3-4『逃走』
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ノムから逃げてきたはずの道をまっすぐ戻る。
先ほどの場所には、警備隊や住民らしき人が集まっていた。だが、火事ではなかったようだと、めいめいに帰り始めている。
ノムの姿はない。
ワッツもいない! どこだ?!
辺りを見回してから、宿に向かって走り出す。
土地勘のない俺には、探せる場所など限られている。だから、そこにいてくれ!
無事を願いながら、街中を全力で走る。
何度か人を吹き飛ばしそうになるものの、ギリギリで回避する。
落ち着け。まだあわてるような時間じゃない、はずだ! だから、こんなシチュエーションこそ、笑え!
無理やりに口の端を持ち上げる。正直、呼吸もし難いが、それでもニヤリと!
よし、冷静だ!
視界に宿を捉える。
宿の前にうつ伏せで倒れ込むワッツと、それを踏みつけているノムの姿が見えて、口元の笑みが消える。
ノムの腕から黒いもやの触手がのびて、ワッツの耳に触れようとしている。
「放せお前ぇ!」
全力で走ってきた勢いそのままに、ノムの横っ腹に飛び蹴りを放つ。
ズドン!という衝撃音が足に響き、ノムは吹き飛んでいき、向かいの建物の壁に穴を開ける。
「エガさん!」
「無事か!」
ワッツが身体を起こして、涙を流しながらこちらを見上げてきた。
「あたしは二番目でもかまいません!」
「……え?」
なんの話しかと問い返そうとした時、ノムがゆらりと立ち上がり、建物から出てくる。
「な! 掠奪蟻だって一発だったのに!」
『前に話さなかった? 聖騎士に不意打ちは通じないわよ』
シアが念話で話しかけてきた。
ノムってやつは見習いって話だろ?
まあ、人を殺めることにならなくて、ホッとしている自分もいる。ちょうどよく相手を戦闘不能にできれば良いのだが、加減が難しい。
『そんな甘い考えは捨てなさい。それで、エガ。あなたこれからどうするつもり?』
ノープランだ! シア、助けてくれ!
『……いっそ清々しいわね。いいわ。しっかり聞きなさい!』
シアは作戦を考えてくれていたらしい。さすが頼れる相棒だ!と語彙の続くかぎり念話で褒めちぎると『黙りなさい』と遮られた。
「おまえさぁ、ホントなんなんだよ! この僕が、死にかけたんだぞ!」
かなりご立腹の様子。
見逃してくれる気はないだろうな。
それにしても、これだけ騒いでるのに、誰も集まってこないのは何故だろう。
「はんっ! 今度は人を呼ぼうとしても無駄だよ! そいつみたいに、ここいらの人間はみーんな寝ちゃってるからね」
ノムが指を指す先には、倒れ伏すワッツの姿があった。
「ワッツ!」
呼びかけても反応はない。一体何が起こった?
「お前は、この僕をここまでこけにしたんだ。手足を腐らせて、動けなくしてから、ゆっくり後悔させてやる」
こっわ!
聖騎士の言動じゃないよ、こいつ。
俺はノムから視線を外さず、ワッツの側で屈む。どうやらノムの言った通り、眠っているだけのようだ。
「お前には僕の暗示が効かないようだね。かわいそうに。眠っていた方が痛みも恐怖も少なかったよ?」
ワッツを肩に担ぎ、立ち上がる。
「……ノム、お前はどっち側なんだ?」
シアに言われた通り、ノムに問いかける。
「どっち側? なんの話か知らないけど、お前が僕に質問する権利なんてないんだよ」
ノムの両手に黒いもやが発生して、触手のように蠢く。何度見ても気持ちの悪い見た目と動きをしている。
「ロアと同じやつだよな、それ」
「……なんで知っている?」
ノムが反応した。
「あぁ、もちろん知ってるさ。ロアはそれを使っても、俺に手も足も出なかった。最期は丸焦げさ!」
「……なんだと? 馬鹿なこと言うな」
あまり口に出したくない話題ではあるのだが、予想以上に反応している。邪教の一味で当たりかな?
『そのようね、でも、まだオリビアとの繋がりの可能性が消えたわけではないわ。時間も稼ぎなさい』
情報を引き出しながらの時間稼ぎか。了解だ。
俺は一歩下がりながら、言葉を続ける。
「お前もロアと同じ魔法を使うんだな? 犬を召喚したり、羽虫のような餓鬼を呼び出したりするんだろ? 邪教ってのは、みんなその黒いうねうねが好きなのか?」
「……へぇ。あいつと戦ったのは本当みたいだね。よく生き残ったものだよ。その辺、詳しく聞かせてもらおうか」
よし。どうやら、こちらを警戒し始めてくれている。
「それなら、こちらも聞かせてくれよ。なんで同じ邪教の仲間を裏切って、聖騎士と戦うよう仕向けたんだ? それとも、お前も、オリビアの手下なのか?」
シアに言われた通りに言葉にするが……。
『こいつが仕向けた? そうなのか? それに、お前も、ってなんだ?』
『カマをかけてるのよ。黙って言われた通り喋りなさい』
「ははんっ! なるほど、お前はオリビアの手下か。人形にされて中身が別人と入れ替わってるってわけか!」
おお、勝手に勘違いし始めた。でも後半はけっこう当たってる! みんな頭が良いな。
「誰がロアの仲間だって? あいつは、たまたま大魔霊を召喚できただけの、我らのお荷物だ」
しかも、自分から説明を始めてくれている。なんて扱いやすい奴なんだ!
「アレはあんな三下にはもったいない。オリビアにしたってそうさ。お人形遊びがしたいんなら、ずっと地下にこもっていたら良かったんだ!」
ノムが両手を俺の方に向けて、黒いもやの鞭を伸ばしてきた。
ワッツを担いだまま後方に跳んで避けるが、黒いもやは複数本に分かれて、不規則に揺れながらしつこく追撃してくる。
……ノムはオリビアのことも知っている?
「ロアの隠れ家を教えてやったら、利用されているのにも気付かず出かけやがって、ざまあない」
仲は良くなさそうだな。
「生意気なロアのやつも、賢しらなオリビアのやつも、ついでに平和ボケしたこの街の聖騎士共も! みんなまとめて潰し合えば、残った大魔霊は僕のものだ!」
狙いは、俺?!
理解は追いつかないけど、ロアとオリビアが衝突したのは、ノムの画策でもあったのはわかった。
ここまで話してくれるのって、何か理由がある?
「なんでここまで話すかって? オリビアの人形は出来損ないばかりだ! 念話もオリビアからの一方通行だろ。だから、お前がアイツに連絡する手段は、ない」
この世界の人間はみんな人の心を読むのか?
『あなた、顔に出るのよ』
黒いもやは宿の壁や周りの建物を破壊しながら、どこまでも追いかけてくる。
避け続けるのもそろそろ限界だ。
『もういいわ。そいつの目的はわかった。オリビアとロアの行方は知らなそうね。移動して!』
シアの案内で逃げる。
しかし、ノムの黒いもやの鞭は、俺の行動を予見しているように行手を阻む。まるで狡猾な蛇のように、意思を持ってじわじわと追い詰めてくる。
「逃さないと言っているだろう」
街の外壁まで追い詰められた俺は、振り向いてノムに向き直る。
ノムは腕だけでなく肩や背中から何本もの、黒いもやの触手を伸ばしていた。
「さて、ここまでだよ」
シア! 追い詰められてしまったぞ! 戦うか?
「……ん、う、うん? ここは?」
「ワッツ? 気がついたのか?」
「エガさん、あたし……」
ワッツが目を覚ましたようだ。
「そいつも目が覚めたようだね。どうせなら二人とも同じ目に合わせてあげよう。どちらが先か、くらいは選ばせてあげるから、話せるうちに相談したら良いよ」
ノムは手のひらをこちらに向ける。
「五秒以内だ。……四、……三」
ノムの腕や肩、背中に生えた触手の先が、一斉にこちらに向けられている。
おい、シア! いや、シアさん! ヤバいかも? 何をしたら良い?
『……何もしないで』
冗談言ってる暇じゃないんですが!
「……二、……一」
『──ゼロよ』
ズドドォオーンっという爆発音と共に、ノムの足元が破裂して、銀色の巨大な蟻の顎がノムを挟み込む。
「っな!」
ノムの足元に大きな穴が空いて、そこからさらに一匹の掠奪蟻が姿を現す。
『乗りなさい! そこから逃げるわよ』
なんで? という疑問を口にする前に、体が動く。ワッツを抱えたまま、掠奪蟻の大きな背中に飛び乗った。ワッツもなんだか騒いでいる。
乗ったぞ!
シアに念話で連絡する。
「──エガさん! アイツ! こっちを狙って──」
「逃がすかぁぁ」
ズブっというにぶい衝撃が、俺の腹を貫いていった。熱くて、重たい痛みが全身に広がって、俺は意識を失った。




