1-1『ようこそイーサ村』
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奈落の洞窟跡を出発した初日は、順調に歩みを進めた。洞窟跡周辺は木々や岩、雑草などで荒れ果てていたが、街道に出てしまえば、平坦な道をのんびり歩いていられた。
傍目にはミアとの二人旅。
実際には俺の中に元聖騎士のシア、行商人のワッツ、元聖女のコリーがいるので、五人のグループ旅行だ。
小柄なミアが前を歩いている。
彼女のポニーテールがユラユラと揺れているのを眺めていると、つい触りたくなってしまうが、それは罠だ。迂闊に触ったり引っ張ると、次の瞬間には首筋に刃物を突きつけられたりするのだ。だから、もうしない。
ミアは話しかけても頷くか首を振るか、返事をしても一言二言だけなので、俺が一方的に話しかけた。嫌われているわけではなさそうだが、なんとも素っ気ない。
対照的にワッツは俺の話に相槌を返してくれるし、この世界の常識を教えてくれたりもする。話を膨らませるのがとても上手い。
ただし、ワッツとの会話を楽しみすぎると、ミアがむうっと膨れ出し、シアに怒られてしまう。コリーは話せないが、感情をダイレクトに伝えてくる。気の利かない男で御免なさい。
だから、適度に全員に話題を振って、ミアにその内容を共有することで、話を続けた。
ミア、シア、コリーの三人のことも少し教えてもらった。もともと別々の迷宮核として生まれたが、それぞれの迷宮をオリビアに攻略され、彼女が作った人形に宿らされたそうだ。その時、一緒に作られたので、義姉妹という関係になったらしい。
三人の中ではミアがお姉さん。シアが真ん中。コリーが下らしい。ここで、ミアがお姉さんには見えないな、とは決して口に出してはいけない。それくらいは俺でもわかる。口は災いの元だ。
以前は旅をしながら商売をしていたワッツは、旅先案内人として意気込んでいた。携帯食の準備や野宿場所の確保など、的確にアドバイスしてくれる。その日は、簡易テントの中で暖かい毛布に包まって眠った。
日が昇る前に、ミアが俺を起こしにきた。
瞼を擦りながらテントから出ると、冷たい空気が鼻腔をくすぐる。
山脈から昇る朝日が見えた。金や白色の光が山の稜線を浮かび上がらせている。次第に明るくなるにつれて、山々の鮮やかな紅が輝きだした。
ミアの姿は逆光でよく見えないが、幻想的な光の中にシルエットも浮き出して見える。
その手にはスプーンとお皿を持っていた。
「……お腹、すいた」
……夜番お疲れ様でした。
俺は幻想的で雄大な自然の景色を見た感動の余韻を脇に置いて、朝食の準備を始めた。
………
……
…
紅葉した山々を眺めながら、歩き続けて三日目。山の麓に村が見えてきた。近づくにつれて紅葉の絨毯が深くなっていった。
村の入り口には幟旗が立てられていた。
ワッツによると『ようこそ! イーサ村』や『お土産に人魚焼き!』『元祖!河童焼き!』、『温泉付き宿はすぐそこ』などと書かれているらしい。まるで、日本の観光地のようで、笑ってしまう。
人はまばらながら、村の住民ではなさそうな人が目立つ。実際に、この村は温泉が多く、地方からわざわざ足を伸ばす観光客も多いらしい。それなりに地位のある身分の人も、お忍びで泊まりに来るそうで、治安は悪くなさそうだった。
『滝は聖騎士の修練場でもあるから、遠征のついでに寄ることもあるわ。だからこの村には盗賊なんかもあまり近寄らないの』
シアが俺にも滝行を勧めてくるが、丁重にお断りした。寒いのはちょっと遠慮したい。
この世界は、ところどころに和風なところが混ざるな。もしかしたら、日本から召喚されるのって、よくあることなのかな? そこから文化が混ざったのかな?
巫女服のオリビアが、魔女と呼ばれていたのは、どこか間違っている気もするが。
土産屋の店頭に並んだ人魚焼きと河童焼きは、どちらも蜂蜜を使った蒸しパンのようだった。
どこが人魚と河童なのかと思っていたら、お店の人が「焼印が入っているよ」と教えてくれた。それは、ちょっと、がっかりだよ。
とりあえずそれぞれ一つずつ買う。
ワッツからもらった生活費をありがたく使わせてもらった。
「こんな山に人魚や河童がいるんですか?」
「あー、いるとも。人魚様は大瀑布の滝壺に住んでいて、月が綺麗な夜なんかに歌を歌っているぞ」
人魚って海に住んでるんじゃないんだな。
お店のおじさんが蒸し器の中から、人魚焼きを取り出して俺に渡してきた。どうやらお土産用とは別に、その場で食べる用があるらしい。
人魚焼きには、月に向かって歌う髪の長い人魚の焼き印が押されていた。実物も絵になりそうだ。
二つに割ると湯気がフワッと顔に当たる。蒸しパンの甘い香りがなかなかうまそうだ。
半分をミアに渡す。
「河童は襲ってくるから、滝まで行くなら気をつけな。最近は寒くなってきたから、減ってるはずなんだが、もし寝てるやつを見たらそっと離れなさい」
河童が寒くなると減るというのは、冬眠でもしているのだろうか?
おじさんにお礼を言いながら、河童焼きを受け取る。店先の椅子に腰掛けて食べることにした。
河童焼きには、恐ろしい顔をした河童の焼き印が押してあった。目が鋭く口が裂けて、長い舌を伸ばしている。尻子玉を抜かれるどころではなさそうだ。
こちらも二つに割って、ミアと半分こにする。
人魚焼きも河童焼きも、どちらもフカフカして素朴な味がする。美味しいが、喉が渇いたので、おじさんにお茶も注文する。
ミアはすでに食べ終わっていた。お腹が空いていたのかな?
ミアが俺の袖をクイクイと引っ張ってきて、お店の外の岩を指差していた。人魚と河童の伝説が書いてある石碑のようだった。
昔 一人の美しい女がいた
その美しさに河童が恋をして
ある月の夜に攫ってしまった
女には将来を誓った 尊き身分の男がいた
男は兵を引き連れて 河童の洞窟へ向かった
悪しき河童を退治して 女を救ったが
女は河童の呪いで 人魚にされていた
男は嘆き 悲しみ 滝壺へ自ら身を投げた
女は呪いのせいで 後を追うこともできず
今でも貴族を想い 月の晩に歌っている
「へー。こんな伝説があるんだな。でもこの伝説だと、お土産に河童は売れないんじゃ……」
『河童焼きの方が、ちょっとだけ生地に練り込まれているハチミツの量が多くて、美味しいらしいですよ』
ワッツが教えてくれた。
言われてから食べ比べることで、やっと気付く程度に違いがある。
なるほど。営業努力だなぁ。
『……!』
コリーが先ほどから憤りの感情を表している。悲恋の物語が許せないのだろうか。具体的に言葉を紡げないから、余計に強く感情をぶつけてくる。
河童を見つけたら、なるべく倒した方が良いだろうか。それとも、自重した方が良いだろうか。
以前、奈落の洞窟では蟻を無闇に倒してしまい、生態系を狂わせたこともあるので、慎重にいこう。……あの時は、シアの策略だったけど。
河童は他の地域だとマーマンとも呼ばれる敵性生物らしい。すぐに増えるので、倒せるなら倒してしまって良いと、お店のおじさんが話してくれた。
ついでに滝への道順を教えてもらう。
「滝の近くには美人な管理人がおるが、あまりちょっかいはかけるなよ。あとで痛い目に遭うぞ」
店のおじさんはシシシと笑う。
お店の奥からおばさんが睨んでいた。きっと、おじさんは、ちょっかいをかけたのだろう。
今から向かうと日が暮れてしまうので、近くの宿で休むことにした。
◇◆◇
人魚は月を見上げて歌っていた。
この滝壺に住むようになって八百年も経つ。
懐かしさは少しだけ薄れてしまった。
焦りにも似た、会いたいという気持ちは募る。
あの人間だけは許せない。
怒りはまだ燻っている。もうすでに復讐は果たされたとはいえ、いや、それ以上報いを与えられないことにより、より強く恨みは残ったのだ。
約束の時はまだ先だ。
約束が果たされたら、この呪いのような感情に苛まされることもなくなるのだろうか。
大瀑布の迷宮核は答えない。
人魚は一人、月に向かって今夜も歌い続けた。




