4-2『魔神官』
◇◆◇◇◆◇
四十七人の聖騎士が、首だけ残して埋まっている。この世界で屈指の実力者集団である聖騎士たちも、他人に操られていたらまったく本領を発揮できないんだな。このまま穏便にお帰りいただこう。
「あとは見失った三人とノムだけか」
思ったよりも早く片が付きそうだ。ワッツを避難させるほどではなかったのかもしれない。
そんな気の緩みを感じて、自分の頬を叩く。
いや、ノムがまだ残っているな。そんな考えはフラグだ。何が起こるかわからない。今回はシアがいて安心とはいえ、まだ油断しないでおこう。
俺は農園と化した小部屋を後に、細い通路を通ってシアのいる大広間へ移動する。
「蟻が二人見つけたみたい。……すぐそこまで来てるわ」
シアが通路の先を静かに睨んでいる。
「え? 途中の罠とか待ち伏せは……って、どっち向いてる?」
シアが向いている方は、地上からの道を塞いでいたはずの通路だ。どうして、俺たちより奥から現れるんだ?
「おそらく、転移陣を使ったわね。まだどこかに隠して設置してあったみたい。……つまり、オリビアよ」
「!」
転移陣って、前にオリビアが逃げる時に使ったってやつか! オリビアは聖騎士の中に紛れ込んでいたのか!
「……あなたはここにいなさい」
「俺も戦うさ」
前回は体を動かすことさえできなかったけど、今なら何かできるはず。鹵獲した聖騎士の剣と盾を構えてシアに見せる。
「オリビアは魔女よ。力技は通用しないわ。それに、おそらくもう一人はオリビアの人形よ。能力がわからないわ」
俺の回復能力の検証ができなかったので、俺が戦闘に参加するのは最終手段にしたいらしい。
魔法による攻撃は、一瞬で許容値を超えることもあり得るから、と。
そう言われると先陣を切るわけにはいかないか。
「俺の助けなんていらないだろうけど、何かできることがあれば呼んでくれ」
「ええ。あなたの魔力を、あてにしているわ」
シアはクスリと笑って、後ろの壁に額をつけた。そこはミアを封印して眠らせている場所。
「いってくるわ、お姉ちゃん。悪いけど、エガを、お願いね」
ミアへ語りかけてから、シアは侵入者の元へ向かう。なんだか出来の悪い弟にでもなった気分……。
「あっ、もしかして、前にお願いした弟扱いだったのか?」
その問いには返事がなかった。
◇◆◇
「どこからか間抜けの遠吠えがしたわねぇ」
オリビアは洞窟を散歩でもするかのように歩いていた。聖騎士の鎧ではなく、まっさらで、おろしたてのような白い巫女服を着ている。
「クロレアも聞こえた? きっとまたノムがしてやられちゃったのよ。ほんと哀れ。さっさと離れてよかったわ」
オリビアの後ろを聖騎士の鎧を着た女性がついていく。
黒く長い髪は手入れがされていないのか、ボサボサしている。目は虚ろで、どこを見ているのか分かりにくい。足取りも重く、どこか幽鬼のような雰囲気を感じさせる様相をしていた。
「クロレアったら、いつまでその鎧着てるの? 着替えちゃいなさいな」
クロレアが頷くと、歩くごとに鎧が黒く変色し、ボロボロと崩れて、着ていたもの全てが灰のように消えていった。
素足のまま一歩踏み出すと、どこからか発生した黒い煙が足にまとわりついて、黒いブーツに変化する。さらに、体全体を黒い煙が覆い、次の瞬間には黒いローブを着込んでいた。
さらに、手の先に黒い煙が集まると、そこから金と銀、蒼と緋、黒と白が2つずつ、計12個の遊環が杖頭部についた、長い錫杖が現れた。
歩くごとに杖の先がジャリンと音を立てる。
「うん、あなたはやっぱりその格好じゃないとね。ほら、お出迎えよ」
オリビアの目線の先には、赤黒い肌、艶のある黒髪、強い意志を感じさせる碧眼を持つ大魔霊が腕を組んで佇んでいた。
「あれぇ? 前見た時と形が違うわね。なかなかの美人さんじゃない。……そう、やっぱりあなたシアなのね?」
大魔霊はオリビアを睨んだまま動かない。
「うーん、返事くらい欲しいわね。話せないのか話したくないのか……。まあ良いわ。クロレア、今度は、燃やされないように気をつけなさい」
クロレアは頷き、黒い煙を発生させて全身を覆う。
「さあシアちゃん、お道具箱に戻りましょう。大丈夫。壊れていてもちゃんと直してあげるから!」
◇◆◇
洞窟内を爆音が轟く。どうやらシアとオリビアの戦いが始まったようだ。
俺は大広間の壁際に座り、ただシアの勝利を祈ることしかできなかった。
「これで良いのか?」
しかし、ここで余計なことをしてピンチになるのは、物語の常じゃないか。動かずに、朗報を座して待つ。それが最善。しかし、理解できてもただシアの帰りを待つだけなのは、不安ばかり募る。
「お前たちはどう思う?」
横にいる二匹の掠奪蟻は、語りかけても何も反応しない。鳴き声もない。
「そうだよな。わかんないよな……」
今思えば、俺はこの蟻たちと意思疎通ができない。もし敵が近くまで来ても知る術がない。
「……もう少しだけ、シアのいる方に移動しておこうか」
独白しながら立ちあがろうとした時、両脇の掠奪蟻が警戒態勢をとった。大きな顎をカチカチと鳴らし、触覚が忙しなく震えるように動いている。
その様子に俺の鼓動も早まる。
なんだ? 見失っていたもう一人の聖騎士が来たのか?
目を凝らしても、通路の奥の暗闇には何も見えない。しかし、耳を澄ますと、シアたちの戦闘音とは別に、何かが近付いてきているのが分かった。
想定していたよりもずっと早い。どうする。シアと合流したほうが良いか?
逡巡していると近付いてきていた方の音がぴたりと止んだ。しかし、通路の奥の暗闇が、より一層濃さを増して、禍々しさを孕んだ気がする。
ゴクリと自分の唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
「……見つけたぞクソ雑魚がぁ」
通路からノムがゆっくりと姿を現した。その顔は怒りで歪み、こめかみに血管が浮き出ている。すでに両腕や肩の後ろから、黒いもやの触手を生やして、その先端をこちらに向けている。
「ちょっと、早すぎないか? 急いで走ってきたのなら、疲れただろう。少し休んで来なよ」
「僕をここまでコケにして、このままタダで済ませる気はないぞ! お前の生皮剥いでから、ゆっくり時間をかけて腐らせてやる」
俺は覚悟を決めて、剣と盾を構えた。
◇◆◇
「憤懣の炎」
「──地獄の釜を開け 火を落とせ 炎魔災日」
シアの放った灼熱の業火が、クロレアの魔法にかき消されて霧散した。さらに暗い力場のような結界が展開され、あたり一帯の空間を包み込む。
シアは連続で灼熱の炎を放とうとするが、暗い力場の中で生まれた炎は、すぐに小さく消えてなくなった。
「あはは! 今日は火気厳禁よ! 五月雨よ 集いて濁流 疾く流れゆけ……梅雨濁!」
地面の端を流れていた細い水流が集まり、十メートルほどの水の大蛇となって、シアに迫る。しかし、パシュンッという音とともに、シアの抜いた聖細剣に首を両断されて、ただの水に戻り、地面に水溜まりを作る。
「霖雨の果てに 大地は沈む 溺れる者に手を差し伸べよ……水禍坊!」
「黒犬召喚」
オリビアは水蛇が残した水溜まりから、水でできた三体の人形を作り出す。その横でクロレアが焼け爛れた肌を持つ大型の黒犬を三匹召喚した。
「土剋水! 桜樹を育む母なる大地よ 溢れる涙の氾濫を その腕で抱き止めよ! 波離硬」
水人形たちが地面から盛り上がってきた粘土状の土に拘束されて、そのまま圧縮されて潰される。
黒犬はシアの周り三方から、同時に飛びかかる。二体は聖細剣で両断されたが、一体はシアの右腕に噛み付いた。噛まれた傷から黒く変色し、グズグズと腐っていく。
シアは傷口から腕を切断し、すぐに腕を再生させた。
シアは予想外の苦戦に舌打ちする。クロレアという人形は初めて見たが、まるで邪教の高位神官のように、詠唱が早く多彩な魔術を使う。
「まるでロア……。いえ、そいつがロアね」
シアの言葉に、クロレアは無表情のまま動かない。しかし、オリビアだけがニヤァッと笑った。




