が一望できる小高い丘から、数日間、じっと洞窟を見張っていたその男は、突然の異変を感じて身構えていた。

 しかし、地面から這い出してきた銀色の蟻の大群に、混乱を禁じ得なかった。しかし、頭とは裏腹に身体は素早く行動する。


 背嚢から陶器の筒を取り出すと、二つに折り割って、中に入っていた液体を自分と周囲に撒いた。次に拳大の小箱を取り出すと、封を破って蓋を開ける。中には柔らかな布で包まれた紅い宝玉が入っていた。


「起きろ! 繋げ!」


 紅玉が明滅し始める。

 男はその間も手を休めず、鞄のポケットから幾つかの包みを取り出す。包みには色違いの紐で縛られていた。赤と黒を選び、それぞれを二本の松明へと投げ込む。間をおいて炎から黒と赤色の煙が高く登っていく。


『どうした?』


 紅玉から声がした。いつの間にか明滅が止まり、強く光を放っている。


「奈落前よりギルド本部へ! 掠奪蟻だ。南へ向かっている。数は百以上! 合図は送った。俺は西へ避難する。以上!」

『!』


 ここは蟻の向かっている進路ではないが、いつこちらを向くとも限らない。監視任務とはいえ、これ以上ここに留まるのは危険すぎる。


「クソ! 上層部の奴ら、何かが起こるって知ってやがったな!」


 俺に依頼された日数が過ぎても交代要員が現れず、勝手に依頼期間を延長したという手紙だけが送られてきた。その後、聖騎士隊が奈落に入っていったあたりから、きな臭さはあった。


 監視任務は特定ランク、特定スキル持ちの持ち回りで、拘束時間の割に報酬は安い。それでも評価は上がるし、危険は割と少ない。副業も併せて考えれば、今回は特に割りの良い依頼だったはずだ。


「なんで冬が近づくこの季節に、蟻が奴隷狩りに出るんだよ!」


 まさか、聖騎士たちがワーカーを駆除したのか? あり得ない。周囲の街や村にどれだけ被害が出るか、分からない。本当に蟻の駆除が計画されていたなら、ギルドから事前に連絡されているはずだ。


 考えながらも撤収作業は止めない。時間は限られている。

 全ての荷物を背嚢に戻し終わったら、最後に副業の方も片付けなければ。


 親指と人差し指で輪を作り、口笛を鳴らす。

 空高く飛んでいた鴉と鷹が舞い降りて、男の腕にとまった。


「コレを届けてくれ」


 二羽の脚につけてある筒に、書き殴った報告書を入れて、それぞれを空に放す。


 できる限りの依頼任務はこなした。俺の役目はここまでだ。


 掠奪蟻の群れが洞窟からまだまだ這い出してくるのを背に、男は西へと向けて走り出した。


 だから、男は最後の掠奪蟻の背に、聖騎士の鎧を着た男がしがみついているのには、気付かなかった。


◇◆◇


 「うぉぉうっ、オオオ……おぅげええぇぇ」


 掠奪蟻の背にしがみつきながら、俺は振り落とされないことに必死だった。

 洞窟の中ではガクンガクンと揺れるだけでなく、垂直の壁を歩き始めたり、洞窟を脱出できたと思ったら、木々を押し倒しながら進む。高速で走る大型重機にしがみついているようなものだ。乗り心地は最悪だった。


 あぁ、ついに洞窟から出られたというのに、爽やかさも感慨深さもない。気持ち悪いだけだなんて……。


 もういっそ手を離してしまいたい。いつまでしがみついていれば良いのかも分からない。

 薄目を開けると、周りは蟻に囲まれている。ここで落ちたら、どんなに体が頑丈でも、タダでは済まないだろう。たぶん。

 強くなったと言われても、どれほどのダメージに耐えられるのかなんて、分からないし試せない。慎重になるしかないのだ。

 幸い、腕に限界が訪れる気配はないので、まだまだ乗ってはいられるだろう。

 

 それよりも……。

「こえーぇ、ッ!」


 高速移動中のジェットコースターから飛び降りることができる一般人なんているもんか!

 終わりの見えない絶叫マシーンにベルトもなく乗せられるなんて、この世界の安全基準はどうなっているんだ!


「シアの、バカァァァあ!!」

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