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サディスティックダンジョン〜洞窟がS?  作者: 知恵梟
奈落の洞窟篇

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奈落の洞窟篇 エピローグ

◇◆◇◇◆◇


 奈落の崩壊は大きな地震となって、タカヤの街に被害をもたらしていた。建物や街を囲む外壁が崩れて、怪我人も多く出た。しかし、幸いなことに、死亡者は出なかった。


 ホセリエル司教は、執務室で頭を抱えていた。

 地震被害への対応と報告書、震源地である奈落の洞窟周辺地域生態系の調査依頼。所属聖騎士の集団失踪と桜花の聖細剣紛失……。

 そして、ノムが邪教の間者であり、自分を含めて街の大多数がその術中に堕ちていた事実は、ホセリエル一人の責任ではもう取りきれない。

 

 せめてもの救いは、ノムに率いられてしまった聖騎士隊は、全員無事に戻ってきて、今は復興作業に従事してくれていることくらいだろうか。

 タカヤの街は知らぬ間に滅びる手前にいた。その事実に、ホセリエルは自責の念が絶えない。


「ユーリ隊長はホリエル大司教のところへ戻った頃だろうか……」


 すでに一通りの報告はされているはずだが、今回はあまりにも失態が大きすぎるためか、その沙汰が下るのに時間がかかっている。


「……そろそろ隠居先を探さねばなぁ」


 どこか地方の孤児院か教会などが良い。

 ホセリエルの心は、すでに遠方の地へ旅立つことになることも覚悟していた。


 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「……どうぞ」


 聖騎士たちが許可を得て入ってくるたびに、ホセリエルは気を張り、背筋を伸ばす。

 死刑宣告を待つ囚人の気持ちはこのようなものだろうかと、聖騎士たちの日次報告を受け取りながら、考えてしまう。

 ノムという聖騎士見習いを思い出す。なぜ、あんなにも信頼を置けたのだろうか。

 彼の畏まらない対応が、心地良かったのかも知れないな。

 今度から、扉は閉めずに開けておこうかと、ホセリエルは考えていた。


………

……

…


 ホリエル大司教はユーリとお茶を飲んでいた。ユーリがタカヤの街で買ってきた、ドライフルーツを一粒口に入れる。

 ミアがホリエルは甘いものが好きだ、と言っていたらしい。

 ユーリから一連の報告と一緒に受け取り、それならばとお茶受けにださせた。


「ふむ。悪くないな……」


 ユーリは緊張しているのか、動かなくなってしまったので、先に食べてみた。


「あぁ! まだ私が毒味をしておりません」

「お主が持ってきたものだろう? それとも毒を入れたのか?」


 ユーリはあうあうと、口ごもる。その反応を楽しみながら、もう一つ口に入れて、紅茶を飲む。


「冗談だ。お主は随分と分かりやすいな」


 ホリエルは窓から空を見上げる。


「鴉は、旅立っていったか。……鴉として育てられておったが、実は燕だったのかもしれんな」

「はっ、申し訳ございません。連れ戻すことができませんでした。この責任は……」


 真面目なやつだ。


「良い。私は鴉を救って欲しいと頼んだのだ。それと、お主も無事に帰ってくることも、だな。どちらも達成しておるではないか」

「!」


 ユーリは顔を真っ赤にして、熱い紅茶を一気に飲み干し、むせて咳き込んだ。


「それよりも、お主にまた頼みたいことがある」

「はっ!」


 ユーリは立ち上がり、両足の踵をつけ、背筋をまっすぐ伸ばし、命令を待つ体勢をとった。


「ああ、違う違う。実は最近、茶飲み友達が減ってしまったのだ。お主には、また、どこか出かけた時に、珍しいものを見つけて買ってきて欲しいのだ。そして、年寄りの話に付き合ってくれぬか?」


 ユーリはキョトンとしたあと、またすぐに直立不動の体勢をとった。


「はっ! この不肖ユーリ。ホリエル大司教のために世界各地を周り、珍味美食を集めてまいります!」


 ホリエルは笑った。


「ハハ。頼んだぞ。それでは、今朝、見た夢の話でも聞いてくれるか?」


 ホリエルは笑い、ユーリを席に座らせて、夢の内容を聞かせた。籠に入れられていた黒い鳥が、空を自由に飛び回るようになった夢を。


………

……

…


 俺は奈落の洞窟の入り口だった場所に立ち、地面に手を当てる。

 以前の入り口は埋まってしまったが、地中では今も掠奪蟻が土木作業を進めている。


 この洞窟で目覚めてから、まだ、それほど経っていないのに、それでも、俺の生きた中で、一番濃密な経験をした。いや、まだこれから増えていくだろう。


 立ち上がって手についた砂を払う。肩から斜め掛けにした鞄には、旅に必要なものがいろいろ入っている。天秤が刺繍されたその鞄は、見た目より多くのものが入るマジックバッグだ。


「準備できているか?」


 振り返って声をかける。

 眠そうな目をしたミアが、コクンと頷く。

 髪を後ろでまとめてポニーテールにしている。服は鞄に入っていたワッツのものを着ている。ほとんど同じサイズだったようだ。


 この間まで着ていたくノ一風の黒衣は、教会に保管されていた宝具だったらしい。ユーリに返してしまったので、今は着ていない。

 

「そろそろ、行こうか?」


 ミアはまた頷いただけだった。ここ数日、一緒に過ごしていて、本当に無口だなと感じた。

 俺はため息を吐く。


 これから二人旅だというのに。

 でも、うまくコミュニケーションをとっていかないとな……。


『ちがいまーすよー! 二人じゃないです! あたしたちもいます!』

『そうね。間違っているわ。そんなだと、いつか愛想を尽かされるわよ』


 二人の声が頭の中に響く。

 わかってるよ。外から見た様子の話だよ。


『……』


 もう一人も静かに抗議してきた。


 ロアとの決戦が終わったあの日を思い出す。

 気を失って、目が覚めたら俺の中にシア、ワッツ、コリーの三人がいた。


 ワッツの魂が俺に吸い込まれてしまいそうになるのを、救ってくれたのがシアと、コリーだった。俺にワッツの魂が取り込まれそうな瞬間、二人はワッツの魂を結界で守ってくれたのだ。そこからずっと三人が俺の中で話して、仲良くなっている。


 知らない間にルームシェアされた大家の気分だ。……まあ、賑やかなのも悪くない。


『捧げられた供物の中で、力ある者たちの能力を大魔霊が宿した』


 あのとき、シアはロアの言葉を聞いて、コリーの能力が俺に残っていないかを探していたそうだ。邪な力を封じる聖女の能力を。


 残念ながら、俺に聖女の能力は残っていなかった。しかし、シアはコリーの残滓があるのを感じた。そして、俺に寄り合わさっていた魂の中から、かき集めて、選り分けて、再構築を試みたそうだ。


 徒桜の聖剣で解放できなかったときの、次善策を探すためだったらしいが……。目の前のことしか見えていない俺は、素直にシアのことを尊敬した。


 魂は液体や気体みたいなイメージを抱いていた俺は、選り分けられるなんて考えてもいなかった。シアに言わせたら、魂は非常に細かな砂粒のようなものが集まっているらしい。

 完全に、とはいかなかったが、コリーの一部をまとめることに成功できたようで、それからのシアは毎日上機嫌だ。

 確かに俺の中にもう一人いるのを感じる。話はできないけど、感情が伝わってくる。


 ただし、ワッツとコリーの新しい体をすぐに作ることは、今の俺にはできなかった。

 ロアを徒桜の聖剣で斬るのに、大量の魔力が使われたからか、それとも魔力が暴走しかけた影響なのかわからないが、俺の魔力と魔素は激減しているらしい。身体強化も平均的な聖騎士ほどに落ち着いた。

 だから、シアが迷宮核(ダンジョン・コア)に戻るのも、お預けになっている。


『それなら、みんなで旅をしましょう!』


 ワッツが提案した。


『きっと世界を回れば解決策は見つかりますよ』

『……!』

『そうね。私も手伝うわ』


 コリーが同意して、シアも承諾した。


 ミアはユーリに前の職場に戻るよう言われていたが、断って、俺たちに同行する。


 蟻たちは、間もなく冬ごもりの時期だったので、そのまま寝かせることにした。

 春までには戻ってこれないだろうから、そこからは自由に生きるだろう。


「さあ、出発だ」


 最初の目的地は北にある大瀑布。

 ワッツ情報では、大きな滝は一度見ておくべき観光地らしい。温泉も食事も有名なら、日本人として、断る選択肢はない。

 俺の中でシアがニヤリと笑ったような感覚があったが、きっと気のせいだろう。見えないからな。


 楽しい旅になりそうだな。


『そうね』


………

……

…


 北の大地で魔女が笑う。


 お気に入りのお人形はいくつか壊れてしまったが、新しいおもちゃと遊び方を手に入れた。


 奈落の洞窟が崩壊する原因となった大魔霊の魔力暴走。オリビアはあの場から逃げる際に、その跡に生まれていた新しい迷宮核(ダンジョン・コア)を見つけ、持ち帰っていた。


 力強く鮮やかに紅く輝き、奥の方にネコの瞳のような模様が見える。


「新しいことを始める時は、いくつになってもドキドキするわ」


 魔女は楽しそうに独り呟く。


「そう思うでしょ? ねえ、ノムくん?」


 魔女の笑い声だけが響き続けていた。

 

……奈落の洞窟篇 完……

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