4-3『油断』
◇◆◇◇◆◇
「クソ雑魚が! この僕に剣を向けてタダで済むと思うなよ!」
「いや、さっきもタダで済まないとか言ってたじゃないか。剣を向けても向けなくても……」
ノムの顔はすでに怒りに満ちている。挑発は十分だろう。
「わざわざ聖騎士まで連れてきたみたいだけど、一体目的はなんなんだよ」
「はん! お前なんかに価値なんて微塵もない! 用があるのはその馬鹿げた魔力だけだ。それだけの魔力が一箇所に、しかも自由に使える状態であることが、すでに奇跡なんだよ!」
価値があるのか、ないのか、どっちなんだい?
「魔力なんて手に入れて、その後はどうするんだ? 内容次第では協力できるんじゃないか?」
世界平和とか慈善事業とか? まあ、しなさそうだけど。
「僕はその魔力で魔神の力をこの身に降ろすんだ! こんな中途半端な状態じゃない!」
ノムが黒いもやの触手が生えた両腕を、抱きしめるようにして震えた。
「もっと完全で、もっと強力な! それこそ僕自身が神となる!」
あの黒いもやもやは魔神の力なのかな?
ノムが神様になっても誰もありがたがらないだろうなぁ。
「その力で何をするのか聞きたいんだけど?」
「この地を僕の拠点として、世界を巻き込んだ戦争を始めるのさ! 神話で語られているような、破壊と混沌の時代を作り上げてみせる」
それは、楽しくなさそうだな。
俺は今あるこの世界を見に行きたいのに。
剣と盾を改めて構え直す。
「意見の相違だ。残念だけど協力できそうにない」
「は! もとよりお前の意見なんて必要ない! ただ僕に従って、その魔力を差し出せばね!」
ノムの両腕にまとわりついていた黒いもやの触手がこちらに向かって伸びてくる。両脇にいた掠奪蟻が俺の前に出て、触手を遮る。
「邪魔だぁ!」
ノムが怒りとともに、両腕を振るうと、触手に絡まれた蟻たちが左右に吹き飛んでいった。
俺はその中央、一直線にノムとの距離を詰める。
「どりゃああ!」
ノムの肩口に向かって剣を振り抜く。しかし、ノムの肩から生えた触手に剣を掴まれてしまった。触手に触れている剣先が、黒く侵食されていく。
「くっ!」
全力で剣を引き寄せると、パキンと折れてしまった。バックステップで後ろに距離を取ると、左右から触手が挟み込んできた。しゃがんで避けて、そのまま地面に転がる。追撃を四つん這いになりながら避ける。
その時、突然、右腕に衝撃が走り、体勢を崩して顔から地面に突っ伏してしまう。
何だ? シアの方で何かあったのか?
「はっはあー。まさに虫けららしい動きだな。両腕両足を潰して、芋虫のようにしてやろう」
「イヤだよ、ゴメンだね! お前こそ、丸坊主にして素っ裸で土下座させてやるから覚悟しとけよ!」
俺は立ち上がり折れた剣先をノムに向ける。
ノムは笑いながら両手と肩に生えた触手を総動員して、こちらを攻撃してきた。
ノムはこちらに近づこうとはせず、その場を一歩も動かない。遠くから弄ぶように痛ぶってくる。
こちらの剣は腐食して折れてしまい、盾は数度防いだだけでボロボロに崩れてしまった。近づけもしないのは反則だろ!
「どうした? 僕に土下座させるんじゃなかったのかよ?」
「うるさい、よっ!」
折れた剣をノムに向かって全力で投げつける。
高速で迫る剣にノムが一瞬怯むが、両手の黒いもやで容易く弾く。
その隙に、先ほど吹き飛ばされていた蟻たちが復帰してきた。ノムの両側から大きな顎で挟み込み、動きを封じる。
さらに、ズドーン!と、地面からもう一匹の掠奪蟻が穴を開けて飛び出してくる。
「はぁ?」
掠奪蟻たちには事前にシアから命令を与えていた。二匹の掠奪蟻で敵を挟み込んだら、隠れていたもう一匹が、その敵を地中に引き摺り込む。
足元からの奇襲ばかりだけど、それしか思いつかなかったんだ。
「悪いな」
三匹の蟻にまとわりつかれたノムが、地中に引き摺り込まれていく。
「でも、何度も同じ手に引っかかるなんて、油断しすぎだろ」
◇◆◇
「シアったら、やっと、お話ししてくれる気になったの?」
オリビアが嬉しそうに笑う。
「この子が気になるのね? そう! ロアの体を可愛らしくいじって、新しい子を作ったの。火傷が酷くて大変だったわ」
クロレアはいまだ無反応だ。
中に入れられた迷宮核があまり喋るタイプではないのかしら?
しかし、それだけではない違和感がある。
「あっ、もしかしてこの子の違いが分かる? 実は、ロアは生きてるのぉ! この前のあなたを見て、面白そうだから実験してみたのよ」
生きているロアの身体に迷宮核を入れた? それがクロレアの正体?
「まあ、欠点もあるけど、割と上手くできたと思うわ。……さあ、そろそろシアのことも、聞かせてくれないかしら?」
「あなたと話すことなんて何もないわ!」
シアは聖細剣でオリビアに斬りかかる。だが、クロレアが間に入り、錫杖で受け止めた。
ロアの意思も迷宮核の意思も、どちらも働いていない、文字通り人形のようなクロレアが、うまくいっている?
オリビアの笑いは虫唾が走る。
「私は、あなたが大っ嫌いなのよ!」
「……悪風招来!」
クロレアの身体から黒く濃密な煙が吹き出して、シアを弾き飛ばそうとする。
以前は吹き飛ばされていたが、今なら耐えられる。
「木生火! 春を奏でよ桜東風、夢見る桜火を奮わせん! 東風奏醒魔」
シアは自身の目前に赤い障壁を展開した。クロレアから噴き出す黒い煙が障壁を通過すると、まるで濾過されたように薄桃色の煙に変化する。周囲に広がって、炎を封じていた暗い力場を中和してかき消していく。
「──憤懣の炎」
◇◆◇
「……誰が、油断してるって?」
蟻が地中に引き摺り込んだはずのノムの声が響く。地面に開いた穴から黒いもやの触手が伸びて、穴の縁を掴み、這い上がってくる。
嘘だろ。思っていたよりもしぶといんだけど!
ノムが穴から顔を出して、歪んだ笑みを向けてくる。
「バカはどこまでいっても愚かだな。これは余裕って言うんだよ!」
ボコボコと地面から黒い触手が飛び出して、俺を取り囲む。穴の中から地下を通して掘り進んできたのか! あっ、やばい。
「はん! こんな蟻が何匹群れていようが、僕には通用しないんだよ! 奇襲だって、おまえたちの専売特許じゃないぞ!」
高く立ち上がった触手が、俺に向かって一斉に倒れ込んでくる。
反射的にボロボロの盾を構えるが、無理だと直感し、即座に前方へ走り出す。
「乾坤一擲! 一点突破ぁ!」
気合いだけで触手の格子壁をこじ開ける。
盾は崩れて原型を留めず、頭を庇った腕は皮膚や肉が爛れていく。それでも力技で前に進む。
「ぐおぉぉ、いってえ!」
触手の牢から抜け出した頃には、すでに腕の感覚はなかったが、肩口からは激痛を感じる。
それでも前に向かって走り続けるのを止めない。バカみたいに穴から飛び出ていたノムの顔が驚愕している。
もしかして、腕、抜けないのか?
「飛んでけぇ!」
ガツンと、ノムの頭を全力で蹴り飛ばそうとした足に衝撃が走る。ノムの肩から生える黒いもやの触手が俺の足を受け止めていた。
「っは、バカが!」
俺の足を掴んだまま、ノムが穴から這い出てくる。そのまま壁に叩きつけられる。
「だから、余裕なんだよ!お前なんか!」
逆さに吊るされて、何度も壁に叩きつけられる。ガツン、ガツンと洞窟に大きな激突音が響き渡る。俺は意識を保つことでやっとだった。
「おまえ、面白い体してるなあ。その腕、どうなってるんだ?」
ダランと垂れ下がった腕は、焼け爛れて血が吹き出していたが、傷口はキラキラと光り、少しずつ治ってもいるようだ。
「……どこかに繋がってるな。そっちから回復されてるのか。でも、魔力は自分で供給してる? チグハグなことしてるな」
俺はさらに壁に叩きつけられる。後ろの壁が崩れるほど強く。何度も。何度も。
「っガフ!」
「まあ、今からお前は俺のものだ。全て飲み込んで、カラカラになるまで魔力を使ってやるから、ありがたく思えよ……ん?」
ノムは俺の後ろの崩れた壁を見た。ひび割れた壁の隙間から紅い光の明滅が漏れている。
「何だぁ? 何か隠して……」
──パッキイィィィン!
何かが割れる音がして、紅い明滅も消える。
「──影渡り《シャドウステップ》」
「は?」
小さな声が聞こえた。
ノムの顔は疑問に満ちていた。
その胸を貫いた黒い短刀を眺めながら、意識が途切れるまで、何が起きたかわからないまま。
「……うるさい」
「ミアお姉さん!」
「……あなたのお姉さん、違う」




