2-6『行き着いた廃村』
◇◆◇◇◆◇
「ぐ、がッ、ぐぬぅ」
掠奪蟻の背に乗って、どれくらいの時間が経ったのか。
カースタントも驚きの急ハンドルとドリフト走行だよ、まったく。
ある程度、恐怖感にも慣れてきたおかげで、周りを見る余裕ができてきた。いつの間にか森を抜けて、荒野を進んでいたようだ。揺れが多少おさまったのも、そのおかげかもしれない。
いったい、どこに向かって進んでいるのか……。ん?
突然、自分の乗っている蟻がグイッと進む方向を変えて、群れから離れていった。いや、他にも二匹が向きを変えて付いてきている。
「おいおい、どこへ向かうつもりだ?」
顔を上げて前を向くと、小さな柵に囲まれた村が見えた。家々はすでに破壊されている。
あぁ、やばい。クソ。まずいだろこれ。なんとか止めないと。飛び降りられるか?
高速移動する乗り物から飛び降りるのは、やはり恐怖感がある。躊躇っているうちに、柵を壊して、そのまま村に入ってしまった。
だが、その村では思っていたような、蟻たちによる蹂躙は起こっていなかった。
いや、何か違う。惨劇は起こっていたようだ。蟻たちがここにくる、もっと以前に……。
近くで見ると、家々が焼け落ちたり壊されてから、少し時間が経過していたのが分かる。火はすでに消えて、崩れた瓦礫は埃や砂が被っている。
あっ!
一匹の蟻がヒトを顎に引っ掛けているのが見えた。まだ小さい。子どもだろうか。
服の裾を顎に吊るされて、ぶらぶらと力無く揺れている。しかし、みじろぎひとつしていない。
俺はしがみついていた手を離し、蟻の背中から飛び降りた。慣性を逃すように、地面をゴロゴロと転がり、勢いが落ちてきたところで地面を蹴って跳躍する。
「放せお前ぇ!」
蟻の横っ腹を思い切り蹴飛ばすと、八メートルはありそうな蟻の甲殻がひしゃげて、くの字に曲がる。だが、予想外の威力と勢いがついてしまい、子どもが振り飛ばされてしまう。
「あっ、やっば」
子どもは民家の壁にぶつかり地面に落ちた。
急いで向かおうとした俺の前を、二匹の蟻が塞ぐ。
「邪魔なんだよ!」
俺の身長ほどもある巨大な頭部を、力任せに殴りつけると、バギンっと硬い音を立てて砕けた。
もう一匹はマサカリのような巨大な顎で、俺の胴体を断ち切ろうとしてくる。両手で顎を止めて、真下から蹴り上げると、頭部が取れてしまった。ポイと投げ捨てて、脚がまだ動いていた胴体に回し蹴りを放つと、ザザザーっと地面を擦りながら転がっていった。
背後からさらに一匹の蟻が、その巨躯を活かすように突進してくる。背中に強い衝撃が走るが、無理やり押さえ込むように踏ん張る。そのまま十メートルほど押し込まれたところで勢いが止まった。
蟻の頭部を地面に押さえつけたあと、右足を大きくを持ち上げて踏みつける。グチっと陥没し、その蟻は沈黙した。
想像以上の力の強さと、素手で生き物を殺めることができた自分に驚きながら、子どもの安否確認を優先しなければと、頭を切り替える。
「大丈夫か?!」
気を失ってはいたが、大きな外傷はなく、呼吸もしていることを確認して安堵する。
子どもの長く柔らかなウェーブのかかった栗色の髪から、少しだけ尖った耳の先が見える。どうやら女の子らしい。
小柄な体格の割に、しっかりとした手足をしている。顔立ちにはまだ幼さが残っているようだが、どこか子どもとは思えないような、まるで大人をそのまま小さくしたような、不思議な違和感がある。
ハーフリング。ファンタジーな小説でお馴染みの種族を思い出す。もしかしたらこの子は、それなのかもしれない。
「何はともあれ……やっと降りられたぁ」
深くため息を吐く。
必死だったが、なんとか無事に蟻の背中を降りることができた。
どうやら、俺の肉体強化は想像以上に強いらしい。巨大な蟻よりも力が強いなんて、力加減を間違えると大変なことにもなりそうだ。気をつけよう。
「それよりも……」
この村はもしかすると……。
俺は心の中でシアに強く呼びかけた。
「あ〜もしもし? シア? 俺だけど……」
◇◆◇
エガが呼びかけてきた。
独特な言い回しをするのね。
うん、思ったより早かったわね。うまく辿り着いたのかしら?
「何? どこかの街に着いたの?」
『あっ、いや、どこかの村で降りたんだ。でも誰かが住んでいる様子もなくて、家も燃えた後や壊れてるものがほとんどみたいなんだけど……』
話を聞いているうちに、エガが今どこの廃村にいるのか、大体の見当はついた。
『ここって、もしかして……』
エガも気付きかけているようだ。
「ええ、そうよ。あなたが滅した村の一つね」
だから正直に伝えた。
『やっぱり、そうか。ありがとう。教えてくれて』
罪悪感でも抱いたのかしら?
初めて会ったときは、まるで自分には関係ないかのような言い方をしてたのに。
何かあったのかしら? 感情を抑えようとしているのを感じる。エガは感情の起伏が豊かで、隠せないところが良いのに。
『あと、あの蟻たちのことで教えて欲しい。群れの大半とは逸れちゃったんだけど、アイツら、どこを目指してるんだろう?』
「奈落の洞窟からその村までを直線で結んで、さらに先に進むと、大きな街があるわね」
私の所属していた聖教会もそこにあるけれど、戦力はほとんど残っていないはず。ギルドの支部と警備隊では、総出でもそれなりの被害が出るわね。
『……なんとか止められないのか?』
「止めなくて良いわよ」
エガの感情が揺さぶられている。
うん、純粋。良かった。
「あなたがそこに着いた時間を考えると、蟻たちが街に到達するまで、あと三十分ほどあるわ。でも……あと十五分も経てば、こちらに引き返してくるはずよ」
『え? どうして?』
沈んでいた気持ちが、希望と感謝と驚きが混じったものにコロコロと移り変わって伝わってくる。
「さあ、なぜでしょう?」
なんてからかい甲斐がある男なのだろう。他人と心が通じるというのも、意外と悪くはないような気がしてきている。むしろ楽しい。
「悪いけど、ちょっと忙しくなるから、またあとで連絡するわ」
『あっ、ちょっと、シア! 忙しいって、今何してるんだよ』
「何って、前に言ったでしょ?」
念話を遮断する。
「奴隷狩りよ」
さて、あと十五分と伝えちゃったからには、少しだけ急がないと。
目の前に鎮座してこちらを見下ろしている巨大な女王蟻に、桜花の聖細剣の切先を向けて、シアは地を蹴った。
◇◆◇
ワッツ・ウェルストックは、自分がかつて幼少期を過ごした小さな村に向かっていた。正直、良いところを挙げられないような、特徴も何もないような村だったと思う。みんな自分が生きていくことに必死で、珍しいハーフリングの家族を気にかけている余裕はなかった。それが良かった点かもしれない。
ワッツは成人してから、ずっと村に帰っていなかった。村を出て、各地を巡りながら、その地の特産品を見つけては、他所で売る行商人として生きてきた。
良いものを見つける、良い眼を持っている。
ワッツに商売のイロハを教えてくれた人族の老人は、そう言って褒めてくれた。その眼をして、何も特徴を見出せなかったのがその村だ。
両親は流行病ですでに亡く、そこに墓があるわけでもないワッツに、帰る理由などなかった。
街の行商仲間から、ワッツの故郷が邪教に襲われたことを聞いた。その行商人は月に二度、生活必需品を売りにいっていた。その日も定期便を届けようと、村を訪れたことで発覚したらしい。
行商人が村に着いた時、すでに破壊し尽くされていて、誰も残っていなかった。ただ邪教の残した、邪神を礼讃する印だけが残されていた。
ワッツはその話を聞いたあと、なぜかその村に足を向けていた。今更、その村に行く理由はなく、むしろ危険しかない。商売人として、そんなところに向かう愚か者はいないだろう。しかし、足は止まらなかった。
村の真ん中で、ワッツは涙を流した。誰もいない。もともと覚えている人間なんて、ほとんどいなかったのだが、それも誰も残っていない。
裏に住んでいた口うるさくて、たまにしか野菜を分けてくれない老人も。森で採れる薬草と毒草の見分け方を、いつもぶつぶつと呟きながら採取している変なお婆さんも。普段はハーフリングだからと遊んでくれないのに、わざわざ大きな声で秘密の暗号を伝えてくる幼馴染も。他にも、誰も……!
泣いて、色々思い出して、また泣いて。
少し落ち着いた頃、森の奥からドドドという激しい地鳴りが聞こえてきたことに気がついた。
警戒する間も無く、そいつは現れた。
巨大な掠奪蟻。
あぁ、あたしの人生はここまでだろうか。
蟻の奴隷として生きるのなんてぜったい嫌だ。それに故郷で散るのなら、それなら……。
肩掛け鞄から小さな護身用の短刀を取り出す。もちろん勝てるとは思っていない。だが掠奪蟻も抵抗されたら、攫うより食べるほうが良いと思うかもしれない。万が一でも逃げ出す可能性があるかもしれない。
あたしは、まだまだ美味しいものを食べたいし、珍しいものも見たい。それに好きになれる運命の人だって!
だから……まだ諦めてなんて、あげないんだから!




