1-7『闇に沈むくノ一』
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転移陣を起動すると、地面に複雑な模様が光り出した。
周囲に気配がないことを確認して、自分の影から魔神官と呼ばれた男、ロアを吐き出した。
魔神教でも指折りの実力者が、魔霊の放った爆炎一発で瀕死に追い込まれた。息も絶え絶えで、黒く炭化した全身からは、全く生気を感じない。生まれたばかりのダンジョンワームの方がまだイキが良いだろう。
いや、生きているだけですごいのかも。
魔霊がロアの支配から逃れて、暴れ出すことがあれば、きっとロアを狙うだろうと、予想していた。その隙に私たちは撤退する手筈、だった。
油断しすぎ。そのせいで私がコイツを連れて逃げ回ることになるなんて。
オリビアが逃げるまでの時間稼ぎ。リザードの尻尾切り。
しかし、またも予想に反して魔霊は追って来なかった。幸運といえばそうなのだが、なんとも、ままならない。
オリビアから思念が届く。
戻りたくはないが、彼女の命令に身体が勝手に従う。しかし、彼女の指示を聞いて一瞬、耳を疑った。
今度はオリビア自身の首を刎ねて、それを持って逃げろと言っている。なんとも、心踊る命令だろうか。死地に向かう足取りも少しは軽くなるというもの。
まぁ、もちろん首は魔法で作られた偽物だし、本人は私を囮に逃げる算段だ。それでも、最期のお勤めとしては口元が弛むような内容だ。
………
……
…
オリビアの首を持って、全力で逃げた。
だけど、これは無理だ。大魔霊は速すぎるうえに、歴戦の戦士のように、少しずつ追い詰めてくる。自分で選んだはずの選択さえ、誘導されたのだと気付いた瞬間には逃げ場はなかった。
まるであの子のようだ。
聖騎士の彼女と模擬戦をした時のことを思い出す。あぁ、でも彼女はロアの召喚した餓鬼に跡形なく喰われてしまったのだった。……ロアにはトドメを刺しておけば良かった。
奥の手の閃光弾すら効果がなく、私はあえなく捕まった。
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『……ロアだけでなく、オリビアにまで逃げられたのは誤算ね。ミアはまだ繋がれたままだから、生かしてはおけないわ』
シアから後悔と憂鬱な気持ちが伝わってくる。俺の感情から生まれた隙に逃げられてしまったので、なんとも居た堪れない。
『気にしないで、とは気軽に言えないわね。これからあの二人だけじゃなく、世界中を敵に回すのだから。多少は覚悟してもらわないと。だから、私も……』
ミアの首を絞める手に力が籠る。
今にも泣き叫びたい感情が伝わってくる。嵐のように荒れ狂い、暗い気分に染まっていく。
なんとか止める術はないのか?
シアは答えなかったが、おそらくミアの首を一瞬で手折れるはずの力があるはずなのに、それをしない、できない。魔力の流れが前腕で堰き止められて渋滞を起こし、指先にまで伝わらないでいる。
迷いがあるのは、まだ手段が残っているからだろうか?
例えば、ミアもこちらに合流するのはどうだろう。シアが俺の意識に入り込んできたように、もう一人くらい同居人がいても気にはしないが。
『……オリビアの支配と精神だけをキレイに分けて、しかも自我を保ったまま合流するなんて、奇跡でも起こさないと』
返事があった。うん、手段を考える時間と余裕はありそうだな。
シアが肉体を餓鬼の大群に喰いつかれたとき、おそらく、ロアはオリビアの魔力に対して優先して攻撃するようにコントロールしていたのだろう。オリビアの魔力による支配が刹那だけ早く消滅して、シアの精神体は奇跡的に難を逃れたのだ。
本来なら、大きな力の差がある相手に取り憑こうとしても、かき消されるか取り込まれるのがオチだったはずだが、俺が魔力の制御を全くできていなくて、うまく合流できたそうだ。
今は取り込まれないように、俺とシアの間を結界で分け隔てている、と。……AT的なフィールドかな?
かといって、この状況をどれだけ続けることができるかわからない。で、俺の持つ魔素を利用してダンジョン・コアへと戻ることを計画していた、らしい。魔素ってなんだ?
とりあえず、つまり、だ。
今足りていないのはロアのように餓鬼の群を召喚できる術士か、またはロア本人かな?
あっ、そもそもオリビアさえ倒してしまえば、くノ一自体に問題はないんだよね? それまでミアにはおとなしくしてもらえれば。
腕に込められた力が、わずかに弛む。
『オリビアから指令が届いたら背けない』
その間、俺にしてたような封印?とかでオリビアからの干渉は防げないのかな? あっ、生贄が必要なんだっけ?
『あなたの魔力なら、必要ない』
んー。思ったよりなんとかなりそうだと思うけど、どうなんだろう?
『あれほどの術者、簡単に見つかるわけないし、再現できる可能性も低い、と思う』
むーん。まあ、簡単にできることなら諦めているわけないよな。
『……でも、リスクはあるけど、もし、あなたが手伝ってくれるのなら、可能性はある。それで、それでもし方法が見つかって、ミアが人として生きたいと言ったなら、代わりの身体を作るための魔素も欲しい。……いいかな?』
あー、俺のいた世界には情けは人の為ならずって言葉がある。要は、俺は仲間が少しでも多く欲しい。だから、助けるから助けてくれってことなんだけど。
あと、魔素なんてよくわからないし、俺が自由に動けて、好きなことができる分が残るなら、残りは任せるよ。
『……わかったわ』
シアは少し考えてから、ミアの顔を覗き込んで語りかける。
「少しだけ眠っててくれる? 起きたら、また私の話を聞いてね、お姉ちゃん」
「!」
ミアは目を見開いてから、コクリと頷いた。
それを見て、シアは囁くように歌い出す。
眠れ眠れ 夜の帷は落ちた 世界は暗い
寝屋の褥は暖かく 疲れた盛者を隠してくれる
瞑れ瞑れ ボクの隣に満ちた 願いは明るい
星座の千歳は虚しく 隠れた病者は涙に暮れる
君の夢に ひとときの 安らぎを
気休めに あのときの 暗がりを
ミアの身体から黒いモヤが溢れてその身体を包み込む。モヤは少しずつ粘度が増して、しまいには黒い飴のように固まっていった。
ミアを掴んでいた腕を飴から引き抜く際に、掌から紅い魔力の結晶を生み出して、そのまま埋め込む。紅い結晶は呼吸でもしているように、一定のリズムで明滅を繰り返した。
どこかで見たことある気がする。
『……あなたとロアの繋がりを引き離す時に使った術式と、だいたい同じものよ』
あー、目が覚めた時に光ってた玉だ。いつの間にか無くなっていたけど、結局、何だったんだろ?
『食事とか呼吸とか、生命維持を担う部分。封印なんて、中でちょっと暴れられると簡単に壊されちゃうの。だから、こうやって眠りやすくしてあげないと』
封印されていても、完全に時間が止まっているわけではなく、魔力で自身の生命を維持しながら、少しずつ弱っていく。それを不快と感じた時、無意識の抵抗が強まり、封印が解けてしまうことがある。
なんだか不便だな。大魔王とかを聖女さんが封じるテンプレな魔法はないのか?
『てんぷれ?がどんな術なのか知らないけど、元気一杯の相手を強制的に封じることができるのなら、そもそも倒してしまった方が早いって話よ』
封印は相手が動けなくなるまで弱らせてからかけるのが通常らしい。不死不滅の神格を宿したかのような、倒せないか、倒しても復活するような相手にしか、封印は使うことはないそうだ。
シアは俺の疑問に答えながら、ミアの周りを土壁で覆っていく。地面から天井までまるっと囲い、ミアの姿を隠してしまった。初見では壁にしか見えないだろう。
そういえば、俺が目を覚ましたのも、ロアとシアの戦闘音がうるさかったから、なのだろうか? 目覚まし時計としては最悪だったからな。
なにはともあれ、これからどうしよう?
『……外に出ても今はまだ監視から逃げられないわ。この洞窟で迎撃準備を整えましょう』
誰かに見張られているのか? まぁ、逃す気がなければ、そうするよね。
『この洞窟は、奈落と呼ばれる底の知れない縦穴よ。縦横に走る無数のひび割れが、天然の迷路になったような場所だから、隠れるのにも罠を仕掛けるのにもうってつけなの』
穴の中にもっと深い落とし罠でも掘るのかな?
『それも良いかもだけど、まずは、あなたが自由に動けるようになってもらわないとね』
いきなり修行編かぁ。瞑想して魔力の流れを感じたりすることで、魔法が使えるようになるやつだ。
『いえ、あなたは魔力操作を覚えるより、新しい肉体を手に入れた方が早いわ』
手に入れる? 今のこの体じゃダメなのか?
格好良さそうだし気に入ってるのだけど……。
『この体は魔力で形作った仮初のものだから、あなたが使っていると、いつかは崩れるはずよ。戦闘中でもなければ、魔力を発し続ける意味はないから、低位活動状態にさせないと』
それって、眠ってしまうことなんじゃないのか?
『正確には違うわ。とりあえず移動しましょう。多分まだ残ってるはず』
なんだかわからないことばかりだ。残ってるというのは、何のこと?
『あなたが返り討ちにした聖騎士たちのところよ。大体はロアの餓鬼に食べられちゃってるかもだけど、上層になら残ってるはず。当面の間は、あなたは彼らの身体を使って活動してもらうわ』
あ〜、ゾンビ転生かな? まだ腐ってなければ良いけど。
『もし、ミアの肉体と精神を分けられて、私たちに合流させた時、あなたが下手に抵抗して彼女を掻き消してしまったら大変でしょ。だから、あなたは外に出てて欲しいの』
つまり……何もしないで、ってことか。
『いいえ、外で自由にして良いってことよ……ちょっとだけ邪魔だし』
……酷い。




