3-3『英雄的行動は憧れと共に』
◇◆◇◇◆◇
ドアの閉まる音がして、あたしは目を開けた。
おかしいなぁ。やはり自分では魅力が足りないのだろうか?
種族の差は大きいのだろうか。
いえ、それくらいの障害に負けてられません!
まずは、エガさんのことをもっと知らなければ!
ベッドから起き上がると、カバンからフード付きの外套を取り出して被り、こっそりとエガさんを追いかけた。
部屋に戻らないのかな?
宿の外に出ていくエガを階段の上からそっと見つめる。
フロントから鍵を返してもらうと、訝しげな顔をされた。でも銀貨を握らせるとなにも言われなかった。
エガさんは何かを秘密にしている。
べつに話してくれなくてもいい。でも知ってると知らないとでは、あたしが助けられる範囲が違う。
商売相手の情報を探ることは、当たり前のことだ。特に大きな仕事でそれを怠ると、大きな失敗や問題につながる。
これまでも誰かに頼まず、自分で調べることが多かった。その方が騙されても納得できるからだ。
だから……いいよね?
エガのあとをつけることに若干の後ろめたさを感じて、自分に言い訳をしながら、それでも止めない。止められない。
……エガさんはどこの街の聖騎士なんだろう。体は鍛えられているし、掠奪蟻からあたしを助け出すほど実力を持っている。
掠奪蟻の死骸は、大きな力で潰されたり吹き飛ばされていた。どんな魔法を使ったら、ああなるのだろう?
サクヤ聖教会の聖騎士は、さまざまな奇跡を起こす。なかには聖木の力を借りた様々な奇蹟を起こせる聖女様や聖人様がいるらしい。
もしかして、エガさんがあたしを助けるときに使ったのもそれだろうか?
それにしても、エガさんは何を探しているのだろう?
何か目的地があるような歩き方ではない。キョロキョロと辺りを見渡しているのも、何かを警戒しているわけではなく、ただ珍しくて見て回っているようだ。
なんだか一緒に観光して回っているみたい。
明日になったら、おすすめのお店周りを提案しよう。
頬が少しだけ熱いのは、篝火に照らされていたからだけではないのを、あたしはもう気づいている。
あれ、誰かが話しかけてる。
聖騎士見習いの人……知り合いなのだろうか?もしかして、エガさんの所属しているのは、このタカヤの街?
でも、それなら、なんでこの街は初めてのような振る舞いをしていたのだろう。うーん、謎だなぁ。
『……なんで、なんでコーデリアの尻を追いかけていったやつが、コーデリアを置いて一人で帰ってきてるんだよ! ありえないだろぉ!』
「!」
何が起こったのか、一瞬すぎてよく見えなかったけど、でも確かに聖騎士の人がエガさんを黒い何かで攻撃した。
なに?
聖騎士を怒らせた?
『それとも、僕の暗示を自力で解いたっていうのか? もっとありえないだろうがぁ!』
聖騎士の左手に黒いもやが発生する。
禍々しくて、直視したくないような形状をしたその黒い触手は見ているだけで不安を掻き立ててくる。
『何をぶつぶつ呟いてんだあッ!』
聖騎士が左手を振るうと、黒いもやが鞭のようにしなりながらエガさんを襲う。
ヒッと、あげそうになった悲鳴を、両手で口を塞いで必死に飲み込む。
横に飛び跳ねて避けたのを見て、ホッとする。
『お前、誰だよ。何者だよ! グルームのやつじゃないな。誰であろうと、僕の邪魔をするのなら、消えてもらう!』
グルーム? エガさんじゃない?
わからないけど、アイツはエガさんの敵!
聖騎士の右手にも黒いもやが集まって、触手のように蠢いている。気持ち悪い。怖い。逃げ出したい。
エガさんも逃げようとしているのに、あの黒いもやを警戒して動けないようだ。どうしたら、どうしたら良いの?
エガさんが聖騎士に向き直り、突っ込もうとしているのがわかった。
──ダメ、危ない!
「だ、誰か! 火事! 火事ぃ! 誰か来てぇ!!」
『!』
叫んだあと、エガさんが走っていくのが見えた。すごく早い! 良かった。
あっ、あたしも、逃げないと!
人が集まってくる。
流れに逆らいながら、あたしは宿に向かって走り続けた。
◇◆◇
宿のドアを勢いよく開くと、フロントの人に睨まれたが、気にせず階段を駆け上がる。
自分の部屋に入ってドアに鍵をかける。
外套を脱いで、ベッドの毛布を頭から被る。
怖い。
あれは、あの黒いもやは、いったいなんだったのだろう。見ているだけで心の奥底がざわつくような恐怖を感じた。
あの時、声を出せた自分が、少しだけ誇らしい。少しはエガさんの助けになれただろうか?
でも、もう少しだけエガさんの近くで、一緒にいたかった。掠奪蟻に襲われて助けてもらって……。でも、もうダメかもしれない。
ギシリ、ギシリと誰かが宿の階段を上ってくる音が、なぜだか耳に響いてくるのだ。
ダメだ。やっぱりさっき見られていた。
ここにいても捕まる。
あたしは鞄だけを手に取って、小さな窓の戸板を上げて下を覗き込む。窓の枠には足を引っ掛けるような出っ張りがなく、どこかを伝って下りるのは難しいように思う。
部屋のドアノブを誰かがガチャガチャと回す。
エガさん?
そんなわけがない。もし、彼なら声をかけてくれるはずだ。乱暴にこじ開けようなんてしないだろう。
鞄を探って、鉤爪のついたロープを取り出す。旅で必要になる道具はあらかた入っている。あまり使ったことはないが。
ベッドの足に結びつけて、窓の外へ垂らす。外に出ようとした瞬間に、部屋のドアの鍵が壊れて誰かが入ってきた。
あたしは手袋をしてロープを持ち、窓から身を投げた。地面が恐ろしい速さで迫る。
持っていたロープがビンっと張り、飛び降りた勢いで宿の壁にぶつかる。ロープを持つ手が衝撃に耐えきれず、宿の一階の天井ほどの高さから落下した。
あぅっ!
ズダンという衝撃が全身を襲い、動けない。
でも、まだ生きている。掠奪蟻の時もだが、丈夫な身体に生んでくれた、今は亡き両親に感謝しよう。
這って、逃げる。いや、無理だ。隠れないと。
「お、生きてるね」
ストンという、体重を感じさせないような軽い音と共に、聖騎士が降りてきた。
「さーて、教えてもらおうか? なんで、あの男を逃すようなことをしたのかなぁ?」
ガスっと背中を踏みつけられて、呼吸もできない。
あぁ、ここまでか。
なんと短い第二の人生だったろう。
それでも、後悔はない。エガさんに助けてもらったこの命の恩を、エガさんに返すことができたのだ。
それに、短いとはいえ、あたしはエガさんに会えたことで、これまで感じたことのない気持ちを持つことができたのだ。
「ほーら、僕の声は聞こえてるかな? さっさと話そうかぁ? それとも、その耳を削いで、穴を広げてあげようか」
聖騎士の腕から黒いもやの触手がのびて、押さえつけられて動けないあたしの目の前の地面を、抉る。
かひゅっと、口から空気が漏れる。
怖い。恐ろしい。気持ちが悪い。
あぁ、もうダメだ。
心残りがあるとしたら、エガさんにこの気持ちを伝えられなかったことだろう。でも、まだ生まれたばかりの、この暖かい感情を言葉にするには、未熟すぎたのだから……仕方ない、かな。
エガさん。
そういえば、この聖騎士は、エガさんが誰かを追いかけてたって、話してたな。どんな人だったのだろう。人だよね? あたしも、エガさんと同じ種族に、生まれたかったな……。
せめて、できれば、その人の次くらいには好きになってもらえたら……。
目から涙が溢れ出す。
耳に黒い触手が触れる。
ごめんなさい。あたしは、もう──
「──放せお前ぇ!」
ズドン!という衝撃音が背中に走り、あたしを押さえつけていた聖騎士が吹き飛んでいく。
「エガさん!」
「無事か!」
「あたしは二番目でもかまいません!」
「……え?」




