4-1『蟻地獄』
◇◆◇◇◆◇
奈落の洞窟の入り口は、直径三十メートルほどの大きな穴が一つ、ぽっかりと地面に開いているだけ、のはずだった。つい先日までは。
聖騎士たちは、その三十メートルほど手前にある小高く盛られた土山に陣取り、その中央にはノムが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
日が昇ってからすぐに洞窟に向かったノムが見たものは、大きな穴の入り口ではなく、直径五、六メートルほどの穴だった。しかも等間隔で五つ、並んでいる。
その異常事態を遠巻きに見ながら、自分の使い魔である一羽の鷹を空から呼び寄せた。腕に止まった鷹は、ノムに首を振る。
空からずっと見張らせていても、蟻の出入りはないようだ。
「くそっ! なんで入り口が増えてるんだよ」
そろそろ昼に差し掛かろうとした頃。ノムは近くにいた聖騎士の背中を押して命じる。
「おい、お前ら二人! 中に入って様子を探ってこい!」
業を煮やしたノムは、聖騎士を呼び出し斥候として潜らせることにした。
一番手前にある穴の中の様子を探ろうと、慎重に覗き込む聖騎士を見て、ノムはさらに苛立ちを隠せずにいた。
「さっさと中に入って見て来い!」
それは聖騎士二人がノムに向かって敬礼した瞬間だった。
──ッドオォーン
まるで地面が爆発したかのような轟音を響かせて、二人の聖騎士の足元から掠奪蟻が飛び出した。大きな銀の顎で二人を挟み込むと、そのまま奈落の奥へと引き摺り込んで、姿を消してしまった。
「──な!」
驚くノムに追い打ちをかけるように、ドッドドドオォーンと、背後にいた聖騎士たちの足元から爆音が鳴り響く。立て続けに蟻たちが飛び出し、聖騎士たちに次々と襲いかかった。手近にいる聖騎士を挟むと、出てきた穴に攫っていく。
応戦しようとした聖騎士は剣を抜き、地面に突き立てたものの、手応えなく、被害は拡大していくばかりだった。
「なにが! くそ! 蟻如きに乱されやがって!」
ノムが両手から黒いもやを発生させて、蟻が潜る穴に向かい触手を伸ばす。
しかし、その瞬間に襲撃はぴたりと止んで、それ以上、蟻たちは出てこなくなった。
「っ! クソガァァァァ!」
ノムの絶叫が青い空に虚しく吸い込まれていった。
◇◆◇
捕獲した聖騎士たちはシアの魔法で、顔だけ出して体は地面に埋めてあった。
十五人分の首が地面から生えている様子を眺めていると、どこか畑のレタスやスイカを想起させてどこかシュール。うん、豊作だな。
シアは俺の気持ちを汲んで、聖騎士たちを無力化させるだけに留めてくれている。
今は気絶させているだけだが、こちらが危険を感じたら、文字通り収穫されてしまうから、全て終わるまで寝ていて欲しい。
「聖騎士の残りは三十五人だっけ?」
「……そのはずよ。でも三十二しか見つからないわ」
シアは上層に待機している掠奪蟻から、聖騎士たちの情報を受け取っている。その数が合わない。さっきの襲撃のどこかで三人、見失ったようだ。
「逃げていった? それともどこかで生き埋めになってるとかない?」
シアは首を振る。
「見失ったものは仕方ないわ。待ち伏せ場所の蟻を増やしましょう。とりあえず、予定通り聖騎士の数を減らしつつ、ノムを孤立化させるわよ」
ここ数日の蟻たちの土木工事によって、奈落の洞窟内部は大きく変化した。分岐や行き止まりを増やして、より迷いやすく作り変えている。さらに、最奥まで到達するには、必ず通らなきゃならないポイントをいくつか用意しているのだが、そこには蟻たちを待ち伏せさせている。
「聖騎士たちが全員まとまって洞窟に入ってきたわ。ノムは思ったより……指揮官としては無能ね」
シアが呆れて笑う。
俺としては、そのほうが良いけど、操られている聖騎士たちは不幸この上ないな。
俺は間も無くまた増えるであろう、畑のレタスやスイカたちに、少しだけ同情した。
◇◆◇
「まずい、これはまずいわ」
ユーリは一人、奈落の洞窟を奥へ奥へと進んでいた。時折、掠奪蟻の奴隷にされていたらしき昆虫型の生き物に襲われもしたが、一刀のもと、切り伏せている。
ユーリは聖サクヤ協会本部所属の聖騎士の中でも上位に入る実力者である。
立ち塞がる敵はもちろん、たとえ同輩であっても足を引っ張ろうとするような愚か者は、実力で黙らせてきた。
そんなユーリが焦りを露わに、洞窟内を疾走している。
「──隊員たちが攫われるなんて!」
地上で掠奪蟻に襲撃された際も、ユーリ自身は警戒していたため、即時に対応できた。さらに、ユーリの周りにいた隊員たちを、蟻から守ることもできた。
しかし、手が届かない範囲で聖騎士が攫われてしまったことに責任を感じているのだ。
掠奪蟻が聖騎士を攫っていった穴が塞がる前に、躊躇いなく飛び込み、単身奥へと潜っていった。
「ノムのやつ! 対応が遅いのよ!」
混乱した現場でこそ、指揮官としての質は問われる。奇襲を受けて混乱するのはわかるが、何も手を打てない指揮官なら、いなくて良い。
ユーリはぶつぶつと悪態を漏らしながら、分岐を勘で選び、足を止めずに進軍する。
考えてもわからない時は、時間を無駄にするよりも、直感を信じて動くことが大切だと考えているから。
楽ができるからと、対応しなかったツケが回ってきた。自業自得だとわかっていても、苛立ちは収まらない。
「最悪、遺品くらいは回収しないと……あれ?」
ユーリの進む先に、先ほど切り倒したはずの生き物の死骸が転がっていた。
「あーもう、こんな時に選択ミスなんて! 女神サクヤ様、どうかこの哀れな子羊に幸運のご加護を……」
ユーリは実力主義者だ。
運も実力のうち。納得はできないが理解している。ただ、運が作用する勝負で勝てた試しがないユーリにとって、『努力しても手に入らないもの』は女神に祈るしかない。
「さっきは右に曲がったから、今度は──左!」
今回もユーリが正解の道を選んだのは、他の選択肢を全て潰してからだった。
しかし、ユーリは後に、この祈りは女神に届いたのかもしれないと、ホリエル大司教に報告している。この時の遅れが、奈落での戦闘の勝敗を決定させる要因の一つになったから……。
◇◆◇
入口に比べて、洞窟の中は広々としていた。天井からポタリポタリと水滴が垂れて、空気を湿らせている。地面は土と岩が混じりボコボコしていて、聖騎士たちの鉄靴では歩きにくいものの、誰一人不満を口にするものはいなかった。
ノムは聖騎士たちに前後を守らせて、壁や床、天井を警戒しながら歩く。
「ぜったい許さないからな……」
ノムは地上で襲撃を受けた後、すぐに全員で洞窟に突入した。
「考えてみれば、別に慎重になる必要なんてないんだよ。こいつらがどれだけやられようと、僕があの大魔霊を手に入れさえすれば良いんだから!」
聖騎士たちは、邪魔な蟻の餌にしても、罠の解除の為に突っ込ませても良い。ただの肉壁だ。わざわざ指揮をしてやる必要なんてない。何も考えさせず力任せに突撃させることこそ、聖騎士の正しい使い方ってものだろう?
さあ、次は何が来る? 蟻か? 罠か?
聖騎士たちには避けることはせず、その身を持って正面から打ち破れと、すでに命令してある。
「多少被害が出ようが、僕は痛くもない。その間に大魔霊を捕まえて、全て終わらせてみせるさ!」
聖騎士たちを使い捨てる様を思い浮かべることで、平静さを取り戻し、酷薄そうな笑みを浮かべた。
そこに、前を歩かせていた聖騎士たちの歩みが止まる。ノムが先を確認すると、通路が先細っていて、人一人が通れるくらいの狭さになっていた。
「明らかに罠だな。しかし、それがどうした! 行け聖騎士共! 一列縦隊で突撃し、その先にあるものを全て蹂躙しろ!」
ノムの号令の下、聖騎士たちは剣と盾を構え、恐れを感じることなく狭い通路に突撃していく。
通路の先には小さめの部屋くらいに広がっていて、掠奪蟻が待ち伏せていた。
「やはり待ち伏せか……入り口の蟻を押し潰して、部屋の中に展開しろ!」
聖騎士たちの勢いは止まることなく、略奪蟻を力で押し退け、部屋の中に入っていく。全ての聖騎士たちが細い通路から出て部屋に入り、戦闘隊形をとる。
「はーはっ! やればできるじゃないか! そのまま蟻共を全滅させ──」
突如ドッドドドーンという、激しい音と共に、まだ細い通路にいたノムの目の前が暗くなった。
「──っなん⁈」
大きな岩が部屋の出入口を塞いだのだと理解するのと同時に、ノムは黒いもやを両腕と肩から発生させて、触手のように操り、岩を抉りながら掘り進める。
ガスっ、ガリっと音を立てながら掘削を進めると、間も無く落石に穴が開き、部屋へと貫通する。
しかし、その先には、すでに誰も残っていなかった。
「っ! ナンデダァァァア!」
ノムの絶叫が暗い洞窟の奥に虚しく響いていった。




