3-2『ノムとの出会い』
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冷たい風が頬を撫でていく。先程まで心地よく感じられていたはずなのに、今は寒気がする。
「グルームセンパイですよね? 先輩が戻ったってことは、聖騎士の皆さんがお戻りになったのですか? 邪教と大魔霊は?」
俺に声をかけてきたのは、聖騎士の鎧を身につけた青年だった。明らかにこちらを知っている様子で近づいてくる。
『シア! 緊急事態だ! この体の主を知っているらしい聖騎士と遭遇してしまった』
焦りを隠しながら、心の中でシアに呼びかける。
『落ち着きなさい。基本的にはワッツに話した内容と同じで問題ないわ。聖騎士の特徴を教えなさい』
シアの落ち着いた返答が頼もしい。
『若い男で、髪は黒くて短い。身長はこの体より頭一つ低いくらい。鎧は着ているが剣は持っていない』
『剣を持っていないなら見習いね。名前はたしか……ノムだったような気がするわ』
見習いか。こちらをセンパイと呼んできたのだから間違いなさそうだ。
『こちらでも会話を聞きながら、その都度指示するから、私と繋がるようにこちらにも意識を向けなさい』
さすが! 頼れる。
『了解だ。念の為に確認! 俺の体はグルームってやつので良いのか?』
『……たぶん』
おおい! 仲間の名前くらい覚えておいてくれ。
「センパイ、なんで黙ってるんですか?」
「あ、いや、実は特殊任務を命じられて、俺だけ戻ってきたんだ」
目の前まで近づいてきたノムは、こちらを睨め付けるように見つめてくる。
何かまずかっただろうか?
「さすがグルームセンパイ! ついに特殊任務まで任されるようになったんですね」
ニコッと笑って、静かに手を叩く。
しかし、その目が笑っていない。
「特殊任務はアナスタシア副隊長からですか? 内容は?」
『アナスタシアって誰だ?』
『私よ』
シアの本名? 初めて聞いた。なんで教えてくれなかったんだ?
「そうだ。だが任務の内容は教えることができない……」
「へー、僕に教えられない……ですか」
ノムの目がスッと細まる。
「じゃあ、他の聖騎士さんたちやコーデリアさんは、まだ邪教と戦っているのですか?」
『コーデリアって?』
『コリーよ』
妹さんか! 知っているのに知らない名前がどんどん出てくるのはなぜだ?
「いや、まだ戦っていないはずだ。あちらでも慎重に邪教の動向を探っている」
「へー、じゃあコーデリアさんたちは、まだ、奈落に残ってるんですね? 大変だなぁ……」
「ああ、そのはず──『逃げなさい!』」
シアの強い思念に、反射的に後ろに飛び退くと、目の前を黒い何かが通り過ぎた。
「なんだ?!」
『邪教の隠れ家が奈落の洞窟なのは、襲撃の直前まで隊員たちには伏せられていたはずよ。ここに残ったそいつが知るはずないわ!』
直前まで笑っていたノムの顔が、怒りに歪んでいる。
「……なんで、なんでコーデリアの尻を追いかけていったやつが、コーデリアを置いて一人で帰ってきてるんだよ! ありえないだろぉ!」
そういえば、この体を選んだ時、シアが言っていたな。コーデリアと婚約していた一人だって。
「それとも、僕の暗示を自力で解いたっていうのか? もっとありえないだろうがぁ!」
ノムの左手に黒いもやが発生する。
あれ! どこかで見た。
ロアが洞窟で戦ってた時、あんなのを使っていた覚えがある。同じ技じゃないか?
『今は逃げなさい!』
「いいのか?」
シアに念話で聞くつもりが、口に出してしまう。慌てて口を閉じてもう一度シアに聞く。
『もしかしなくても、こいつは何か手がかりになる情報を持っているんじゃないのか?』
「何をぶつぶつ呟いてんだあッ!」
ノムが左手を振るうと、黒いもやが鞭のようにしなりながらこちらに迫る。横に飛び跳ねて避けると、もやは足元の石畳を抉り、またノムの手元に戻っていった。
「お前、誰だよ。何者だよ! グルームのやつじゃないな。誰であろうと、僕の邪魔をするのなら、消えてもらう!」
ノムの右手にも黒いもやが集まって、まるで生きているようにウネウネと蠢いている。見ていて気持ちが悪い。
『ノムがロアと繋がりがあるかもしれないからって、あなたがやられたら意味ないのよ』
しかし、逃げるにしたって、簡単には逃がしてくれそうにない。
あの黒いもやがロアの使っていたやつと同じなら、触れるのも危なそうだ。
一か八かで突っ込むか?
今のところ、両手にしか黒いもやはない。あれに触れる前に蹴り飛ばせれば、鎧の上からでも無事では済まないだろう。
掠奪蟻を沈黙させた自分の力を思い出す。
『失敗したらごめん』
『やめなさい!』
覚悟を決めて踏み込もうかと思ったその瞬間。
「──誰か! 火事! 火事ぃ! 誰か来てぇ!!」
どこからか叫ぶ声が響き、建物から外を覗く気配や、人が集まってくるのを感じた。
「チッ!」
ノムが舌打ちをして、両手のもやを消し、声がした方に意識を向けたのが分かった。
俺はそのスキを逃さず、脱兎のごとく走り出す。
少しでも灯りのない道の方へ、全力で走りながらノムのことを思い出す。
さっきのアイツ! ぜったい聖騎士見習いなんかじゃないだろ!
『知らないわ。でも、教会も探る必要がありそうね』
危なかった。
あのモヤモヤしたやつに対策なしで挑むのは博打すぎる。シアとロアの戦闘を見ていたおかげで避けられたものだ。
運良くノムの気が逸れたおかげで逃げ出せたが、あのまま突っ込んでいたらどうなっていただろう。
ぞくっと背筋に寒さを感じて震えがきた。
あの声に助けられた。火事か。
これだけ街中に篝火が焚いてあるのだから、火の始末には気をつけないとな。でも正直、救われた。
……火事か。煙の匂いは感じなかったけどな……。
そんな偶然ある?
走るのをやめて急ブレーキをかける。そして、元来た道を全力で戻る。
……さっきの、あの声は、もしかしてワッツか?!
『戻るの?』
シアの問いかけに応える余裕はなかった。
◇◆◇
シアはノムという青年を思い出そうと記憶をたどる。
配属されてきたのは一年ほど前になるだろうか。当時は大魔霊……ロアに操られたエガが、村を襲い、暴れ始めたばかりの頃だった。
聖騎士の戦力を補強する名目で、修道士の中から騎士見習いを新たに募ったのだ。
当然ながら、すぐに聖騎士として叙任されることはなく、鎧だけを着せられた肉の壁役として使われることも多くあったことから、条件が緩和されたとしても、あまり成り手は増えなかったが。
シアのいたタカヤの街で応募したのは、彼を含めて僅か数名だった。その頃のノムは、肉体的に恵まれていたわけでもなく、特別な能力を持つわけでもなかったので、期待する者は誰もいなかった。
だが、彼は勤勉だった。
朝夕の鍛錬には欠かさず参加し、騎士たちの雑用や街での奉仕活動なども、嫌な顔一つ見せずに率先して行なっていたと聞いている。
そのまま修行を続けていたら、実力次第で刀礼の儀式を経て、正式に叙任されるだろうと、評価も高まっていた。
そんなノムが、ロアと同じような邪教の技を使う……。
エガの見たという、ノムの技が本当にロアと同じものだったかは、シアには判断できない。それでも、ノムが実力を隠していたのは事実だ。おそらく間違いないだろう。
邪教に繋がりを持つ可能性が高いノムを、エガに探らせるのには、危険性を鑑みると避けたいところだ。
「戻るの?」
エガがノムから逃げ出すきっかけを作り出した声が、ワッツのものだと言いだして、逃げてきた道を引き返し始めたようだ。
……格好いいじゃない。それなら、少しくらい危なくても漢見せなさいな。
シアは口元を緩めて、反撃の手段を考えることにした。




