2-8『小さな幸せ』
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栗色の髪から覗く尖った耳が真っ赤になっている。トロンとした顔で頬杖をつき、ウフフフフフと笑い続けているハーフリングのワッツは、まだエールを一口飲んだだけのはずだ。
「ワッツさん、お酒に弱いなら無理して飲まないほうが……」
「さん付けなんてやめてくらさいよぉ。それに、あたしはオサケ、ダイスキなんれすからぁ」
一杯どころか一口でベロベロになる人なんて、初めて見た。いや、考えてみれば、体格が小さいんだから、許容できるアルコール量だって少ないんじゃないのか? いくら成人しているとはいえ、止めた方が良いだろうか。
俺は彼女のエールを自分の方に寄せて、代わりに水を差し出す。ワッツは子どものような抗議の声をあげたが、俺が真剣な顔をしているのを見て、渋々水を飲んだ。
「もう、エガさんは心配性ですねー。ちょっぴり酔いやすいかもしれませんが、回復も早いんですからね。大丈夫なんですよ?」
そう言って笑うワッツの口調は、確かに素面に戻っている。しかし、耳の先は赤いままだ。
俺は首を振る。
「ちぇー。聖騎士様はお堅いなぁ」
「あっ、しー」
やっぱり酔っているのだろうか?
俺は周囲を見回す。だが、誰も気にした様子はない。
「ここは大丈夫です。このテーブルだけ内緒話ができるんですよ。行商人たちがワルイことを話すための、特別な仕掛けがされてるんです」
ワッツは、内緒なんですけどね、と人差し指を口許に当ててウインクする。
「さて、エガさん。本題に入りましょう」
突如キリッと真面目な顔になる。
「改めまして、このたびは助けていただき、ありがとうございました」
深々と頭を下げて、何度目か分からないお礼を言われる。
「あたしはコレでも一端の商売人を自負しています。何事にも対価を求めますが、正当だと思う報酬も必ず支払います。命を救ってもらったからには、あたしを丸ごと差し上げても良いのですが……」
「遠慮します。もう少し自分を大事にしてくれ」
俺が言葉を遮るように辞退すると、一瞬口を尖らせてから話を続けた。
「そう言われると思いました。だから、代わりに当面の間、エガさんの支出は私が払います。コレを……」
ワッツは鞄から大小二つの巾着袋を取り出し、大きい方を差し出してきた。
「あたしがいない間の生活費として、銅貨と銀貨が入っています。使ってください。毎月補充しますが、途中で足りなくなったら言ってください」
続けて、小さな巾着袋の方を差し出される。
「こちらの袋には高額取引用の金貨が入っています。もし目利きや交渉が必要な場合は頼ってください」
いろいろ貰いすぎな気がする……。側から見たら女の子に貢がせているような、ダメ男でしかない。
「個人的な因縁もありますので、邪教に関する情報はあたしも探ってみます。他にも必要なものがあれば遠慮なく言ってください」
そもそも、ワッツが蟻に襲われたのは俺とシアのせいなのだ。こんなマッチポンプでもらって良いのだろうか。
「……エガさん、もしかしてあたしの故郷が邪教に滅ぼされたこと、気にしていませんか?」
動かずに黙っている俺の手に、ワッツの小さな手が重ねられた。
「エガさんと邪教の関係がどうであれ、村を滅ぼしたのは邪教。救えなかったこと、防げなかったことまで後悔する必要はありません」
俺の拳をそっと開き、巾着袋を握らされた。ずしりと重たい。
「蟻にしたって、そうです。なんであんな所にいたのかは分かりませんが、生き物がどう動くかなんて、神様のみぞ知るところ。もしかしたら、この新しい出会いを導いてくれた御使様なのだと、感謝さえしていますよ」
すっと手が離れる。
「そして、エガさんと飲むこの美味しいエール! 今は亡き故郷のためにも、あたしは生きて全力で楽しまなければならないのです。できることなら、エガさんにも楽しんで欲しいものです!」
ワッツがいつの間にか、俺の側に寄せていたはずのエールを持っていた。
「カンパーイ!」
「あっ」
制止する間もなく、一気に飲み干すと、キューっと言ってテーブルに突っ伏した。
……フッ、ハハ。
口から息が漏れた。お酒、弱すぎるだろ。
その後、水を飲んで復活したワッツと楽しく食事を続けた。
◇◆◇
「ワッツって名前、男の子っぽいと思いませんか?」
可愛い名前だと思うが。
正直に言うには照れるので「そうかな?」とだけ返事をする。
「あたしの家系では、女の子が生まれると、幼い頃は男の子っぽい名前をつけるんです。それで成長したら新しい名前をもらえるんですけど、あたしの両親は病気で亡くなってしまって……。そのままずっとワッツなんですよ」
ワッツはクピッとエールを飲む。
……なんと返せば良いのか。「そうか……」とだけ相槌を返す。
「ちっちゃいころはぁ、それれ、よくいじめられてぇ……って、あー、なんれすかぁ? そのイマも、ちいさいだろってメぇは!」
言ってない。どうやら被害妄想が始まった。
ワッツがゴクゴクリっとエールを煽る。
「いいえ、あーしにはキコエマシタ。キズツキマシた。ウタガウナラきょーかいでシンジツを……」
黙って水を差し出し、飲ませる。
「……エガさんの信頼が得られるなら教会で宣誓をしても良いですよ? 他にも誓っちゃいますけど!」
なんだか面白い。
こんなに表情もコロコロ変わるなんて、このお酒、何か変な薬入ってないよね?
「信頼はしている」
あの怪しげな設定を信じてくれる時点で、むしろどこかの誰かに騙されてやしないかと心配になるほどだ。……あれ? これは信頼してないのかな?
「エガさんが必要な時に必要な情報を聞かせてください。無条件で、二つ返事で力になりますから」
出会ったばかりだと言うのに、すでに助けてもらっている。金銭的にも心情的にも。
「ありがとう」
その後もあと一杯だけ、というワッツを止められず、ついには酔い潰れてしまったのを見て、また少しだけ笑ってしまった。
ワッツを背中におんぶして、部屋へ向かう。
部屋は三階。軽いとはいえ、身体が強化されていて良かったと思う。
背中から伝わってくる温かい体温と、耳元で聞こえる小さな寝息。たまにクスクス笑っている。良い夢を見られているようだ。
ベッドに寝かせて、部屋を出る。
鍵をフロントに預けてから、一人宿の外に出て、夜の街を歩く。冷たい風が心地よく頬を撫でていく。
舗装された道は洞窟に比べて格段に歩きやすく、一定距離ごとに篝火が焚かれているので、暗がりも少ない。
酒場を併設した宿以外の店は閉まっていて、人通りも少なかったのは、少しだけ残念だった。
それでも通りの篝火に照らされてオレンジ色に染まる石造りの街並みは幻想的で、異世界情緒に溢れていた。街の中央には大きな教会が建っているのも見える。
そういえば、子どもの頃はテーマパークに憧れていたものだ。行った記憶はないけど、本屋で写真を見たことはある。ここには作り物ではなく本物が存在している。
……つまりは夢の国のような楽しい時間がずっと続くわけではないのだろう。オリビアとロア。あの二人をどうにかしないと、いつか終わってしまうのだから。
それでも、ワッツと出会い、美味しい食事を楽しんで、美しい街並みに感動して……。この世界にきてから、やっと楽しいという気分を味わえた。
もしかしたら、シアの言った恋物語という言葉に、少しだけ気分が昂揚していたのかもしれない。
「あれ、センパイ? なんでこんなところにいるんですか? 大魔霊討伐について行ったはずじゃ……」
完全に油断していたのは認めよう。




