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サディスティックダンジョン〜洞窟がS?  作者: 知恵梟
奈落の洞窟篇

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4-6『追放』

◇◆◇◇◆◇


「あなたが魔神官ロア? あなたが死ぬのは一向に構いませんが、今ここで罪を告白してから逝きなさい」

「クハハハ。罪? そんなものを語れば、教会の禁書庫が埋め尽くされるであろう。まあ良い。魔女も聞いておけ」


 俺は聞きたくないのだが、この場を仕切る方が聞いてしまったら、仕方ない、よね?


「覚えておくが良い。大魔霊の真価はその魔力量ではない。そんなもの、燃費の悪い彼奴は、存在するだけで、いつか使い果たす」


 ロアはオリビアに語る。先達が後進を導くように、その経験を諭す。


「大魔霊は数多の霊体が寄り合わさることで、より強大な力を持つ。彼奴は霊体を取り込む能力が、他とは比べられぬほど強かった……」


 ロアは語り続ける。


「召喚直後はどれだけ生贄を捧げても、ほとんど反応がなく、ただの無駄飯食らい。それも底なしのな」


 すごい言われようだ。

 無理やり呼び出しておいて、無駄飯食らいはないだろう。


「眠らせた状態で、幻覚や魅了といった魔術を使い、特に其奴の怒りを利用することで、操ることは可能になった。……暴走させるくらいしか出来んかったがな」


 人の体でなんの実験をしてくれてるんだ。

 ユーリさん、犯人この人です。


「しかし、ワシはある日、気が付いた。捧げられた供物の中で、力ある者たちの能力を大魔霊が宿したことに……」


 犠牲になった方の魔法や特技を使ったのだろうか?


「だから、ワシは、ワシ自身の魂の一部を喰わせてみることにした」


「──は?」


 あまりにも意味不明な言葉に、声が出た。

 思考がおかしい。自分の魂を、一部とはいえ生贄にするなんて、どこの狂人だ。まさに邪教の神官だよ!


「大魔霊と魂が繋がったことで、ワシの命令が届くようになった。ワシの魂が他と混ざらぬようにするのは、骨が折れたがな。誤算があるとしたら、一度でも大魔霊と繋がれば、二度と切り離すことはできなかったことよ」


 え? つまり、まだロアと繋がってる?

 ……もしかして、シアと今でも感覚が共有されている理由も、同じだろうか。


「ワシが死ねば、この身に残っている魂も、全て残らず大魔霊に取り込まれるだろう……。しかし、ワシならば、その意識を乗っ取ることもできる!」

「!」


「……残念ですが、あなたが大魔霊に取り込まれる前に、私がその繋がりを断ちますよ?」


 ユーリさん! お願いします!


「クハハハ、無理じゃよ。その剣のことはよく知っておる。この繋がりを断つには、お主に大魔霊以上の魔力が必要じゃ」


 ユーリは唇を噛む。

 その表情に、断ち切ることはできないと悟った。

 もし、たとえ今、ロアを治療して延命させたとしても、いつか限界が来る。その時、俺は、ロアになるのだろうか? 待てよ……。


「俺の燃費が悪いなら、魔力を使い果たしそうな時に断ち切って貰えば良いんじゃないか!」


 俺は思わず叫んだ。自分でも感心するアイデアだと思うが……。


「ククク。なかなか頭の回る小僧がおる。その通りよ。しかし、無理じゃな。我が命の灯火は間も無く尽きる!」

「──ミア! 桜樹の雫を!」


 ミアが桜花の聖細剣をシアから受け取って走る。


「ククククッ、では、またすぐに……」


 ロアの体から黒い煙が噴き出し、その姿を隠す。黒い煙は5ミリにも満たない、小石ほどの小さな餓鬼の集まりだった。

 小さな口があり、黒い牙をカチカチと嚙み鳴らしていて、近付こうとしたシアを威嚇している。

 黒い煙の中から聞こえていた、ロアの笑い声が小さくなり、間も無く止まった。


 黒い煙はだんだんと薄れ、後には何も残っていなかった。


 シアとミアが俺の前に背を向けて立つ。

 ユーリはその場で、俺に聖剣を向けている。

 オリビアはクスクス笑っている。


 何も起こらない。

 さっきのはロアのハッタリで、実は何も起こらないとか、ないかな?

 誰も何も話さず、静かに時間だけが過ぎていく。


「……何も起こらな──」


 呟いた瞬間、心臓がドクンと大きく鼓動した。

 力が、溢れる?


『──ククク、知らぬ小僧かと思っておれば、外見が変わっておったか。中身が同じなら良い。今ならこの力、存分に振るうことができる』


 頭の奥でロアの声が響いた。


「みんな逃げ──『憤懣の炎《インディグネィション・ファイア》』て!」


 俺の口から、俺ではない声がした。

 心臓がドクンと一拍鳴る。閃光と衝撃波がシアとミアを後ろから貫き、洞窟の壁まで吹き飛ばした。心臓がドクンと鳴ると、灼熱の業火が辺りを包んだ。


「クカカ! 『シア! ミア!』──焼かれた借りは返したぞ」


 俺とロアが同時に存在している。言葉が、思考が重なる。気持ちが悪い。


 ユーリが聖剣で衝撃波と業火を断ち切り、低い姿勢から突き上げてくる。


「逃『邪鎧(イビル・アーマー)』……げて」


 ドクンと心臓の鼓動が大きく脈打ち、体から湧き出た黒い煙が、ユーリの聖剣を受け止める。


「斬れ『ぬじゃろ? これがその剣の欠点じゃよ』」


 ニヤリと笑う俺の顔を見て、ユーリは後ろに飛んで距離を取った。

 今、俺が喋っていた?


「『その剣は使い手を超える魔力を斬れん、ナマクラよ』」


 俺の体に纏わりつく黒い煙が、餓鬼玉が、自ら吐き出した強酸で自滅していく。俺の肌を焼き、全身に激しい痛みを感じて、俺は吼えた。


 餓鬼の死骸が硬質化して、俺を黒く染めていく。心臓の音がドクン、ドクンと頭の奥に響き渡る。うるさいうるさいうるさい。


 俺とロアの、言葉と思考が、重なる。


 視界の端にいたシアが、距離を一瞬で詰めて切り掛かってくる。しかし、俺の黒い皮膚は、一筋の傷さえつかない。脳天から突き刺してきたミアの攻撃も同じこと。

 無駄なことを悟れぬ愚者に拘泥することなど……。


「『──煩わしい。亡者の行進(デスパレード)』」


 俺を中心とした地面が漆黒の沼へと変わり、数多の亡者が這い出てくる。シアの足や腰、腕を掴んで沼の底へと引き摺り込もうとする。

 ミアは天井へと逃れた。


「ここは引きますよ!」


 ユーリが迫る亡者を切り倒しながら叫ぶ。

 逃がすと思っているのか?


「『黒雨(ブラックレイン)』」


 天井から黒い雨がシトシトと降りだした。

 真っ先に雨に濡れたミアは、濡れた箇所が痺れ出したのを感じた。

 影に潜ろうとしたが、バランスを崩して、天井から落ちて亡者たちに捕まる。

 ユーリも聖剣を持つ腕が痺れた隙に、亡者に纏わりつかれて、黒い沼に引き倒される。


 シアは俯いたまま、身動き一つしていない。


「『さて、両手両足を捥いで飼ってやろうか、供物として我が魂の一部に加わるか、どちらか選ばせてやろう』」

「あなたとなんて、どちらもごめんよ……」


 シアが静かに、歌いはじめる。


 彼女を想い 私は旅立つ

 私を想い 彼女は旅立つ

 男神は想わず 女神は憐れむ

 いざ神の御許へ

 

 大地は裂けて 桜花は咲かず

 寂しさ嘆いて 王者は堕落

 男神は笑わず 女神は奏でる

 いざ神の御許へ


「……人身御供(サクリファイス)?」


 ユーリが亡者に抑え込まれた体勢のまま、顔を上げて呟く。


「ロア、あなたを、追放するわ」


 シアの体から光が溢れて、煌めく粒子となって崩れていった。


◇◆◇


 ワッツは走った。道なき道を。

 ハーフリング特有の小さな体は、障害物を潜り抜けるのには便利だが、どうしてもスピードが乗らない。そのことに悔しさを感じながら、それでも立ち止まらずに走り続けた。


 遠距離連絡用の魔道具が隠されたその場所は、奈落の洞窟から、そう遠くない距離にあった。

 攻略された迷宮核(ダンジョン・コア)を加工して作られた、魔道具は、街と街の間や、重要な拠点の近くに隠されている。一部の人間だけが、その場所を知っている。

 上澄と呼ばれる冒険者ならば、ギルドとの伝達手段として貸与される場合もあるが、貴重な代物で、緊急連絡用に設置されているため、場所を知らされる者は限定されているのだ。


 ワッツはそれを使用して、シアに頼まれた物品を手配した。私的利用で懲罰の対象になるかもしれないが、聖騎士隊の活動や奈落の異変が起こり得る情報も伝えたから、おそらく許される。


「ふふん。用事を済ませて戻るのなら、文句はないはずです!」


 ワッツはほくそ笑む。契約の隅をついて大儲けしたときのような、してやったり、という顔をしていた。


 それでも、胸騒ぎがする。早く戻らないといけないと、気持ちばかり焦る。非力な自分がいたところで、役に立たないどころか、足を引っ張るかもしれない。


「それでも、それでも!」


 ワッツは走る。

 小型犬ほどの蟻が、少し前を伴走している。危険があれば止まって合図を出してくれる。だが、今はない。だから、ワッツは止まらない。

 途中で鞄から水薬を取り出して、飲みながら走る。水薬はまだある。まだ走れる。明日は動けないかもしれない。でも今日はまだ動ける。

 

「あたしを仲間はずれにしようったって、そうは問屋が卸さないですからね!」

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