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サディスティックダンジョン〜洞窟がS?  作者: 知恵梟
奈落の洞窟篇

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4-5『未決着』

◇◆◇◇◆◇


 幼い頃のユーリの首や手首には、物心ついた時にはすでに、鎖で繋がれていた。魔神を崇拝する邪教たちの奴隷の一人だった。

 布切れ一枚もない藁の上で、寒さと空腹に耐えながら、呪われた手錠を噛みちぎり、逃げ出す日を夢見ていた。


 転機が訪れたのは、それから冬を三回越えた春頃だった。空が白み始める少し前の時間に、揃いの鎧を着た聖騎士たちが、邪教のアジトを急襲した。自分を家畜として扱っていた者たちが、狼に襲われた羊のように、恐れ叫びながら目の前で散っていった。

 聖騎士たちを率いていた熟年の司教が、ユーリの前に現れて、その手に持った聖剣をユーリの首に当てる。ユーリは恐怖で目を瞑った。しかし、痛みがないことを不思議に感じ、恐る恐る瞼を開く。

 固く、どれだけ噛んでも叩いても、傷一つ付かなかった鎖が、まるで砂のように崩れていく瞬間を見た。朝日に照らされながら、キラキラと風に乗って、消えていく。

 ユーリはその時の幻想的な光景と、司教の優しい瞳を、今でも覚えている。


 数多くいる孤児の一人として、教会に引き取られたユーリは、聖騎士を志し、鍛錬を積み、その才能を花開かせてゆく。その後、数年も経たずに聖騎士見習いとして認められた。

 フープーは育った孤児院の名前だ。


 十数年が経過した頃、魔物や邪教の無体に苦しむ無辜の民、悪政に虐げられた弱者を数多く解放した聖騎士として、優しい瞳の大司教よりジャンヌの名を与えられた。

 

 数日前、ユーリはその大司教に呼び出された。

 鴉と呼ばれる諜報部隊の一人が、魔女に操られている。救ってほしい。そう頭を下げられた。


 幼き日に自分を救ってくれた元司教から、聖剣が手渡された。幼きユーリを縛っていた鎖を、断ち切ったあの時の聖剣を。


 徒桜の聖剣。

 魔力を消費して、目に見えない力を断ち切る。ただし、魔力の消費が大きく、常人であれば数度振るうと倒れてしまうため、長い教会の歴史においても使い手は多くない。

 魔力がそれほど多くないユーリにとっては、使いこなすことの難しい聖剣だったが、いつかは手にしたいと、密かに願っていた。


「このユーリ・ジャンヌ・フープー。若輩ながら大司教に救われたあの日より、大恩に報いることのできる日を夢見ておりました」

「……汝に『解放と自由』の称号を与える。……お主も必ず無事に帰れ。頼むぞ──」


 そう、私はあの方に頼まれたのだ!

 だから、神敵を討伐して、鴉を一羽連れて帰る程度の任務、軽くこなしてみせましょう!

 あの方の、ホリエル大司教の威光で、世界を照らす! そのために!


◇◆◇


「我は解放と自由の聖騎士、ユーリ・ジャンヌ・フープー! ホリエル大司教の導きにより、その怨嗟の鎖、今ぞ断ち切らん!」


 ユーリが聖剣で水蛇を切り付ける。

 水蛇は形を保てなくなったように、バシャアっと破裂して、地面に落ちた。


 一緒に叩きつけられた俺は、背中を強打し、痛みに悶える。呼吸ができることのありがたみを知る。

 

「ッブはァァ」

「うん、生きてるね。さてお次は……。あれが鴉かな」


 ユーリは、シアとミアが鍔迫り合っているのを見て、後ろからゆっくりと近付く。


「ははーん。魂に寄生する、蟲みたいなやつだね! ちょっと斬るから痛いけど、動かないでくれる?」

「あなた、いったい何を言ってるの?」


 オリビアが突然現れた、その聖騎士に疑問を投げかける。

 俺も知りたい。お前は誰だ?


「うるさい。神敵が私の前で口を開くな。すぐに浄化してやるから、待っていろ」

「あなたこそ、ここにはふさわしくないわ! 桜雨捨(おうす)!」


 オリビアの周りに浮いていた水の塊から、細く高圧の水を射出する。

 ユーリは高速で飛来する水を聖剣で斬る。


「無駄ですよ。その程度の悪足掻きなど! そこで黙って見ていなさい。あなたの呪いが、ホリエル大司教の威光により、容易く解かれる、その奇跡の瞬間を!」


 ユーリはミアの背中から、心臓を突いた。


「!」

「!」


 シアと俺の、声にならない叫び声が重なる。

 しかし、その瞬間、心臓を貫かれたミアの体が、一瞬眩く光りを放った。


 ユーリは聖剣を引き抜くと、ミアは糸が切れた人形のように、その場にへたり込んだ。


「お姉ちゃん!」「ミア!」


 シアと俺が駆け寄る。

 ミアは目を見開き、胸を押さえている。


「安心しなさい。この徒桜の聖剣は、見えない力を断ち切る時、その刀身も斬るべき対象と同様の力に変化します。だから、肉体に傷はありませんよ」


 ミアはシアと俺を交互に見て、コクンと頷いた。

 どうやら、オリビアの支配から解放されたらしい。いとも簡単に、一瞬で、あっさりと。

 シアなんて餓鬼に体を食い尽くされて、やっと得た奇跡のはずなのに。

 聖剣ずるい。ありがとう。


「そんな! そんなふざけたことがあるもんですか! ミア、そこの女を殺しなさい! 今すぐ!」


 ミアはオリビアを見た後、フイと顔を逸らした。オリビアがこれまで見たことがないほど狼狽えている。


「ダメよ、そんなのないわ! 何よ……」


 シアがゆらりと立ち上がる。

 その顔は怒りに満ち満ちていて、正直こわい。いつもなら美しいと感じるはずの碧眼が、今は目を合わせたら危険な猛獣のそれそのもの。フシューと口から蒸気でも吹き出しそうな様子だ。


「ああ、そこの神敵を罰するのなら、任せて良いかい? 実はここに来る直前にも、四十七人分の魅了を解いてきて、正直、疲れてたんだ」


 シアが頷く。


 四十七人分って、聖騎士たちの埋まっている農園に寄ってきたのか。収穫はしなかったのか?


「あらあらあら、シアちゃん。怒ると美人が台無しよ。まずは仲直り──」


 ズドンッ! という音がして、オリビアは壁に叩きつけられた。シアが目で追えないほどの速さで蹴りつけたのだと理解する。

 オリビアの上半身が、壁からズルッと落ちて仰向けの状態になると、何やらブツブツ独り言を言っている。


「嘘よ。だって、あんなの、あんまりな能力じゃない。わたくしの努力が、これまでの全てが、水の泡になるじゃない……」


 魔女の悪行も、ここで終わりだな。そう思うと哀れに感じてしまう……って、余計な考えは持たないようにしないと。また覆ると大変だ。


「ところで、ここまでの経緯を報告しないといけないから、君たちの話を聞かせてもらえるかな? なに、悪いようにはしないよ」


 おっと。まだ職質が残ってた。疑いも晴れてすぐに無罪放免……にはならないかもなぁ。村とか街とか、俺じゃないけど、滅ぼしてるみたいだし。そういえば、俺って討伐対象になってるのか? 見た目に大魔霊の面影が残るシアがピンチかもしれない。

 あっ、俺、亡くなった方の肉体を使わせてもらってるんだけど、これって何罪?


「あー、えっと、どう説明したら良いのか、間違ったニュアンスで受け取られると困るから、一度場所と時間を決めて話し合いたいのだけど……」


 しどろもどろになり、余計に怪しいと我ながら思う。


「ククククッ」


 誰だよ。そんなに笑わなくても良いじゃないか。慣れてないんだよ。


「……魔女よ。アレに相対するのは初めてか?」


 振り返ると、全身火傷を負った女性が、体を起こしておそらくユーリを見ていた。目は虚ろで、焦点があっていないみたいだったから、もしかしたらその聖剣を見ていたのかもしれない。


「あら、起きたの? ロア殿」

「ククク。迷宮核の方が先に壊れたから、意識を取り戻せたようだ。まあ、どちらにせよ、間もなく死ぬだろうさ」


 あれがロア? 女性だっけ?

 いつの間にか倒していたのか。さすがシア。


 でも、俺にとって怨敵である二人が話をしているのは不安で仕方ない。


「懐かしいな。以前はホリエルとかいう若造が使っていた。最近は使い手が現れなかったようだが……まさにワシらの天敵よ」

「……ふうん」


 そろそろ止めた方が良いような気がする。何か胸騒ぎがするし。


「それよりも、貴様に文句を言いたい。よくもワシを延命させおって、無駄な時間を費やすことになったではないか」

「助けてあげたお礼ならいいわよ」


 なんで誰も止めない?

 いや、まぁ、ボス同士が話してたら聞き入っちゃうのはわかるけど。俺は不安だ。


「ククク。ワシが死ねば、大魔霊はワシのものになるのよ」

「!」


 ストーーーーップ!

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