4-7『桜花と徒桜』
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目を開けても、世界は真っ暗だった。
いや、見えているはずなのに、理解ができない。認識できない。
俺はここで何をしているのだろう?
クカカカと気味の悪い笑い声が聞こえる。
いや、これは俺が笑っているのだ。
そうだ。あの時、ロアが黒い煙に包まれて、突然ロアの声が頭に響くようになった。
そして、シアたちを攻撃してしまった。
少しずつ意識が遠のいて、まるで白昼夢を見ているようだ。
シアが俺を睨んでいる。怒っているのかな。それはそうか。シアを、ミアも傷つけてしまっているのだから。
なんとか動きを止めたいけど、止められない。破壊衝動に、嗜虐心に、この世の全てに対する嫌悪感に抗えない。
なぜ勝手にこんな世界へ連れてきた。なぜ俺の自由を奪う。なぜ利用しようとする。嫌だ。嫌いだ。ロアも、オリビアも、シアも、ミアも、義父も、母も、父も……王族も、教会も、同志も、神も、みんなみんな……。
なぜ認めない。力ずくで認めさせてやろう!
なぜひれ伏さない。引きずり倒してしまえ!
なぜ否定する。身の程を知るが良い!
さっきから嫌なことばかり考えてしまう。嫌なものを壊せることが嬉しい?
口元が歪な笑顔を作る。
俺を利用しようとした奴らに復讐して、何が悪いんだ? 自業自得だ。奴らに罪悪感なんてない。なら、俺にも必要か?
これからは、俺が好きなようにさせてもらおう。誰でもいい。まずは、この苛立ちを目の前の人間を甚振って抑えなければ。それで、少しは溜飲も下がるだろう。
しかし、優しい俺は慈悲を与えてやることも吝かではない。
だから──
「『さて、両手両足を捥いで飼ってやろうか、供物として我が魂の一部に加わるか、どちらか選ばせてやろう』」
シアを舐めるような目で見る。
「あなたとなんて、どちらもごめんよ……」
シアが静かに、歌いはじめた。懐かしく、どこかで聞いたことのある詩を口ずさむ。
「……人身御供?」
ユーリが亡者に抑え込まれた体勢のまま、顔を上げて呟く。
「ロア、あなたを、追放するわ」
シアの体から溢れた光に照らされて、周りにいた亡者たちが灰のように崩れていく。
同時にシアの体も煌めく光の粒子となって、俺の体を包み込んできた。
「『何をする!』」
纏わりつく粒子を振り払う。しかし、触れもしない。痛みもない。少しだけ心地の良い温もりがある。
止めろ。これは嫌だ! また眠らせる気か?
「『やめろおおぉぉぉぉぉ!!!』」
大魔霊の咆哮が洞窟全体を震わせて、崩落や地割れを引き起こす。ミアやユーリが瓦礫に埋もれていった。
俺の視界もだんだんと暗く、見えなくなっていった。
………
……
…
『……エガ、あなた何をしているの?』
暗闇の中、シアの声が頭に響く。
あぁ、シアか。
なんだか、すごく嫌な夢を見ていたみたいだ。でも、まだすごく眠たいんだ。悪いけど、少し寝かせてくれ……。
『起きなさい! エガ!」
シアの声が頭に響く。
『眠れば良いではないか。無理に起きる必要などない。あとで起こしてやろう……』
力強く優しい誰かの声が、囁く。
あぁ、ありがとう……。そうさせてもらうよ。
『ダメよ! 起きなさい!』
シアは相変わらず厳しいなぁ。あとで、ちゃんと起きるって……。
片目を開けると、目の前に桜花の聖細剣の切先が見えた。
……おい、何するんだよ、危ないじゃないか。
『エガ、あなた現状を理解できてる? しっかり目を開けなさい!』
無茶を言うなよ。瞼がとても重たいんだ。右目なんてピクリとも開かない。
『片目でもいいから! このままじゃロアに全て奪われるわ!』
渋々と、左目を開ける。
聖細剣の刃に、俺の姿が反射している。
俺の顔に、ニヤニヤと不気味に笑うロアの顔が重なっていた。
う、うわっ!
『ククク、意識が戻ったか。しかし、もう遅いわ』
ロア? お前、俺の中にいるのか? 出ていけ!
『喚くな。往生際のわるい奴め。ふん。まさかワシ以外にも、自ら魂を食わせていた奴がおったとは……』
シアの魂? 確かに合流したことある。
『しかも、人身御供だと? 聖女の祈願魔法とは。それで自らを保っているのか。おもしろい。しかし、長くは持たんぞ?』
シア、どこにいる?
どうしたら良い?
……シア?
『ククク、もう意識も消えかかっとるんじゃないか? 小僧にわざわざ別れを告げにきたか……』
そんな! シア起きてくれ! 俺を起こしにきたんじゃないのか? お前が消えてどうする!
『……うる、さい!』
目の前に浮いていた聖細剣が、一閃して俺の左腕を斬り落とした。
『グアッ!』
──イッッだい!
『我慢しなさい。私も痛いわ。それに、寝てたわけじゃない。硬すぎる鎧を剥がしてたのよ。全ては無理でも、一部なら私でも制御できるわね』
そこを斬るのよ、とシアの考えが伝わってきた。
『バカな。自ら死ぬ気か? なぜ聖剣が勝手に動く?』
『知っているでしょ。聖剣の迷宮核はまだ生きているのよ。エガをこの体に移す時、どうも、ちょっと、混ざっちゃったみたい』
混ざっちゃったって、そんなに簡単に混ざるものなの?
『それに、死ぬ気はないわ。桜花の聖細剣は癒しの能力を持っている。エガの魔力と合わせれば……ほら、見なさい』
斬れてなくなった左腕の先が、モコモコと生えていく。何これ、気持ち悪い。
『……エガ、私はこれから鎧を剥がすことだけに集中するわ。話すことはできない。だから、あなたは……』
何もするな、か?
『バカなこと言ってないで! ここからは、自分で考えて、答えを見つけて、なんとかしなさい!』
千尋の谷どころか、奈落に落とされた気分だ。
『グズグズしてたら、また取り込まれるわよ。その時は、きっと私も。だから、ちょっとは格好良いところ見せてみなさい!』
そう言って、シアは沈黙した。
なんとか、と言われても、俺は左目しか動かせない……ん?
左腕が動く。生え変わったからか?
『……貴様ら、正気か?』
俺は左手を伸ばして、聖細剣を掴む。
我慢くらべか……。正気じゃ無理だろうな……。でも、やるしかないんだろ?
俺は左足を刺す。
『グゥ』
ギァァガぁ、グァううう。
あまりの激痛に、俺は足から剣を引き抜く。すると、傷口がスーッと消えていった。
あっ、切り落とさないとダメなやつ?
やばい、無理だ。これは無理だ。無理だよ。ムリだ──あぁぁアァァァァァァ!
『ぐぁ!』
ァァァ、イダい、痛い、痛い、痛い!
左足が斬れてバランスを崩して倒れる。モコモコと足が生えていくのを感じる。
つ、次は……。次、は?
次は……もう無理だ。
『……ククク、お主、分かっておるのか?』
何が、だよ?
『どんなに強力な回復能力を持っていても、その前に、死んだら意味がなかろう?』
分かってるよ。
『もし、腕や足を斬り落とせても、最後は首か? 落とせるのか?』
……あ。無理。シア、これ無理だ。
首を落とさないと、ロアを切り離せない。
「──エガさん! 無事ですか? ここで何が!」
ワッツの声がした。そんな、なんでここにいる? 幻覚か?
『供物が自ら現れるとは……』
な! バカ、やめろ。
『こっちだ、助けてくれ』
「エガさん!」
ワッツが駆け寄ってくる。
右腕がワッツの首を掴む。
「か、はッ……エガ、さん?」
放せお前ぇ!
右腕を斬り落とす。
『グヌぅ。食事の邪魔をするな!』
ズダン!っと右足がワッツを蹴り飛ばす。
ワッツは壁に叩きつけられて倒れた。こちらを見る顔が恐怖で震えている。
「……エガ、さん、じゃない?」
そうだ、逃げろ!
「……いえ、エガさんですね。あたしは大丈夫です。エガさん、何かあったんですね。あたしに何かお手伝い、できますか?」
ワッツは、よろよろと立ち上がり、一歩一歩、こちらに向かってくる。
『ククク、なかなかうまそうではないか! この体で初めての食事だ。味わおうではないか』
黙れ!
考えろ! 思い出せ! シアはなんて言っていた? 答えを見つけろだ。なんとかする方法はある!
視界の端で、地面に刺さっている徒桜の聖剣が淡く光った気がした。……あれだ!
俺は片足でそちらに向かおうとするが、うまくいかず、倒れる。手を伸ばしても届かない。
右足も斬らないと……。
そう思っていたら、ワッツが足を引き摺りながら走っていく。
「アレですね! お任せください!」
『させるか! 亡者の行進!』
地面が漆黒の沼へと変わり、数多の亡者が這い出てきて、ワッツの足を掴む。
──ザンッという音がして、地面の影からミアが現れて、亡者の腕を斬り落とす。
ミアがワッツを見て、コクンと頷く。
足止めをする。そう聞こえた、気がした。
ワッツも頷き、聖剣まで走った。
地面から聖剣を抜いて、振り返る。しかし、俺との間には無数の亡者の群れがいて、ワッツでは近寄れない。
「……貸しなさい」
ガラガラと、瓦礫の下からユーリが這い出てくる。両足が潰れて立てないようだ。
ユーリはワッツから聖剣を受け取ると、横薙ぎに振り抜いた。見えない斬撃が亡者を一閃し、キラキラと灰に変えていく。
「一般の方にお任せするのは心苦しいのですが、届けてくれますか?」
ワッツに聖剣を託す。
「承りました!」
ワッツが俺に向かって走り出す。
『今更そんなナマクラで何ができる!』
ロアも気付いてるだろう。声に焦りがある。
徒桜の聖剣は使い手の魔力を超える力は斬れない。だから、ユーリに俺とロアを切り離すことはできなかった。
でも、俺が俺を斬ることはできる。
自信はなかったが、ロアの焦りを感じることができるなら正しいだろう。
ワッツが俺に聖剣を差し出す。
これで終わらせる!
『近寄るな! 憤懣の炎ぁ!』
一瞬の静寂が辺りを包んだ……。




