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サディスティックダンジョン〜洞窟がS?  作者: 知恵梟
奈落の洞窟篇

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3-1『大司教ホリエルの夢』

◇◆◇◇◆◇


大司教ホリエルは夢を見た。


 暗い洞窟の奥深くで佇む炎の大魔霊の姿を。

 大魔霊の慟哭で、くノ一が粉々に砕ける。

 大魔霊の咆哮で、街が揺れて燃え上がる。

 地面が割れて、全て奈落へと堕ちていく。

 そして、割れた大地の底で、桜樹の種が紅く輝いていた。

 

 目を覚ました時、ホリエルは汗でびっしょりと濡れていた。サイドテーブルに置いてある小さなハンドベルを鳴らす。間をおかず、部屋にシスターが入ってきて、そっと近くに寄ってきた。


「水と着替えを。それと、鴉を……」


 呼ぶよう伝える前に、真っ黒な衣に身を包んだ男が、シスターの後ろに佇んでいたことに気付く。

 シスターは何も言わずに、お辞儀をして下がっていった。


「……ミカエラは近日中に奈落の洞窟に現れます。しかし、同時に大魔霊の手によって命を落とすことになりそうです」

「鴉を送り、見張らせます」


 ホリエルは少し考える。

 その間にシスターが水の入ったグラスをそっと置いていく。一口飲むと、寝起きで鈍った思考が冴えてきた。


「……いえ、これ以上、鴉を減らすわけにはいきません。適切な能力を持つ者たちに依頼してください。ミカエラを連れ戻す必要はありません。安全が確認できてから、持ち去られた宝具のみ回収しなさい」


 鴉は頭を下げて闇に消えていった。


 ホリエルは汗で濡れた衣を着替えながら、ミカエラのことを思い出す。


 孤児として教会に拾われた彼女は、教会の諜報員として育成された。直属の諜報員として初めて顔を合わせたときは、他のカラスと比べてあまりにも小柄なので、どこの子どもかと思ったほどだ。

 だが、他の鴉と同様に、無口で表情が乏しく、何より才能を秘めた少女だった。

 鴉たちはホリエルの命令で、どのような任務もこなす。日頃から厳しい鍛錬を積み、途中で命を散らすものも出る。特殊任務の精鋭。その中にあって、ミカエラの実力は群を抜くほどだった。

 訓練を視察した際に、彼女の見せた冷たい瞳が、ホリエルは恐ろしいと感じたのだ。


 ある日、隣国から珍しい菓子が贈られてきた。護衛を担当していた彼女に毒味させると、ほんの一瞬だけだが、彼女の表情を見たような気がした。


 それからは、菓子の時間には優先して呼び出し、毒味をさせるようにしていた。

 彼女が食べて、私も食べる。ただそれだけだ。

 ただ、それだけで、無表情な彼女の感情を汲み取れるようになっていた。


 彼女は突如として姿を消した。


 しかも、教会に保管されていた宝物を盗み出し、逃走時に他の鴉たちを手にかけて。

 何があったのか、理由は分からない。証拠となるものは何も残されてはいなかった。怪我を負った鴉の証言のみである。

 しかし、事実なのだろうと、今は確信できている。夢で彼女が纏っていた衣こそ、盗まれた宝具だったのだから。

 

 夢で未来が見える。

 天啓、予知夢ともいうらしい。時折変わったりもする曖昧なものではあるが……。

 ホリエルはこの能力で政敵との争いを生き抜いてきた。能力を知る者はごく僅か。教皇と枢機卿、あと何人かの大司教と、鴉の長だけだ。


 曖昧ではある。だが教皇ですら軽々しく無視できないほどの強い影響力を持つ。

 大司教でただ一人、鴉と聖騎士隊と言った教会の物理的な戦力に対し、ほぼ自由な指揮権を許されるほど強い影響力を。


 彼女は近々、邪教が使役するという大魔霊と戦い、そこで敗れるのだな。

 そのことを知ったホリエルの中に、悲しみではない何か別の感情が溢れ、一筋の涙を流した。



 ホリエルが夢を見てから幾日か過ぎた頃、タカヤの街の司教から、手紙が届いたと報告があった。

 内容は目を疑うようなものであった。

 曰く『オリビアと名乗る女が、聖騎士たちを扇動し、邪教の討伐へ向かった。その際に桜花の聖細剣も持ち出されてしまった。街に残る聖騎士は僅かの為、有事の際に対応できない。助けて欲しい』とのことだ。


 ホリエルが片手を挙げると、黒装束に身を包んだ男がどこからか現れて、傍らで膝をついた。


「オリビアとは?」

「……着せ替え人形の魔女(ラブドールウィッチ)と呼ばれる者の名前がオリビアと記憶しております。所属は不明ですが、奈落に入ったようです」


 魔女が、奈落へ?

 ……もしかしたら、ミカエラも其奴に誑かされたのだろうか。

 たしか、夢でミカエラは邪教の使役するという大魔霊と戦っていたな。可能性として、なくはない。


「奈落の様子は今誰が?」

「めぼしをつけていた冒険者が、ちょうどギルドの監視員として派遣されておりました。期間を延長させておくよう、指示を出しております」


 冒険者の情報が書かれた書類の束が、執務机に置かれる。


「本人には別途、出入りした者などを毎日報告させておりますが……邪教の隠れ家で間違いないかと。また、女が昨日、聖騎士隊と洞窟に入ったと報告がありました」


 資料に目を通しながら、ホリエルは冷たい水を飲む。邪教の隠れ家である奈落に、魔女が聖騎士を伴って?


「ミカエラは?」

「確認できておりません」


 ホリエルは盆に置かれた生菓子を、楊枝で切り分けて、一口食べる。

 確認はできていないが、おそらく、すでに中か……。


「もう一件。……この男に奈落を監視させている者が、我らの他にもいるようです」

「……何者だ?」

「不明ですが……おそらくタカヤの者かと」


 確かにタカヤの街は奈落の洞窟から、そう離れてはいない。奈落の洞窟で何かが起こる、それを知るものが私以外にいる? それとも、ただの偶然か……。


 今、聖騎士を派遣しても、災禍を防ぐことはできまい。しかし、避難支援や救助は必要だ。


「こちらから聖騎士を派遣しましょう。時期は追って通達します」


 たとい、大きな災禍が起こることを予期し、善なる人々を守り導く聖騎士を未然に送り込んだとしても、神ならざる我らに全てを救うことはできない。被災した者を一人でも多く救う。そのための準備を。



 その夜、ホリエルはまた夢を見た。


 暗い洞窟の奥深くで佇む炎の大魔霊の姿を。

 大魔霊が微笑み、くノ一が闇へと沈む。

 大魔霊の咆哮で、街が揺れる。

 地面が割れて、全て奈落へと堕ちていく。

 そして、割れた大地の底で、桜樹の種が紅く輝いていた。


 飛び起きたホリエルは、寝起きの頭を掻きむしりながら、今見た夢の意味を必死で考える。

 いったい、何が起こっている? いや、何が起ころうとしている?


 変わったのは、ミカエラの明確な死のイメージが消えたこと。

 街への被害がなかったこと。

 いや、そのあとがある。おそらく街が滅びる運命に変わりない。


 思い通りにならない自身の夢にもどかしさを感じながら、それでも頭を働かせる。


 最初の夢で見た大魔霊は悲しみの中、ミカエラに手をかけた。その怒りで大破壊をもたらした。


 大魔霊はミカエラを意に反して害した?

 鍵を握るのは、オリビアという魔女か。

 ミカエラを救える可能性が、今ならまだある、のか?


 ……誰を送る? 必要な技能は? 数は?


「……ホセリエル司教に手紙を送ります。複数筋で手配しなさい。聖騎士と、宝剣も派遣します。必要な手続き以外は省略しなさい。そして、オリビアと言いましたか。神敵とします」


 ベルを鳴らすことすらせず、ホリエルは鴉へ指示を出す。ベッドから起き上がり、急いで執務机に向かう。


 予知夢はいつもあやふやで、はずれることもあるのだ。これまで意図して変えようと振る舞ったことはなかったが……できるだろうか?


 ミカエラを、ミアを救いたいとホリエルは願った。一度は仕方ないと諦めた少女の命を。

 そのためにできることを、為すべきことを探るのだ。

 この天啓をどう覆す?

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