1-5『解き放たれた大魔霊』
◇◆◇◇◆◇
「あの二人に生まれたことを後悔するような責苦を与えてやりましょう! 苦痛に歪む顔と泣き叫ぶ声を飽きるまで堪能して、これまでの悪行に報いを与えなければ、気が済まない!」
シアがとても良い笑顔で振り向く。我慢していた玩具が目の前にあり、遊ぶのが楽しみで仕方のない子どものような表情だ。物騒な言葉は聞き流して頭を撫でたくなる。
このまま、彼女の手をとって良いのだろうか。そもそも、シアはオリビアの手駒だったのだから、罠の可能性もあるわけだ。
ともあれ、まったく動けない俺に、何か考えが浮かぶわけもない。このまま何もできない状態から脱却できないのなら、勝つのが魔神官でも魔女でも、俺の未来は変わらないのだろう。
この先ずっと操り人形なんてゴメンだ。
覚悟を決めて彼女の提案を受ける意思を伝える。
それで、俺は何が出来る?
「簡単よ。私があなたの身体を動かしてアイツらを血祭りにするから、抵抗しないでほしいの。……まあ、アレね。つまり、何もしないでね、ってこと」
……結局、操られる現状は変わらないのか。なんだ、こいつら。なんだよ。何も変わらないのかよ。
怒りよりも、期待した分、悲しみが強く、なんだか、少し泣きたくなった。
そんな俺の感情が伝わったのか、シアが慌てて弁解する。
「あっ、待ちなさい。私の説明不足ね。あなたは今、強大な魔力の身体を持っているけど動かせない。私は自分の肉体は消滅したけど、魔力を操ることはできる。妹ほどじゃないけど、聖騎士の中でも割と上澄みよ。でも意思の主導権はあなたにあるから、無意識にでも抵抗されるとうまくいかないと思うわ」
つまり、何もするなというのは、アイツらを追い払うまでのことなのか?
「そうよ。アイツらを逃す気なんてないから、追い払うのとは違うけど。魔力を動かす感覚を掴んでくれたら、あなたの自由。ホントよ?」
嘘ではないのだろう。なんとなく伝わってくる。自由になれる。操られていたことを思い出した今、それは何よりかけがえのない、魅力のある提案。
でも、彼女は提案と交渉だと言った。彼女が俺に求めるものは何があるのだろう。
……その後は?
「その後?」
俺が自分の意思で動けるようになったら、肉体のないシアは、何を求める?
意思はあっても自由がないのは、我慢できない。俺は自由になりたい。本当は操られるのも言いなりなのもごめんだ。
このまま一つの体に二人の意識があるのは、どちらも不幸で、きっと、辛い。
「私の心配してくれてる? 大丈夫よ。事が終わったらあなたの魔素を分けてもらうから」
魔素? 魔力とは違うのか?
「私はそれを素にダンジョン・コアに戻って、ここを迷宮にするわ」
もとは迷宮核だというシアも、オリビアの人形として作り替えられる以前に戻りたいのだという。俺の魔力と魔素があれば、それが叶うと。
「追加で交渉できるなら、あなたを迷宮の管理者として雇いたいわ」
迷宮核に戻ったとしても、迷宮が機能するまでには時間もかかる。だけど、自由になった俺の手を借りられれば、時間が短縮できるそうだ。その間、報酬としてこの世界のことや必要な知識を教えてくれる。
聞く限り悪い話ではない。
「うん! 良いわね。それが良いわ! よし決まりよ」
シアは跳ねるような調子で、歌い出した。
いざ 渇望せよ 攫取せよ
嘗て叶うことのなかった 彼の宿願
惑うことなく 魔に酔うことなく
まごうことなく 在るが儘を 冀う
ゆくあてもなく 彷徨う奈落の魔窟は
瞬く間もなく 跡形もなく 消え失せる
いざ 赫怒せよ 覚悟せよ 我が片割れが
見せし夢の刻は終焉
外なる神よ いざ目醒めん
◇◆◇
シアが輝き、光の粒子となって視界いっぱいに広がる。
──パッキイィィィン!
何かが割れる音がして、次の瞬間に、自分の体が熱を帯び、手足に確かな感覚を感じた。
赤黒い肌、引き締まった体躯、黒く長い髪が見える。焔のような紅の衣を纏い、黄金色の火花が周囲で弾ける。
ちょっとだけ、格好良いんじゃなかろうか?
『あはは、いいわね! カッコいいわよ!』
シアの声が頭の奥で響く。少し興奮しすぎな気がする。
『そうね。少し抑えないと、とは思っているんだけど、ダメ! 抑えられなさそう! それに、見なさい、アイツら! いい感じで油断してる』
促されて視線を向けるとオリビアはこちらを見て惚けているし、ロアはこちらに背を向けて何か語っている。
『さあ、始めるわよ! イクわよ! せいやぁゃァ!』
気合いのこもった掛け声が頭の中で響き、世界が紅く染まる。
『──憤懣の炎』
閃光が視界を貫き、次の瞬間には洞窟の壁を震わせるほどの衝撃波が広がる。刹那ほど遅れて灼熱の業火が辺りを包んだ。
「ぐぁっ」「うぐ」
壁まで吹き飛ばされたロアは、全身を焼かれて血反吐を吐きながら地に伏した。
オリビアは水の鎧を纏っていたからか、熱によるダメージはそこまででもないが、こちらも立ち上がることは難しそうだ。
『まだまだよ! 憤懣の炎』
「──!」
追撃の衝撃波が二人を壁に叩きつけた。
続く業火はオリビアの纏っていた水の鎧を水蒸気に変えていく。
このまま力押しで削り切る気なのか? ちょっと脳筋すぎないだろうか?
『反撃も、考える暇も、与えない為よ! 私の、最速最大で、まずは無力化、させるわ!』
シアはこちらの疑問に応えながらも、合間に爆炎を放つ。
ロアを確認すると、僅かに息があるようだが、身体の大半が炭化し、全身が硬直してピクリとも動かない。同情の余地などはないが、自分の手で齎している結果としては、少しだけ気が滅入る。
しかし、オリビアには、まだ動けなくなるほどのダメージは与えられていない。むしろ微笑を浮かべて余裕すら感じられる。
『あーぁあ、もぉう、さっさと、落ちろぉぉ! 憤懣の炎!!』
あの、さっきから同じ魔法ばかり繰り返されてると、なかなか魔力の動かし方とか、わからないんだけど……。できれば他にも試してもらえませんでしょうか?
『今は無理よ! コイツ! なんで、水鎧なんて、纏ってるのよ!』
先ほどまでのハイテンションな余裕は失せて、ムキになって炎を巻き起こし続けているように見える。
炎と水、相性は悪そうだよね。他の攻撃手段はないのだろうか?
『あなたが、ロアに操られていた時は、炎しか使ってなかったのよ!』
他の攻撃手段を見せて、万が一にでもオリビアに自分の生存可能性を考えさせたくないのだと、思考が伝わってきた。
魔法の相性は悪くとも、オリビアの動きを封じていることと、僅かずつではあっても削っていることを考えれば、間も無く決着つくのだろう。
それにしてもと、自分の体の感覚に意識を向ける。先ほどから魔法が発動される直前に、自分の内側から何か震えるような感触を感じられている。
始まりは脳の奥が、ほんの微かに痺れるように。それとほぼ同時に、心臓のあたりから全身へ向けて広がり、全身が心臓とは別の鼓動に満たされる。最後に、体の中心から何かが爆発したように広がり、外に放出された瞬間に熱波や衝撃といった現象が起こる。
なんだろう。この今一つ掴みきれないフワフワとした感覚は。まったくわからない。欠伸や吃逆を自由に出せるようになれ、とでも言われた方がまだ理解できる。しかも、体を動かすのはまた別の感覚なんだよなぁ。
シアはほとんどその場から動いていないので、まだよくわからない。まず立っている感覚がない。
あー、コレは自由に動けるのは、ずいぶん先の話になりそうだ。
すでにロアとオリビアとは決着したと考えていた油断と、少し先のことを考えられる余裕があったから、つい、身体を伸ばそうと、意識してしまった。
『!』
熱波の出るタイミングが僅かに遅れた。一拍ほどの短い時間だったが、確かなズレを見逃さずオリビアが動く。
「ミアはアレを回収!」
声に反応した影がロアの真下に移動する。トプンっとロアを飲み込み、そのまま洞窟の闇に紛れてスッと消えていく。
『ミア! 待ちなさい!』
闇に向けて吼える。後を追うように爆炎が走り、壁にぶつかると激しく破裂した。
「あははぁ! 桜雨捨」
オリビアが身を纏っていた水鎧の一部を細く高密度で射出してくる。胸や腕に突き刺さるが痛みなどは感じないが、追撃を邪魔された。
どうやら、ロアを飲み込んだ影は、先ほどから姿の見えなかったくノ一だったようだ。すでに、どこにいるか分からない。
『あー。逃げられた、かな?』
えっと、ごめん。
『まあ、ミアだけなら後で説得できるかも』
ミアの影を見失った暗がりを眺めながら、シアがなにやらひとりごつ。
「……あぁ、シア、あなた、そこにいるのね?」
『!』




