2-7『ワッツとの出会い』
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長くウェーブのかかった栗色の髪を、尖った耳にかけながら、満面の笑みをこちらに向けてくる。俺の前を器用に後ろ向きで歩くハーフリングの少女は、ワッツと名乗った。
小柄な割にしっかりとした体格をしている。
旅をするのに慣れているようで、整備されていない悪路でも軽やかな足取りを乱していない。それどころか、かなり足早に進んでいるはずなのに、息も切らしていないのだ。
それもそのはず。肩から斜め掛けにした鞄には、この国で自由な商売を許可されている証、行商人ギルドのマークである天秤が刺繍されていた。
彼女は数日前に行商先で、故郷の村が邪教に滅ぼされたと聞き、帰郷したところを掠奪蟻に襲われたそうだ。
「掠奪蟻に捕まった時は、もうダメかと思いました。エガさんは命の恩人です!」
何度もお礼を言う彼女に、歯切れの悪い返事しかできず、なんだか居心地が悪い。首肯だけして黙々と歩き続ける。
「エガさんも大変ですねー。邪教に通じる正体不明の裏切り者を探るために単独任務なんて……。不謹慎ですが、あたしはなんだか物語の登場人物になったみたいでドキドキしていますよ、ほら」
そう言って突然俺の手を取り、自分の胸に押し当てる。慌てる俺を見て、子どものようにはしゃぐ彼女は、十代なかばの見た目とは裏腹に成人済み。ハーフリングという種族は人の半分ほどの成長速度で、倍以上の寿命があるらしい。
「あいつら、ホントろくでもない奴らなんです。商売仲間も被害にあっていて。あっ、でも、でも! おかげで今日は助けてもらっちゃいました。えへへ」
目を覚ましてからというもの、ワッツはずっと喋っている。よくそんなに口が回るものだなと感心する。若いのに一人で行商できるのは、彼女のコミュニケーション能力が高いからだろう。
「あー、説明した通り……」
「わかっています! 詳しく聞きませんし、誰にも言いません! でもあたし、助けてもらったお礼に、全力でエガさんのお手伝いをします!」
ワッツの顔が急接近してきて、俺の目を覗き込んでくる。俺は反射的に目を逸らしてしまった。
「うん。あ、いやその……それは、助かる」
彼女が目を覚ます前に、再びシアと連絡が取れた。こちらの状況を説明し、助けた女の子の特徴と持ち物を伝えると、すぐにその素性を予測したようだ。そして、俺にかなり胡散臭い設定を演じるよう、指示を出してきた。
つまり、俺は『特殊任務中で単独行動を許されているほどの聖騎士の精鋭。邪教の神官を追ってあの村を訪れた。邪教の正体を探るうちに、聖騎士内に裏切り者の存在を確信。人目を避けて街へ戻りたい』……というわけだ。現代日本なら正気を疑われるな。
『実際のところ、聖騎士には人に言えない任務もあるわ。この設定なら、あなたのことを詳しく聞かれることもない。それに、命を救ってくれた聖騎士様が自分を頼ってくれるなんて、恋物語が始まりそうでいいじゃない』
シアがそんなことを言っていたが、まさにその通りになった。ワッツはかなり好意的に接してくれている。でも、それが、なんだか申し訳なく感じてしまい、自然と無口になってしまう。
『今の私たちに必要なのはオリビアとロアの情報よ。噂話に敏感な行商人の協力を得られるなんて、やっぱりあなた運がいいのね』
街で情報を集めるなら、目立つ聖騎士姿よりも、旅人か商人に紛れたほうが良いだろうとのことだった。だから、俺は銀の鎧を脱ぎ、あの廃村に残された服に着替えている。
脱いだ鎧は彼女の鞄に入っている。なんと魔法鞄で、かなりの容量が入るらしい。個人で持っているのは、かなり稼いでいるやり手の商人だけ。彼女は商売人として優秀なようだ。
それに引き換え、エリート聖騎士ってどんなんだろ。なんだか、どんどん無口で無愛想キャラになってしまっているけど、これでいいのだろうか? うまく演じられているのか?
悩む俺を見て、ワッツがくすくす笑った。
「エガさんて隠し事とか苦手ですよね? そんなんじゃ裏切り者に正体バレちゃいますよ。もっと自然にしてください。あたしがちゃんとフォローしますから」
うん、大根役者だったらしい。
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女王蟻の胎から取り出した魔核は、拳より大きく、紅く透き通った宝石のような見た目をしていた。迷宮核の成れの果て。
シアはそれを両手で持ち上げて、まるで大切な人へ親愛の情を表すかのように、コツンと額をつけた。
あなたは、この蟻に取り込まれてから、どれだけ時間が経過していたのかしら。すでに核の奥に瞳はない……すべての力を蟻に奪われていたのね。
シアは忌々しげに女王蟻の頭を蹴り飛ばす。壁まで飛んでゴロゴロと転がっていった。
迷宮核は大地に生まれる。意思を持って大地を作り変える。大地全てが体になる。
生き物に取り込まれてしまうと、その生き物に能力を奪われる。その生き物自体も、大きな力を操る為に、体も精神も変質して魔物に変わる。
人間に捕まると、加工されて能力だけを引き出す道具にされるか、小さなものは装飾品にされて宝石箱の中。どちらにしても意識は消える。
でも、オリビアに捕まった私たちは、なぜかその本質は変わらず、彼女の作った人形の中に閉じ込められていた。
どんな方法なのか、結局はわからなかった。しかし、おかげで迷宮核のままでは得られない知識も技術も得ることができた。
女王の命令。
他者への強い支配の影響と、眷属となった者への強制力、そして念話ね……。良いわね。とっても素敵。ありがとう。大事に使わせてもらうわ。
シアはもう一度コツンと頭を魔核に当てて、静かに歌い出す。
桜樹の根本で あなたは眠る 土の中
郷愁の寝床で あしたを求める 枝の先
蒼穹の足元で かなたが見える 雲の上
呑舟の喉元で 希望は潰える 海の底
生まれは 違えど 我らは 同胞
咥えて 散らせば 我らは 徒花
なれば共に 成れば永遠に 我らは弥栄
桜花の聖細剣の柄頭にある宝玉が紅く輝く。
シアは魔核を左手に持ち替えて、細剣を右手で抜き、頭上に掲げると一気に振り下ろす。
キィィーンという甲高い、悲鳴のような音と共に魔核が割れる。キラキラと細かな粒子となって、細剣の宝玉に吸い込まれていった。
「……さあ、私のかわいい息子たち。新しい母の元へ戻っておいで……」
奈落の洞窟から南にある村や街で、掠奪蟻が突如として進行方向を変えて、元来た方角に戻っていくのが観測された。
大規模な掠奪蟻の奴隷狩りにおいて、村や街にほとんど被害がなかったのは、王国史の中でも他に類のない現象として記録されることになる。
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「さっ、エガさん、タカヤの街に着きましたよ。この街はお酒が美味しくて有名なんですが、まずは宿を手配してご飯にします? それともさっそく教会に殴り込みますか?」
「いや、殴り込まないよ。それよりも、なんだか慌ただしいね。何があったのか情報を集めたい」
街の警備隊らしき人が慌ただしく走り回っている。街の門を通る際も、ろくに調べられずに、早く中へ入るように指示された。
「エガさん、街がこんな感じなのは、掠奪蟻のせいですよ。ここに来る前に大群とすれ違ったじゃないですか」
あー、そうだよね。
シアが言っていた通り、掠奪蟻たちは街を襲うことなく、奈落の洞窟へ帰っていった。何をしたのかは教えてくれなかったが、少しホッとした。
「あっ、掠奪蟻がこんな時期に奴隷狩りをするのは不自然だから、邪教の関与を疑ってるんですね! さすがです」
ワッツは目をキラキラさせて『尊敬しちゃいます!』とか言ってくるので、ちょっと恥ずかしい。
「でも、さすがにもう暗くなりますから、宿をとってご飯にしましょう。そこで他の人から話を聞いたら良いですよ」
そう言ってワッツが俺の手を引いて歩き出した。
「行きつけの宿があります。お酒も料理もなかなかですよ!」
「あっ、いや、俺はお金を持ってな……戦闘で財布ごと荷物を紛失してしまって」
「何も心配いりません! まるっとあたしにおまかせあれ!」
ワッツ、いや、ワッツさんが漢前すぎて惚れそう。
「ぜひ!」
「!」
……心を読んだ訳じゃないよね?




