1-2『思い出した過去』
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それにしてもと、改めて身体を動かそうともがいてみる。が、どうにもうまくいかない。指先一つ動かせない。仕方なく目の前で繰り広げられる魔法バトルを、他人事のように眺めているのだが。
エフェクト効果は迫力があったが、ゴア表現が過剰かなぁ。そもそも彼らがなんで争っているか分からない。あらすじだけ教えて欲しい。
「魔女が! 聖騎士隊まで引き連れてきた目的はなんだッ?!」
疑問を察してくれたかのようなタイミングで、ロアの怒号が洞窟内に響く。ロアの身体から吹き出た黒いもやが、触手のように女剣士に向かって伸びる。
「我ら聖騎士は正義の為に。苦しむ無辜の民を救うために。志半ばで全滅するのは予定外でしたが。同胞の仇撃ちをさせてもらうわ!」
女剣士が迫る触手を細剣で打ち払うと、剣の軌跡を追うように焔が生まれて、触手を焼き焦がしていった。
「あら、シアったら。聖騎士生活が永くて情でも湧いたのかしら? 大きな夢には犠牲はつきものよ。わたくしたちの目的は……あはッ! 分かってるでしょ?」
オリビアが扇で大きく空を薙ぐとキラキラと光の粒が舞い、女剣士を包み込んだ。シアの刃から生み出された焔と絡まり、纏まって、巨大な球体に変化していく。細剣を上段に構えると、火球はシアの頭上で大人の背丈よりも大きく膨らんでいった。
「シア、あとよろしく。火焔玉」
「せやぁッ!」
大火球はシアの一閃と共にロアへ向けて放たれた。ほぼ同時にロアの死角から、くノ一がクナイを投げているのが見えた。
「猪口才な!」
ロアの纏う黒いモヤが濃度を増す。数えきれないほどの触手となって、大火球に向かって伸びていく。豪熱で焼滅するよりも早く、多くの触手を生み出し、ブチュウッという音とともに握り潰した。
ロアの死角から飛翔するクナイは、地面から伸び上がってきた石の槍に弾かれる。さらに、一本、また一本と、鋭く尖った石筍が、くノ一を突き刺そうと、追いかけるように生えていく。
バックステップで大きく距離を取ったくノ一は、オリビアの隣まで下がると、地面にクナイを突き立てた。
「木剋土! 桜火の根、汝が糧に牙を突き立てよ! 針牙根」
オリビアが唱えて扇を振ると、クナイの周りから太く尖った木の根が飛び出して、石筍の槍と衝突し相殺する。木の根に巻きつかれた石槍は、白い灰となって崩れていった。
「腐って堕ちよ!」
ロアから新たな黒い触手が次々と生み出された。触手に触れられた根は、ドロドロと溶けて腐った水溜りを作り、そこから異臭のしそうな黒い煙が発生した。
優勢なのはロアの方かなと、すっかり観戦モードを決め込みながら、戦況を分析してみる。
前衛のシアと遊撃のくノ一はロアに近寄れていないし、オリビアの腹部に空いた穴は、血は流れていないようだが、どう見ても致命傷だ。なぜ動けているのかわからない。ボス戦で回復役がいないのは厳しいなぁ。
「……小娘どもに、存外手間をかけさせられるものだ。だが、もう終わりにしよう」
ロアが低い声で呟くと、周囲に揺蕩っていた黒いモヤが、さらに濃く密度を増していった。時折、青紫色の鬼火が帯電しているように光る。錫杖を構え直すと、漂うモヤが吸い寄せられるように集まりだし、ロアの姿さえ見えなくなった。
「あらっ、なんだか危なそうね。シアはアレ守って! ミアはわたくしを!」
オリビアの声に焦りが混じっている。短く指示を出すと、即座にシアが反応して俺の前に立つ。小盾を構えると、周囲に小さな火の粉が舞った。
アレって俺か?
「桜火に焼かれし闇の灰、積もり重なり転じて水玉、反射せよ! 桜火玻璃!」
オリビアが赤い扇を回転させると、白い灰が風に巻かれて集まり、次第に俺の周りでガラスのように結晶化して、固まった。
ミアと呼ばれたくノ一は、黒い紐で繋がれた大量のクナイを懐から取り出した。クナイを洞窟の天井と地面に投げて固定し、黒い紐を蜘蛛の巣状に編み込んでいった。出来上がった巣の隙間をオリビアがガラスで補強し、二人はその中に身を隠した。
「無意味なことを……」
黒いモヤの中からロアの愉悦を含んだ声がひびいた。
「永劫の飢えと渇きに嘆く亡者共よ。地を埋め尽くす暴食の蟲共よ。贄は其処に。汚せ! 蝕め! 腐らせよ! 朽滅の嵐!」
「!」
ロアの周りに圧縮されていた黒い煙が解き放たれ、洞窟内が闇で満たされていく。すぐ目の前にいたはずのシアの姿も、飲み込まれて見えなくなった。
オリビアが張ったガラス一枚の障壁を隔てたその先が、蠢く闇でおおいつくされた。
よくよく見ると、一つひとつは5ミリにも満たない、小石ほどの小さな蟲の集まりだった。小さな口があり、黒い牙をカチカチと嚙み鳴らしている。
……グロいな。田舎の夜のコンビニでも、ここまでじゃない。
時折、ジュワッと焔が走り、黒い虫を焼き焦がした。姿は見えないが、シアがまだ抗っているのだろうか。しかし、蟲の大群の前では、あまりにもか弱く、すぐに掻き消されてしまう。
何度目かの火炎が燃え尽きた後、少し間をあけて一際大きな炎が大量の蟲を灰にした。一瞬だけ満身創痍のシアの姿が見えて、目があった、ような気もしたが、またすぐに見えなくなった。その後はもう、火が灯ることは無かった。
暗闇に包まれてから、数分過ぎた頃だろうか。ピシッという音と共に、透明な壁に亀裂が走った。
ん?
黒い蟲たちが小さなヒビから染み出すように侵入してきた。見る間に勢いを増し、ついにはガラスの内側も黒一色で満たされていった。
……! ッグァァあぁぁぅう、うアッ!!
全身をすり潰されるような激痛。内側から押し潰されるような痛み。形容しがたい痛みと不快感。痛みは脊髄から全身に伝わり、身体中の皮膚を、何度も、何度も剥がされているような、経験したことのない痛みを感じた。
ァァあぁぁぅ……ゥアガァッアアアアッ!
全身を掻きむしって、地面をのたうち回りたい。でも身体は動かない。あまりの苦痛に、いつしか意識が遠のいていく。
………
……
…
◇◆◇
脳裏をよぎるのはいつの記憶だろう。
義父の暴力。抵抗する俺の細い腕。世界が揺れて、義父と揉み合いになりながら階段から転がり落ちる。暗転する世界。
魔神官ロアの嗤い声。
中世の時代を思わせる美しい村と街が、目の前で次々に燃えて廃墟と化していく。
重鎧に身を包み隊列を組んだ騎士が、爆炎に晒されて木っ端のように吹き飛んでいく。
繰り返される惨劇は、人の形をした赤黒い炎の魔神によって齎された。
……多分、俺なのだろう。
ロアが杖で指し示した先を、悉く、容赦なく、破壊して回った。
洞窟の中。
俺を取り囲む騎士達の姿。
埃を払うように、手を払うだけで、彼らは抉れて物理的に減っていく。消えていく。
彼らに守られるように、一人の少女が祈りを捧げていた。組んでいた掌を開き、両手をこちらに伸ばすと、キラキラとした光の粒が辺りを包んだ。俺は構わずその手を払うと、少女は塵となって崩れた。
視界の端ではシアが何かを叫んでいるようだったが、俺の耳には届かなかった。
少女だった塵は、光の粒となって俺を包んでいった。それ自体には僅かの痛痒も感じなかったが、払っても、払ってもまとわりついて離れなかった。
次第に心地よい温もりを感じるようになり、いつしか眠りに落ちていた……。
◇◆◇
時間の流れがひどく緩慢に感じる。自分の叫び声が頭の奥で響いている。
ッアあぁぁああああああ!
思い出した。
俺は、義父と揉み合いになり、階段から落ちて、気が付くと、この知らない世界にいた。
魔神官ロアの持つあの錫杖が、俺に幻影を見せる。激しい怒りで心を真っ黒に埋め尽くされ、思考できなくなる。
あぁ、くそっ。命じられるまま、暴れて、破壊して、蹂躙してきた。今、また、蟲たちに包まれて、思考、できなく……。
──させないよ!
光が差した。まとわりつく黒い蟲をかき分けて、差し伸べられる白い女性の手。俺が塵にした少女が脳裏をよぎる。
少女に見えたのは一瞬で、それはシアの残した残り火のようだった。ガラスの内側に充満していた蟲に引火し、染みるように燃え広がって、白い灰に変えていく。灰は周囲の障壁に吸い寄せられて、ヒビを埋めて固まり、新たな蟲の侵入口を塞いだ。
──あなた、意識はあるの? 私の言葉は理解できる? 名前は?
姿は見えないが、シアの声が聞こえた。
……俺は、江頭、えがお。
まだ、頭はスッキリしないが、ハッキリ理解した。
これは夢ではない。この世界は俺がいた世界ではない。ロアは味方じゃないし、オリビア達もどうだかわからない。どちらも狙いは俺らしい。
自分の身に、漫画のようなことが起こるなんて、笑うしかない。だからと言って、このまま何もできないで操られるのも、好き勝手に嬲られるのもごめんだ。
だから考えろ。頭を使え。この状況を、さあ、どうくつがえす?




