4-6『追放』
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「あなたが魔神官ロア? あなたが死ぬのは一向に構いませんが、今ここで罪を告白してから逝きなさい」
「クハハハ。罪? そんなものを語れば、教会の禁書庫が埋め尽くされるであろう。まあ良い。魔女も聞いておけ」
俺は聞きたくないのだが、この場を仕切る方が聞いてしまったら、仕方ない、よね?
「覚えておくが良い。大魔霊の真価はその魔力量ではない。そんなもの、燃費の悪い彼奴は、存在するだけで、いつか使い果たす」
ロアはオリビアに語る。先達が後進を導くように、その経験を諭す。
「大魔霊は数多の霊体が寄り合わさることで、より強大な力を持つ。彼奴は霊体を取り込む能力が、他とは比べられぬほど強かった……」
ロアは語り続ける。
「召喚直後はどれだけ生贄を捧げても、ほとんど反応がなく、ただの無駄飯食らい。それも底なしのな」
すごい言われようだ。
無理やり呼び出しておいて、無駄飯食らいはないだろう。
「眠らせた状態で、幻覚や魅了といった魔術を使い、特に其奴の怒りを利用することで、操ることは可能になった。……暴走させるくらいしか出来んかったがな」
人の体でなんの実験をしてくれてるんだ。
ユーリさん、犯人この人です。
「しかし、ワシはある日、気が付いた。捧げられた供物の中で、力ある者たちの能力を大魔霊が宿したことに……」
犠牲になった方の魔法や特技を使ったのだろうか?
「だから、ワシは、ワシ自身の魂の一部を喰わせてみることにした」
「──は?」
あまりにも意味不明な言葉に、声が出た。
思考がおかしい。自分の魂を、一部とはいえ生贄にするなんて、どこの狂人だ。まさに邪教の神官だよ!
「大魔霊と魂が繋がったことで、ワシの命令が届くようになった。ワシの魂が他と混ざらぬようにするのは、骨が折れたがな。誤算があるとしたら、一度でも大魔霊と繋がれば、二度と切り離すことはできなかったことよ」
え? つまり、まだロアと繋がってる?
……もしかして、シアと今でも感覚が共有されている理由も、同じだろうか。
「ワシが死ねば、この身に残っている魂も、全て残らず大魔霊に取り込まれるだろう……。しかし、ワシならば、その意識を乗っ取ることもできる!」
「!」
「……残念ですが、あなたが大魔霊に取り込まれる前に、私がその繋がりを断ちますよ?」
ユーリさん! お願いします!
「クハハハ、無理じゃよ。その剣のことはよく知っておる。この繋がりを断つには、お主に大魔霊以上の魔力が必要じゃ」
ユーリは唇を噛む。
その表情に、断ち切ることはできないと悟った。
もし、たとえ今、ロアを治療して延命させたとしても、いつか限界が来る。その時、俺は、ロアになるのだろうか? 待てよ……。
「俺の燃費が悪いなら、魔力を使い果たしそうな時に断ち切って貰えば良いんじゃないか!」
俺は思わず叫んだ。自分でも感心するアイデアだと思うが……。
「ククク。なかなか頭の回る小僧がおる。その通りよ。しかし、無理じゃな。我が命の灯火は間も無く尽きる!」
「──ミア! 桜樹の雫を!」
ミアが桜花の聖細剣をシアから受け取って走る。
「ククククッ、では、またすぐに……」
ロアの体から黒い煙が噴き出し、その姿を隠す。黒い煙は5ミリにも満たない、小石ほどの小さな餓鬼の集まりだった。
小さな口があり、黒い牙をカチカチと嚙み鳴らしていて、近付こうとしたシアを威嚇している。
黒い煙の中から聞こえていた、ロアの笑い声が小さくなり、間も無く止まった。
黒い煙はだんだんと薄れ、後には何も残っていなかった。
シアとミアが俺の前に背を向けて立つ。
ユーリはその場で、俺に聖剣を向けている。
オリビアはクスクス笑っている。
何も起こらない。
さっきのはロアのハッタリで、実は何も起こらないとか、ないかな?
誰も何も話さず、静かに時間だけが過ぎていく。
「……何も起こらな──」
呟いた瞬間、心臓がドクンと大きく鼓動した。
力が、溢れる?
『──ククク、知らぬ小僧かと思っておれば、外見が変わっておったか。中身が同じなら良い。今ならこの力、存分に振るうことができる』
頭の奥でロアの声が響いた。
「みんな逃げ──『憤懣の炎』て!」
俺の口から、俺ではない声がした。
心臓がドクンと一拍鳴る。閃光と衝撃波がシアとミアを後ろから貫き、洞窟の壁まで吹き飛ばした。心臓がドクンと鳴ると、灼熱の業火が辺りを包んだ。
「クカカ! 『シア! ミア!』──焼かれた借りは返したぞ」
俺とロアが同時に存在している。言葉が、思考が重なる。気持ちが悪い。
ユーリが聖剣で衝撃波と業火を断ち切り、低い姿勢から突き上げてくる。
「逃『邪鎧』……げて」
ドクンと心臓の鼓動が大きく脈打ち、体から湧き出た黒い煙が、ユーリの聖剣を受け止める。
「斬れ『ぬじゃろ? これがその剣の欠点じゃよ』」
ニヤリと笑う俺の顔を見て、ユーリは後ろに飛んで距離を取った。
今、俺が喋っていた?
「『その剣は使い手を超える魔力を斬れん、ナマクラよ』」
俺の体に纏わりつく黒い煙が、餓鬼玉が、自ら吐き出した強酸で自滅していく。俺の肌を焼き、全身に激しい痛みを感じて、俺は吼えた。
餓鬼の死骸が硬質化して、俺を黒く染めていく。心臓の音がドクン、ドクンと頭の奥に響き渡る。うるさいうるさいうるさい。
俺とロアの、言葉と思考が、重なる。
視界の端にいたシアが、距離を一瞬で詰めて切り掛かってくる。しかし、俺の黒い皮膚は、一筋の傷さえつかない。脳天から突き刺してきたミアの攻撃も同じこと。
無駄なことを悟れぬ愚者に拘泥することなど……。
「『──煩わしい。亡者の行進』」
俺を中心とした地面が漆黒の沼へと変わり、数多の亡者が這い出てくる。シアの足や腰、腕を掴んで沼の底へと引き摺り込もうとする。
ミアは天井へと逃れた。
「ここは引きますよ!」
ユーリが迫る亡者を切り倒しながら叫ぶ。
逃がすと思っているのか?
「『黒雨』」
天井から黒い雨がシトシトと降りだした。
真っ先に雨に濡れたミアは、濡れた箇所が痺れ出したのを感じた。
影に潜ろうとしたが、バランスを崩して、天井から落ちて亡者たちに捕まる。
ユーリも聖剣を持つ腕が痺れた隙に、亡者に纏わりつかれて、黒い沼に引き倒される。
シアは俯いたまま、身動き一つしていない。
「『さて、両手両足を捥いで飼ってやろうか、供物として我が魂の一部に加わるか、どちらか選ばせてやろう』」
「あなたとなんて、どちらもごめんよ……」
シアが静かに、歌いはじめる。
彼女を想い 私は旅立つ
私を想い 彼女は旅立つ
男神は想わず 女神は憐れむ
いざ神の御許へ
大地は裂けて 桜花は咲かず
寂しさ嘆いて 王者は堕落
男神は笑わず 女神は奏でる
いざ神の御許へ
「……人身御供?」
ユーリが亡者に抑え込まれた体勢のまま、顔を上げて呟く。
「ロア、あなたを、追放するわ」
シアの体から光が溢れて、煌めく粒子となって崩れていった。
◇◆◇
ワッツは走った。道なき道を。
ハーフリング特有の小さな体は、障害物を潜り抜けるのには便利だが、どうしてもスピードが乗らない。そのことに悔しさを感じながら、それでも立ち止まらずに走り続けた。
遠距離連絡用の魔道具が隠されたその場所は、奈落の洞窟から、そう遠くない距離にあった。
攻略された迷宮核を加工して作られた、魔道具は、街と街の間や、重要な拠点の近くに隠されている。一部の人間だけが、その場所を知っている。
上澄と呼ばれる冒険者ならば、ギルドとの伝達手段として貸与される場合もあるが、貴重な代物で、緊急連絡用に設置されているため、場所を知らされる者は限定されているのだ。
ワッツはそれを使用して、シアに頼まれた物品を手配した。私的利用で懲罰の対象になるかもしれないが、聖騎士隊の活動や奈落の異変が起こり得る情報も伝えたから、おそらく許される。
「ふふん。用事を済ませて戻るのなら、文句はないはずです!」
ワッツはほくそ笑む。契約の隅をついて大儲けしたときのような、してやったり、という顔をしていた。
それでも、胸騒ぎがする。早く戻らないといけないと、気持ちばかり焦る。非力な自分がいたところで、役に立たないどころか、足を引っ張るかもしれない。
「それでも、それでも!」
ワッツは走る。
小型犬ほどの蟻が、少し前を伴走している。危険があれば止まって合図を出してくれる。だが、今はない。だから、ワッツは止まらない。
途中で鞄から水薬を取り出して、飲みながら走る。水薬はまだある。まだ走れる。明日は動けないかもしれない。でも今日はまだ動ける。
「あたしを仲間はずれにしようったって、そうは問屋が卸さないですからね!」




