4-8『解放』
◇◆◇◇◆◇
ワッツが俺に聖剣を差し出す。
俺は手を伸ばし受け取ろうとした。
『近寄るな! 憤懣の炎ぁ!』
一瞬の静寂の後、閃光と衝撃波がワッツを貫き、洞窟の壁まで吹き飛ばす。ミアとユーリも吹き飛ばされ、動かなくなった。
ワッツ! ミア! ユーリさん!
刹那ほど遅れて灼熱の業火が辺りを包む。
『ク、クククハハハハッ。焦らせおって絶対に近付けさせはせぬぞ!』
だまれ! 往生際のわるい。
右足も切り取ったらもう動けないだろ!
ぜったいに許さないからな。
『……そうだな。ここでわしの命運は尽きるかもしれんな』
いきなり観念した?
それなら出ていってくれ。みんなを早く治療しないと。
『不要じゃよ。どうせ皆、死ぬのじゃから』
何を言っている!
『クハハハ、どうせ死ぬのなら、道連れは多い方が良い。今からお主の魔力全てを暴走させてやろう。少なくともこの近くの街や村、うまくいけば王国まで滅ぼすことができるじゃろう』
ふざけるな!
『そして、お前が殺した者たちの魂は、全てお前が喰うのだ。さすがの大魔霊でも、それだけ喰えば自我を保つことは難しかろう。世界を滅ぼす力を持ったお主は、魔神と呼ばれる存在になる……そこまできたら、ワシもその姿を見ることは叶わぬだろう。残念じゃが……』
待て、早まるな!
『ククク、ではそろそろ終わりにしよう。良い終焉を……ククク、クハハハハハハッ!』
ロアの笑いが頭の中で響き続ける。
ドクン、ドクンと心臓の鼓動が早くなる。
俺の体の奥で、何かが溢れるように湧き出している。
くあっ!
俺の体から、波紋のように衝撃波が広がる。周りの瓦礫が吹き飛ばされる。
「……エガさん、ごめんなさい。今いきますから」
ワッツが立ち上がる。
体中に火傷を負い、ボロボロになりながら、それでもこちらに向かってこようとしている。
逃げろ! 近づくな!
衝撃波がワッツを吹き飛ばす。
それでも、這いつくばりながら、聖剣を脇に挟み、ズルズルと近付くことをやめない。
逃げてくれ。……頼むから。
「……エガさん、あたしは、嘘をついていました。一端の商売人とか自負していましたが、どうやら、超一流みたいなんです。だから、請け負った仕事は、必ずやり遂げるんです」
衝撃波が幾度もワッツを襲う。
体中から出血し、おそらく折れている手足を、それでも前に動かしながら、彼女は進む。
「……それで、対価も必ずもらうんです。今回は、危険手当も、ついちゃいますからね。……払えない、なんて言わないで、くださいよ?」
止まれ! 止まれよ、くそ! 魔力なんてどうしたら止まるんだよ!
ワッツ、止まれ! 頼むから……。
「……でも、すみません、ちょっと、遠いですが、ここまで、です……」
ワッツが聖剣を俺に差し出す。そのままの姿勢で、力無く、息絶えた。
あ、あぁぁああ!!!
俺は、腕を伸ばし、聖剣を受け取った。
ァァァアァァァ!
徒桜の聖剣が、その刃で斬るべきものを斬り裂ける姿へと、自らを変化させる。
ウォオアァァアァァァァァァ!!
自分の喉元から脳天に向けて、俺は、聖剣を突き上げた。
『グァァァァァアァァァ……ぁ』
ロアの断末魔の叫びが、脳を揺さぶる。
それまでで一番強い衝撃波が走り、奈落の洞窟だけでなく、離れた地域にまで広がってゆく。
崩れる洞窟の中で、俺は膝をつき、うつ伏せに倒れているワッツの頬に触れる。まだ温かい。
「──剣を、シアの細剣を……」
俺が周りを探そうとした時、ワッツの体から、キラキラと柔らかく光る何かが、ふわっと抜け出すのを見た。
それは漂うように、俺の方へ向かってくる。
『お前が殺した者たちの魂は、全てお前が喰うのだ』
ロアの言葉を思い出す。
「い、嫌だ。だめだ! 戻れ! くるなぁ」
振り払おうとしても、触れることができない。
俺は涙を、止めることができなかった。
『情けない顔してるんじゃないよ。せっかく、格好つけたんだから、最後までピシッとしてなさい。……あとは私たちにまかせて、少し休んでなさい』
シア?
私たち?
俺はシアの声に少しだけホッとする。ワッツから抜け出たキラキラする温かい光に包まれながら、意識は遠のいていった。
目を瞑る直前の一瞬だけ、シアと、シアに似た誰かの、姿が、光を抱きしめて、包み込むのが見えた。




